2018年06月22日

デンパ・ジャンボ


◎デンパ・フェス

記号資本主義の主要な生政治作用は、認知活動の支配である。
うん、OK牧場。言語動物の表現能力を、資本と市場の永続
的ダイナミズムに従属させること。うん、そだね。とっくに
そだね。

さとくんは「生産阻害因子」を消そうとしたんですかあ?
そかね? イエユウレイグモモドキの屁。『月』第10回。
最終回。ホンキ汁のモドキ汁。
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2018年06月21日

feng ai!


◎『疯爱』(フォン・アイ)

けふ、歯医者の診察台のうえでもおもいだしていた。『疯爱』。
春節の花火。斜め下の病棟廊下からみあげる、ショボい花火。
しめった音。うつろな目、目。「にんげん以下、動物未満」。
中国式パノプティコン。うす汚い回廊。影絵・・・。

なにも弁明しないものたち。

『疯爱』は、映画であり文学であり絵画であり、暗がりから
存在論を開示する最良の哲学書だ。「にんげん以下、動物未満」
ないし「にんげん以下、バケモノ未満」。にんげんとはけだし
、「にんげん以下」なのだ。

であえてよかった!感謝と敬意。

手術はようすみ。『月』最終回。まいどのことながら、現実を
うたがわざる鉄壁の常識人(アホ、反動、幸せもの)に意気阻喪し、
『疯爱』に勇気づけられる。そんなもんだぜ。クソでも舐めろ!

犬とマック。





 











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2018年06月20日

よい!


◎厄介者たちへのまなざし

『瘋愛』はいい!とてもよい。邦題はよくない。思慮が足
りない。『瘋愛』には普遍性がある。『瘋愛』と『精神』を
同列でかたるのはバカげている。レベルがまったくちがう。

狂者と厄介者こそ、にんげんという現象の基本中の基本である。
盤石の常識人こそが、真性の異常者である。『瘋愛』にもしも
甘さがあるとすれば、後編の救い≠セ。なくもがなの救い
――そんなもの、もともとないのだから。

お幸せな常識人は、狂者のクソを舐めろ!『月』最終回。
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2018年06月19日

Wang Bing


◎‘Til Madness Do Us Part

きいたふうな評言はいらない。これが他にまさるとか劣るとか
、言うもおろか。みいり、ただうちぬかれればいい。うちぬかれ
ないものは、うちぬかれなければよい。すぐにたちさればいい。
あるしゅの「未詳映像」である、これは。きいたふうな評言はい
らない。

コノテーションの無効。常套句はやめることだ。たちかえるべき
「場」を。『月』最終回。石井さんからメール。
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2018年06月18日

映画


◎『瘋愛』

ことばを抜かれる。かたることができない。深部崩壊。



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2018年06月17日

する


◎みる

王兵『瘋愛』みる。「ーーをする」とはなにか。
「する」とは。
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2018年06月16日

ワンビン


◎注文した

おくればせながら。王兵『収容病棟』DVDを注文。
肩痛。 



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2018年06月14日

見世物


◎トランプのすばらしい、偉大な貢献!

トランプはおしえてくれた。女郎屋の下品な強欲オーナー
にだって国際政治がしきれることを。トランプがトランプ
であったからではない。政治とは、もともとそのていどの
ものなのだ。

「罪人が刑場にひきたてられ、あるいは処刑されるのを眺め
ようと走ってゆくときの人の激しい欲望は、(高尚な)演劇
をみにゆくときをしのぐ」・・・カントだったか。

売春宿の金髪オヤジと栄養過多系デブの演じる見世物(スペ
クタクル)に異常こうふんするメディア。上記のことばをお
もいだす。で、「嘲笑せず、嘆かず、呪わず、理解する!」は
無理だ。逆。

デブの義務―まず死刑をやめて、それから美食をひかえ、貧者
と弱者をおもうこと。

『月』第9回再校ゲラもどし。






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2018年06月13日

再構成


◎Fuck Trump、De Niro said. 

デ・ニーロがトランプを「クソ野郎!」よばわりしたというから
、てっきりassholeかなとおもったら、Fuck Trump!だった。
あとでわびたというけど、わびるひつようはない。

犬はヒトによって再構成されたオオカミだという。では、ヒトは
なにによって再構成されたサルなのだろうか?資本と市場によって
完ぺきに再構成されたバカザルである。

金髪の「クソ野郎」の極東におけるパシリ・アベの支持率は30
%をこえているらしい。ジンミン大衆はすなわち「クソ野郎」ど
もがひりちらかすクソ以下である。

なぜ、わからないのか?ごくかんたんだ。わかりたくないからだ。

レジス・ドブレとジャン・ジーグラーの対談『屈服しないこと』
(《リキエスタ》の会=発行、2001年)は改訳、再版されたの
だろうか。あれはとてもよいテキストだ。今日があらかた予見され
ていた。

たしか、岩波、晶文社、みすず、白水社、平凡社の気鋭の編集者
が損得ぬきでかんけいしたのではなかったか。損得ぬきで!主体は
みすずだった、とおもふ。「知性」がまだかすかにのこっていたころ。
対談は1995年ごろだった。

いま、いずこをむいても、カスと独裁者ばかり。あるいは独裁者と
カスばかり。時代は筆舌に尽くしがたい悲劇をまちのぞんでいる。
そして、それはやってくるだろう。かくじつに。

けふ犬とマック。きのふもシオカラもろた。一気食いしそうに
なって、おもひとどまる。

『月』最終回。

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2018年06月12日

歴史


◎死者たちを嗤う

現在が過去を嗤う。カラカラと笑う。死者たちを嗤う。
へえ、なんのために死んだのかね?現在は歴史を嗤う。
死者を土足でころがして、エヘエヘと笑う。けものと
にんげんとダニたちが乱交する、常時「例外状態」の
、いまとその壮大な空疎よ!(死すべき)金髪の至福
者よ、独裁者よ、笑え、嗤え、わらへ、久遠に。

『月』第9回初校PDFゲラをもどす。再校はあさって。

ずっとひっかかっていた。「犬を売る露店(断片)」の
犬たちはなぜ売られていたのだろう。たしか「あか犬」
もいた。食料≠ニしてではなかったのか。

オババがベンチにすわっていた。視線をおとして。よこに
荷物があった。歩きだした。追いぬかれた。


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2018年06月11日

生首


◎フマニタス

とらえがたい、不在のもの。「残ることができないもの」
「場をあとにすることができなないもの」ーそれらのはざ
まにある、宙づりの、生首。
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2018年06月10日


◎『ホワイト・ノイズ』

「ジャック、世界には二種類の人間がいるように、私には思われる。
殺人者と瀕死者だ。・・・」

犬とマック。毎日がテロである。発作と痙攣。そして、遷延性意識
障害。雨。こぬか雨。





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2018年06月09日

ポケットチーフ


◎イチゴジャムのコッペパン

ヘルパーさんが、ちがう町からイチゴジャムのコッペパン
を買ってきてくれる。おいしい。この町ではクリームの
コッペパンしかない。イチゴもときどきあるが、すぐに売
り切れるらしい。

アイスキャンデー食う。犬が、わちきにもおくんなましと
いうので、木のバーをなめさせてやる。食ってたらもう一本
食いたくなり、冷蔵庫にとりにいって(歩行練習)、また
食う。

『月』第10回(最終回)着手。

むかし、記者は立派なスーツなんか、よほどのバカでないかぎり
着なかったものだ。歌手じゃないんだから、ポケットチーフ
などしなかった。いまは、言うこと書くことはスカスカでも、
身なりだけはいい。

後藤というひともさうだ。このひとには、なにを語っても怒り
がない。哀しみもない。だいたい、真実味がないんだよ、あんた
は。自民党のゲスどもとちゃらちゃらして「取材」とかえらそうに
いうんじゃないよ。共同にいたときもポケットチーフなんかして
たっけ?

筑紫哲也さんの話は、水で割りすぎの水割りだった。でも怒りが
顔にでた。軽べつもあまり隠さなかった。なによりテレビを
恥じていた。会うと口癖のように「いや、もうやめますよ」と
言っていた。



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2018年06月08日

『月』続行


◎『月』第9回について

いろいろあってちょっともたつきましたが、『月』第9回を
きのう送稿しました。約46枚。左手いっぽんで、これで計450
枚。終着まであと1割弱です。なんとなくほぼ終わったような
気分になり、いまぐったりとしています。眠りの浅瀬で夢を
たくさんみました。

8回で断念しかかったとき、意外にもいろいろな方から続行
希望の声をかけていただきました。まさか読まれていると
おもっていなかっただけにおどろき、うれしかったです。
なかでも、親子ふたりで『月』を読みつづけている友人が、
どのようなかたちででも完遂せよと激励してきたり・・・。

言語閾、物語閾ということをかんがえます。両者ともあらかた
こわれているのですが、こわれてはいないかのように装われて
います。とりわけ、記者や編集者らにはその自覚がないように
おもわれます。大半の作家もそうなのですが。

言語の空前の焼け野原で、いったいなにをなすべきなのか。
なにができるのか。とつおいつしつつ『月』の迷路にはいって
10か月。なにかがほのみえてきたことはじじつです。身内に
きわめてはげしい痛みと怒りをかかえているひとほど、『月』
に近づいてくる。著者としてこれほど光栄なことはありません。

『月』を「つき」とすべきか「にくづき」とするかは、まだ迷って
います。

『月』第9回掲載の「本の旅人」(角川書店)は今月27日の
発売です。10回で完結、書籍化の予定です。


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2018年06月01日

不正必勝


◎不正はかならず勝つのだ!

あのクソのなかのクソ野郎が不起訴だと!不正は正義である。
虚偽は真実である。89年夏のダナンをおもいだす。小田実と
会った。食事した。わたしは天安門事件の話をした。小田は
パクパク食いかつ朗らかにいった。「きみね、正義はかならず
勝ちますよ!」

わたしは吐いた。ゲロゲロ。爾来ずっと吐きつづけだ。愚鈍と
縒れた冗談の安っぽい合金・・・。小田実はあのとき、たわんだジョ
ークを披露したのではない。しんじがたいことに、かれは本気
だったのだ。食いカスを飛びちらせていったものだ。「きみね、
正義はかならず勝ちますよ!」




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2018年05月31日

F


◎おもひで

Fと会う。ハノイとプノンペンのおもひでを話す。街灯ひとつない
夜について。ネズミ、ケジラミ、コウモリの糞、娼婦、地雷・・・メン
タムの缶ほどの。うずむ闇。加瀬さんからのメール、感じ入った。

「なにかある。ほんとうになにかがそこにある。と言ってその気持
を口に出せば、もう空ぞらしいものになってしまう」
たかをくくられている。相模原のじけんは、舐められている。
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2018年05月30日

石原吉郎


◎もっとも暗黒な時代

石原吉郎がこう記したのはたしか1972年ごろであった。
「いまは人間のこえはどこへもとどかない時代です」。
あれから46年がすぎた。「じぶんの声はどこへもとどか
ないのに、ひとの声ばかりがきこえる時代です」。70年
代につくづく同感した。

日本がもっとも暗黒な時代にあってさえ、ひとすじの
声は、厳として一人にとどいたと私は思っています。いま
はどうか。とどくまえに、はやくも拡散している」。若い
ころ、ここを気にした。いまは、きっとそうなのだろうと
おもうのみ。

暗黒な時代にあってさえ、ひとすじのことばは他者にとどい
たのだが、いまはとどくまえに、はやくも拡散してしまう。
つまりは、さらにもっと暗黒の時代に突入した。石原は民主
主義にその因をもとめたりしたが、ちょっとちがうだろう。
資本だ。資本の運動がことばをことごとく白化させ、無効に
した。

(曠野を一頭の馬が疾駆する。馬上のものがおとこかおんなか
わからない。騎手はひとしれず狂う。朝焼けにむかって走る。
馬上で、ときどき凪ぐ。ときどき狂う。黙って口をむすんで。
馬上のものは狂人である。だれにそれがわかるというのか・・・)

いまは戦時期よりも内面が廃れているとすれば、石原のいうと
おりなのだ。ヘルパーさんがジャム入りのコッペパンを買って
きてくれた。きのう、塩辛もろた。石原はスマホをもたずに
すんだ。ひとつのパスワードももたずにすんだ。それだけでも
しあわせだった。












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2018年05月29日

露店


◎「犬を売る露店(断片)」など

「犬を売る露店」をよんだ。かれのものは大抵くりかえし
よんでいるが、どういうわけか「犬を売る露店」だけは、
よみたいよみたいとおもいながら、よみそびれてきた。はた
して、この作品はドンピシャリであった。

「落花生の主人は時には夜泣きうどんの車からうどんを運ば
せたりする。古本は南京豆の袋入りを買って鼻の下の祭りを
する。万年筆やインク消しは絶えず喋っているようだし、人
足を止めていることも美人絵葉書に次いでいる」はいい。

「しかし犬屋は、いつも厚司をはき、膝小僧を出し、冷たい
甃の上に寂しく立っていた」も文句がない。きっとよいだろう
と勘ははたらいていた。だがこれほどよいとは!「城のある
町にて」を何度目かよんでいたときもおもったのだった。

もう下手なものを書くことはない。ただよめばよい。それで
決心がついた。第8回までつづけた『月』の連載をやめること
にした。読者には申し訳ないとおもう。第9回はいちぶ書き
すすめていた。が、発表はむずかしいだろう。

ほとんどのことについて感覚があわなくなってきた。あわせる
気力もなくなりつつある。ことばをつうじさせるにも、ことばが
白化した珊瑚ではどうにもならない。死んだ珊瑚をもてあそんで
「生きている」というのは詐欺だ。

『月』は血塗られた荒れ野のふうけいを、たたなわる欺瞞の
ヴェールを剥ぎ剥ぎ、もうやめてくれと悲鳴をあげられるまでつ
づけるつもりであった。しかし、悲鳴はどんな悲鳴だったか。
よくわからない、こんなんじゃ売れません・・・ではないか。

わからぬというものに、無理にわからせてやるほどおせっかいで
はない。あきらめることだ。あきらめるべきである。

月と柿の葉.jpg
(Y.Sakai)








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2018年05月27日

講演


◎講演の依頼

来年はじめに講演をしてくれないかと打診というか
依頼が会った。まだ返事してない。半年以上も先の
じぶんをみとおすのはむずかしい。生死さえ。

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2018年05月22日


◎ヌー


「何故在ったか。無くても良かったろうに。

何故在るか、無くても良いだろうに。」

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2018年05月21日

訃報



◎消えるというのは


今朝、訃報に接した。逝くというのはどういうこと

なのか。よくわからない。どこも悲惨。ポラノンが

いる。




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2018年05月20日

コッペパン


すぐ売り切れるパン

コッペパン(クッキー&ビスケット入りクリーム)は
おいしい。150円である。消費期限18日のをけふ食った。
「わちきにも、ねえ、おくんなましな・・・」。犬が上目づ
かいでいうけれど、あげない。

犬はダメもとでねだっているだけだ。あるしゅの習慣として。
ヘルパーさんによると、コッペパンはすぐに売り切れる。
とくにイチゴジャムのコッペパンはすぐになくなる。

オーヴィネンの「嫌いなことば」リストには、そういえば
「自己責任」はないみたいだ。それを書く。
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2018年05月19日

遠近法


◎犬・バッグ・車道・世界

犬がバッグから落ちて、車道に走りでる。車が1メートル
ほど手前でとまってくれる。犬、車道でうずくまる。気が
動顛。世界がそこだけになる。

「ウマラの生死を分けた3週間・・・」だって。なぜこれも
フェイクにみえるのか。フェイクだからフェイクにみえる
のさ。

「泥夜」という名詞はなぜないのか。いや、あるのかも
しれない。と書く。
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2018年05月18日

鼻血


◎叫喚

「それは、自分の耳で実際に聞いた人でない限り、
想像もつかぬような叫喚であった。祈りの文句も
あったし、呪詛の叫びもあった・・・」
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2018年05月17日

感想


◎砂かむ空しさ

昨夜Oさんからメール。毎日新聞夕刊記事への感想。
「私たちが抱えつづける砂をかむような空しさの意味」
「抵抗すればするほど空しさは増し、心身がどんどん
すり減り・・・」「手足をもがれるような感覚」――などと
つづってある。同感。

商品広告にびっしりと埋められた時空間の、ほんのわずか
ばかりの間隙(善悪の彼岸)に、わたしたちは、のぞまれ
もせず、えらばれもせず、消費のみを期待されて、じつに
とりとめなく生かされている。死ねりゃあまだまし――は、
『神々のたそがれ』のなかの台詞だったか。死ねりゃあま
だまし。



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2018年05月16日

夢のなかの発狂


◎ヘーゲルでしょうかね

人間は、すべてのものを、じぶんと不可分な単純さの
なかにつつみこんでいる闇であり・・・つまり、人間の
内に存在しているのは闇なのである。ポムゼルの話を
聞きつつ、おもふ。

けっきょく、老女は謎をあかしてはいない。ポムゼルの
存在と消失は、映画監督の想像力と野心より霧のように
深い。

夢のなかでは冷静に発狂する。『月』(にくづき)に
もどる。もどるにしかず、だ。

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2018年05月15日

ポムゼル


◎ポムゼルの指輪

けふもポムゼルの話をぼうっと聞いていたら、かのじょが
きれいな指輪をはめていることに気がついた。103歳に
なって、神はいない、悪魔だけがいる・・・とかたることの
すごみに触れ、それがとくに哲学的でもない〈ありふれた
事実〉であることに、あらためておどろく。

実時間に気づくことの、絶望的なまでの不可能性。いまも
そうだ。わかったようなことを言うべきではない。聴きいり、
見いり、かんがえこむしかない。日常にはいつも善悪の彼岸
がひらける。善でも悪でもない地平。すべてはなんらかの価値
と理由をもっているというのは、まっ赤なウソだ。

おもいきって、犬に「結婚してください」といったら、あくび
された。『神々のたそがれ』。

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2018年05月14日

記事


◎明日の毎日新聞夕刊

もしも予定どおりであれば、明日(15日)の毎日新聞夕刊
に長いインタビュー記事が掲載されます。たぶん。「官僚」
の心性からマスメディアの頽廃、はたまた連載小説『月』
(にくづき)のことまで、あれこれ言いたいほうだい。
そのまま載るともおもえませんが、ご一読ください。

『ゲッベルスと私』にくらべれば、ほかの映画はすべてお気
楽なエンターテイメントにおもえるほどです。ポムゼルを
だれが非難できるのか。非難できないということは、いったい
どういうことなのか。『ゲッベルスと私』をつくりえたオース
トリアと、一本の『東條英機と私』または『大元帥陛下と私』
もつくりえていないニッポン・・・の落差にはなにがあるのか。

『ゲッベルスと私』についても明日の毎日夕刊に言及あり。
6.16から岩波ホールでロードショーです。



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2018年05月13日

M


◎Mと会う

数十年来の、断続的顔貌。まじまじとみる。雨。Aさんと
長電話。変態じいさんとまじめな中学生みたいな気分。
オシッコしたくなって、切る。『ゲッベルスと私」つづき。
毎回『ゲッベルスと私』にすいこまれる。老婦人の皺と
歴史。皺の深みと錯綜。この映画の語りは無限だ。日本版
『ゲッベルスと私』はなぜ、つくられなかったのか。

わたしたちはその理由を知らないようで知っている。


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2018年05月12日

DVD


◎『ゲッペルスと私』

みる。記憶と皺。目。ノイズ。声。ハム。存在。唇。毎日の
インタービュー原稿修正戻す。昨日どこかに旅をしたように
おもう。どこにも旅なんかしていないのに。どこからか帰っ
てきたような。

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2018年05月10日

堕在


◎なんとなく朦朧として

『月』のうちあわせ。第8回初校ゲラもどす。フランクフルト学派の
巨星たちは「にんげんの最期の尊厳は、眼前のことを偽りだといえ
ることだ」と認識していたという。ほう、そうかと前は感心したけ
れど、いまはちがうな。

にんげんはそもそも「尊厳」と無縁ではないか。朦朧として景色を眺
め、いまはそうおもう。さいきん、目だけでなく、耳もわるくなった。
すべて清澄ではない。明澄でもない。清明であるわけもなし。ときに
堕在にこそ光をみる。

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2018年05月09日

サルの惑星


◎サルの支配

たまには娑婆のひとと会ってみるもんだ。きのふ、毎日新聞屈指
のインテリ記者、藤原さんと話していて、ぶったまげた。アソー
タローという口のひん曲がったサルを、ニンゲンとかんちがいし
ているアホがきょうび、いくらでもいるのだそうだ。いや、びっく
りしたなあ。

事態はさらにすすんでいるやうだ。シンゾ・アベてふエテ公は
さいきん、ヒトへの肛門性交の味をおぼえ、日夜コクミンのオカ
マをほる(ただで!)のに余念なく、記者どものなかにはみずか
らケツをさしだすバカも、じつはすくなくなひといふ。me too!
とは、そういふ現象の発作的反転でもあるようだと藤原さん。
さすがの分析力。

サルをひととおもひちがひするコクミン、ボルサリーノをかぶる
文盲ザル、そうしたサルどもに肛門をレイプされてよろこぶ人民
大衆、トランプてふサル以下のゴロツキにブロージャブしてやって、
グッジャブ≠ニかいわれて喜色満面のサル・・・。

そんなんに未来はあるだらうか? なひね・・・とわたし。さうです
か、と藤原さん。きのふの毎日新聞インタビューの主たる中身はあら
ましそんなやうなことだったが、15日の同紙夕刊でどのていど反映さ
れるか、はた、掲載みおくりか・・・同紙の見識と根性が問われている。

『月』執筆でみそこねていた『ハッピーエンド』けふみた。とても
よかった!ハネケ作品の諸要素がつまっていて、堪能。トランティニ
アンさすが。なぜか、とおく『Z』(コスタ=ガヴラス)をおもいだす。

(知りませんでしたが、本ブログをチェックしようとすると、ろく
でもない広告が、こちらの意に反し、わんさかでるよし。やな
世の中ですね。JUST FUCK IT!)



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2018年05月08日

ハネケ


◎インタビュー

毎日新聞のインタビュー。3年ぶりぐらいに藤原章生さん
と会う。なつかしいもので脱線ばかり。テーマは「官僚」
だったが、なにを話したか忘れた。『月』のコピーをもって
きていて、おどろく。藤原さんは3年以上前のインタビュー
ノートを開いて、わたしの発言をよみあげた。こちらには記
憶がない。ひどいものだ。

ハネケの話もすこしした。ハネケはいい。テーマは「官僚」
だったけれど、かれからはほんとうの関心を感じなかった。
当方も大した興味はない。ああ、おもいだした。「馬鹿」の
話をした。ニッポンのことは、話すにもちからがはいらない。
話すべき物語なんかない。






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2018年05月07日

クラブジンニクバーガー


◎犬とマックにいった!

けさ犬とマック。クラブベーコンバーガーと野菜ジュースと
カフェラテ。昨日、「ソイレント・グリーン」のことを
書いたばかりだし、なんとなく、クラブジンニクバーガー
のことをかんがえながら食う。ま、マックってそんなやうな
もんだ。

数か月ぶりに裏道をあるき、エベレストに挑戦。一度目
失敗するも、二回目初心者コースはなんとか成功。藤原さんと
電話ではなす。ひととしゃべるのが久しぶりなもんで、舌ベロが
もつれる。藤原さんは『月』をよんでいた。明日のインタビュー
前に第8回をよみたいですかと問えば、yesというので、第8回を
送る。

差し替えた第8回では、さとくんがアナルセクスをしたことも
されたこともない、といふ箇所がでてくる。藤原さんは笑ふ
だらうか。笑ひごとじゃなひのだが・・・。ASはいいテーマだ。

久しぶりにテレビをみたら、中学の学校放送みたいだった。NHKの
9時のニュース。アホおんながキャッキャッと高音域で笑ふのが耳障り。
おまえ、そんなにもしあはせなのかい? せけんさまは、ちーっとも
しあはせじゃないんやよ、ねえちゃん。げんじつをよっぽど舐めてん
だろな。げんじつ舐めずにケツ舐めろ。テレビ消す。

病院は30日に延期。



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2018年05月06日

第8回


◎『月』第8回けふ送稿

『月』第8回(約56枚)をけふ送稿しました。
これで400枚をこえたとおもいますが、不満足
です。ずうっと疲れています。送稿といれちがい
にN君から第7回の感想がきました。それにロシア
映画『六号室』が添付されていて、うれしかったです。

でも、ロシア語がわからないので、英語字幕のだしかた
をおしえてくれるようたのみました。

あしたは犬とマックにいけるかもしれません。あさっては
新聞のインタビュー。そういえば、キネマ旬報社刊の
『原一男と疾走する映画たち』といふ本に、ぼくのロング
インタビューが載っています。

タイトルは「あらゆる抵抗が無化される時代をどう捉えるか
ーー辺見庸、原一男映画を語る」です。えーと、それから
親友・朴日粉(パク・イルブン)さんの新刊『過去から学び、
現在に橋をかける』(梨の木舎)にも、かなり長いインタビュー
が載っています。

朴日粉さんにはすごい存在感があり、ぼくよりよほどわかい
かたですが、これまでもたくさんのことを学びました。同著には
イルブンさんが長年にわたりインタビューしてきた三國連太郎
、小田実ら、物故者をふくむ多数のひとびとの本音がもられてい
ます。ご一読を!

月写真最新.jpg
(Y.Sakai)

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2018年04月20日

鄙劣


◎無知は力なり、自由は隷従なり!

おもいだしました。皇居の松の木の話は、渡辺清著
『砕かれた神――ある復員兵の手記』(岩波現代文庫)58頁に
オリジナルイメージがあったのです。「あの濠の松に天皇をさ
かさにぶら下げて・・・樫の棍棒で滅茶苦茶に殴ってやりたい」と
いふピクチャレスクを、ぼくはどうしてもきらひになれません。

けふ会った友人がおもしろいことをいっていました。このところ
三半規管がおかしくなったみたいだ、と。まっすぐあるくのにも
難儀する。目がくらくらする、と。なるほど。にんげんの鄙劣さも
ここまでくると、おそらく戦時中の軍部以上かもしれません。あい
つらをあの濠の松にさかさにぶらさげてみたい。それをみながら散歩
する。ジョギングする。ときどき蹴飛ばしたり、唾をひっかけたりし
て・・・そぞろむなしい、衝迫。

かつて、被害と加害の等価性みたいなことをボードリヤールは述べ
ました。繋ぎ目をなくしたその断片の妖しいきらめきに目が眩みます。
嫌韓嫌中ヘイト週刊誌がいまや、あたかも正義の使者のごとくふるまい、
失見当識記者らがそこに泣きつく図の奇怪。いっぽう、どこぞの出版社
では「表現課」なるセクションができたよし!関係者はオーウェルを
よんだことがないか、よんでもさっぱり理解できなかった大ばか者にち
がいありません。

各省庁、報道・出版各社は以下のように墨書した大横断幕を正門にかか
げよ。みなで唱和せよ。「無知は力なり、自由は隷従なり!




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2018年04月18日

紙オムツ


◎馬糞のにおい

小鳥.JPG
(A.Yoshino)

皇居の松の木(クロマツ?)に誰某を逆さづりに・・・とは、
むろんわたしごときもののオリジナル・イメージではあり
ませぬ。『1★9★3★7』をやっているころでしたか、岩波
文庫かなにかでよんだのであります。まことに秀抜なイメー
ジであり、わたしはなんどもその風景を思ひうかべたこと
です。

逆さづりにされたものたちは、風にゆれ、口やら鼻やら
股間やら、とにかくからだじゅうのありとある開口部からポタ
ポタと液状のものを地上に逆しまに垂らしつづけるのでありま
した。父祖たちは、そしてわたしどもも、しかし、そうしたイ
メージをついにもちえなかったのであります。まんいちもった
としても、みずからただちにうちけしたのであります。

あのあたりには、とりわけ夕まぐれになりますと、馬糞のに
ほひがもわーっとただよひます。幻の「逆さづりにんげん」ども
は、馬糞臭のなかでぶーらぶーらとゆれるのであります。歴史とは
けだし皮肉なものですね。巨悪を大いにゆるし小悪をことさらに
いためつけるのです。さうおもひませんか? みんなまんべんなく
、端から端まで狂ってやがると!

フランコ・ベラルディはマクロンとかいふあんちゃんをためらわず
「ファシスト」と呼びます。同感。わたしたちも、ファシストに
税金をはらって、逆さづりにすべきものを逆さづりにせず、アベ・
アソーだけでなく、オノデラら極右グループをたいへん勇気づけている
のであります。かれら、もうやりたいほうだいだぜ。

けさ、介護認定のおばさんがくる。犬、激吠え。生年月日をいえ
るか、寝返りうてるか、おもらしするか、お風呂はどうしてるか
、オムツつこてるかーーなど訊かれる。イライラしてくる。逆ギレ。
おばはんにからむ。要介護2だったのが1になったのはなんでやねん?
あんたらクニの手先か、アベのまわしものか・・・とか。おばはん逃げ
かえる。犬たちとマックいく。朝マック。犬、たいへんおよろこびに
なられる。

川端「心中」。草稿「犬を売る男」収録の全集第2巻のみアマゾンで
注文。150円。送料260円。ああ、こんなことやってるばあいじゃなひ!



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2018年04月17日

ご依頼


◎すばらしき原稿依頼

めずらしく原稿(詩)執筆の依頼あり。ただし、稿料は
払えないと。詩のかんけいにはなぜかこういふのが多い。
で、こういふのにかぎって、谷川俊太郎などの名前をだし、
谷川先生も書いてくださったとくる。ケッ!

詩にまつわる主観的善意≠ニその利用ほどタチのわるいも
のはなひ。稿料なし、初版印税なし。それってブラックだろ!
といふのも大人げなかろうと、稿料2枚1000円(税抜き)
なら書きます――などと唯々返事。真っ黒いこころもちで。
ワハハ。

戦争賛美詩の下地にも主観的善意≠ェあった。現代詩は
ノミの屁のやうにつまらない。悪意がてんで書けてない。
気組みが戦争詩と本質的に変わらないんだな。そんでもって、
主宰者はみょうに慇懃で官僚的。

ヒラオくーん、がんばってるかい? 島のおじいちゃん、お
ばあちゃーん、おにぎりとか牛乳とかあげてくださいね。即刻
とっつかまえて、皇居の松の木に逆さづりにしなきゃならない
やつは、ヒラオくんなんかじゃない。アベとアソーだろ。

「青空語に寄せて」「青空同人印象記」「『青空』のことなど」
「淺見淵君に就いて」よむ。

草稿「犬を売る男」をさがしている。






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2018年04月16日

逃げろ!


◎どこまでも逃げろ!

逃げているひとは、どこまでも逃げろ。どうか逃げ果(おお)
せますやうに! 義人は、いや義人ではない凡夫でも、逃亡者
にはこころを遣るべし。逃げているひとは、どうか逃げきるこ
とができますやうに!

わたしの知る石牟礼道子さんは、祭りあげられるのをなにより
きらっていた。「しのぶ会」のやうなこともきらっていた。
デモもきらっておられた。ソシキをいやがっていた。わたしの
知る石牟礼さんは孤独であり、かつそれを愛しておられた。

海嘯および死刑執行の予感。いつもではあるが・・・。
「幸福」「器楽的幻覚」など。おみごと。





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2018年04月15日

不明


◎「巡査の居る風景」のことなど

「巡査の居る風景」よむ。またおどろく。たじろぐ。
20歳で書いたって!朝鮮人の側から。1929年の作だ。
迂闊だった。時間がいくらあっても足りない。知らなか
った、忘れていたではすまされない。

反日テロ、関東大震災と朝鮮人虐殺が、さりげなく埋め
こまれている。一高「校友会雑誌」のレベルの高さよ!
というより、天才の目のたしかさよ!

「川端康成 第四短篇集「心中」を主題とせるヴァリエイ
シヨン」。きのうにつづきよむ。川端が自死したときの
じぶんをおもいだす。沼沢均の夢をみる。笑っていた。

『月』第7回再校ゲラもどす。



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2018年04月14日


◎「筧の話」など

「海 断片」「温泉」「筧 の 話」などよむ。おどろく。
ポチ注文。




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2018年04月13日

ミュンヒハウゼン


ミュンヒハウゼン

きのう『月』第7回初校ゲラもどす。一昨日、

強風の日、打ち合わせ。『月』はあと2回か。

きのうミュンヒハウゼンのことをおもふ。底なし

沼から抜けだすのに、おのれの髪をひっぱりあげて

成功したというホラ話。アベよりよほどまし。

月7挿画.pdf


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2018年04月07日

「月」第7回


◎『月』第7回を送稿

昨日、『月』の第7回(約52枚)を送稿しました。真っ暗闇に
石をなげるきぶん。「芳烈な柚の匂い」でしたっけ、そんなもの
がかえってくる気づかいはありません。ぜったいに。つまらぬ
ことではありますが、闇の深さと自由をこちらがかってに感じれば
いいだけのことです。ああ、あと、どこまでも荒漠とした景色を。

だって、それが実相ですから。アンドレイ・エフィームイチの
かたりをこの歳になってなぞるのも、わるくはありません。数十年
ぶりにめくるものは、まるではじめてのように新鮮で、かえって
忘却の残酷さに気づかされ、おののきます。老いるのはあるしゅの
屈辱ですね。屈辱的に生きるしかない。それでいいとおもいます。

けふ、いやがるつれあいと病院。狂犬病予防注射。ひとのような声で
鳴く柴犬がいました。『月』第7回は今月末発売の「本の旅人」
(角川書店)に掲載の予定です。

満月と桜.jpg
(Y.Sakai)


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2018年03月06日

『月』第6回


◎『月』第6回を送稿

昨日、『月』の第6回を送稿しました。約50枚。今月27日発売の
「本の旅人」(角川書店)4月号に掲載されます。毎回かなりの
エネルギー(冷熱≠フような)をうばわれますが、今回はパソコン
の故障と花粉症悪化もあり、どっと疲れました。

すでに300枚ちかくか300枚超になっているでしょう。なぜ『月』にむ
きあっているのか。ギブアップしないのか。ギブアップできないのか。
わからないようでいて、どこかで得心している気もします。年々読者を
意識しなくなっています。それでいいとおもいます。

たぶん、『月』は、もう折り返し地点にたっしているのでしょう。

月6併用.jpg
(Y.Sakai)
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2018年02月06日

『月』第5回


◎『月』第5回送稿

小説『月』連載第5回を一昨日までに月刊「本の旅人」(角川書店)あてに
送りました。今回は長めで、約80枚です。今月27日発売予定。この辺が
「おりかえし」かな、というぼんやりとした感覚がありますが、テーマが
底なしなので、終了感がいつくるか、やってみないとわかりません。

月5.jpg
(Y.Sakai)

一昨日、昨日と疲れがでて寝こみました。犬といっしょに。ですが、寝てもさめても
『月』をかんがえています。ころすか、ころされるか。けっきょく、そういうものだ
とおもいます。冗談ではなく、やるか、やられるか…ですよね。

かれらは半島で戦争をしたがっています。ほんきです。ひとびとのこころはそれに
連動しています。かれらはいま、戦争を準備しています。







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2018年01月16日

『月』扉絵


◎『月』第4回扉絵でき

けふ『月』第4回再校ゲラもどす。今月下旬の「本の旅人」に掲載。
扉絵できた。ササキエイコさん。月 4回扉.pdf
第5回げんざい執筆中。せんだって、エベレスト登頂失敗。
ルートA、ルートBともだんねん。fuck!
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2018年01月12日

沖縄と国家


◎『沖縄と国家』書評がでました

もう何年も前のようにもおもえますが、『沖縄と国家』
(角川新書)の書評が最近の沖縄タイムスに載りました。

「ハブとマングース」「猛毒」対談とも揶揄されたくみ
あわせゆえか、ホンド紙は日経の短信をのぞき、一斉に
無視。弾圧されたのでなく、メディアが弾圧をするのです。
アカハタも!

目取真俊さんの身ぶり、口ぶりはいまも記憶にあざやか
です。ああ、ニンゲンってこういうことなんだなと、対談
の夜、しみじみ感じいりました。ニンゲンはひとつの口を
開けた傷痕・・・。

目取真俊さんとのであいのあとに、大道寺将司さんの獄死
があり、関光彦君らの絞首刑がありました。なにもかんけいが
なさそうでも、身体と記憶において、それぞれ密接なかんけいが
あります。

身体と記憶はいま、ぜんめんてきに国家に囲繞されていま
す。こんごともやられるか、痙攣くらいおこしてみるか、
ですよね。











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2018年01月11日

月ゲラ


◎『月』第4回ゲラもどす

けふ、『月』第4回ゲラをもどした。

昼ごろ「キネ旬」インタビュー。ピンクの髪の
カメラウーマンの身のこなし。

ひとの輪郭が二重、三重にみえる。死んだカラスが
空から降ってくる。・・・ことをかんがえていた。
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2018年01月10日

エベレスト


◎N君と会った

約2年ぶりだという。そんなにたっていたのか。『月』
のこと、『夜の森』(堀田善衛 1955年)のこと、原一男
監督のこと、関君のこと、ナラティヴのこと、「赤い花」
(ガルシン)のこと・・・など。

エベレストのことを問われ、ギクリとした。のぼっていない
と、しょうじきに答えた。ゴーゴリのことを話したかどうか、
忘れた。N君の背丈がのびたようにおもった。
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2018年01月09日

エンゲルス


◎『イギリスにおける労働者階級の状態』

19世紀のロンドンとマンチェスター。「イングランドの
ブルジョアにとっては、かねさえ稼げれば、自分の労働
者が餓死しようとしまいと、まったくどうでもよいこと
なのである。・・・かねにならないことはくだらないことで
あり、非実際的で、観念的である」

『極私的エロス 恋歌1974』みる。いつ以来だろう。
映画>実人生は、ただしい。ただしかった。モノクロ、
露光オーバーの存在論。

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