2014年07月30日

日録28



私事片々
2014/07/30〜

7 月30日フヨウが咲いた.JPG

・7月30日、フヨウが咲いた。スイフヨウかふつうのフヨウかわからない。どうでもいい。ガザ虐殺の死者が1200人をうわまわり、負傷者は7000人をこえた。もしレヴィナスがいま生きていたら、どう言っただろうか。「〈砕かれた世界〉あるいは〈覆された世界〉といった表現はありふれ、凡庸なものになってしまったにせよ、それでもなお、あるまがいものではない感情をいいあらわしている。できごとと合理的秩序との不一致、物質のように不透明になった精神のあいだで相互に交流するのが不可能になったこと、そして論理の多様化がたがいに不条理をきたし、私はもはやあなたとはむすびあえないようになったこと………たしかに、ひとつの世界のたそがれにあって、世界のおわりという古い強迫観念がよみがえる」と、グズグズと書かれたのは、いまから67年もまえのことなのだ。アーレントが生きていたら、アドルノが生きていたら、なんと言ったか。パレスチナの少年にガソリンを飲ませ、焼き殺した所業について。パレスチナ国際義勇軍の編成が呼びかけられたかもしれない。元気だったらわたしもパレスチナ入りをめざしたかもしれない。サルトルも国際義勇軍に賛成しただろう。オーウェルはそれに参加しただろう。ヴァルター・ベンディクス・シェーンフリース・ベンヤミンは国際義勇軍結成にかんする知的なメッセージを送ったかもしれない。ソール・ベローはノーコメント。堀田善衛は国際義勇軍に心情的に賛成しつつ、みずからは参加できない苦渋を、キザで無害なエッセイにして、スペインあたりから朝日新聞夕刊文化面に寄稿しただろう。それでも暴力の連鎖には反対だとか。吉本隆明は「ナンセンス!スターリニストども!」と罵ったろう。カネッティは『目の戯れ』の続編を書いたろう。ツェランはまたも自殺したかもしれない。世界はまだ砕かれず、覆されてもいない。世界は凡庸でもない。また再びのユダヤ人迫害への環境ができつつある。犬がブタの耳を食った。夢中になって。エベレストにのぼった。(2014/07/30)

サルスベリの空.JPG

・ガザの死者が1300人をこえた。いま、手をこまねいてそう言うことにどんな意味があるのだろうか。他者が理不尽に殺されることについて、それを放置するかぎり、わたしは有罪でありうるのか。切実にそうおもうことができるか。「他者の死は、わたしのことがらである」のか。とまらない虐殺に、口とはうらはらに、退屈なまなざしをむける現存在とはなんだろうか。ミスド→LSV。木陰から電話。「祈るしかない」とコビト。人間はどこまで非人間的になれるのか。この設問にさえもう倦いているひとにとって、祈りとはなんだろう。エベレストにのぼった。麓のベンチに、先日とはべつの黒く陽に焼けた男が、あおむけに寝ていた。(2014/07/31)

LSVの赤い花.JPG





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2014年07月25日

日録27



私事片々
2014/07/23〜

桃色の花.JPG

・風邪。PL顆粒、抗生剤のむ。『南京!南京!』。1937年12月から翌年1月までの出来事が、1971年生まれの中国人監督によって、このように映像化された。まずそのことに、言いしれないおどろきをおぼえる。歴史、経験、記憶、映像、忘却、視圏、写角……。見ることと、見られること。記憶すること、記憶されること。曝すことと、曝されること。死者の山のざわめき。エベレストにのぼらなかった。(2014/07/23)

咲きのこった花.JPG

・『南京!南京!』の政治プロパガンダ性はどうだろう。中国共産党によるプロパガンダというよりは、中国共産党への多少の配慮(と対策)はかんじられる。だがそのことでこの映画の試みがすべて壊れているとはいえない。事実との異同はどうか。事実とは反事実をふくむ、糸のきれて散らばった数珠玉である。事実とはしたがって異同そのものである。陸川監督が資料と証言というおびただしい数珠玉を、かれの歴史観、人間観、想像力という糸でつないでみたら、こんな全景になったということだろう。力業である。いくつかのシーンにわたしは既視感をもった。そのことにおどろいた。わたしはなぜ既視感を覚えたのだろうか。エベレストにのぼらなかった。(2014/07/24)

アサガオ.JPG

・なんくせをつけたらキリがない。集団レイプのやりかた、殺戮のやりかた、屍体の見せしめのしかた、さらし首の方法……ああではなかった、と言うことはできるだろう。でも、ああではなかった、じっさいはこうだったのだ、と言うことで、唇が凍えてくるのが、ひとというものだ。『南京!南京!』は、中国製というより、陸川監督の手になる南京大虐殺にかんする堂々たる映像テクストである。日本ではこれに比肩しうる映像テクストがない。完敗である。みずからの非を飾ることのさもしさもさることながら、日本というクニには、かかわってきた戦争と戦争犯罪の映像テクストがほとんどない(なにかがうごき、つくらせず、つくろうともしなかった)こと――それは過去に「学ばない」という習性のあわれをこえた不可思議であり、それこそが恐怖のみなもとだ。南京攻略祝賀式典のシーン。うち鳴らされる大太鼓。ドンドコドンドコ。多数の兵士たちの、なにやらドジョウすくいのような、異様なダンスと行進。神輿のようなもの。はためく各師団の幟。必見である。思い切ってデフォルメされた、このありえそうもないシーンこそ、わたしにはもっともリアルで、卓抜な映像とかんじられた。シュールである。南京大虐殺とは、じっさい、シュールでさえあったのだ。リーベンレン(日本人)の身ぶりとふるまいが、このようにみられたのだ。じぶんが祭りをけぎらいする、じぶんでも知らないわけを、奇妙なことに、この映画でおしえられた。わたしが教員なら、この映画を学生たちにみるようにつよくすすめたにちがいない。けふもエベレストにのぼらなかった。(2014/07/25)

サクラの木のカメムシ.JPG

・3日ぶりに外出。陽が目にひりひりと痛い。33度。サルスベリの枝ぶりが、3日見ない間に、またいちだんと歩道側にせりだして、白い花の房が綿アメのようにふくらんでいる。見あげると、一面、白い天井だ。口に花の粒がとびこんでくる。むこうの歩道では赤いサルスベリも1本、燃えだしている。容赦ない陽。曝されている。すべてが灼かれている。オレンジ色の筋のある毛虫が意外なスピードで足下をはっていた。サクラの幹にカメムシがはりついている。うごかない。暗褐色のあれはたぶんクサギカメムシだ。カメムシのすぐうえで水アメ色の脂がういてひかっている。カメムシの触角の先。そこにベンチがあり、やはり暗褐色をしたひとがひとりですわっていた。ほとんどうごかない。生きているのか。曝されている。曝されているが、目だちはしない。本人がたぶん存在をかくそうとしているために、こちらもそれにあわせて見まいとするものだから、一枚の破けた影のように目だちはしないけれど、かれもわたしもそのようにふるまっているだけで、ほんとうはカメムシよりもよほど目だっているのだ。サクラの木の脂がとけてジワッとひとつ音をたらした。カメムシが吐息をもらした。ベンチの男には音がない。どこをどうあるいてきたのか。どこへいくのか。あるけるのか。どうするのだろう。余力はあるのか。わたしは訊かない。訊くという発想がない。汗が木脂のようにうかんでいる。男のその汗はひからない。なぜだろう。なぜひからないのだ。日に焼けた皮膚があまりに黒すぎて表情がみえない。Hi!とわたしは声をかけない。それがきまりごとのように、声ひとつかけない。声をかけようと、おもいつかない。おもいつこうとしない。どんな立派そうなことを言ったってだめだ。えらそうなことを言ってもだめだ。無効だ。わたしのズボンの左のポケットには3000円ほどある。それをわたすか、だまってベンチのかれの横におくか。それさえおもいつかない。おもいつこうとしない。かれはここか、または、ここからそう遠くないところで、そう遠くない先に、静かに存在を閉じるだろう。かれは無になる。ぽっと無になる。有から無ではなく、まるで不完全な無から完全な無になるように。不完全な死から完全な死へ。ほとんど予定どおりに。世界はいっこうに減りはせず、世界は砕けず、世界はたそがれもしない。だれも叫ばない。だから、わたしは(も)許される、というものではない。そうではない。そうではないのだ。カメムシを見るまえに、わたしはエベレストにのぼった。そのときは男が見えなかったのだが……。(2014/07/26)

真夏の雪花.JPG

・エベレストにのぼった。頂上からベンチを見たら、きのうの男が、影ごと消えていた。なにもなかったのだ。あたりまえだ。わかりきっていた。『南京!南京!』を見たあたりから体調をくずした。あれを見たからなのか。あるしゅのVerfremdungseffektか。完敗である。ribenにはつくれまい。逆立ちしたってつくれまい。なんくせをつけるならつくってみろ、ということだ。どちらに「表現の自由」があるのか、どちらに「表現の自由」がないのか、わかったものじゃない。(2014/07/27)

背中にオレンジ色の筋のある毛虫.JPG

・しばらく放置していたままのネットバンキングをしようとするも、ログインIDはなんとかわかったけれど、いつのまにそんなものができたのか、さいしょからあったのか、次にログイン・パスワードを入力せよとのこと。わからない。記憶にない。メモもなひ。犬の名前や犬の誕生日などから類推しようとしたがダメ。「パスワードが違います」。これでもういやになるが、ここはガマンだと言いきかせ、「パスワードをお忘れのかた」の頁に。すると、またログインIDを入力せよ、ときた。ハイハイ。そうすると、口座番号にキャッシュカードの4桁の暗証番号をくわえた番号が新しいログインパスワードだという。が、キャッシュカードの4桁の暗証番号がわからない。しかたなく、サービスセンターに電話すると、録音された女の声が、音声ガイダンスにしたがって数字を押せ、それにシャープをつけろと言うのである。「サービス向上のためにお電話は録音させていただいております」の声。左手でなんとかやる。やりまひた。機械で合成された声がオクターブ上がったり下がったり気持ちわるひ。やっとひとのオペレーターがでてくる。やった!ひとの声だあ。事情を話すと、ここはネットバンキングの係ではないので、音声ガイダンスにしたがって、慎重にやりなおしてくださいませ、×××がうけたまわりました……とのこと。そうする。またオペレーター。こんどはご本人様確認をしたいので、旧住所を言えというのだ。番地をすべて忘れているむね言うと、干支はなにかと問われる。むっとして、それでも、サルだというと、キャッシュカードの裏面のなんだかがなんだとか、乱数表はお手もとにあるかとかたずねてくる。ないのだ。ないから訊いているのだ。クッソッタレ。では、お届けのメールアドレスは?ユーザー名は?そんなもん忘れたよ。引っ越してから変わったのだ。言うのも面倒になる。疲れる。ああ疲れたよ、と言う。うんざりだよ。ああ、くだらねえ……。つぶやく。「はあ?」とオペレーター。あんたがわるいんじゃない。あんたのショーインシンノミヤもダイインシンノミヤも立派なんです。問題なひです。みんなおれがわるい。おれの生き方がだめなんです。すみません。くだらない。クソだよ。最悪だよ。あんたに落ち度があるんじゃない。あんたに怒ってもしかたがない……。あいしてます。ウォ・アイ・ニー。すごくあいしてます、お姉さん、ごめんね。授乳しなくていいよ。ソリ―ってあやまらなくていいよ。電話をきる。ダフネ1号店にいく。トイレで小川さかゑさんに速攻授乳していただく。いいのよ、いいのよ。アブアブって言ってもいいのよ、赤ちゃん。わたすぃ、アブアブって言う。アブアブ……。授乳コース(身障&自衛隊割引きあり)1300円。店をでたら、背中にオレンジ色の筋のついた毛虫が、わたしのアパート方向に這っていくではないですか。ピンときた。うわっ、あなたさまは朝香宮鳩彦王の生まれかわりではおまへんか!南京入城の好戦皇族。あんさんのために、いったい何人が殺されたか。あれだけのことをなさって戦犯にも死刑にもならんと、戦後は大豪邸ずまいでゴルフざんまい。なして?なじょして?それがわたひたちヌッポンの歴史。結構毛だらけネコ灰だらけ、シュショーのアタマはクソだらけ。なして?どふいふことですかねえ。毛虫答えず。おい、ケムンパス、返事くらいしろよ。よし、おれが処刑したる、ブチッと虐殺したる。と、踏みつぶそうとしたけれども、やーめた。風がきた。サルスベリの花が吹雪く。横に流れてくる。路面の花粒は地吹雪になって、眼前が白くかすむ。匂いにむせる。エベレストにのぼった。(2014/07/28)

ベンチから見た空と梢.JPG

・エベレストにのぼった。麓のベンチにはひとがいなかった。あそこにすわろうとおもった。カツラの樹のそばのベンチにすわった。とたんに、東学農民戦争のことがチラリと脳裡にひらめいた。あそこまでいかないとわからないな、と。だが、すぐにチラリがぼける。くずれる。脈絡なく、「凌遅刑」という言葉と写真が浮かんだので、あわてて首をふって自己内記憶即刻消去処分をする。そのとき、昼なお暗い葉むらの陰から、小さなものがあらわれた。まえにアジサイが咲いていたあたりから。コビト。小さな黒い犬の背にまたがり、淡い水色の日傘をさして、シャナリシャナリとやってくる。犬は舌をだしている。コビトは唖者。念波で話しかけてくる。「暑いわね……」。うん、暑いね。「あなた、ご無事なの?」。ああ、ご無事というなら、ご無事だよ、いまのところ。「ご無事ってなんなの?」。じぶんが言ったくせに。知らないね。ご無事なんてあるのかね。「そう、ないわよね……」。だれだってご無事じゃない。コビトは何歳かわからない。10歳かもしれず、100歳かもしない。200歳ということもある。わたしは訊かない。知ったところでどうにもならない。このベンチに黒い男がすわっていたのだ。ここから空を見ていた。おなじ位置から、やけつく空をながめる。目がやける。視界がもどったら、コビトたちが消えていた。(2014/07/29)














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2014年07月15日

日録26



私事片々
2014/07/16〜2014/07/22

サルスベリの下からのぞく空.JPG

・ジョルジョ・アガンベンによると、狂宴(サバト)のさなかにサタンの肛門に接吻をしたと審問官に訴えられた魔女たちは、「そこにも顔があるから」と応えたのだという。魔女のたわごととはいえ、これは傾聴すべきかんがえではなかろうか。そこにも顔があるから。うん、おもしろい。「顔」とは、人間がとりかえしのつかないしかたで露出しているということだ、とアガンベンはいう。集団的自衛権の行使をみとめた閣議決定をめぐる閉会中審査をテレビで見たときに、「そこにも顔があるから」をおもったのだ。わたしは「首相」といわれている男や質問者たちの、「顔」とされている、なにか不吉で猥瑣な凹凸を、テレビ画面に映されるままに、しょうことなく見ていたのだった。首相と呼ばれている貧相な男の口は、フジツボの形をしていて、なにかわたしには理解しがたい言葉のようなことを早口で話すとき、あれは舌なのであろうか、直腸の下端の粘膜に似た肉色ものが、まさに脱肛した肛門のように不気味にうごくのだった。面妖で貧寒とした光景であった。質問者とて、ほとんどおなじであった。荒涼とした窪地や濁り腐った沼のようなものを首のうえにのせた者どもが、ガスでも発するように言葉らしきことを話すのである。こちらにもかすかにわかる言葉を口にする者もいるにはいたが、それも権力欲によって虫食い状態になった言葉なのだった。「顔」とはとりかえしのつかないしかたで人間が露出しているということであるとともに、露出のなかに人間が隠れたままにとどまっていることだともいう。人間というのはさしも薄気味のわるい現象である。あれは国会というより、ウンベルト・エーコの『醜の歴史』の図録にでてくるような、悪魔崇拝の集会か魔宴なのではなかろうか。とすれば、肛門をさして「そこにも顔があるから」といった魔女らのいいぶんにもなにがしかの道理がある。あんなものを国会などと呼ぶべきではない。悪事(まがこと)が蠱(まじこ)る場所にちがいない。午後、ブルガリアのセファルディムの末裔エリアス・カネッティがきた。あれ?うっすらと記憶がある。これは(笑うしかないではないか!)わたしが以前、売った本かもしれないのだ。脳性麻痺者のように手脚をピョコタンピョコタンしながら、ダフネ1号店に行った。のようにではない、わたしは愉快な脳性麻痺者である。毎日が新しい。エベレストにのぼった。(2014/07/16)

大きなキャット.JPG

・米国の国務長官とかいう、顔が臀部のようにおおきな男が、イスラエル軍のガザ爆撃はイスラエルの「自衛」のためだと恥ずかしげもなく支持を表明している。組織的、計画的なパレスチナ市民虐殺行為を「自衛」のためだというのである。この者たちは身体各部と論理のあるべき位置がひっくりかえってしまっている。逆立ち。顛倒。この男の脳は臀部にあり、顔であるべき場所に臀部がのっかっている。英語らしいものをしゃべるあの横柄な穴は、口ではなく肛門なのである。かんちがいしてはならない。いまガザでおきていることは「復讐の連鎖」「暴力の応酬」などではない。200発以上の核兵器を保有し、実質世界第4位の軍事力をもつイスラエルが、世界一の人口密集地、貧困都市・ガザ市に、砲撃、爆撃をくわえるとはどういうことなのか。これは、病弱な赤ちゃんに完全武装した大人がおそいかかるのとなにもかわらない、文字どおりのジェノサイドである。米国はそれを知っている。知っていながらとめたことはない。ジェノサイドはすでに幾度もあった。知っていてなぜやめさせないのか、とお怒りのむきは、ケネディ大使にでも電話してみたらどうだろう。かのじょは「現実的なものは理性的だからです」とでもやさしくおしえてくれるかもしれない。現実的なものは理性的であるという幸せな世界には、〈罪〉が存在する余地がないのだ。世界とはグーグルアースの衛星写真のことであり、ミサイルはたんなる記号か、テレビゲームと同等のハイテク遊具である。ゲームを理解するにはゲームに参加すべきだ、という。イスラエルの防空システム「アイアンドーム」は、おそるべき最先端兵器産業ラファエル・アドバンスト・ディフェンス・システムズとイスラエル国防軍により開発されたものであり、米国により資金提供されている。ラファエル・アドバンスト・ディフェンス・システムズは米国と戦術高エネルギーレーザー (THEL=Tactical High-Energy Laser)などの各種レーザー兵器 を共同開発している。これにたいしハマスの打ちあげているロケット弾など、打ち上げ花火ほどの威力もない。「強制収容所の世界は……例外的に極悪非道の社会であったのではなかった。われわれがそこに見たものは、われわれが現に毎日投げこまれているこの地獄の社会のイメージであり、またある意味ではそのエッセンスであった」。1949年生まれのベンヤミン・ネタニヤフはこのことを知らないのかもしれないな。E.Ionescoを知らない、知ろうともしていないかも知れない。知らないのはまだよい。だが知ろうともしないということは、なんとおそろしいことだろうか。「強制収容所の世界は……例外的に極悪非道の社会であったのではなかった。われわれがそこに見たものは、われわれが現に毎日投げこまれているこの地獄の社会のイメージであり、またある意味ではそのエッセンスであった」。3ひねりのアイロニー。事実とはいつまでも「確定」しないのだ。このくらいのことをおしえてくれる賢人たちがネタニヤフのまわりにはまだいくらかはのこっているだろうに。消えたのか?なんということだ。ガザのジェノサイドはイスラエルの「自衛」のためだといってのけた、首のうえに臀部をのせた米国の国務長官とかいう男。集団的自衛権をニッポンは、こうした首のうえに臀部をのせた男のクニのために、命をかけて行使するというのである。なぜだろうか。謎である。しかし、ふかくかんがえてはならない。ふかくかんがえることは、死にちかづくことである。強制収容所のように。シュショウと呼ばれる、あのみるからに貧相な男もまた、首のうえに頭部ではなくして、クソまみれのケツをのせ、どうみても肛門でしかない穴をゴニョボニョとうごかして言葉のようなことを話している。友よ、あまりふかくかんがえてはならない。嘆いてはならない。発狂しないために。ただ、肛門に発声させてはならない。肛門が発した痴れ言にしたがってはならない。そのための方策をかんがえるくらいは許されてよいのではないだろうか。けふ、薬屋のまえで10円玉をみつけた。まわりをみわたし、ゆっくりとしゃがんで拾って、ポケットにいれた。エベレストにのぼった。(2014/07/17)

グレーゴル・ザムザ.JPG

・2年ぶりに会った友人と、カフェで、意図せずしぜんにそうなってしまったのだが、出生外傷とか胎内憧憬といった、とりとめのない話をしていた。いずれにせよ、原因をさがしたり結果をなげいたりするには、われわれは老いすぎていた。フロイトもランクももう興味はない。身のまわりで、うまくいっていることなどなにひとつないのだ。みな死を待っている。はっきりそうまで意識しないにしても、おおかたが漠然と「終わり」を待っている。エクスタシスは、もう遠くふたしかな、なにか舌打ちしたくなるような、忌まわしい記憶でしかない。わたしたちは黙りこくった。それから、性能のよい補聴器の話をした。おどろくほど不熱心に。投げやりに。最高級の補聴器をしてまで聴きたい話や音がいまあるだろうか。うるさいだけではないかね。そんなことを、耳のよくない友人も、耳はそんなにわるくはないわたしも、話したり、うんうんと、けだるくうなずいたりした。たとえばの話、シュショウといわれている、おそろしくくだらないあの男とその一味が全員忽然と消えてくれたところで、そりゃなるたけ早く消えてほしいものだけれどもね、からだの内と外に、なんとはなしにただよっている憂悶の気分は失せはすまい。いやね、はっきりと悪いやつらがいるというのは案外にいいことかもしれないな。はっきりと悪い者は打ち負かすしかないのだから。打ち負かすことができなくても、打ち負かす目標にはなる。そうせざるをえない。よさそうで、そのじつ、狡猾な裏切り者が、正義の味方ヅラしてはびこるよりはまだマシなのかもしれないよ。そんなようなことを、わたしか友人のどちらかがいったのだが、よいとか悪いとかいっても、中身はボンヤリとしている。また黙ってしまう。そのとき、高校の低学年か中学の高学年くらいの少年がひとりで入ってきた。カバンを右肩から斜めにかけている。おっとりとした無表情。右足をおもくひきずっている。右手を胸のまえでかたくにぎっている。壁ぎわのスツールに座った。慣れているのだろう、左脚を軸にしたやわらかい動作だった。右脚には意思がつうじていないようで糸が切れたマリオネットのようだった。木瘤のみたいにかたくにぎりしめた右手は開かれることはなく、ずっと胸か腰のあたりにそえられたままである。店員が運んできたケーキを少年は左手のフォークですくい、ときどきケーキの断片に顔を近づけてマジマジとみつめてから、幸せそうにほおばるのだった。幸せそうに、というのは、わたしの一方的な観察であって、本人がどうであったかはさだかではない。より正確にいえば、みていたわたしのほうが幸せなような心もちになったのだ。わたしはじぶんをみるように少年にみいった。かれの右肩、右腕、右手、右腹、右足の痺れを、わたしの痺れとひとつらなりのもののようにかんじることができた。ふだんは、わたしの身体なのに、わたしのものとはとうていかんじられないときがしばしばあるあるのに。とりわけわたしの右半身はわたしが所有する「他人」である。しばしばどころか、いつもそうなのだ。行為も知覚も、わたしの行為、わたしの知覚であるというリアルな生動性に欠ける。「それらは多かれ少なかれ、本当のわたしではないにせの自己の行動、にせの自己の知覚と感じられる」(市川浩『精神としての身体』)のである。「私はあたかも傍観者のように私の身体とその行動をながめ、生との直接的な接触を失うことによって、しだいに空虚となり、生のすべてが無意味・無目的であるという気分に浸透される」(同)。こうした「症状」は、半身麻痺をともなう脳血管障害者によくあるものなのだが、わたしは『精神としての身体』を脳血管障害者になるはるか以前に読み、ふかく同感したのだった。「あたかも傍観者のように私の身体とその行動をながめ、生との直接的な接触を失うことによって、しだいに空虚となり、生のすべてが無意味・無目的であるという気分に浸透される」というのは、してみれば、脳血管障害者特有の病症(感覚障害)なのではなく、〈ひとはだれしもおのれの存在から疎外される〉という普遍的な感覚と地続きなのかもしれない。世界という器から意味という意味のいっさいがぼろぼろとこぼれ落ち、どのような死も生も、かんがえればかんがえるほど無意味になってしまったこの曠野にむざむざと生き延びてしまったこと。それでもなお〈いまも〉在らねばならないこと。そのことに噴出口のはっきりしない憤りをかんじる。この憤りが、集団的自衛権行使や特定秘密保護法を押しつけてくる権力にむかうのは、すじちがいというものだろうか。年老いた友に問うてみた。ね、どうかね。やけのやんぱちみたいなもんかな。無言だった。ただ、白内障の目が、老いた窪みに居直るように、ぬるっとひかった。マレーシア航空機がロシア製地対空ミサイルによって撃墜された。歴史は際限なく退行しつづけている。事実はいつまでも「確定」しないまま、かつておこりえないとしんじられていた諸現象だけが連鎖的に生起していく。歴史は年表としてのこるのみで、諸現象の本質は日々に薄らぐ。核ミサイルが発射される日もそう遠くはない。エベレストにのぼった。(2014/07/18)

風で落ちたカキ.JPG

・小雨ふるサルスベリの並木道をあるいた。白い花の真下には、甘いにおいが垂れこめている。花の真下からでると、もうにおわない。白いサルスベリは垂直ににおうのだ。赤いサルスベリはまだ咲いていない。むかいの通りの赤いサルスベリは、ある日とつぜんに、おどろかすように、わっと咲くのだ。火事みたいに。あるいていておもった。マレーシア航空機撃墜の「目的」ないし「原因」はなんだったのだろうか。human errorというやつか。「人的過誤」。おかしな言葉だ。ヒューマン・エラー。意図しない結果をひきおこす人間の行為。前世紀最大級の試練と教訓であったアウシュビッツ・ヒロシマ・ナガサキも、human errorといいうるだろうか。だいいち、アウシュビッツ・ヒロシマ・ナガサキは後世の教訓とされているか。されていない。白いサルスベリはにおうけれど、赤いサルスベリはほとんどにおわない。昨夏、気がついた。ヒロシマのサルスベリは原爆投下後に炭のようにまる焦げとなったのに、翌年また花を咲かせたのだという。そのことはわたしをホッとさせはしない。かえって恐怖をつのらせる。ガス室と死体焼却場の運営をまかされた被収容者のグループを、ナチス親衛隊(SS)は「ゾンダーコマンド」と呼んだ。特別労働班。ゾンダーコマンドは、被収容者をガス室のまえに順序よくならばせ、順番どおりにガス室に入れ、青酸ガスの作用で皮膚が赤や緑にそまった死体をガス室から引きずりだし、水洗いし、口から金歯をとりはずし、女性の髪を切り、塩化アンモニアで洗い、死体を焼却場にはこび、投げこみ、炉にたまった灰をかたずけた。レーヴィが伝えたところによると、ゾンダーコマンドの代表はそうした作業のあいまに、SSのチームとサッカーの試合をし、他の者たちはそれを観戦し、応援したり、どちらが勝つか賭けたりした。ワールドカップ・サッカーでドイツが優勝するまでの、はるかな後景には、そんな陰画がいくらでもうまっている。SS対ゾンダーコマンド選抜のサッカーは、地獄の門のまえではなく、まるで「村のグラウンド」でゲームをやっているかのようであったという。和やかだったのだ。このことは、ゾンダーコマンドがしいられた「労働」の性質以上に、気を滅入らせる。奥深い永遠の恐怖である。人的過誤とはなにか。どこからどこまでがhuman errorなのか。アガンベンによれば、このサッカーは今日もまだ終わってはいない。途切れることなく、世界中でいまでもつづいている。雨がつよくなってきた。白い花の粒が路面に抜けた歯のように散らばっている。かつてゾンダーコマンドの一員だった者が証言している。「この作業をやると、1日目で気が狂うか、さもなければそれに慣れるかだ」。気が狂うか慣れるか。明らかに、前者の、すなわち「発狂」こそが、あるべき反応だったのかもしれない。しかし、われわれは慣れた。慣れてしまった。あるいは慣らされた。もしくは狂うのにも慣れた。慣らされたがゆえに、倫理の閾が消えた。「新しい倫理圏」は灰色ばかりで、はっきりした黒や明らかな白はない。みんながゾンダーコマンドである。人的過誤はerrorでも失策でもなく、むしろ必然なのである。必然の導きの糸で、2度の世界大戦、アウシュビッツ・ヒロシマ・ナガサキにつづく、今世紀最大の過誤がやってくるにちがいない。マレーシア航空機撃墜事件と当然ながらおきたその後の激震は、つぎなる「人的過誤」の巨きさが、はかりしれないものになるであろうことをほのめかしている。エベレストにのぼった。山頂にもサルスベリの白い花の粒がちらばっていた。幾百ものひとの歯のように。(2014/07/19)

エルパソ・チワワズのユニフォーム.PNG

・マイナーチーム「チワワズ」のユニフォームがほしいとおもった。チワワ・マークのキャップでもよいのだが。エル・パソ・チワワズ(El Paso Chihuahuas)。サンディエゴ・パドレス傘下のAAAチームで、テキサス州エル・パソに本拠地をおく。いかにも弱そうなチーム名とスムースコートのチワワをデザインしたユニフォームが気に入って、アマゾンを検索したけれど、まだみつからず。あのユニフォームを着て、ダフネに行きたいものだ。大したわけはない。いや、わけなどなにもない。「チワワズ」のユニフォームは結局、入手できないのかもしれないが、それでもかまいはしない。たぶん、それをほしがったことだって、あさってあたりには忘れてしまうだろう。それでもいい。いま、なにに興味があるのか。むかしからだが、ポグロムとはいったいどういうことなのだ、ポグロムとは、とおもう。ディアスポラという言葉にも惹かれる。惹かれてきた。けれども、もうあまり時間はない。わたしは冷えたツチクジラの刺身をうすくちのショウガ醤油で食いたい。ぼんやり海をみながら。それは「チワワズ」のユニフォームをほしがるのとおなじくらい他愛ない、ナンセンスかもしれない衝動なのであり、食えなかったからといって、末期の床でなにも悔いはしないだろう。にしても、言葉の奥の含意するところ、言葉の底部の暗がりを、もっと知りたかったな。「どのグループもほかのグループより人間的だったわけではない」「犠牲者と処刑者はどちらも同じように下劣だ、収容所で学んだのは卑屈さの共有ということだ」――。糸口はいくつもあたえられていた。じゅうぶんにわかりぬくまえに、しかし、新たな災厄がかさなった。すでにひとびとが埋葬されている墓に、さらに遺骸を埋葬する「重葬」のように。新しい遺骸の下に古い屍体が、その下にはさらに古い遺体がよこたわっているので、「存在の究極的な内密性」にはとてもとどくことなどできはしない。「存在の究極的な内密性」とは、ひとという湿気った土中にある「恥」なのだろうが、「個人」がこうまで失われ漂白されつくしてしまったからには、どうやってそれをかんじろといえるのか。かんじないものをかんじろと命じることはできない。新しい冷戦だという。なんてばかげたネーミング。冷戦は、マルクーゼにいわせれば、「核戦争による破局、人類を絶滅させるかもしれないこの破局があたえる脅威が、ほかでもない、この危険を永続させている勢力を保護するのにも役立っている……」、そのことからくるおぞましい「秩序」や「均衡」や「規範」でもあったのだ。いまある脅威は、それらがなくなってしまった空白のなかで、息を呑んで立ちすくんでいる瞬間のことである。たとえどんなにおぞましくても、「秩序」や「均衡」や「規範」が結果的に形成されていたcold warならば、まだしも救いがありえた。これから訪れるもの、すでに訪れているもの、打つ手なしの下絵にみえているのは、「冷戦」ではない。「熱戦」である。弾道ミサイルにせよ核ミサイルにせよ、テクノロジーは中立ではありえない。所有者→使用者の愚昧性がテクノロジカルに顕現したのがマレーシア航空機撃墜事件であり、「破壊とたわむれることを可能ならしめる社会の論理、精神と物質をテクノロジカルに支配している社会の論理である」。戦争狂どもが目をかがやかせている。アベの血管がズキンズキンと脈打っている。投機屋たちが舌なめずりしている。「チワワズ」のユニフォームなんかいらない。なんの解決にもならない。エベレストにのぼった。(2014/07/20)

白いサルスベリの花の粒ー抜けた歯.JPG

・不調。決心したのではなく、なにかのはずみで、『南京!南京!』をみた。体調がまたわるくなる。忘れたが、たしかダフネの帰りに、エベレストにのぼった、とおもう。(2014/07/21)

葉の影.JPG

・朝から病院。放射線科etc.リーガ。ふらつきがひどく、歩くのもきつかった。エベレストにのぼらなかった。『南京!南京!』のことをかんがえていた。(2014/07/22)












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2014年07月09日

日録25



私事片々
2014/07/09〜2014/07/15

夏の枯れ葉.JPG

・いうにいえない衝迫がある。デストルドー(destrudo)がもっとも蒼古的な人間衝動かどうか知らない。が、現在の風景はとうてい受けいれがたい。できうることなら、いまはもっと物理的なぶつかりあいがあってもよいのではないか、とおもう。それに身体的に加わることのむつかしくなったわたしには、せめて大がかりなぶつかりあいをみてみたいという、とくに秘匿するにはあたらない欲動がある。それはマチスモとはまったくちがう衝迫である。ラテン語のウィオレンティア(violentia)が女性名詞であることはなにか示唆的だ。わたしは暴力に反対する。どこまでも反対する。暴力は人間存在の基本をおびやかすものであり、あらゆる対立と矛盾は、非暴力的な手段によって創造的に解決されるべきであることには論議の余地がない。しかしながら、そうした方法意識は、実現途上にあるどころか、社会はますます暴力化している。暴力はいまや「反暴力」ないしは「非暴力」の表皮をすきまなくまとって、静謐に組織化され社会化された。貧困と格差拡大、社会の階級化は、個々人の能力や無能力によってもたらされているのではない。「非暴力」の表皮をすきまなくまとったもの――すなわち、民主的に組織化され、社会化され、経済システム化された不可視の巨大暴力によって生成され、ささえられている。この不可視の巨大暴力を可視化する方法――〈民主的で市民的で非暴力的な表皮〉をベリベリと剥ぐ契機――がかんがえられてわるいわけがない。暴力に実際的に対抗できるのは同等量以上の暴力だけである、という。暴力を抑えるためには、より強力で組織的な暴力が社会のなかで形成されなければならない、という。わたしはそうはおもわない。わたしはどこまでも暴力に反対する。だからこそ、最大の組織的暴力である集団的自衛権に反対しつづける。ただし、集団的自衛権行使容認に反対する明るく楽しい「パレード」が、〈民主的で市民的で非暴力的な表皮〉をまとった不可視の巨大暴力を、意図せず承認し、ひっきょう、巨大暴力の一構成要因となっていることについては、もっと思考をめぐらさなければならない。不可視の巨大暴力を可視化する方法とはなんだろうか。〈民主的で市民的で非暴力的な表皮〉をベリベリと引っ剥がす端緒とはなんだろうか。わたしのいうウィオレンティアは、殴りかかることではなく、おそらく、殴られることだ。他を打擲するのではない。「適切な法の執行」として、まったく理不尽に排除され、打擲されること、殴打されること、わが身体から血が流されることである。不可視の巨大暴力に民主的、合理的、法的に制圧され統制されることに、どこまでもジタバタと身体的に抗い、あがくことだ。そのとき、不可視の巨大暴力=権力は、有り体なすがたを、さらけだすにちがいない。そこにさえこぎつけられないで、集団的自衛権反対の意思が0.1パーセントでも実現するわけがない。霧雨のなか、エベレストにのぼった。(2014/07/09)

水面.JPG

・アガンベンの短文「しないでいられることについて」がすきだ。「わたしたちが所有する真理を保証するのは、わたしたちには所有できない身を焦がすような認識だけである」「できないこと、あるいは、しないでいられることをめぐる目も眩むような見通しだけが、わたしたちの行動に中身をあたえてくれるのである」。疲れきると、バートルビーをおもふ。バートルビーは、たぶん最後にのこされた、死ぬまで「わたし」として在りつづける唯一の方法である。「こうした無能力=非の潜勢力からの疎外は、何にも増して人間を貧しくし、自由を奪い去る」のだ。わたしたちは、「せずにすめばありがたいのですが」(I would prefer not to)とつぶやき、だんことして力や流れや指示に逆らいたい……そんなまともな衝迫を日々、衰微させられている。「できることでなく、できないことにたいして、しないでいられることにたいして、盲目になっている」。/ダフネ2号店でアブサンをチビチビなめていたら、みしらぬ男女に声をかけられた。まだすこしも酔ってはいないときだ。「あっ、先生」という。そう呼ばれるのが不愉快なので黙っていると、女のほうが、わたしの名前をさも親しげに「さん」づけていい、男女2人でむかいの席にすわる。そうしてくれといってもいないのに。男は小男。目が小さく鼻がとんがった鳥のような顔だった。どこかでみた顔だ。女は眉毛がとても濃く、垂れ目の、「アルバ公爵夫人」の顔だ。アルバ公爵夫人の名前がすぐに浮かんだ、とおもったら、男の名も連鎖的にでてきた。あっ、やつは「アリエータ」だ。わたしはそれだけでとても満足する。うれしくなる。こいつらがだれかなんて、どうでもいい。宗教団体だろうが公安だろうが。どちらにせよ、ひとりでは行動しないぐらい、わたしでも知っている。それより、このところ物忘れがますますひどくなっているのに、ゴヤの絵の登場人物の顔と名前をたてつづけにおもいだすなんて最高じゃないか。台風を忘れる。明るい気持になる。アルバ公爵夫人が紙袋から古本をだして、サインしてくださいという。見返しをみると、消しゴムでいいかげんに消された鉛筆書きの値段のあとがある。なんとなく、サインはしないと断る。右手がわるいし……。女の太い眉毛のはしが耳のあたりまでのびている。女は笑った。深追いはしてこない。アリエータが日本語でいう。「あの、先生のブログ……」。唇がうすい。目がくぼんでいる。アルバ公爵夫人の、あれは股間からだろう、ヨーグルトのような体臭が鼻をうつ。息をつめる。台風で空気がおもいので、においもうごかずにいすわる。「ファンです。読ませていただいてます……」。うそつけ。わたしはため息をつく。肩が痛くなる。台風のせいか、こいつらのせいか、両方か。男がいう。「すぎさったものだけがきれいにおもわれるのは、過去がすでに世界から距離をとっているからだ……って、いいですね」。わたしはそんなことを書いたおぼえはない。黙っている。風が窓をうつ。「いろいろお書きになっているでしょう。……ですよね」。小男が、問うているのだか、たんなる事実の指摘なのだか、小声で話す。あんたたち、だれなんだ?わたしは問いかけて、けっきょく、問いはしない。男女は、そんなヤボなこと訊かなくたって、みりゃわかるでしょうが、という文言を薄笑いを浮かべたまま、目ではっきりとかたっていた。窓ごしにヒューヒューと風の声がする。木立のしなる音もする。右肩が痛い。肩甲骨。骨に焼き火箸をつっこまれるようだ。この形容はいつもかわらない。かえなくていい。これ以上の、これ以下の、名状はありえないのだから。痛い。痛え。こうなったらこっちのものだ。台風の目がからだのなかで渦巻く。「避雷針売り」の気分になる。避雷針売りとかれを家からたたきだす男――両方の怒りがのりうつる。メルヴィルのきちがいめ。「でていけ!」。低い声でわたしはいう。「余計なお世話なんだよ」。男女がゆっくりと腰を浮かせた。靴がみえた。よく使いこんだ、減るだけ減った靴だ。靴をみりゃ、だいたいのことはわかる。靴と歯だよ。ほとんどわかるね。横浜のデカがむかし、いってた。「でていけ、おまえら……」とわたしは語気弱く口ごもる。小男が中腰で静かにいった。わたしの後頭部に言葉をボトボトたらすようにして。「なにを書いたっていいんですかね、先生。なにを書いたって……」。「でていけよ」。でていった。風のなかに。ヨーグルトのにおいがのこった。エベレストにのぼらなかった。(2014/07/10)

戦車.JPG

・訪ねられたのだ、わたしは。だれかが不意に訪ねてきた。それだけがさしあたり、たしかなことである。あとは、すこぶる曖昧である。踏みこまれた、というのではない。偶然のようでもある。来意はわかるようでわからない。わたしたちは〈言葉のようなこと〉を交わした。言葉はそうごに同等の質量と価値をふくむものとは、いうまでもなく、前提されてはいなかった。かれらはポライトであったともいえた。どこか慇懃でもあった。はんたいに、どこか図々しくもあった。ひどくフツウでもあった。わたしは殴られなかった。わたしもかれらを殴らなかった。「避雷針売り」のような、はげしいいいあいも、とっくみあいもなかった。敵意も表面はなかった。直截明白な警告も、脅しもなかった。しかし、けっきょくは、それでじゅうぶんなのだ。そうおもう。恐怖を生みだすのは曖昧さだ。「恐怖を生みだすのは……現実が直接に知覚対象とされるときではなく、知覚の段階に先だつ不分明な想像力の霧のなかに現実がまだ身を浸しているときなのだ」(クレマン・ロセ「現実の近接性」石井直志・訳)。あれは暴力ではない。脅迫ではない。だが、いきなり殴りかかってくるのよりも、悪質な暴力である。権力とは、人間の素振り・言語表現の、どうともとれる曖昧さを、卓越した演出家のように熟知しているなにかだ。であるとすれば、アベという個体は権力システムのいっかくにいるにせよ、またその象徴であるにせよ、権力システムの全景ではない。にしても、おどろくべきことには、かれら2人――アルバ公爵夫人とアリエータ――は、いかなるたくらみもない、率直で、ややなれなれしいだけの、ひとのよい読者とかんがえることだってできないこともないのである。わたしの狭量と猜疑心が、ありもしない恐怖をこしらえているだけだ、とも。また、そうおもわせるのもやつらの手口なのだとうたぐることもできる。だから、非暴力の表皮を剥いで暴力性を露出させてみたくなるのだ。言葉というのは、じつは発出者がおもうほどにはつうじていないものだ。そのことを権力はヴィトゲンシュタインのように知っている。「これはわたしにはいま、ケシを食べている男にみえる」という表白が、なにも本質を意味しないことを、権力は本能的に知っている。そういえば、わたしはギクリとしたのだ。アルバ公爵夫人はきのう、いったのではなかったか。「ワンちゃん、おげんきですか?」。いや、いわなかったのか。きのうわたしは、あの後、タクシーをひろい、あわててアパートにもどったのだった。犬はキルティングの小屋で、風の音を怖がり、頭からマットをかぶり寝ていた。マットを剥いで、かのじょの生存をたしかめた。犬は寝ぼけまなこでわたしをみあげた。ジョジョは居間をゴトゴトとひとりであるいていた。ジョジョには底のない穴に似た、縦の意識がある。かれの意識は無意識とほどよく融けあっていて、弁別閾は人間の側からはまったくはかりしれない。人間には個々の罪悪感がある。大なり小なり。しかし、自己を全体に同一化する者にはおおむね罪悪感がないか、罪悪感をつよくかんじることができない。「罪」が意識されるのは、この自己・全体の同一化が、もはやつづかなくなるときである。「自己を全体に同一化する者」という表現は、しかし、「オスのタコは、8本の触腕のうち1本の先端が生殖器になっていて、これをメスの体内に挿入して性交する」といった記述ほどわかりやすくはない。「自己を全体に同一化する者」は、また、「自己を全体に同一化する者」という文言で自己を対象化したりはしない。アルバ公爵夫人とアリエータだってそうだろう。「自己を全体に同一化する者」は、自己を全体に同一化しない、または、そうできないと自覚したか断念するかした者によって意識的に組みたてられた、言葉の像なのであり、当人たちは「全体」と「自己」のかんけいやその断絶を、文言としてはかんじていないはずである。省、庁、局、部、課、係、班、支部、派、会、チーム、組……は、「全体」の文字化された位階であり、音声化された統御でもあり、インチキな神秘化作用のばしょとその移動を示唆する。おぼろにかがようものは、ただの幻である。タコのほうが正気だ、タコのほうが。自己を全体に同一化する者は、いっぱんに、他者を爆笑させることに、他のなによりもエネルギーを注ぐといった献身的資質に欠ける。ミズダコにはユーモアや悪ふざけの能力がある。そのせいか、ミズダコには「自己を全体に同一化する者」がきわめて稀なのだという。けふは、ダフネ1号店に行く。非常階段にカナブンが1匹うずくまっていて、すさまじくわいせつな想像にふけっているさいちゅうであった。エベレスト登攀中に雨がふってきた。雨のむこうにセミの声を聞いたような気がした。(2014/07/11)

非常階段のカナブン.JPG

・イスラエルのガザ空爆つづく。11時半、倫敦亭、渡辺君。「イントラレンス」。マテバシイの店。「メトロポリス」。カネッティ「時間のある正確な一点から先、歴史は現実であることをやめてしまった、という痛ましい思いがよぎる。あるいは人間的ジャンルの総体が突如として現実と決別したとでもいうべきか」。まず、子どもに無理やりガソリンを飲ませ、しかるのちに、着火し、焼き殺した、という。ガザ空爆つづく。時間のある正確な一点から先、歴史は現実であることをやめてしまった。歴史が現実であることをやめたのは、かなり以前のことだろう。それから、かれこれ1世紀は閲しているのではないか。エベレストにのぼった。(2014/07/12)

花弁の奥の虫.JPG

・イスラエル海軍特殊部隊がガザに一時侵攻した。承前カネッティ「……以来、生起したことどもはもはや真実とは無縁であるが、われわれはそのことに気づいてはいない」。ツェラン「うつろな僕らの刻(とき)に/歩み入った世界/二本の、黒い、枝分かれしていない、/節目のない/木の幹。/ジェット機の航跡の中に舞う、たった一枚の、輪郭鮮明な/その梢の葉。/このうつろさの中で、/僕らも戦争に加担している。」(「世界」飯吉光夫訳」)――といったところでなんとしよう。ガザ北部ベイトラヒヤで、重度身体障害者の養護施設を、イスラエル軍のF16戦闘機が爆撃し、女性の障害者2人が死亡、5人が重傷を負った。わたしたちが戦争と大量虐殺の歴史でまなんだ唯一のこと――それは、人間は戦争と大量虐殺によっても、なにひとつとしてまなばない、ということ。否。わたしたちは、やったこととやられたことをかならず「反復する」という逃れがたい定めを背負わされていることをまなんだ。わたしたちは存在するかぎり、「くりかえさない」ことができないという一貫性をそれときづかずにくりかえす。しかし、ひとびとはけっして怠けてはいない。怠惰ではない。わたしたちは新奇で奇抜な虐殺方法を次から次へとおもいつく。第3次世界大戦がおきている。いまはまだおきてはいないという者たちも、それはとうぜんおこりえない、どこにもおきてはいないとは、だれひとりとして胸をはって断言できない。起点をどこにするかだけなのだ。起点とは、修辞と感性の問題でもある。カネッティ「いまやわれわれに課された責務とは、この一点を見いだすことであり、それを捉えることができない以上、われわれは現在進行中の破滅のうちに踏みとどまらねばならない」。この一点とは、歴史が現実であることをやめてしまった、そのときのことである。エベレストにのぼった。(2014/07/13)

なにかわからない小さなものの消失.JPG

・なにか ふたしかで小さなものが/音もなく杭にまとわり/杭を/滑り落ちてゆく/おぼろに白く/かそけく/かがようもの/下降しながら/最期の震えを震え/風にそよと揺れた/と きりもみした/かたられることはない/呼ばれることもない/なにものでもないものの/消失のせつな/気うとい消失点/落ちつつ/ひとっこひとりいない長い/長い汀線を/俯瞰する/瀕死の蝶のような/白いもの/の見ひらかれた/瞳(「消失」)。つきるところ世界とは、〈世界なき頭脳〉か〈頭脳なき世界〉か〈頭脳のなかの世界〉でしかない。で、ヴァニシング・ポイントは、その彼方においては、あらゆるものが「真」でなくなる到達点ーーすなわち、気づかれざる、わたしたちの「現在」である。現在とは、学者キーン――女中テレーゼ――佝僂フィッシェルレ――玄関番ベネディクトら、または、かれらの代役としてのわれわれによって演じられている、少なくとも1930年代からずっとつづいている奇態のことだ。エベレストにのぼった。(2014/07/14)

葉むらのなかから.JPG

・社会の空疎な規格化、精密化。無人爆撃機というオバマ式ヒューマニズム。ところで、『審判』の末尾はこうだった。ヨーゼフ・Kは、誕生日の前夜、2人の死刑執行人に石切場へとつれていかれ、胸をナイフで2度もえぐられ、死んでゆく。最終行は――「『まるで犬だ!』と、彼は言ったが、恥辱が生きのこっていくように思われた」……。1972年の沖縄返還をめぐる日米間の密約文書の開示を元毎日新聞記者・西山太吉さんたちがもとめた訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷が、1審の開示命令をとり消した2審東京高裁判決を支持し、原告側の上告を棄却。西山さんたちの敗訴が確定した。ひどい審判もあったものだ。最高裁は、密約文書が破棄された可能性をみとめた2審の判断にもとづき、行政機関が「存在しない」と主張する文書は、開示を請求する側が「その存在を証明しないかぎり」公にはできない、という珍判断というか、近代法以前というべき最悪の審判をしたことになる。文書の公開を求める側には、〈それが存在する〉という並大抵ではない立証責任を課し、一方で、情報を所持・管理する行政側の裁量権は、文書が存在するかしないかをふくめ、広くみとめるというのだから、カフカもビックリだろう。この司法判断には国家の悪しき母型がある。西山さんは日米密約の存在を暴いた。だが、沖縄返還がせまった72年、密約を示す機密電文を西山さんにわたした外務省女性事務官とともに国家公務員法違反容疑で逮捕される。メディアと世間は密約の重大な中身ではなく、西山氏と事務官の関係に目をうばわれ、またそうなるべくメディアと社会を「なにか」がたくみにマニピュレートして、ひとのなすべきまっとうな行為を「恥辱」へと変えていった。そうさせた絶大な力。事実の在・非在の判断権さえうばわれたなら、ひとではなく、まるで犬だ。司法は腐敗している。国家は腐爛している。恥辱だけが〈民主主義〉の顔をして生きのこっている。特定秘密保護法がどれほど悪辣な法律か、ほどなくみなが知ることになるだろう。法規にしばられた現在が、じつのところ、国家の暴力が露出する〈無法状態〉であることが、やがてあきらかになるだろう。「なにか」の息の根をとめなけらばならない。エベレストにのぼった。(2014/07/15)





















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2014年07月02日

日録24



私事片々
2014/07/02午後〜2014/07/08


今年はじめての白サルスベリ.JPG

・左耳に「テラヴィーヴのね……」と聞こえた。テラヴィーヴ。左耳は右耳よりよく聞こえる。国会前で徹夜抗議をしていた友人が、暗がりで不意に、テルアビブの話をしだした。なにも大した話ではないのだが、なぜだろう、荒くれていた気分がいくぶん凪いだ。テルアビブにはいきたかったのに、いったことがない。テルアビブには「アロマ」というカフェチェーンがあるのだそうだ。友人は夏の夜、大通り脇のアロマで、あるひとを待っていた。「約束はしてなかったけれども、なんだか会えるような気がしてね、2杯くらいかな、カプチーノをおかわりした。たぶんその間、私が待っていたひとは、自転車で他の場所のアロマをハシゴしていた。そんな気がする……」。自転車でアロマをハシゴ。なんだろうか。待っていたひとがだれだったのか、用向きはなんだったか、わからない。いわれなかったし、こちらから問うこともしなかった。友人じしんのことだって、じつは、あまりよく知らない。口ぶりからすると、どうも数年前にお母さんを亡くしているようだ。認知症だったのだろうか。いまでもときどき母親を怒っている夢をみるという。「アイムソリーっていわなくていいよ。私は楽になったのだから」と、犬へか、わたしへか、どちらかにいった。アイムソリーっていわなくていいよ。ビールでも飲んでいたのだろうか。聞いていて、からだがほぐれた。話はとぎれた。友人がつぶやいていた。「……青いインク瓶のようにして、記憶をしまう……」。えっ?応諾でも反問でもなく、わたしは口のなかで声を泳がせた。えっ?青いインク瓶のようにして記憶をしまう。友人は前後になにかをいっていたのかもしれない。きっとそうだろう。拡声器の音で、前後の言葉がかき消えた。わたしも、夕暮れどき、テラヴィーヴのアロマにいって、カプチーノを飲みたくなった。できれば犬と。この数日、いやもっと長くか。荒んだ。言葉がむくみ、みにくくたわんだ。このままではこのクニがダメになるといわれた。だからどうした。もうとっくにダメになってるぜ。もっともっとダメになればいい。おもっていても、いいはしない。戦争になる。わたしもいい、ひともいう。戦争になれよ、やれよ、ガンガンやりゃあいい、きれいさっぱりぜんぶなくなりゃいい。そういいはしない。言葉が水腫みたいでいやになる。なんとかいう首相の話なんか、ほんとうはこんりんざいしたくない。ばからしい。おそろしくばからしい。なんでしたかといえば、あいつをヤラないと、こちらがヤラれる、とおもったからだ。さっさとヤラないと、こっちがヤラれる。いくらヤキがまわったって、そのくらいの勘はある。ヤルかヤラれるかだ。こちらのなにがヤラれるか。いちいち説明するのも面倒くさい。こういう話になると、だれの言葉もぶよぶよ水ぶくれになって、くだらなくなる。正義だ、平和だ、といえば聞こえはよいが、そんな駄菓子屋のマシュマロみたいなもんじゃない。正義の言葉くらい安っぽい言葉はない。平和の言葉もおおむねチープだ。殺人者が殺人直後にもらす、わけのわからない譫語のほうが、すうばいマシだ。ね、アイムソリーっていわなくていいよ。楽になったんだからさ。あなた、あのとき、サッポロビア飲んでたんだろ。ああ、テラヴィーヴのカフェに行きたいな。約束もしてないのに、夕方、カプチーノを飲みながら、だれかを、犬とともに、じっと待つ。そのだれかはイスラエル製の自転車でアロマのハシゴをしているようだ。だれかは、なかなかこない。あっ、血のような夕焼けだ。犬にテルアビブのビスケットを一枚やる。犬はオスワリをし、フセをし、いつまででもマテをする。テルアビブだろうがテヘランだろうが、気にしない。核戦争になったって、犬はオスワリをし、フセをし、マテをする。OKといわれるのを待つ。テルアビブのカプチーノはダフネのと味がちがう。どこかがちがう。あたりまえだ。『迷子の警察音楽隊』をおもいだす。あれ、いいな。かわいた空。かわいた土。濃紺の夜。青いインク瓶のようにして記憶をしまう、か。「なにも約束するな」か。よくわからないけれど、ほんとうにそうだとおもう。なにも約束するな、だ。わかるようで、なんだかわからないことはいいことだ。ぜんぶわかったら、反吐がでる。わからないから、死ぬまでは、なんとなく生きていられる。みあげたら、ことし最初の白いサルスベリが咲いていて、もう風にさらさら散っていた。エベレストにのぼった。(2014/07/02午後)

マック.JPG

・朝おきてカーテンをあけたら、やはり、やはりだ、なにもかわっていなかった。犬にご飯をやってから、でかけようとおもった。年内にテラヴィーヴにいこう。ハイファにも。青緑色の海をみる。理由はない。ああ、アロマか。カプチーノ。ひとを待つ。露天のカフェで。くるのは、酔っぱらったヨーゼフ・ロートかもしれない。そうではないかもしれない。でも、とにかく知らないところで、コーヒーを飲みながら、知らないひとを気長に待つ。じっと待つ。目標をもつと、すこし元気になる。理想なんかじゃない。さほど意味のない目標。犬に声をかける。テラヴィーヴだよ。行くぞ。アパートの非常階段をおりる。親指大の、褐色の、とてもみにくい虫が1匹、すこしもうごかずに、階段のはしに、じっとはいつくばっている。踏みつぶすのさえためらわれる、みにくい虫。脚が20本ほども、もにょもにょとある。どうにもならない。虫。存在。虫。わたくし、虫、踏まない。階段にたちどまらない。じぶんはけふ、なにかすこしかわった気がする。どうしたのだろう。なにか、無慈悲になっている。冷酷に。わたしはたぶんユーリイ・ニコラエヴィチである。ユーリイ・ニコラエヴィチがだれか、なんて説明はいらない。説明はやめたほうがいい。ムダだ。おれはただたんにユーリイなのだ。携帯に電話がはいる。「ダー。ユーリイ・ニコラエヴィチ」と、ぶっきらぼうに名のる。V音に気をつけて。相手はあわてて電話を切る。ばか。ばかやろう。などと、どならない。でも、ユーリイ・ニコラエヴィッチでビビるなんて、まるで根性がない。アパートの外。おかしい。なにもかわりがない。盲人が杖をついてあるいている。理容室カノンに行く。以前刈ってくれていた鈴木さんがいない。栃木の実家に帰ったという。お客さんどなたでしたか、と訊かれる。でした?過去形か。ユーリイです、と答える。ああ、由里さんでしたか、どうもお待たせしました。大して刈るところもない髪を刈ってもらう。若いころのゴウヒロミみたいな男に。大して刈るところもないのに、いつまでも刈っているから、エア・カッティングだ。由里さん、なにしてるひとでしたっけ?えっ、じぶん、なにをしてるひとでありますか?よくわからなくなる。「ボーッとしてます」。ゴウヒロミ「そうですか。ボーッとしてるかたでしたね」。わたし「うん、毎日ボーッとしてる」。シャンプーもしてもらう。由里さん、熱くないでしたかあ、かゆいとこないでしたかあ。かわっちゃいない。すばらしい!世界はどこといって、これといって、とくにかわっていない。頭きれいにして、久しぶりにマック公園前店にゆく。制服が黒っぽいのにかわっていた。チキンフィレオとコーヒーと水注文。はい、お客様、チキンフィレオとコーヒーとお水でよろしかったですね。「手がわるいので……」。いいおわらないうちに、「はい、お席におもちします。お客様、お席でお待ちくださいませ」。すばらしい!500円玉でおつりがきた。おお、かんぺきだ。おもいだす。マックにくるとなぜだか死刑執行をおもいだす。虫。川崎さんが絞首刑で殺されたのは、先月26日朝だ。それからたった数日で閣議決定。やつら、サッカー予選リーグ突破とよんでいたのだろう。ニッポン全国大フィーバーのさいちゅうに、ヤバいことをぜんぶおしとおしちまえ、と。北朝鮮のミサイルだかロケット弾だかも、カムサハムニダ。カネだしてやってもらったんじゃないか。わたしことユーリイ・ニコラエヴィチは、チキンフィレオを食いながら、そんなことはどうでもよろしい、と首をふる。わたしには関係がない。ユーリイは静かだ。ただ、胸やけがする。むせる。そういえば、犬にけさ、とつぜん訊かれた。あんたはサディストなの?ニエット。わたくしユーリイは答えた。でもね……、犬にいってやった。精神はほんらい空虚をいとうものだ、というのは、ぜんぜんちがうとおもうぜ。精神は空虚をまったくいとわない。精神はほんらい空虚なんだよ。犬は尻尾をふった。マヨネーズのはみだしたチキンフィレオをほおばりながら、わたし、ユーリーは唸るように、となえた。唸るように。工藤さん訳と多少ちがうかもしれないけれど、まだ憶えているのだ。チキンフィレオをくわえたまま唸る。だれも聞いちゃいない。なにもかわってはいない。唸る。「ひとは殺戮に生き、殺戮で息吹き、血まみれの闇をさまよい、血まみれの闇のなかで死んでゆく……」。なにもかも、かわっちゃいない。かわっていないから、やすやすとかえられてしまったのだ。ヤルかヤラれるか、だ。エベレストにのぼった。(2014/07/03)

ダフネ帰りの水たまり.JPG

・特別の日ではない、けふの、今朝、といっても昼ちかく、トーストを1枚食う。左手のスプーンで、ヨーグルトをすくい、トーストにベトベト塗る。トーストにヨーグルト塗ったって、とくに罰せられはしないだろう。ただの癖。犬がみあげている。雨がしとしとふっている。なんとなくメープルシロップがなめたくなる。メープルシロップを、なめなめしたくなる。戸棚から小さな瓶をだして、ヨーグルトが塗ったくられたトーストに、タラーリ、タラーリ、メープルシロップをたらす。犬があしぶみする。サトウカエデって知らないな。みたことがあるのかもしれないが、知らない。楓糖も知らん。食ったことあるのかもしれないが、忘れたね。カナダ。キャナダ。行ったことがある気がするけれど、よくかんがえたら、行っていない。なんどか誘われたが行かずに、ひとりで辞書ひきひき、『Catch-22』読んでた。むつかしかったな。あきれるほど、じぶんがつくづく惨めになるほど。よくわからないところがずいぶんあった。あんなむつかしいものが、スーパーでタマネギみたいに山積みで売られてた。米国内だけで1000万部も売れたらしい。悔しいからカナダに行かずに、『Catch-22』読んでたから、メープルシロップのことを知らない。このメープルシロップ、だれにもらったんだっけ。小笠原さん?ああ、あれはもう食っちゃった。昔だ。『Catch-22』だって、1960年代に発表されて、わたしが読んだのは1984年。もう大昔。著者のユダヤ系米国人ジョゼフ・ヘラーは前世紀末、亡くなった。帰国して日本語訳をみたら、べつものみたいに安っぽくなっていて、ほうりなげた。Cheech & Chongの映画みたいにニッポン語訳不能の言語がある。Cheech & Chong、おもしろかったな。意味がよくわからないけど、涙ながして笑った。あっ、このメープルシロップだれにもらったか、おもいだした。ざわっと葉むらが長靴で踏まれたような音が脳裡でした。あのひとだ。2度しか会ってない。初対面のとき、訊いてもいないのに、「わたし読売新聞とってます」といった。いやなかんじ。朝日じゃなく、読売購読者と、わざわざ公安警察に「申告」するみたいに、いった。なんだよ、それ。わたしにすれば、朝日も読売も、メクソハナクソだよ。どっちもクソ新聞だ。在日にだって「不幸せではない在日」だっているのですよ。そんなようなこともいってた。「不幸せではない在日」?なんだかむっとした。そんなことを問うてはいない。在日をぜんいん不幸せだと、わたしがおもっているとでもいうのか。ときたま、酔っぱらってだろう、夜にメールしてくる。「あなたのような100パーセントの日本人」とメールしてきたとき、腹がたった。侮辱されたみたいに。なにが100パーセントのイルボンサラミだ。そんなもの、どこにいるのか。いじけたジジイめ。無性に悔しかった。天皇だって100パーセントのイルボンサラミじゃないことぐらい、あなただって知ってるだろうに。韓国語の개(犬)と게(カニ)のちがいがよくわからない。ピョンヤンでカニといったつもりが、犬料理店につれていかれました。朝鮮語はむつかしいですね。初歩的冗談。「韓国」と「朝鮮」と、呼称をまぜこぜにして、たずねたことがある。かれはあいまいに笑って答えなかった。なんていうんだろうか、ドロッとした残忍な影が、あいまいな笑いの奥に浮き沈みしていた。と、おもった。知らぬふりをしても、歴史の帯に、残忍な黒い血の凝(こご)りが、剥がそうったってへばりついている。メープルシロップは、かれが送ってくれた。サラサラして薄いライトタイプ。ベットリしない。お孫さんをつれてキャナダに行っていたのだ。なにしに?孫を、怖い怖いイルボンから脱出させるために、だ。キャナダならなんでもだいじょうぶではない。でも、ヘイトスピーチがないし、イルボンみたいな陰にこもったいやがらせもない。そうだな。孫はいないけれど、孫がいたら、カネがあったら、在日だったら、在日でなくても、おれだって、孫をキャナダかニュージーランドあたりに脱出させるだろうな。イルボンって、だいいち、言葉がつうじないもの。大地震と放射能だけじゃない。街宣車がうるさい。おお怖い。言葉が、怖い。オ・モ・テ・ナ・シ。あれも怖い。なにいってんだか、なにがいいたいのか、腹がわからない。わたしの小さな黒い在日の개に、指につけたキャナダのメープルシロップをなめさせた。개、たいへんおよろこびになられた。焼きたての熱いホットケーキをおもふ。片面の焦げたの。メープルシロップをとろとろかける。においたつ。ユーリイ、やるのか、やられるのか……。雨の晴れ間に、エベレストにのぼった。(2014/07/04)

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・「わたしと触れ合うものをわたしは突き刺して通ろうとする、突き刺して殺す。それ以外の交わりをわたしは知らない」。と書いた男がだれだったか、なんて、いまとなってはどうでもよい。そんなことより、この文にすぐつづく、ひとくさりはちょっとしたもんじゃないか。「歴史を拒否する者がもっともよく歴史に働きかける、つまり最もよく生きるのだ」。かれにより、もともとはトロツキーを知り、ずっとあとにシャラーモフをおしえられ、エセーニンについて耳打ちされた。それと、石原吉郎の薄甘さについて、口をきわめて悪口をいわれた。ジェラシーみたいに。かれはこうも書いた。昔の話だが。「俺はいやだね。君たちやりたいようにやるがいい。……時代に遅れるだろうって?いいではないか。時代は時代、俺は俺。時代がかまってくれなくたって、……そうしておくほかはない。俺は俺、そうあることによってのみ、時代は俺にかかわりがあるのだ」。引用してみれば、まるで大したことはないな。1956年までシベリアに抑留され、88歳で亡くなった。ずいぶん長く生きたものだ。生きるというのは屈辱そのものだから、88年間、陰に陽に、屈辱と恥辱にさいなまれ、ときには慣れっこになり、屈辱と恥辱を忘れもし、とにもかくにも、死ぬまでは生きたのだ。Who was he?だれでもいい。わたしだってだいぶ本の世話にはなったが、いまじゃ切実な関心があるわけじゃない。だが、どうだろう、かれじしんが不穏なひとだったとはとうていおもえない。不穏なことをみたりいったりするのがきらいではないけれど、とうのご本人は不穏ではないひと、だったろう。突き刺して殺す。とか、レトリックは不穏じみていても、 ヤポーニヤもヤポンスキーもヒロヒトをも、そこまで憎んじゃいなかったのだろうな。もっともっと憎んで軽蔑しきってほしかったな。なにがいいたいのかって?べつになにもいいたかない。蒸し暑い。ダフネ2号店に行こうとおもったけれど、やめた。3、4日まえのジャムパンをさっき犬といっしょに食った。犬がおれをみあげていった。「ね、ユーリイ・ニコラエヴィチ、こ、これ、えろ古いけど、イチジクジャムでっせ!」。だからどうしたといふのだ。おれは不穏についてかんがえているのだ。そうしたいひとは、キャベツでも食って昼寝してればいい。ここはいま、なぜ、こんなにも不穏ではないのか。訝る。公明党が「平和の党」だと。犬まで腹かかえてわろてはるよ。ここはいま、なぜ、こんなにも不穏ではないのか。訝らずともいいとされていることを訝る。ユーリイは、けふ、だれをヤレばいいのだ?ぼやぼやしていたらヤラれるというのに、だれをヤルべきかわからないなんて、ひどい話じゃないか。ほら、みろ、兵隊募集をやっている。さかんに。高校生に。中学生にも。やつらはじゅうぶんに、かつてなく、大いに不穏なのに、こちらはさっぱり不穏ではない。いっそ和やかである。「わたしと触れ合うものをわたしは突き刺して通ろうとする、突き刺して殺す。それ以外の交わりをわたしは知らない」なんて街中でたんかきってみろ。警官がすっ飛んでくるぞ。DJポリスが。ヘイワなんだから。でも、地滑りがはじまっている。まちがいない。足下がズルズルと流れている。「歴史を拒否する者がもっともよく歴史に働きかける、つまり最もよく生きるのだ」。これはだれのことだ、「歴史を拒否する者」とは?ヘラヘラ笑っているイルボンサラミよ、ひとばん、胸に手をあててとくとかんがえてみろよ。だめだ。言葉つうじなひ。言葉もう死にまひた。イルボンはマジやばい。在日コリアンのほうがよく知っている。「あの気配」をかんじている。肌で、からだで、骨で、かんじている。だからおれはおもふ。おもひます。イルボンサラミはイルボンから逃げないのなら、そんなにイルボンがすきなら、亡命しないのなら、なれるもんなら、せめて在日になれ!ザイニチに!イルボンサラミのクソやろうども、ザ・ザイニチになれ!それやこれとはかんけいはないけれど……。

「しあわせというやつは――」
――と その人は言い言いしたものだ――
「つまり あたまと手の小器用なこと
不器用な心というやつは どいつもこいつも
いつでも不しあわせということになっているんだ
ねじまがりひんまがって ほんとでない身ぶりが
むやみに難儀を持ち込むってのも そりゃあ
わかりきったはなしというものではないか」
(『不吉の人』内村剛介訳)
わたし、はい、エベレストにのぼりませんでした。(2014/07/05)

ハエと腐りつつあるクチナシ.JPG

・ひところ、みつけたらてあたりしだいに観覧車にのっていた。そんな時期があった。いろいろ理屈をつけはしたけれども、あんなもの、のってみれば、とくにどうということはない。横浜、パリ、ダッカ、マカオ、ソウル、ラスベガス、ウィーン、シカゴ、ワルシャワ、ベオグラード、モスクワ……。空中の縦回転は、いくめぐりしたところで、なにかおきるわけのものでもない。ただ…、とけふおもった。下からゴンドラのわたしをみあげるひとと一瞬、目があうとき。そんなときがあった気がする。距離と視角と遮蔽物からしてむずかしいはずのことが、たしかあったと記憶している。テグ(大邱)。老婦人がいた。さそったが、婦人はのらずに、わたしだけがのった。老婦人はわたしの伯母にびっくりするほど似ていた。ふくよかな体型、泣くか笑うか怒るかしている、あいまいな中間のない、にぎやかな目、甕(かめ)の口からどっと溢れてくるような、ボリュームのある声。亡くなった一関の伯母がなぜここにいるのだろう。そう錯覚するくらい似ていた。一関の伯母のところに、わたしは疎開したことがあるらしいのだが、憶えていない。一関の伯母の面影がある老婦人は、わたしが疎開していたころ、台湾で日本兵を相手にしていた。4人のりのゴンドラをひとりで占領して、テグの空から婦人をみおろした。かのじょは松の木のかたわらにたって、わたしをみあげていた。目があった。息を呑んだ。かのじょは、そのかのじょなのに、目がいれかわっていた。真冬の凍てついた沼の目になっていた。泣くのでもない笑うのでもない怒るのでもない、寂しみより、もっとはげしく寂しい目。凍った孤独の、その目が、ゴンドラの下からわたしの目を射ていた。そうおもった。観覧車をおりてから、わたしは露店でミドリガメを1匹買った。かのじょはポツリと地べたに小石を落とすようにいった。「カメはなくのよ……」。よくわからなかった。カメはなくのよ。どういうことなのか。そのとき、あまりかんがえはしなかった。カメはなくのよ。ほんとうにそういったのかどうかも、最近はよくわからなくなってきた。鳴くか、泣くか、それとも、なにもかのじょはいわなかったのだか。マンガの空のふきだしに、わたしが勝手に言葉をいれたのだったか。観覧車のまえかあとに、お兄さんか弟さんかを紹介された。そのひとは、4畳半くらいのオンドルの部屋にゴロッとあおむいていた。筋ジストロフィーをわずらっていた。そのひとはかすかに身じろぎ、下からわたしに、なにか絞るようにしていったのだが、なにかわからなかった。わたしもなにかいったのだが、なにをいったのだったか。たぶん、そのばかぎりの調子のいいことをいったにちがいないのだ。横たわるそのひとを、わたしは行者かなにか尊いひとのように憶えている。そのひとのことを、わたしは記事に書かなかった。さいしょから書く気などなかったにちがいない。薄紙をいちまいいちまい剥がすように忘れていく。いちまいいちまい剥がれて、記憶の本体も、いちまいいちまい細っていく。ただ、ただよう風景のおぼろな変わり目に、なにか薄ら陽のように、ひとすじ、ふたすじ、からだに差しこむものがあったことだけは、くっきりと憶えている。それがなんであったか。なんでありえたのか。うまくいうことができない。うまくいいえないことが、まえはひどくもどかしかった。いまは、あまりもどかしくはない。差しこまれた薄ら陽は、容易に言葉にできないほど大事だったのだとおもう。かんたんに言葉にできないから、たいせつなのだ。かのじょは星が光ることを「ぴかる」といった。星はひかるのではなく、ぴかるのだ。かのじょはトシコとよばれていた。日々飛びたっては死んでゆく特攻隊員の相手をしていた。ぴかる星が落ちたら、それがおれの星だ、おれとトシちゃんの星だ。出撃前夜の兵隊にそういわれた。かのじょはそういった。わたしはぼうっと聞いた。からだに薄ら陽が不意に差しこんだのはそのときではない。それは、筋ジストロフィーの兄か弟に、逢ったときではなかったか。予定外のであいだった。かれは透明な水飴のような、よだれをたらしていた。わたしは終始うろたえてはいないふりをした。じじつ、うろたえてなどいなかったのだ。が、不思議な感情がからだを走った。悪感情ではない。ちがう。まったくちがう。あれはなんだったのか。あえいで、薄ら陽をたぐりよせようとする。なんどもたぐりよせようとしました。わからない。わかりませんでした。はっきりとはいえないのです。大事だということがわかっているのに、しかし、そのたいせつさの中身を、うまくいうことができない。しいて、しいていえば、いわなくてもよいことなのかもしれないが、いえばいうだけかえって遠ざかる薄ら陽なのかもしれませんが、それは、わたしというものそれじたいの、「恥」が照らされた、そんな感情に似ていたのかもしれない。エベレストにのぼった。(2014/07/06)

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・冬、月の夜、盧溝橋の欄干に手で触ってみたことがある。あれは大理石だったか、えぐられた弾痕を指でなぞったら、指が凹みにはりつき、皮膚が剥がれそうなほど冷たかった。永定河のことは憶えていない。ひとりで車を運転し、なんどか行ってみた。橋のたもとで、兵士に誰何されたこともあった。怖かったな。1937(昭和12)年7月7日夜半、北京郊外の盧溝橋近くで、日本の「支那駐屯軍」部隊が夜間演習をはじめ、その最中に、数発の射撃音があり、点呼したら日本軍兵士1人が足りなかったという。その兵士は腹痛で草むらにかけこんでいただけだったのだが、これは中国軍の「奇襲作戦」にちがいないと断定した牟田口連隊長は日本の主力部隊の出動を命じ、7月8日未明から中国軍を攻撃した。わたしはむかし学校でそう習った。日本の軍隊が外国であるはずの中国にいて平気で軍事演習をした背景も先生がはなしてくれた。関東軍がみずから満鉄の線路を爆破した1931年の柳条湖事件もそうだが、日中戦争はリーベン(日本)の謀略だらけだ、と。さて、37年7月9日に停戦交渉がおこなわれ、11日には両軍間で停戦協定が調印されて事態は収拾されたはずなのに、日本政府はとつじょ「華北派兵に関する声明」を布告。「満州国」に駐屯していた関東軍などが次々に侵攻し、北京・天津地方を占領。8月には第1次近衛内閣が「支那軍の暴戻(ぼうれい)を膺懲(ようちょう)し以って南京政府の反省を促す為今や断乎たる措置をとる」と宣言、約10万の大部隊の華北派兵を決定して、上海方面にも戦線を拡大する。やりたいほうだいである。9月には天皇ヒロヒトが「中華民国深く帝国の真意を解せず濫(みだり)に事を構へ遂に今次の事変を見るに至る」と、中国側に戦争責任を押しつけ、明かな侵略行為を「中華民国の反省を促し速に東亜の平和を確立」するため……などと強弁、正当だと主張した。こういうのをニッポン式「積極的平和主義」という。これをうたがったリーベンレンはほぼ皆無。それでもヒロヒトは戦犯にもならず、「人道に対する罪」にも問われなかったのだから、リ−ベンてのはものすごいクニなのだ。「暴支膺懲」(横暴非道な中国を懲らしめる)を口実にした侵略と殺戮は、昭和天皇のお墨付きをえてますます勢いづく。戦線はひろがる一方だった。他国の軍事占領は是か非か、人道上よいかわるいか、国際的準則にもとずいているのか……など、かえりみられたふしはない。12月にはついに南京を「攻略」。このときである、南京大虐殺がおきたのは。せいかくな数はわからない。だが、どんなに少なくみつもっても、数百、数千なんていう人数ではない。最低でも婦女子をふくめ数万人が殺された。大虐殺記念館ができるというニュースをわたしは、20世紀後半に、リーベンに送った。南京で取材した。ほっつきあるいた。足が棒になったな。汗をいっぱいかいたな。日本軍が中国の都市を占領するたびに、日本では提灯行列をし、万歳三唱をして祝った。新聞は「暴支膺懲」と書きたてて、あおった。12月13日の南京陥落のときは、とくに日本中が大パレードでわきたった。大フィーバー。東京の「奉祝」提灯行列には40万人が参加し、「日本勝った、日本勝った、また勝った、シナのチャンコロまた負けた!」などととはやしたてた。「中国人」なんてだれもいわなかった。シナ人、シナソバ、チャンコロ。かりに南京大虐殺の事実が当時、報じられていたとしても、提灯行列のもりあがりは、なにも変わらなかっただろうな。軍は中国各地に際限なく戦線を拡大して、「連戦連勝」に酔いしれ、宣戦布告のないまま、全面戦争に発展していった。それに異をとなえる者は、なきにひとしかったのだから、中国諸都市でのmassacreは軍事的勝利とほとんど同義であったはずだ。犯意はもともとないか、きわめて希薄であった。吉本隆明が「戦争中の気分」について語ったことがある。こちらは太平洋戦争時らしいが、「社会全体が高揚していて、明るかった」そうなのだ。「戦争中は世の中は暗かった」というのは戦後左翼や戦後民主主義者の大ウソ、戦争中は、世の中がスッキリしているというか、ものすごく明るいんです……云々と話している。それは一面でそうだったかもしれぬが、吉本さん、どうもおかしい。「かわいさあまって憎さ百倍」がもっとねじれ、高じて、戦後左翼や戦後民主主義者は、戦争発動者より、ヒロヒトよりもっとわるい、てな舌鋒になっていく。歴史はボロボロである。盧溝橋事件なんてもうだれも知らない。「満州国」も知らない。日中戦争でどれだけひとが殺れたか知らない。先生も知らない。先生が知らないのだから、生徒がわかるわけもない。南京大虐殺もなかったことにされる。けふは七夕。盧溝橋事件の数日前、現地駐屯日本軍将兵のあいだには、「七夕の日になにかかがおこる」という噂が流れていたという。エベレストにのぼらなかった。(2014/07/07)

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・ニッポン外務省のホームページをみて仰天した。絶句。みまちがいとおもい、目をこすった。新たな対中戦争がはじまっている。あるいは、日中戦争はいまもまだつづいているのだ。「盧溝橋事件の発生」にかんし外務省はいう。1937当時の外務省ではない。2014年現在の外務省が、である。「昭和12年7月7日、北京郊外で日中間に軍事衝突(盧溝橋事件)が発生しました。日中外交当局は南京で善後処理交渉を行いましたが、事件の責任の所在をめぐって双方の主張は平行線をたどりました。現地では両軍の間に停戦合意が成立しましたが、中国政府は関東軍の山海関集結に対抗して華北方面へ中央軍を北上させたため、17日、日本は中国政府に対して、挑戦的言動を即時停止し、現地解決を妨害しないよう要求しました。これに対し中国側は19日、日中同時撤兵と、現地ではなく中央での解決交渉を求めました。その後、北京周辺で日中間の軍事衝突事件が相次いで発生したため、27日、日本政府は自衛行動をとるのやむなきに至った旨を声明、翌28日、華北駐屯の日本軍は総攻撃を開始し、31日までに北京・天津方面をほぼ制圧しました」。中国による「挑戦的言動」「現地解決を妨害」という事態があり、ゆえに「日本政府は自衛行動をとるのやむなきに至った」「日本軍は総攻撃を開始」云々というロジックは、77年前、すなわち、「大日本帝國」の国号時代とかわってはいない。ここからはニッポンによる中国の侵略、軍事占領、半植民地化という重大な歴史的事実が、ごそっとえぐりとられている。なんということだろう。基本的な歴史的事実という認識の根底がないのだから、もちろん、反省もあるわけがない。現地責任者であった牟田口連隊長(のちに陸軍中将)が1945年12月、A級戦犯容疑で逮捕された事実の記載もない。中国による「挑戦的言動」「現地解決を妨害」、ゆえに、「日本政府は自衛行動をとるのやむなきに至った」は、いまのアベ政権でもそのまま再現可能な、「自衛」または「自存自衛」という名の「戦争の論理」以外のなにものでもない。こんな調子では、かの悪名高い「対華21ヶ条要求」を、現在のニッポン外務省はどう説明するのか。傀儡国家「満州国」建国をどういちづけるのだ。満州事変をも「自衛行動」というのだろうか。このホームページはだれの指示で、だれが書いたのか。すごいことがおきている。どうも気流がおかしい。気圧が尋常ではない。息が苦しい。気象病か。気色わるい。精神がささくれだっている。ひとの感情がいきなり爆発したりしている。神経が剥きでている。いろんなことが狂いだしている。欧州、中東、中国、アフリカ。わけのわからないことが横行していないところはない。基底に狂気じみたなにかがあって、それが連鎖しあい、日々ふくらんでいる。どこでも極右と民族主義者、国家主義者が台頭している。歴史が映像のように巻きもどされている。友人が死刑には反対だといったら、そんなにニッポンがいやなら北朝鮮に行け、と周囲からひどく反発された。佐藤とかいう評論家が、集団的自衛権行使容認に賛成した公明党を堂々と賞賛している。なにがおきているのだろうか。アベ政権支持率は50パーセント以下になったが、まだ40パーセント以上が支持している。犬とコビトが、ブログをやめることもかんがえてもよいのではないか……などと提案のようなことを、さりげなくいう。もっとストレートにいえばよいのに。コビトの父が骨髄性白血病だ。治療にお金がかかる。毎日なにかがおきる。静まるには本を読むしかない。おなじ本をなんども読む。〈原ファシストはその潜在的意志を性の問題にすりかえる〉〈男根の代償として武器と戯れる〉〈戦争ごっこは永久の男根願望に起因する〉〈これがマチズモの起源だ〉〈原ファシズムにとって個人は個人として権利を持たない〉〈量として認識される民衆が、結束した集合体として「共通意志」をあらわす〉〈だが、人間存在をどのように量としてとらえたところで「共通意志」をもつことはない〉〈したがって、指導者はかれらの通訳をよそおうだけだ〉〈委託権を失った市民は行動にでることもなく、全体をあらわす一部としてかりだされ、「民衆の役割」を演じるだけだ〉〈こうして、民衆は「演劇的機能」にすぎないものとなる〉――。エベレストにのぼった。(2014/07/08)










posted by Yo Hemmi at 14:54| 私事片々 | 更新情報をチェックする

2014年06月27日

エッセイ寄稿


◎最新エッセイ

2014年7月6日発売の「文學界」8月号が、吉本隆明特集のなかで、
辺見庸の最新エッセイ「『絶対感情』と『豹変』――暗がりの心性」
(11枚)を掲載する予定です。
posted by Yo Hemmi at 00:13| 掲載予定 | 更新情報をチェックする

2014年06月26日

日録23



私事片々
2014/06/26午後〜

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・国家とはなんだろうか、国家とは。国家とはひとつの、神をでっちあげるような幻想(妄想)の産物であり、幻想の結果としての、まぎれもない災いである。それ以外ではない。国家幻想は、戦争をやむをえないものと正当化し、戦争へとひとびとを駆りたてる。ニッポンの国家幻想はまた、死刑を正当化し、生身の人間の首に縄をかけ、絞首刑にして殺すことの罪をためらいもなく無化する。殺す者も殺される者も生身の人間なのだが、死刑の執行は、まるで役所の道路清掃作業のようにかえりみられない。今朝、68歳の男性を、谷垣法相の命を受けて、絞首刑にして殺した大阪拘置所の担当刑務官数人は、おそらくそれぞれ現金で殺人にはとうていみあわない特別手当をもらい、今夜は、家族には内緒で、ジャンジャン横丁か鶴橋、京橋、新世界、飛田新地あたりで、浴びるほど酒を飲むことだろう。つらかろう。死刑囚の最期の絶叫、滑車のまわる音、ロープのきしむ音、頸骨が破砕される音、つけ根まで飛びでる舌、眼球、絶命しかけたひとの空中回転、血しぶき、失禁のにおい……を忘れるために。忘れようとしていっかな忘れえない記憶と消そうとしても胸に浮沈する罪の意識を散らしつくすために。「この男は、べつに死にかけているわけでもなんでもない。われわれと全く同じように生きてピンピンしているのだ。彼のからだのすべての器官は、ちゃんと働いている――腸は食物を消化し、皮膚は新陳代謝を繰り返し、爪はのび、組織は形成され続ける、というふうに、――すべてが、滑稽なほど厳粛に、そのいとなみを続けているのだ。彼の爪は、彼が絞首台の踏み板の上に立ったときも、十分の一秒間だけ生命を保ちながら空中を落下していく、その瞬間にも、相変わらずのび続けるであろう。・・・彼の脳は、依然として、記憶し、予想し、思考し――推理しているのだ。彼とわれわれとは、いっしょに歩きながら、同じ世界を見、聞き、感じ、理解している仲間なのだ。ところが、二分後には、突然、ガタンという音とともに、この仲間のひとりが消え去ってしまう――心がひとつ減り、世界がひとつ消滅するのだ」(ジョージ・オーウェル「絞首刑」高畠文夫訳)。そのまさに「生命の絶頂を、突然、断ち切ってしまわなければならない不可解さと、そのいうにいわれぬ邪悪さとに、はっと気がついたのだ」と、一九二〇年代にビルマに暮らしたオーウェルは、死刑囚を観察しつつ自他を厳密に描写した。オーウェルは絞首刑にいたる男の罪には一顧だにしていない。絞首台に立たされた男の身体各器官とじぶんのそれらを同等のものとして感じ、極刑そのものの不条理と邪悪さに全感覚を集中してゆく。死刑囚を「仲間」と言い、「仲間のひとりが消え去ってしまう――心がひとつ減り、世界がひとつ消滅する」と書く。こう言えることと、こう言うことがあざ笑われ、歯牙にもかけられない世界のあいだには深い虚無の峡谷がある。ということは、『いま語りえぬことのために――死刑と新しいファシズム』の「朝の廃墟」のなかでもう書いた。わたしが書いたとて、ニッポンとニッポン人は死刑をやめず、やめる気もない。しかたがない。なんどもくりかえし、死刑に反対するしかない。災いを結果する幻想でしかない国家にとって、せいぜいできる善きこととは、死刑の永久停止、死刑制度の廃絶くらいしかない。けふの死刑執行の報せは、電話で病院の検査予約をとりつつあるときに、ふと聞いた。ひどいものだ。数年来、おりおり胸をかすめていたイメージを、またおもう。カマイタチのような、瞬時の、みえない傷。衝迫。〈おい、国家よ、どうだ、こんどはおれを刑場にひきたてて、身代わり絞首刑ってのをやってくれないか。おれにはそうされる用意がすでにある〉……。おれの内面は死刑囚たちのそれより万倍も(死に値するほど)邪悪なのだから。いまの政権を蛇蝎のように嫌悪し、おまえらがしきるクソのようなこの世に生きることに、もうほとほとうんざりしているのだから。どうだ、安倍よ、谷垣よ、次の「昭和の日」あたりに、おれを公開処刑にしてくれないか?ただし、刑務官たちを煩わせるのではなく、安倍よ、谷垣よ、おまえたちファシストが、手ずからおれの絞首刑執行にあたれ。首を折られてぶらさげられたおれは、クルクル回転しながら、おまえたちの顔におれさまの血反吐をおもいきりぶっかけてやる。これは冗談ではない。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/26)

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・霧の犬をスッポリとからだにおさめて、霧のなかをダフネ1号店に行く。足が3本しかない霧の犬が、おれとともに、からだのなかをとぼとぼとあるいている。お金をはらうときに気がついた。ぎょっとした。こ汚いおれの千円札に、ショボい漱石がいるではないか。みすぼらしい、貧相な、アホらしい、マヌケな漱石が。悲惨だ。とても悲惨である。死んで紙幣にされるほど最低なことはない。ひょっとしたら、絞首刑でころされるより、ひととして最悪だ。なあ、アベ・シンゾー、そうおもわんか?タニガキ、あなたはそうおもわないか。起立、礼!天皇陛下、あなたにも謹んでうかがひたい。死んで紙幣にされるとは悲惨ではないか。畏れながら、陛下は紙幣となるのを願ひますか。タニガキ、おまえは昨夜なにを食ったのだ、なにを。ほう、お線香1本あげるでなく、クロベ和牛のステーキだと?ミディアム・レアだと。朝、薄給の下級刑務官に絞首刑をやらせておいて、夜、じぶんらは満面笑みを浮かべてごちそうか。ニッポン・チャチャチャって、ほんとうに悲惨だ。漱石も鴎外も、死刑に反対した形跡はない。禁中の秘儀になにかしら似たニッポンの秘儀、死刑執行を、しきりに嫌悪したふしはない。いまもつづく禁中の秘儀を生理的に嫌悪しないやうに、死刑を生理的に嫌悪しないのだ。「高瀬舟」は根本からまちがった小説だ。なにが「知足守分」だ。高瀬舟を、死刑囚を刑場へとはこぶ舟と仮定せよ。文学は無限の仮説だ。従容として刑におもむくのがそんなに立派か?バカを言うな。庄兵衞をぶんなぐって川に飛びこみ、ぬけぬけと娑婆に生きてなにがわるい?おい喜助、そうはおもわぬか。絞首刑執行のその日に、沖縄に行き、戦没者墓苑を訪れて、沖縄戦の犠牲者の遺族らに、まったく言うにことかき、「元気ですごされますように…」と宣わったという天皇。なんだと?元気ですごされますやうに、だと?父のせいでたいへん申し訳のないことをいたしました。なぜ、そう言えぬのだ。「天皇陛下万歳!」と叫ばせ、たくさんの沖縄のひとびとに自決を強いた過去。そこになぜ触れないのか。なんじ臣民、すまなんだ。集団的自衛権行使のための閣議決定に朕はひととして反対すると、ひとこと、小声でなぜ本音を吐けぬのだ。アベ政権が言わせないのか。おい、漱石、千円札になっちゃったショボい漱石よ、ニッポンは悲惨だとおもわぬか。草枕の漱石よ、このクニは悲惨だ、チンケだ、ただいじましいだけだ、ケチだ、卑劣だ、インチキだ……となぜ書けなんだ。みみっちいい千円札の漱石よ。霧の犬のなかに入り、霧のなかをあるいた。山頂を子どもらに占拠されていたので、エベレストにのぼらなかった。(2014/06/27)

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・とはいえ、先般、〈おれを身代わり処刑にせよ〉といきまいたのは、老残の徴やもしれないにせよ、あながちこけおどしでもない。おれを公開処刑にせよ。いつものように安月給の刑務官たちにつらい殺人の労をとらせるのではなく、アベ、タニガキ、おまえたち国家権力をあやつる教皇や大僧正気どりの腐った低脳どもが、衆人環視下でじかに手をくだせ、と言ったのも本気だ。身代わりというからには、だれの身代わりか、と反問されてしかるべきだろう。しかしだ、誤解なきよう願いたい。おれは主義・思想のために行動し、不幸にして捕まった、かげながら一目も二目もおかれている〈立派な死刑囚〉のために身代わり絞首刑になりたいのではない。いかにも芝居がかったそのような正義面は大嫌いだ。おい、アベ、タニガキ、そして、アベ、タニガキの手下ども、よく聴け。おまえらが〈箸にも棒にもかからない〉〈冷酷無比、まったく反省もない、一滴の情状も汲みえない〉〈人間性のひとかけらもない〉〈弁護士さえさじを投げ、もう洟も引っかけない〉〈身内さえみかぎった、支援者ゼロの〉〈新聞・テレビ・セケンも、あいつなら殺られても、まあ、しょうがないか、とおもうにちがいない〉確定死刑囚に目をつけ、このところの死刑にあたり、国家への定期的な「供犠」のようにひとを選抜して無感動に殺している、そうした「にんげん」の身代わりになって首を吊られたいのだ。さて、無感動にひとを殺しているのは刑務官ではない。「市民」を自認し、朝日新聞をとり、口先ではさも現状をうれえるふりもするが、死刑にも集団的自衛権にも、からだをはってまで反対するわけではない、絞首刑執行後の夕刻には、もうそのことをケロリと忘れて、うまい夕食をとり、ばあいによってはセックスもやってのける、いわゆる良心的記者や良識的市民らが、この公的殺人を、じぶんらは手をくださずに、ときおり反対するそぶりをしながら、しっかりと支えつづけている。これではもうダメなのだ。おれを公開処刑にせよ。どうせやれやしないと高をくくって見えをきるのじゃない。事態はやるかやられるか、なのだよ。おれは首をへし折られ、空中をクルクルと回転しながら、アベ、タニガキ、おまえたちの顔に、ロケット花火のように勢いよくおれの血反吐をぶっかけてやりたいのだ。ついでに記者たちのバカ面にも。これがさしあたりのおれのロマンチックな夢だ。なになに、適正な法律がないだと?憲法の骨格をまったく無視して集団的自衛権行使容認にもっていっているおまえたち右翼ポピュリスト、ファシスト中のファシストに法律をかたる資格などない。にしても、いよいよそのときはきつつある。閣議決定による集団的自衛権行使容認。おもう。にんげんには二つの時間がある。歴史的な時間とおのれひとりだけの反歴史的時間=日常だ。99.999パーセントの人間は後者に生きてきた。このたびもまた後者に生きるだろう、反歴史的に、みみっちく。いやだな、とおもう。さりとて、〈署名・声明・呼びかけ人〉ブンカジンの嘘くささもごめんこうむりたい。もうだめなのだ、それでは。「わが国の近代以降の歴史のなかでは、現実を変えた行動などはひとつも存在しなかったし、思想がただその思想が存在するというだけで、すでに現実にたいして〈威力〉であるといえる思想を創りあげたという事実も存在しなかった」(吉本隆明)。にしても、そうだとしても、たとえそうだとしても、「いやだ!」「ノー、ノン、ナイン!」とはっきりと声にし、嘘くさい正義ヅラでなく、「人が法に叛くことはじつに人間くさいことなのだ」という余儀ない負の道理を、それぞれのからだでしめすときではないのか。もちろん勝つわけではない。なにかが変わるわけでもなかろう。徒労は目にみえている。空しいだけだ。惨めだ。屈辱的でさえある。だが、それらを百も承知で、デモで消耗するのと、消耗を頭から小馬鹿にして反歴史的生活のあさましさのみに浸かりきり、テレビでサッカーをみているのとでは、天と地のひらきがある。アベの顔に唾を!血反吐を吐きかけよ!コビトと雨中、病院。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/28)

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・犬が?マークの形のフンをした。じっとみつめた。が、!マークのときも∞マークのときもあり、べつに異常の知らせではない。犬はじぶんのときどきの心象をウンチの形で自由に表現しているだけなのだ。あまり幸せではないらしいモトカノからメール。何年ぶりかのデート、またもなんとなく成立せず。ぶざまなかっこうをみられたくないしな。バス停のコビトがとつぜんの雷雨でずぶ濡れになったらしい。ヨーゼフ・ロートは平田達治訳よりも小松太郎の旧訳のほうが読みやすい。池内さんの訳は、原文がそうなのかもしれないけれど、アップテンポなのと体言どめの連発がどうも気になってしまう。先日、絞首刑で殺された人物の名前は「川崎」さんで、享年68だと、昼下がりにだしぬけにおもいだす。ほぼ同い年。川崎さんという、いまは亡きひとは、わたしにけふ、なぜか、だしぬけにおもいだされた。川崎さんにだって、わたしよりはよほど善いところがあっただろうに。そうかどうかを、法務大臣は拘置所に足をはこんで、川崎さんに面会して、調べたわけではない。よしんば、面会し、結果、「悪党」としかおもえなかったにせよ、川崎さんを殺す権利、資格はだれにもない。 人殺しはわるいという理由で、人殺しをする。しかも、大臣がじぶんの手で首に絞縄をつけて殺すのではなく、まったくひとを殺したがってはいない下級官吏に殺人を命令する。「原(ウル)殺人」よりも、国家の名をかりた、こちらの「法的殺人」のほうがよほど悪質であり、法相および総理は、あの世で閻魔様にキンタマをペンチか万力でブチッとつぶされ、ケツの穴に444匹の活きのよいゴキブリを突っこまれて悶絶死させられることになっている。ハトヤマ、チバ、おまえたちもそうだ。そっか、キンタマのないチバは、ばんやむをえない、ペンチ刑は免除されようぞ。下級刑務官はむろん無罪。死刑はやめろ。やめてくれ。死刑は本源的に戦争とおなじなのだ。やるなら、アベ、タニガキ、イシバ、オノデラ……おまえたちじしんがが軍服を着て刑場や戦場にいって、ひとを殺し、わが身にひとの返り血を浴びよ。若い者を戦場にも刑場にも送るな。ところで、権力の空間は非人称的であり、じつは中心もなく、網の目のように転移する……ってだれが言ったのだっけ?だれが書いたか忘れたが、そのとおりだ。絞首刑の報道を耳にしても、集団的自衛権行使容認の閣議決定を知っても、カネのあるサラリーマン夫婦はちゃんとジムにいき、ランニングマシーンで汗を流し、ジョジョエンで高級焼き肉を食うのだ。冷えたエビスビア飲んで、特上カルビを2皿食うのだ。若い、高学歴で、マックのバイトも被災地ヴォランティアもしたことのない、いわゆるカチグミ夫婦は、むろんフィストファックやアナルセックスなどのヘビーデューティを避け(たまにはやってみろよ)、つうか、フィストファックやアナルセックスやスカルファックのモチベーションや嵌めかたをそもそも知らず、知ろうとさえせず、朝日や日経をとり、テンセイズンゴの駄文を読み、産経や回転寿司やデモ行進や牛丼屋をなんとなく軽蔑し、たんまり定期預金をし、およそ罵声など発したこともなく、派遣社員に差別的眼差しをむけず、差別発言をしないコンプライアンスとやらのテクを知っていて、そのじつ、〈じぶんより劣る者たち〉と口にはださねど内心おもいこみ、ホームレスを人生観の問題と信じ、「卑怯」ということがどんなことなのかじっかんとしては皆目わからず、「ら抜き言葉」にはみょうに敏感なくせして、69を「スィクスティナイン」と誤読し、さればこそ、非人称的で、固定した中心のない、たえず転移する権力空間に、そうとはまったく意識せずに、しかし、いるともなくただボーフラのように漂っている、もみこまれた毛細的権力として現政権を無感覚にささえている。マスコミ、商社に多いというきゃつらのケツの穴に、ゴキブリ5匹くらいはぶちこんでやってもよろしいのではなひでせうか。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/29)

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・さて、クロノロジカルにいえば、明日、歴史が大きく変えられる。もともと「ない」はずのものが、今後「ある」ことにされてしまう。参戦権。そもそも現行憲法がみとめていない権限であり、そして歴代政権も「ない」としてきた参戦権を、一内閣がとつじょ「ある」と強弁して、みとめてしまうというのだから、ただごとではない。これは国家権力によるひとびとへのあからさまな暴力にひとしい。憲法は「宣戦布告」と「講和」の権限を規定していない。戦争に負け、戦争を反省し、ゆえに戦争を放棄したのだから、あたりまえである。だから、憲法第9条は2項において「戦力を保持しない」「交戦権を認めない」とはっきりさだめており、これまでの歴代政府解釈も、名うての右派政権でさえ、この2点を、たとえしぶしぶにせよ、みとめてきた、みとめざるをえなかったのだ。じっさいには着々と軍備を増強してはきていたのだが、憲法上にかすれた母斑のように消えのこる平和主義=不参戦主義は、おそらく荒んだこのクニにおける、たった、たったひとすじの理想のあかしではあった。いま、安倍内閣はこの最期の薄ら陽をも、集団的自衛権行使容認により消し去ろうとしている。わたしはそれを受容しない。交戦権が否定されているのに、参戦して他国の防衛をする、すなわち戦争をするというのは、子どもでもわかる大矛盾である。しかし、ことここにいたり、わたしは言葉のたよりなさと、この状況にたたずむことの羞恥と屈辱と、いうにいえない嫌悪とをかんじている。それは、全景がすでに言葉ごとこなごなに砕かれているというのに、かつ、あてはまる活きた言葉のかけらさえないというのに、まるで一幅のまとまった風景をかたるように、「いま」をかたらなければならないからである。いまは、ただここに在るだけで、じゅうぶんに悲惨である。内奥がズキズキと痛い。わたしとわたしらは、とても貶められている。なにかひどいものに晒されている。外部に融けることもできずに、ただ疲れたまま、むきだされている。こうした心象を、外部への「プロテスト」につなげていくのは、筋ちがいというものだろうか。わたしは数日よくよくかんがえてみた。ひとはひとをたえず殺しつづけてきた。それらの「ひと」は歴史一般の他者ではなく、わたしやあなたをふくむひとだ。わたしやあなたをふくむひとはいまも、ひとを殺しつづけている。沈黙により傍観により無視により習慣により冷淡により諦めにより空虚さにより怠惰により倦怠により、みずからを殺す衝迫をかんじつつ、ひとを殺しつづけている。それはむしろ常態化している。だが、だからといって、今後ともそうであってよいということにはならない。鬆(す)のように疎外されたこのような心象を、外部への「プロテスト」につなげていくのは、筋ちがいというものだろうか。数日かんがえた。わたしはおもう。筋ちがいではない。わたしは内面の鬆をさらけだして、それらとこのクニの参戦という事態をつなげて、安倍政権に永遠に敵対することとする。この病んだ政権が、ファシストの、右翼ポピュリストの、国家主義者の砦だからという図式的な理由からではない。それよりも、この政権の全域をつらぬく人間蔑視、弱者・貧者さげすみ、強者礼賛、あられもない戦争衝動、「知」の否定、財界すりより、ゼノフォビア、夜郎自大、組織的大衆(メディア)操作、天皇制利用……が堪えがたい段階にまできているから、安倍政権をうちたおすべきだとおもった。でなければ、わたしの内面にはさらに多くの鬆がたつからだ。この政権とその同伴者たちには、かつて精神科病院の入院患者らを「優生学的見地」から多数薬殺したナチス政権と似た、なにかとてもいやなにおいがする。安倍政権とは、それじしん、ひとつの災厄である。本ブログの読者たち、友人たちに、わたしは「たたかい」をよびかけない。「連帯」もしない。連帯を呼びかけない。それぞれがそれぞれの〈場〉とそれぞれの〈時)に、それぞれの声を発すればよいのだ。もしくは、あくびして、まどろめばよい。もうなにも規範はない。あるべきであったせめてもの平和的規範を、安倍と(各所に配置されている)その一味は毀した。たたかうべき主体はやすやすと解体されている。いまを許すべきではない。友よ、痙攣のように抗うか、まどろむか、だ。エベレストにのぼった。(2014/06/30)

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・それぞれの〈場〉、それぞれの〈時〉、それぞれの〈声〉、それぞれの〈無声〉、それぞれの〈身ぶり〉で、安倍体制をこばみ、内と外の「安倍的な脅威」をしりぞけ、(古い言葉で恐縮ですが)覆滅すること。打ち倒すこと。ああ、面倒くさい。うっとうしい。どうせムダだ。徒労だ。雲も樹も街路も、日常は昨日ととくになにもかわってはいないじゃないか。安倍体制はたしかに厭わしい。だが、人間であることじたいがそもそも悲惨なのではないか。他にやらなければならないことが山ほどある。読まなければならない本が何冊もある。かまわなければならない、かまうべきことごとがたんとある……。とつおいつしながら部屋をでた。なにかが、なにかに、ふさわしくない。みあっていない。釣りあわない。自己と外界。内心と言葉。「状況」といわれるものと自己存在。「状況」と抵抗。滑稽なほどみあってはいない。釣りあわない。なにをしたって割があわない。そうおもう。非常階段に、すっかりちぢれて黒ずんだ小さな葉っぱが一枚、いじけたように落ちていた。いじけたように、というのは、わたしがおもっただけだ。主観。葉はじつは、いじけてさえいないのだ。あるともなくそこにあったのだ。葉は、ほどなく、木の葉らしい色形を、さらにくずし、ただのクズとして、いや、クズとさえ認識されずに、風にとばされ、世界から消えさってしまうだろう。哀しくはない。空しくもない。葉は葉。無は無。風は風。死は死。それだけのことだ。なにも大したことではない。わたしだってアパートの非常階段上にたまたま舞い落ちた、葉にすぎない。葉と同等である。一枚の病葉。その存在に、ふさわしくないも、みあわないも、割があわないもない。葉は葉だ。どうあれ、いずれはふっと消える。それなら、そうであるならば、それぞれの〈場〉、それぞれの〈時〉、それぞれの〈声〉、それぞれの〈沈黙〉、それぞれの〈身ぶり〉で、安倍とその一味をこばみ、安倍を転覆し覆滅しようとすることは、葉の、葉と同等のものの、ちょっとした仕草として、あってもよいのではないか。存在と抵抗と〈あがき〉に、割があうも割があわないもない。抵抗は、もともとなにかにみあうものではない。一切にみあわないのだ。非常階段上の、ちぢみ、黒ずんだ葉。消えることだけが確約された記憶。それでいい。それがよい。それだからよい。それでもなお、くどくどといえば、アベとかれの同伴者たちはまったく呪わしい「災厄」以外のなにものでもないのだ。覆滅すべし!集団的自衛権行使容認はとんでもない錯誤だ。秘密保護法はデタラメだ。武器輸出解禁も許せない。原発輸出政策もとんでもない恥知らずである。朝鮮半島がかかわる(征韓論者たちを正当化する)史観、およそ反省のない日中戦争・太平洋戦争史観、強制連行・南京大虐殺・従軍慰安婦にかんする破廉恥な謬論、居直り的東京裁判観、靖国観、天皇(制)観、ニッポン神国史観という本音、核兵器保有可能論……どれをとっても、じつは「同盟国」米国でさえあきれている(ドイツであれば身柄逮捕級の)ウルトラ・ナショナリストである。そんなこと、もう言い飽きたよ。口が腐るよ。なによりも、なによりも堪えがたいのは、権力をのっとったアベの一派が、貧寒とした頭で、人間存在というものをすっかり見くびっていることなのだ。国家が個人を虫けらのように押しつぶすのを当然とおもっていることだ。みずからを、(議会制民主主義を批判したカールシュミットの言い方にそくせば)「例外状態にかんして決断を下す者」、つまり国家非常事態(戦争)を発令できる者とかんぜんに錯覚してしまったこと。錯覚したのは本人であり、錯覚させたのはかれのとりまきと自民党、およびファシズムを大いに補完する公明党=創価学会、財界、一部民主党をふくむ親ファシスト諸党派、砂のように無意識に流れてゆく「個」のない民衆、最終的にはいかなる質の権力であれ、権力に拝跪するのだけを法則づけられているメディア……と、いまいったところでなんになろう。しかし、なお、身じろぐのだ。一枚のちぢんだ葉にすぎないわたしは、無為にふるえ、不格好に身じろぎ、声にもならない声で、「否!」といおうとする。風に吹き飛ばされながら「否!」という。エベレストにのぼった。(2014/07/01)

水滴.JPG

・憲法9条の「生前葬」は、これまでもなんどもみてきた。葬儀委員長は、おおむね自民党総裁がつとめたが、非自民のコバンザメ政党幹部も葬儀委員に名をつらねていた。しかし、自公野合協議にもとづく昨日の閣議決定ほど、あからさまな憲法扼殺はなかった。元自民党幹事長・小沢一郎にさえ、この国は「憲法なき国家」になった、といわしめたのだから、アベの常軌を逸した暴走・独裁ぶりが知れる。現行憲法と集団的自衛権行使容認の法的整合性について、そんなものは「抽象的、観念的議論」だと切ってすてるにいたっては、1933 年に政権を掌握したナチスの言いぐさと同じだ。具体的に「朝鮮有事」を明示し、ニッポン軍出撃の意欲もしめしたのだから、戦地には行かない、戦争はしないという口上とまるっきり辻つまがあわず、理屈が支離滅裂。察せられるのは、クレージー・アベのオツムテンテン、つぎは徴兵制ないしそれに類する「増兵策」をかんがえているだろうということだ。いずれ原子力潜水艦保有だっていいだしかねない、手前勝手な燃えさかりかたであり、錯乱・倒錯ぶりである。この政権の1日も早い覆滅をねがうのみだ。昨夜のニュースをみていてあきれた。NHKのオーゴシがまるで政府広報みたいに(毎度そうですが)、集団的自衛権行使容認で戦争抑止力がたかまる……などと例によって珍解説。これは受信料をはらってまでみるようなシロモノではない。返金しろ。オーゴシ、きみはエヌステをやめて籾井のカバンもちか、内閣参与にでもなって、下痢男アベのケツでもぬぐっているのが天職だよ。にしても、報道各社の政治部記者、デスク、部長、政治部OBの質の悪さよ!堕落ぶりよ!共同OB後藤某の話なんざ、田舎のご隠居さんがよろこびそうな、どうでもいい永田町のうらばなしかうわさ話オンリー。歴史観も世界観も政治理念も批判精神もあったものではない。したがって、閣議決定による集団的自衛権行使容認という憲法破壊がどれほどの暴挙か、どれほどの危険性をはらむものか、歴史的に位置づけることができないばかりか、反対の大論陣などはれるわけもなく、自民党おかかえの芸妓よろしく料亭のお座敷芸のようものをひろうして花代をかせいでいるだけだ。このたびの集団的自衛権行使容認にいたるプロセスで、報道各社政治部現職およびOBの、はなはだしい不見識がはたしたやくわりは看過できない。にしたって、政治部のアホどもはうす汚い政治家に、社会部の警察担当はわるずれしたデカに、髪型から衣装、にごった目つき、口ぶり、ジャーゴン、口臭まで、歴代ほぼ例外なく、似てくるのはなぜなのかね。さて、憲法9条の「生前葬」の件ですが、いうまでもなく、「本葬」はまだだ。仮葬もまだである。わたしの勘と切ない願望をいわせてもらえば、9条は仮死状態でも、どっこいなんとか生きのこり、安倍政権の瓦解とアベじしんの「本葬」こそを、われわれはみることになるのではないか。あまりにも愚かで、慎みを欠き、ひとびとをみくびっているからだ。(2014/07/02未明)
















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2014年06月18日

日録22



私事片々
2014/06/19〜2014/06/26昼

街.JPG

・おい、安倍晋三よ、以下をよく読め。衆院本会議での答弁。吉田茂首相戰爭抛棄に關する本案の規定は、直接には自衞權を否定はして居りませぬが、第九條第二項に於て一切の軍備と國の交戰權を認めない結果、自衞權の發動としての戰爭も、又交戰權も抛棄したものであります、從來近年の戰爭は多く自衞權の名に於て戰はれたのであります、滿洲事變然り、大東亜戰爭亦然りであります」「戰爭抛棄に關する憲法草案の條項に於きまして、國家正當防衞權に依る戰爭は正當なりとせらるるやうであるが、私は斯くの如きことを認むることが有害であると思ふのであります(拍手)」「近年の戰爭は多くは國家防衞權の名に於て行はれたることは顯著なる事實であります、故に正當防衞權を認むることが偶偶戰爭を誘發する所以であると思ふのであります、又交戰權抛棄に關する草案の條項の期する所は、國際平和團體の樹立にあるのであります、國際平和團體の樹立に依つて、凡ゆる侵略を目的とする戰爭を防止しようとするのであります、併しながら正當防衞に依る戰爭が若しありとするならば、其の前提に於て侵略を目的とする戰爭を目的とした國があることを前提としなければならぬのであります、故に正當防衞、國家の防衞權に依る戰爭を認むると云ふことは、偶々戰爭を誘發する有害な考へであるのみならず、若し平和團體が、國際團體が樹立された場合に於きましては、正當防衞權を認むると云ふことそれ自身が有害であると思ふのであります、御意見の如きは有害無益の議論と私は考へます(拍手)」(昭和21年=1946年6月 下線は引用者)。安倍、高村、石破よ、熟読玩味せよ。神道政治連盟国会議員懇談会名誉顧問・麻生太郎、お前のおじいちゃんの話だ、心して読め。なに?漢字がさっぱり読めません?嗚呼、已んぬる哉。「ぐうぐう」ではない。エテ公め、バナナでも食っておれ。「故に正當防衞權を認むることが偶偶戰爭を誘發する所以であると思ふのであります」。日本の戦後はこうして「偶々」はじまり、必然的に〈新しい戦前〉のいまがある。ミスド中央口店。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/19)

白いアジサイ.JPG

・ツィフィル ……とくに秩序が支配している国には、ぼくは住みたくない。窮屈だ。ぼくらの国でのように濫費が秩序と呼ばれるときもあるが、それは前にも言ったように、戦争のときくらいだ。しかしさしあたって、それは論外としよう。/カレ 何も、正しい場所にないなら、無秩序だ。正しい場所に、何もないなら、秩序だ。そう言っていいだろう。/ツィフィル こんにちではたいてい、何もないところに秩序がある。秩序は欠乏のあらわれだ。野村修訳。文學界送稿。R.D 21世紀の人間がどんな人間なのか、ぼくには見当もつかない。せいぜいぼくにわかるのは、それがどのような人間ではないか、それだけだ。/同感。「それがどのような人間ではないか」とは、すなわち、得体が知れない、ということだ。とても気味がわるい、ということだ。映像の支えがない概念は、死ぬのか。生きるとすれば、どのように生きのこることができるか。ダフネに行かなかった。ジョジョがハハハハハと笑った。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/20)

シジミチョウ.JPG

・ツィフィル ナチは「公共の利益は個人の利益に優先する」と言うね。こいつは共産主義だぜ、とぼくはかあさんに言ったもんだ。/カレ きみはまた、わざと浅薄にものを言っている。ぼくの反論を引きだしたいんだろう。問題のスローガンの意味するところは、国家は臣民に優先する、そして国家はナチである、というだけのことじゃないか。国家が公共を代表するしかたたるや、みんなに課税し、命令して引きまわし、みんなの交流をさまたげ、みんなを戦争に駆りたてる、といったぐあいだ。野村修訳。/「歴史の下部の歴史」=「目に見える歴史の底によこたわっている、あの不可視の歴史」。科学技術にテクノロジカルな後退はない、という。だろうか?政治には退行がしばしばある。現在は、いちじるしく退行した政治が、科学技術を政治的に支配している。LSV→オンブルヴェール。犬、コビト。ダフネに行かなかった。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/21)

station.JPG

・エベレストにのぼったかどうか忘れた。どうでもよいことだ。アベとその一味にたいするセケン(the Seken)の全般的嫌悪と危惧はこのところいくぶんうすれてきているようにみえる。しかしアベ一味へのわたしの嫌悪はいっこうにうすまらない。どころか、吐き気がつのるばかりだ。一方で、アベ・ファシズムは悪性腫瘍のようにセケンに浸潤し、発育しつつある。マスメディアを内にふくむthe Seken(どうじに、the Sekenを心臓部に内包するマスメディア)を、わたしはますます嫌悪している。the Sekenは「社会」などという上等なものではない。the Sekenは、不思議なことに、ただただセケンでしかなく、アベのケツの穴のようにみみっちく、底暗く、夜郎自大である。ニッポンの戦争を下支えしてきたのはthe Sekenというしろものであった。(2014/06/22)

ガクアジサイ.JPG

・サルスベリのつぼみがふくらんできた。歯医者。ダフネ2号店でアブサン。帰り、いつもは人通りのすくないマルホランドDR.にひとだかりがしていた。ひとがきをかきわけて見ると、巨大ドブネズミ父娘のエタラカとカルシが横倒しになって死んでおり、さぞや苦しんだのであろう、大きく開いた口から紫色に変色した舌を南国の肉厚の花のようにダラリとたらしていた。茶碗一杯分の殺鼠剤を食ったらしい……というヒソヒソ声が聞こえた。子どもが死んだカルシの腹を蹴っていたので、親に見えないようにおもいきり耳を抓りあげてやったら、ギャーッと泣きだした。ひとごみのなかにコビトRがいて薄笑いをうかべていた。コビトRが薬をもったのか。おもいたくはないけれど、疑いは消えない。なにも殺すことはないのに。松明寺にいってお賽銭をあげ、エタラカとカルシが成仏するよう合掌。「生活と自治」連載送稿。エベレストにのぼった。感覚障害、視床痛悪化。(2014/06/23)

てふてふ.JPG
(by Kobbit)

・従軍慰安婦問題に関する河野談話を安倍政権は故意に貶めようとしている、という韓国政府の感じ方は、ほぼ正しい。安倍政権による歴史の「見直し」「再検討」の底意が那辺にあるか、とうに見すかされている。「識者」というやからが、いかにインチキな権力の太鼓もちか、だれもが知っていることだ。最近、つうか、ずっと前からだけど、わかいやつら(とくに記者ども)のペロリとした顔つきをみていると、即、ぶん殴りたくなる。反省。しなひ。ダフネ1号店に行ったら、さかゑさんがいたので、激・雷雨&激・肩痛なれども、ふたりでお国訛りでうたいながら、即、ジャストショートふあく、おこのう。ヤーレン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン ハイハイ おぎの鴎ぬ すおどぎ 問えばぁ わだしゃたづどり 波ぬ聞げ チョイ ヤサエ― エンヤンサーノ ドッコイショ アァ ドッコイショ ドッコイショと。終わり。エベレストにのぼった。(2014/06/24)

キキョウ.JPG

・どうあっても不可逆的な科学技術の進展が、可逆的で退行し腐敗しつづける政治権力とむすびつくばあい、どんなてひどい暴発をひきおこすのか。ひきおこしてきたか。この点を吉本隆明さんと話しはしなかった。かれにはそうした観点がないようにおもわれた。「人間はじぶんでおもうような存在ではない」。自己認識と冷酷な「人間の事実」を混同してはならない。「『絶対感情』と『豹変』――暗がりの心性」(文學界8月号)校了。ダフネ1号店。厠にて速攻ジャストショートふあく1発かました後、雷鳴のなか、さかゑさん、ジョジョととともに松明寺へ。殺された巨大ドブネズミ父娘のエタラカとカルシの卒塔婆を立てるよう住職にお願いする。住職なかなかできた人物で、「ウーム、ドブネズミねえ……」としばし長考するも、「ようがす。人間もドブネズミも基本おなじでがす」と言ってのけ、ネズミ卒塔婆了承。住職によれば、エタラカもカルシもアイヌ語で、エタラカは「めちゃくちゃ」、カルシは「キノコ」の意味だという。なんだかジーンとする。卒塔婆の板に梵字でさらさらとなにごとか書いてもらい、墓地のすみに立てる。みんなで合掌。エベレストにのぼっ
た。(2014/06/25)

赤い花々.JPG

・雷光に、一刹那、照らされる顔が、おもわず悲鳴をあげたくなるほど狂気じみて見えることがある。メルヴィルの「避雷針売り」のように。ほんとうのことを言えば、これは「狂気じみて」いるのでなく、狂気そのものだ。狂気をみとめなければならない。吐き気とともに、狂気の蔓延、その事実をみとめなければならない。そもそもヤジの性質そのものの日常的蛮性、話しにもならぬ土賊的性格、天皇制のなかの根生いの女性差別、性にかわかわる禁中の秘密・病性・オカルティズム、ニッポンの政(まつりごと)と祭りがともにもちつづける歪んだ女性観と「性的無礼講」、ヤジの音声分析だか声紋鑑定だかをやる白衣の男たちのテクノロジカルでイカレた顔つき、それを得々として報じる、じつは社内外セクハラだらけのキチガ×・メディア、従軍慰安婦の歴史的事実を受けいれない政治権力の底にある、もっとも本質的な女性蔑視、居座りNHK会長(下品きわまりないこの男ひとり引きずり下ろせずに、改憲反対も女性差別反対もありゃしない)の蛮人発言、ヤジられた女性議員が所属するファシスト会派の本来的性格、アベ政権の騙る「女性尊重」のとんでもないまやかし……を、まったく不問にふしておいて、「美しい国ニッポン」が、あたかも「加害」と「被害」の関係が成立する正気のクニとでもおもいこんでいる、右や左のアホどもよ、偽善者たちよ、イカレポンチよ、まずじぶんたちの目から丸太をとりのぞけ。マロニエの根方をまえにして、ロカンタンは吐き気をおぼえた。その無意味さに、ただたんに在ることの猥雑さに。ニッポンとは、かく無意味で、けちくさく、チンケで、無自覚的に猥雑で、なぜか「みんなであとかたづけ」するのが大好きな、存在そのものにウンザリさせられる、あらかじめファッショ的な、醜(しこ)の小国にすぎない。ゲロゲロ。(2014/06/26)






















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2014年06月12日

日録21



私事片々
2014/06/12〜

ベランダにきたモスラ.JPG

・バカダ大学にて客員で授業をもっていたころの教え子(いま、五反田でカフェバーをやりながら、ときたまあまり上品ではない、ていふか、下品でまったく売れない小説を書いている)Sからメール。「ぼく最近3人、ひとを切りました。ひとりは、むかしからのムダな女友だちで、そのクソバカ女がブラジルのストをディスりやがったので、地獄の底まで叩き落とすような罵詈雑言をぶつけ、さようなら、ブス、と、切りました。もうふたりは、めんどくさい、エラそーな、ばかな、ケチな客。おれはあんたにパチキレとるぞ、とそのまま伝えました。自己変革なんて、できやしないと思ってたんですがね。いっしょうヘラヘラ生きていくのかと。ヘラヘラ生きてはいくんでしょうが、やはり、キレたり、切ったりは、実際いままであまりにしてこなかったのだな、とてもたいせつだな、と思いました。ぼくはまだ若すぎるみたいです。店は梅雨でヒマです。ひとり来てくれ、で、シャンパンあけてくれ、待ちです」。ふーむ。「ブラジルのストをディスりやがった」の「ディス」るというのがわからないが、ま、大意はとおる。Sはサッカーがらみの短篇を書いたことがあるくらいのサッカー好きなのだが、ここはキッチリ筋をとおしたといふことか。時期が時期である。なるべく巨視的でありたい、おおきくかまえたいとはおもふ。けれど、わたすぃもキレかかった。「シュプレヒコールもプラカードも党派性もない、明るく身軽なパレードをやりましょう」といふ呼びかけ。サンバカーニバルじゃあるまいし、アホかとおもうが、ここはぐっとこらえる。まあよひではないか。やったんさい。安倍政権にノーサンキューし、集団的自衛権行使にむけた解釈改憲に反対するために、ひとりびとりが悔いないようになにかしましょう、というのだ。ええことではないか。よかですたい。市民ひとりびとりが悔いないように自由に屁えこくなり、パレードするなりしてりゃいいのである。でも、内心いやだなあとかんじている。年甲斐もなくからみたくなる。〈シュプレヒコールもプラカードもアジ演説もメットもゲバ棒も火炎瓶も党派性もある、暗くて重苦しい首都大流血デモ〉じゃ、なして、なして、なじょして、どぼじで、あかんのか、われ。と言ひたくなるが、わたひ、ご老人、よう言わん。微笑む。にっと笑ふ。キレなひ。ひひひと笑ふ。吉本隆明が言った〈市民主義ファシズム〉というのをおもいだす。あのひとは〈市民主義ファシズム〉といふのを嫌った。どうかすると、天皇制ファシズムよりも、軍国主義よりも、GHQの占領政策よりも、何倍も〈市民主義ファシズム〉やスターリン主義を嫌った。ほとんど反動的なまでに毛嫌いした。それでいて、イトイ・シゲサトみたいなハナクソはOK牧場。いみ、わかんなひ。この期におよんで、野音あたりで、えっらそうに正義の味方ヅラする進歩的文化人とやらを吉本は終生軽蔑した。わたすぃは、でも、そんなに狭量ではなひ。なにもやらないことの正当化はしない。ええではないですか。円い縁の「文豪眼鏡」かけて、しみったれた自己主張みたく、スタンドカラーのワイシャツ着はって、たったあれっぽっちの徹頭徹尾スカスカの話をアドリブもようできんで、わざわざ手書きの原稿、読みあげるおっちゃん、えろ無害で、ええやんけ。なんせノーベル賞作家やで。ええにきまっとる。善人ヅラ、被害者ヅラ、市民の味方ヅラ、一般ジンミンになりかわって苦悩する知識人ヅラ、それらの全般的うそくささが、ナウいんやなひ?でもなあ、党派性なく、明るく、身軽なパレードって、とことんワヤやね。人間てのは、寝ぼけてても屁えこいてても×メ×してても、寝ぼけかた、屁のこきかた、オ×コのしかた、クソのひりかた、それらの無意識的方法に、われしらず、政治性も党派性もついにじませてしまうものなのだ。じっとじぶんのクソの形を見おろせ。ありゃ単純な形象に見えて、じつはそれぞれ他とは微妙にちがう、むしろ同一の本質を消しさる分身なのだ。おのれのクソを見よ。「シュプレヒコールもプラカードも党派性もない、明るく身軽なパレード」じたい、じつのところ、とてつもなく政治的、党派的で、無自覚に暗く、自他抑圧的で、不自由で、それゆえにかえって権力補完的なのである。わがクソを見つめよ。などと、わたひはもう言はない。犬とコビトとヘルマンリクガメに日々諭されている(お稽古もさせられている)とほり、身障老人らしく、気弱に、品よく、卑屈に、やや上目づかいに、哀れっぽく微笑むのだ。オホホホ…。しかしだ、ただ惨めに世界に存在させられているだけの、死にぞこないのジジババ、遺民と棄民にはいま、歴史的課題がつきつけられている。ことこうなったら、どのように暴力的にキレまくるか、怒りまくるか、だ。などとわしゃ言いませぬ。だいじゃうV、キレてみたところで、どうせ全員ニンチあつかいですものね。ヨーゼフ・ロートは初期フリッツ・ラングの映像をなにかしらみていたのではないか。アパートのベランダにきのふ、枯れ葉のやふなベージュ色のモスラ(たぶんクチバスズメ)がゐた。せんだって、非常階段にゐたモスラと同種だが、後者は焦げ茶だった。同一個体の擬態なのだろうか。うーむ、ちょこざいな。公安の手先か。中国国家安全部の、「蛾」に似せた精密監視機器か。今朝見たら消えていた。歯医者。コビトと東口ミスド。新商品ライスバーガー&コーヒー。flgwのオババが、飲み物を片手にLSV方向に悠然とあるいていった。ホッとする。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/12)

お魚さん.JPG

・役所でもらった「お助けカード」というのをはじめて首からさげてみた。ハートマークの下に〈私はみなさんの介助を求めています〉と書いてある。コビトと犬とカメが一目見るなり、ブフッとふきだす。コビト問う。「それつけて、電車の乗客ドツキまわす気?」。顔が凶悪だからマジ似合わない、「メリーに首ったけ」のニセ身障者みたいだ、という。似合う似合わないの話じゃない。ともかくも、「お助けカード」をぶらさげて、満員電車にのって遠くの病院へ。犬、カメ留守番、コビトつきそい。おからだのご不自由なかた用の席でマスクの婦人に席をゆずってもらう。カードのせいかコビトの声かけのせいか〈哀れさアピール〉レッスンの成果かしらねども、全般に順調。みなさま親切、ハートウォーミング・デイ。病院食堂でホットサンドイッチ&コーヒー。んめがった。タクシーの運転手、店員、看護師、ボランティアのひとたち、お医者さん…みんなみんな、かんじよかった。そうでない日もあるが、そんな日もある。だからといって、世の中がよくなった、もともとそれほどわるくない、ということではない。まったくちがう。つがいます。おばんです。おばんでした。相変わらず、じつにろくでもないクニの、じつにろくでもない大衆だ。「アモルファス(無定形)な、えたいのしれない集合」が、すべてに高をくくって、朝日を読み、テンセージンゴに感心し、NHKを見て、オオゴシごときアホに説教されて、唯々諾々と受信料はらって、サッカーで「オレ―オレ―オレ―!」とやって、いまを断乎としてささえている。まさに断、断、断乎としてささえている。国民投票法成立。オレーオレーオレー!エベレストにのぼらなかった。(2014/06/13)

ガード下にて.JPG

・1934年夏、16歳のイングマール・ベルイマンは交換留学生としてドイツに行き、チューリンゲン地方の小さな村の牧師の家に6週間ほど滞在する。「私が牧師に、自分もみんなと同じように手をあげて『ハイル・ヒトラー』と言わなければいけないのかと訊くと、かれは『イングマールさん、それは礼儀作法のひとつと見なされているんです』と答えた。私は手をあげ、『ハイル・ヒトラー』と言ってみた。妙な感じだった。……日曜日には、家族は教会へ行った。牧師の説教は、福音書ではなく、『わが闘争』をもとにしていたのだった。礼拝のあと、教区集会所でコーヒーを飲んだ。多くの人は制服を着ていて、私は何回も手をあげ『ハイル・ヒトラー』と言った。……私たちは12時ごろワイマールに着いた。市内はすでにお祭りのような騒ぎでわきかえっていた。晴れ着や制服姿の人びとが通りにあふれ、いたるところでオーケストラが音楽をかなで、家は花と横断幕で飾られていた。カトリック教会と同様、陰気なプロテスタント教会も鐘を鳴らしていた。オペラ劇場には、ワグナーの『リエンツィ』を祝典に上演し、そのあとで夜は花火を打ちあげるという貼り紙があった。……あらゆる注意力と陶酔と歓喜がたったひとりの人物に集中されていた。……突然、静かになった。雨だけが舗石と演壇を打っていた。総統(フューラー)は口を開いた。それは短い演説だった。演説が終わると、全員が「ハイル」と叫び…オーケストラが音楽をはじめ……。これほど途方もない力の爆発に較べられるようなものを私は見たことがなかった。私もすべての人と同じように叫び、すべての人と同じように熱中した。私は誕生日にヒトラーの写真をプレゼントされた。……私はながいあいだヒトラーの味方で、彼の勝利を喜び、彼の敗北を悲しんでいた。/私の兄は、スウェーデン国家社会主義党の創立者の1人で、その幹部でもあった。私の父は何回も国家社会主義党に投票した。私たちの教師は『古きドイツ』に心酔していた。教区の牧師のなかには隠れたナチスも何人かいた」「強制収容所についてはじめて知ったとき、私の頭は、目に映るものをほとんど受けいれることができなかった。多くの人と同様、それはいつわりの宣伝用写真だと思った。ついに真実を認めざるをえなくなったとき、私は救いようのない絶望におそわれ、そうでなくてもすでに心の重荷となっていた自己軽蔑の気持は忍耐の限度をこえるほどふくらんだ。何はどうあれ自分はほとんど無実なのだと思うようになったのは、かなり後のことである。/私は、まだ免疫力のない無防備な交換留学生として、理想主義と英雄崇拝にひかり輝く世界のなかをおぼつかない足どりで歩いていた。そのうえ、自分自身のなかにひそむ攻撃性に身をまかせて、なすすべを知らなかった。外側の光に目がくらみ、暗き淵を見ることができなかった」(『ベルイマン自伝』)。〈多くのひとと同様…〉〈全員が…〉〈兄も父も…〉〈すべての人と同じように…〉という、実時間における絶対的多数者の共通感覚、ほとんど無意識の集団発声、唱和、共同行動、集団陶酔の記憶が、あのベルイマンにさえ、後々まで、恥の感覚とどうじに、存外に月並みな自己正当化と「言い訳」の気分を残しているのを、あっさりと見逃すべきではない。さほどに実時間は手ごわい。強力だ。そうじて恥じるということのなかったニッポン(ヌッポン)ではさらにむずかしい。もうなんども見た『恥』を、もういちど注意して見てみよう。ふしぎだ。ふすぎ。ダフネ2号店の帰り、シェパードほど大きな黒いドブネズミ一匹が、コビト村のほうにゴムのような尻尾をふりふりゆっくりとあるいていった。ペタペタ足音がした。臭かった。ふしぎだった。静かだった。エベレストにはだれもいなかった。ふしぎだなあとかんじつつ、エベレストにのぼった。ふりかえったが、だれもいない。(2014/06/14)

金曜の雨空.JPG

・ふしぎだ。街にひとけがない。どうしたのだろう。空気がおもく、なにかいやなにおいが薄くただよっている。それがなにか、前にも嗅いだことがあるのだけれど、においを示す言葉がおもいだせない。肩が痛い。目がかすむ。痛い痛いとおもうと、ますます痛くなる傾向があるので、痛いとおもわないようにする。ほんとうは肩なんか痛くはないのだ。脳が、右肩が痛いという信号をおくっているだけだ。ニセの信号というけれども、あながちニセともいえないだろう。そこが痛いとかんじれば、根拠などなくても、そこが痛いのだ。ダフネ1号店のドアを開けたら、モワッと温泉のようなにおいがして、いつもいるはずの客がだれもいないのでびっくりした。さかゑさんもいない。いや、ひとりだけいた。昨日マルホランドDR.で見かけた巨大ドブネズミが窓際のソファーに、尊大な態度で座り、タバコをふかしグビグビと音たてて生ビールをのんでいる。いくらなんでもひどい。あきれて帰ろうとすると、そいつの娘だという眼鏡にエプロン姿のメスドブネズミが、まったくたのみもしていないのに、ビールとチーカマ3本をもってきて「父からです……」と言う。どうも合点がいかず、父ドブネズミの後ろ姿を見やると、顔はあちら向きにしたまま、黒灰色の毛だらけの片手をあげてみせ、そこだけ毛のはえていない桃色の手指でOKマークをこしらえている。気どって「ま、いいってことよ……」と言っているとでも解釈するしかない。父ドブネズミの尻尾の先がソファの背もたれからはみでて、クネクネとうごいているのが見える。とっさに〈さかゑさんは父ドブネズミに食われたのかもしれない〉とおもい、わたしはブルブルと震えた。こうなったら、もうジャストショートファクどころではない。ここで人食いネズミの一方的好意を無視でもしたら、わたしも食われかねないのだ。「あ、あ、ありがとうございます。ありがとうございました!」。父ドブネズミに聞こえるように礼を言ったら、また手指でOKマーク。食べ物を残しでもしたら機嫌をそこねると心配して、いやにぬるいビールをがぶ飲みし、すでに囓ったあとのある、ネズミ臭いチーカマを必死でほおばり、そこまでおもねる必要もあるまいと内心、情けなくおもいながらも、震え声で「ああ、おいしい!ああ、おいしいな!これらのものは、なんて、おいしいんだろう!」とつぶやいてみせ、大いにドブネズミたちにとりいった。さかゑさんはたぶん巨大ドブネズミたちにおもねるということをしなかった。とりいるのを潔しとしなかったのだろう。立派なひとだった。しかし、誇りをとおしたがために、結局は、頭からガリガリと食われてしまったのだ、とわたしは強いて想像し、じぶんの屈辱感を打ち消した。ふしぎなきことに、さかゑさんにたいする裏切りの感情はなかった。悼む感情だって正直とくにありはしなかった。皆無だった。ふしぎだ。世の中は誇りや尊厳、不正にたいする怒りの感情でなりたっているのではなく、それら以外の〈無感情〉や得体の知れぬ興奮で組成されているのだな、と大発見でもしたようにおもって、ひきつったように興奮した。その瞬間だけ右肩の痛みを忘れた。ビールとチーカマで、すぐにお腹がいっぱいになった。たてつづけにゲップがでる。チーカマを吐きそうになる。すると、父ドブネズミの声がした。バリトンである。大きいだけあって、野太く貫禄のある、よい声だ。どうやら携帯電話をかけているらしい。「なに?聞こえん。もういちど落ち着いて言いなさい。なに、なに、なにい、負けたって?ほんとうか?よっしゃー!ざまあみやがれ!クソッタレども、ざまーみそづけだあ!」。野太い声は、下卑た歓びの叫びに変わっていた。尻尾が狂ったシマヘビのようにバタバタと踊っている。なにかとてもよろこばしいことがあったらしい。ドブネズミが興奮したためであろうか、悪臭が濃くなった。そのとき、においの名前をおもいだした。おもいだしたってしかたがないのだが、これは硫化水素だ。わたしはゲップをしながら(ゲップも硫化水素のにおいがした)、なにがおきているのかわからないけれども、べつに知りたいともおもわずに、とにかく事態をまるくおさめようと、「ネズミさん、おめでとうございます!おめでとうございましたぁ!」と祝意を述べた。娘ドブネズミがうれしそうに目をパチクリとひからせ、ひげをピクピクとさせながら、ビールをもう1本と魚肉ソーセージを3本もってきて「父からです……」と言った。口から尖った真っ赤な舌の先がチロチロとのぞき、とてもかわいかった。帰り、飲みすぎでフラフラになって、やっとのことでエベレストにのぼった。ふしぎだ。街にはだれもいなかった。肩から右腕、右手ぜんたいが攣ったように痛んだ。目がかすんだ。左のポケットに土産にもらった魚肉ソーセージ1本を入れてアパートにもどった。犬とジョジョに消費期限切れのそれを食わせた。あの巨大ドブネズミにたいし、おもえば、わたしはなにも悪感情をいだいてはいない。なぜだろうか。(2014/06/15)

鉄のロープとボルト.JPG

・午前中に、ドブネズミの娘と人間の友人のハルさんから、つづけて留守電があった。ネズミの娘は、視床痛にすごくきく薬(ツチクジラの脳の粉末)があるのでこれから1袋とどけたいのですが、よろしいですか、という連絡。ハルさんは、痛みはおさまりましたか、というお見舞い。ほんとうにありがたいことだ。まだ返事はしていない。さかゑさんからはいっこうにメールがない。やはり食われたのだろうか。昼前、コビトが大あわてで電話してきた。歯の根も合わない様子。念波がかんぜんに乱れていて意味がとれないので、犬に電話を聴いてもらう。犬の翻訳によると、巨大ドブネズミ父娘が今朝、コビト村に侵入し、子どものコビト2人を食い殺したという。父ドブネズミの名前はエタラカ、娘はカルシ。父娘2人でこれまでに合計8人のコビトを襲い、7人を完食し、1人に重傷をおわせているというのだ。大変なことになった。コビトというのはふだんはおとなしいが、怒らせたら、なにをするかわからない。わたしは困ったことになったものだ、とおもいつつも、本気で困っているかどうかとおのれに問えば、当面はそれほど困ってもいない気もする。いまは世界中でとてつもなくいやなことだらけである。巨大ドブネズミ父娘がコビトやさかゑさんを食うくらい、はっきりいって、大したことではないのではないか。巨大ドブネズミ父娘がコビトを食うという出来事は、たしかに、俗耳に入りやすい奇異なトピックではあっても、現下の世界の主要矛盾とは言えない。ウクライナ情勢をおもえ。イラク情勢をおもえ。中国情勢をかんがえろ。新疆ウイグルのひとびと、チベットのひとびとはどうなる。シリア、エジプト、リビア、パレスチナ、イラン、タイ、ブラジルをおもえ。日中関係はどうなる。集団的自衛権行使を可能にする解釈改憲、9条完全無効化、戦争参加はもうまちがいない。おい、どうするのだ。真に深刻な問題をかんがえるのを避けて、どうでもいい珍奇な話題に飛びつくのがアノミー世界のメディアの特徴だ。巨大ドブネズミ父娘の姿が目にうかぶ。臭いし怖いといえば怖い。ドブネズミという名前もいやらしい。ひどすぎる。ヒトを「ドブビト」と呼ぶようなものじゃないか。あらかじめの嫌悪と差別、排斥。だが、エタラカとカルシの顔をよく見てみろ。雲母のようにひかる目といい真っ白な門歯といい、まるでミッキーマウスだ。じつに愛嬌がある。それに感受性がつよく、愛情がゆたか。かれらには位階性やテリトリーがあるし、25〜115 kHzの超音波をだしあってたがいに意思の疎通をはかっているというではないか。齧歯目・リス亜目・ネズミ科・クマネズミ属ドブネズミのエタラカとカルシ。コビト界対ドブネズミ界の戦争がはじまるのだろうか。しかし、冷静にかんがえてみると、それはヒト界の戦争の目くらましのためにしかけられている策謀のような気もしてくる。G党ならやりかねない。巨大ドブネズミ父娘を「悪の象徴」にしたてあげて、ひとびとの憎悪をドブネズミに集中させる。老人の万引き、生活保護費の詐取、オレオレ詐欺、猟奇的殺人を、あたかも諸悪の根源のようにさわぎたてる一方で悪政をすすめていく手口と似ていないか。コビト界対ドブネズミ界の戦争はやめるようにはたらきかけたほうがよい。エタラカとカルシ、わたしの家にでいりしているコビトにそう言わなくてはならない。面倒くさいとおもう。大儀だ。おっくうだ。でも、戦争はやめたほうがいい。けふはコビトの誕生日パーティ(中止)があるので、その席で言うことにしよう。エタラカとカルシには明日連絡すればいい。Sさんのことをハルさんが調べてくれた。前世紀だ、たしか。何年だったかなあ。暗い顔の若者。あのときのかれはSさんかもしれない。かれは暗い声で「主体的事情」と言った。それはとても大事だとおもうのです、といったようなことを。「それぞれ固有のわけ」とでも簡単に言えばよいのに。ひとを単純に類化し、なんでも等し並みにあつかってはならない、とでも言いたかったのか。「主体的事情」という言葉を、わたしはときどき記憶箱からとりだして、苦笑いしながら、それでも結構気に入って眺めていたよ。映研メンバーだったというのは憶えていない。なら、そう言ってくれれば、好みはちがうだろうけど、もっと話がはずんだはずなのに。「ジンパ」というのがなにかおしえてくれたね。実相寺昭雄が好きだなんて、かれ言ってたかなあ。実相寺昭雄を好きな学生が、わたしなんかに講演をしてくれなどというものだろうか。わからない。よく憶えていない。しかし、Sさんかもしれないかれは、ぶすぶすといつまでも燻っている生乾きの枝みたいに、生きるのが下手みたいで、わたしは妙に気になった。気に入っていたからだろう。ごちそうになったのはルイベかな。ワタミみたいなところなのに、おいしいものがたくさんあった。そのころからわたしは深く倒れるのが約束されていた。のに、ばかだから生きてしまった。失敗だ。見たくもないものを、しこたま見てしまったじゃないか。ツルツルヘラヘラしたくそがきども。若いのに二枚舌、三枚舌のやつらばかり。薄汚い臀部そのものの首相Aのバカヅラ。くっだらない新聞。もう10年以上読んでないよ。なにも困りゃしねえ。イシバ、スガ、オノデラ、アソウ……お前たちこそが正真正銘の「反社」=反社会的勢力=ドブビトなのだ。DJポリス。気色わるい。みんなはやくドブネズミに食われてしまえ。あ、ドブネズミも食わないやつらか。エベレストにのぼった。 (2014/06/16)

午後のグラス.JPG

・甘く見てはならない。高をくくってはならない。相手を見くびってはならない。前例はもうなにもあてにならない。これは、この機に自衛隊を「日本国軍隊」として、どうしても直接に戦争参加させたがっている、戦後史上もっとも狂信的で愚昧な国家主義政権およびそのコバンザメのような群小ファシスト諸派と、9条を守り、国軍化と戦争参加をなんとしてもはばみたいひとびととの、とても深刻なたたかいである。それぞれの居場所で、各人が各人の言葉で、各人が各人のそぶりで、意思表示すること。「日常」をねつ造するメディアに流されないこと。ことは集団的自衛権行使の「範囲」の問題ではない。そもそも集団的自衛権じたいに同意しない、うべなうことができないのだ。9条に踏みとどまること。ひとり沈思すること。にらみ返すこと。敵と味方を見誤らないこと。いまを凝視すること。静かにきっぱりと、反対を告げること。「これ以上ないくらい無邪気な装いで、原ファシズムがよみがえる可能性」をいま眼前にしている。それはよみがえったのだ。虚しくても空疎でも徒労でも面倒でも、たたかいつづけること。怒りをずっともちつづけること。安倍政権はうち倒されるためにのみ存在している。エベレストにのぼった。(2014/06/17)

婦人.JPG

・ウォーモンガー(warmonger)とはなにか。戦争狂とは。かつてこのクニには大勢のウォーモンガーたちがいて、歴史の曲がり角で、悪鬼のように暗躍し、みずからは戦わず、皇族らとともにおいしいものを食い、よい暮らしを楽しみ、兵士たちを戦わせ、外国に大挙兵を派遣し、おびただしい数のひとびとを死にいたらしめた。9条はだからこそつくられたのだ。なんとかいう皇族の葬儀をきのふ、テレビで見た。まあ、ど派手なこと。楽隊つき。あらら、なんということでせう。すこしの遠慮も慎みもない。とつぜん、秩父宮雍仁をおもいだす。かれはナチスの第9回党大会(1937年9月、於ニュルンベルク)に来賓として堂々出席した。ハイル・ヒトラー!歴史というのは名状しがたい妖気にみちている。歴史はしかも似たような反復をくりかえし、ひとびとはおのれのかかわりをけろりと忘れる。ナチス党大会では、嘘かまことか、たぶんほんとうだろうな、無慮900人ものヒトラー・ユーゲント女子隊員が「優秀な血統維持のために」すすんで妊娠したという!ダフネ1号店に行った。巨大ドブネズミ父娘のエタラカとカルシはいなかった。さかゑさんもいなかった。なにかがおかしい。コビトが店の隅で薄笑いをうかべていた。なにかがおきている。いったい、なにがおきたのだろうか。エベレストにのぼった。(2014/06/18)













posted by Yo Hemmi at 13:23| 私事片々 | 更新情報をチェックする

2014年06月03日

日録20



私事片々
2014/06/04〜2014/06/11

苔緑.JPG

・レニ・リーフェンシュタールがすごい長生きだったことは知っていたが、101歳まで生きていたとは!1902年生まれだから、20世紀のほぼ全期間を生きた。また「意志の勝利」みる。問題は、かかって、実際の時間に生起したできごとを、そのときにどう見つめ、どうかかわるか、かかわらないか、なのだ。あと知恵でかたるのでなく、実時間の完全包囲下で、どんな発声をし、立ち居ふるまいをするか、なにを予感するのか。ロート「蜘蛛の巣」(1923年)の他と比較しようもないほどの圧倒的なすごみはそれだった。わたしたち(わたし、犬、コビト、ジョジョ)は、ソファに大きい順に一列にならんで「意志の勝利」をみた。犬とジョジョは10分ほど居眠り。ニュルンベルクで1934年9月4日から6日間行われた国家社会主義ドイツ労働者(ナチ)党第6回全国大会の映像は、20世紀のおびただしい有名ホラー映像のなかで、〈屍体を写していない部門〉のかなり上位に入るだろう(byコビト)という。たしかに、と言うのもおかしいが、1935年のベネチア・ビエンナーレで金メダル、1937年のパリ万博でグランプリを受賞。実時間とはかくのごとしだ。「意志の勝利」を、当時の公認文化エリートたちはむろん「ホラー」とはみていなかったのである。満州事変(1931年)を小林秀雄ら日本の大半の知的エリートたちがまったく異常とはみなさなかったように。しかし、こうしてあらためてしげしげと「意志の勝利」を眺めていると、ひとそのものが、わけもなく不気味にみえる。ホラーだ。ひとというのは、ほんらい、すさまじく不気味な生き物なのだ。皇居前広場だって似たようなものじゃないか。天安門広場だって、ピョンヤンの集会だって。甲子園だって。ワールドカップのサッカーだって。くもりない目がゾッとする。はじける笑顔がきもちわるい。ひとはザックザックと行進したいのだ。バンザイ、バンザイと唱和したくなるのだ。声をそろえてうたいたいのだ。優越感にひたりたい。叫びたいのだ。讃えたいのだ。罵りたいのだ。貶めたい。侮蔑したい。だれかをきびしくはげしく罰したいのだ。わけもなく集まりたいのだ。興奮したいのだ。怒りたい。決めつけたい。断定したい。糾弾したい。排斥したい。ボコボコに殴りたい。抱きあいたい。泣きたい。酔いたい。なんだかイッチャイたいのである。無意識に死にたがっているのだ。奇妙な幻想。「意志の勝利」の演説者、行進者、群衆が、こともあろうに、みなネットの闇社会から飛びだしてきたモッブみたいに見えてくる。「……われわれを不安にさせることは、全体主義運動が知的エリットや芸術的エリットに疑う余地のない魅力を揮うことである。われわれの時代に重きをなしている人々の驚くべき多数が、全体主義運動の共感者もしくは正式のメンバーであるか、あるいは生涯の一時期にそうであった前歴を持つかしているということは、彼らの世間知らずとか純真さとかで説明のつくものではない」(『全体主義の起源』大久保和郎・大島かおり訳)と、アーレントがしごくもっともなことを書いたのは第二次大戦後だ。わたしはひとびとの顔を見る。ひとつひとつの表情。飽きない。ヒトラーの顔、ヒムラーの顔、ゲッペルスの顔、ヘスの顔、行進者たちの顔、群衆の顔、顔、顔……。それらはかならずしも、ほとんど、あるいはまったく、「アブノーマル」ではないのである。「アブノーマル」はあと知恵である。醒めて見れば、それらはフツウである。ヒトラーの顔なんざ、ヤーパンの「戦争ごっこ大臣」Oのように、どこからどう見ても、いかにも小物っぽい。安っぽい。しかし、フツーで小物っぽい男ほど怖いものはない。瞬時にしてホラーの主人公になる。モッブにとってはひたすら「絶対感情」が大事なので、絶対感情をよせる権力者や象徴が、大物か小物か、アホか利口か、屑かお宝かなど、どうでもよいのである。ともあれ、「第二次世界大戦後のヨーロッパの状況は第一次世界大戦後と本質的には変わっていない」(アーレント)。恐るべき反復である。ロートはユダヤ人作家のなかでもずいぶん例外的な、人間と歴史の自明性をまったく信じない、つよい視力をもっていた。21世紀は20世紀よりもはるかに多くのひとを殺すだろう。20世紀が19世紀よりも、あきれるほどそうだったように。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/04)

斉唱.JPG

・「それは一九二六年八月二十七日午後四時のことだった。……彼ほど余計な人間はこの世にいなかった」。と、書いたひとがいた。そのことは、「それは二〇一四年六月五日午後四時のことだった。……彼ほど余計な人間はこの世にいなかった」ということとはまったくちがうことであるだろうに、目眩がするほどおなじことにおもわれるのは、「彼ほど余計な人間はこの世にいなかった」という時空をこえた言いきりかたに、ストンとじぶんをかさねることができるからだろう。「彼(じぶん)ほど余計な人間はこの世にいない」とかんじる以上に本質的な存在感覚はない。無用者の絶望的矜持。探すともなく求めている言葉と情景は、こんりんざいないのではなく、たぶん、神さまのような作用によって、じぶんのなかかじぶんの外の、どこかにうまいこと隠されていて、すぐに見つかることもあれば、死んでさえ出逢えないこともあるのだろう。どうにもいたしかたのないことだ。どんなに熱したにせよ、すべて渙散しないものはない。消散しつくしたかにみえても、またぞろ集合し爆発的に熱するものもある。これからは後者の反復にちがいない。西口ミスドに行った。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/05)

マンホール.JPG

・「歴史的瞬間」(historical moment)という、ずいぶん巨きい言葉をしばしばもちいた。だが、あまり本意ではない。そのようなmomentがほんとうにあるものか、ぼんやり疑ってもいる。ハナ・アーレントの母マルタが娘に、「これは歴史的な瞬間よ!」と叫んだというのは、1919年はじめに、スパルタクス団がゼネストを決行したときといわれ、マルタの気持ちはそれはそれでわからないでない。ただ、歴史的瞬間という一大閃光めくものやスペクタクルの最高潮のような光景が、歴史のすべてを決するかといえば、はて…と言いよどむ。渡辺京二さんが相当以前にこんなことを書いていた。「考えてみれば、歴史に線としての切れ目がはいるはずがない。時代が区分されるとすれば、その区切り目は幅としてあらわれるはずである。その幅とは、すなわち転形期である」(「或る時代の終わり(一)」『ことばの射程』葦書房1983年)。なるほどな、「幅」か。ドイツ革命もワイマール共和国成立もナチスの政権獲得も、満州事変も真珠湾攻撃も、それぞれの熟成と爆発、瓦解までにそれなりに長期の時間幅を必要とした。新たな歴史的瞬間が生起したときには、すぐさまそれが過去と化し、次の歴史的瞬間が継起しているだろう。戦後から新たな戦前ないし戦中へと移りつつある、まことに歴史的瞬間にことかかない、いまという時間帯は、これは疑うべくもない恐慌・争乱への転形期である。不思議なことに、多くの人びとがそうとうすうすかんじながら、かんじないふりをしている。そうとかんじながら、かんじないふりというのも、過去からのいじましい自己保存の慣性であり、過去の気だるい反復である。一個の余計者としてのわたしは、かんじれば、かんじたと言うまでである。一方、渡辺さんは、「或る時代の終わり(二)」で、じぶんは時代に適応する必要のない「一個の遺民」なのだ、とも記していて、前はよくのみこめなかったが、いまはとても合点がいく。「一個の遺民」とヨーゼフ・ロートの言う「余計な人間」という自覚は、時代と状況と立場がまったくちがうけれども、「過ぎ去った過去と到来する明日を同時に読み解けるのが、遺民の孤独の代償だ……」(「或る時代の終わり(二)」)をあらためてなぞると、遺民と余計者の胸には、どこか似たような色の夜が流れているのかもしれない、とおもえてくる。戦後も戦後民主主義も、懐かしくも、惜しくもない。「時代に殉じる」などとんでもない、クソッ食らえ、である。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/06)

雨の駅.JPG

・肉色の光に、輪郭をなかば融かしつつ、わたしは座っているのだろう。窓外の海の照り返しにわたしは晒されている。窓の下に、その老婆は仮死状態の夏蚕のように仰臥して、さっきまで開いていた目を瞑っている。あんなに輻輳していたはずの皺が消しゴムで消したみたいにすっかりうすまり、面立ちが生娘みたいに単純になっている。古紙のように乾いた皮膚は、白いというのではなく、脱色されて色そのものを失っている。かのじょは、おそらく眠ってはいない。閉じたまぶたごしに、わたしをじっと見ているのだ。生と死のあわいの、ときおり乳色がじわりといれまじる肉色の時に、わたしを置いて、なんだか無遠慮に眺めているのだ。皮裏の目は和んだり、慈しんだり、青光りする刃物になったりした。窓の外に、疲れた3本脚の犬が伏せをしていて、前肢に顎を埋め、海の気配とわたしと母のいる部屋の気配を、両耳をクルクル回転させながら聞いていた。コビトに促され、つきそわれて、施設に母を訪ねた。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/07)

雨中の眺め.JPG

・「戦間期」ということをぼんやりとかんがえていた。目の前でカイコかサナギみたいに寝床にポツンと横たわるそのひとは、いわば戦間期に生まれ、日中戦争期に、たぶん戦争などほとんど意識せずに青春を楽しくすごし、太平洋戦争期に結婚し、原爆投下と敗戦の前年にわたしを産み、大陸から「ひとが変わったようになって」復員してきた夫をむかえ、日ごと別人のように荒れ狂う夫をまのあたりにして息をのみ、戦後はさんざ貧困に苦しみ、それでももちまえの明るさを失わず、たくさんの歌をうたい、がんの夫と死別し、悲しみ、どうじにホッとしもし、老いてじぶんもがんになりながら、なんとなくそれも克服してしまい、大震災で友らを多くうしない、じぶんはまた生き延びてしまい、生き延びてしまったために、口にするのもはばかられるつらい場面をいくつも見聞きしてしまい、旧家のあったあたりが放射能におおわれているいま、このとき、うすい目蓋ごしにわたしをぼうっと見ている。死というのも、切れ目としての「瞬間」ではなく、生からとろとろと流れくる消失までの時間の幅か帯にあるのだろう。一片の紙切れに似たそのひとのペラペラした手の甲に触れながら、わたしはそうおもう。戦間期(interwar period)はどちらかというと欧州史的概念だろう。年表的には、1919年から1939年までの時代。にしても、戦間期とはなんという言葉だろうか。敷衍すれば、ひとは戦前か戦中か戦後か戦間期にしか生きていないことになる。なんということか。いまは新(第2次)戦間期か新戦前か新戦中か……といぶかる。そういえば、この1年半というもの、母の声をまったく耳にしていない。かのじょはわりあいよくしゃべるひとであった。ハッとする。母はなにか、かたくおもうところがあって、発声をやめることにしたのだろうか。意思的失声。そんなことができるものだろうか。わたしはヒソヒソ声で問うた。あなたはしゃべるのをやめたのですか。もう疲れたのですか。しゃべるのがもういやになったのですか。待つともなくあなたの死を待つ周囲に抗議しているのですか。なにか拒んでいるのですか。そうなのですか。言いながら、よくしゃべったかのじょよりも、なにも発声せず、オムツをしてコロンとひとり横になっている母のほうを好ましくかんじているじぶんを発見して、ずいぶん勝手なものだなとおもう。母は身じろぎもしない。とつぜん、「『何も約束するな!』とパラノヴィッチは言った。これが別れだった」のくだりをおもいだす。欧州の戦間期はすべてを胚胎し、すべてが肉色の闇で育っていたのだった。第2次戦間期をへた日本だってそうだ。見ろ、いまのこのザマを。前原誠司のような、ただ卑しいだけのズルシャモたちがつぎからつぎへと躍りでてきている。三本脚の犬は、いつの間にか、窓の外から室内にすべりこみ、朦朧とする母の薄桃色の視界を、現在から過去へと、とぼとぼと歩いていった。けふ、霧のなかをエベレストにのぼった。(2014/06/08)

夜の塔.JPG

・物故したある有名なひとについて、10枚ほど書くことになっているのに、なかなかその気にならない。というか、さっぱりその気になれない。どうしてだろうか。どうもそそられないのだ。なぜこんなにそそられないのか。時代がとっくにそのひとを追いこしたからかもしれない。といったって、かれが逝ったのはまだ一昨年のことだ。一昨年なら、つい最近といったってよい。なのに、もう時代に追いこされたのか。時代はそんなに速く駆けているのだろうか。つらつらおもうに、そうなのだ。時代は目にもとまらぬ速度で爆走している。ニューモデルはせいぜい長くても数か月で型落ちし、いまの活語はたちまちにして死語化する。言説、思想もそくざに無効となる。疾走し転変する現実が、ほとんどの表現を置いてけぼりにしている。「ガラパゴス化」してしまう。かれの残した思想ももはや「ガラ系」なのかもしれない。だからそそられないのか。にしてはわたしは日夜、ガラ系ばかり読んでいる。「快適で、摩擦がなくて、道理にかなった、民主的な不自由」は、1960年代に言われた。けれど、わたしにはいまだにうまく解くことのできない、そうであるがゆえに、依然そそられるテーマでありつづけている。「特定の統治形態や特定の政党政治だけが全体主義を助長するのではなくて、政党の『多元主義』、新聞、『対抗権力』などと十分両立しうるような特定の生産・分配の体制も全体主義を助長する」も、そそられるエニグマでありつづけている。「多分、いつか、人々は狂気がどんなものでありえたか、もうはっきりわからなくなるだろう。狂気の形象はそれじたいのうえに姿を閉じてしまって、残してきた痕跡を判読するのを人々に不可能にさせるだろう」という指摘だって、時間的には古典もよいところだろうけれども、予言の実現をいま見ているこころもちにさせられてぞくっとする。わたしが不勉強なのかもしれない。が、わたしが書くことになっているかれは、過去と現在について大いに語ったけれども、未来について切実に悲観することはなかったようにおもえる。ディストピアを予感し、その奥行きを想像し構想しようとはしなかった。かれには常識があった。よいひとだった。だからわたしはそそられていないのかもしれない。エベレストにのぼった。(2014/06/09)

アジサイ.JPG

・『臣民の道』by文部省教学局「國體の本義に徹し、皇國臣民たるの確固たる信念に生き、氣節を尊び、識見を長じ、鞏固なる意志と旺盛なる體力とを練磨して、よく實踐力を養い、以つて皇國の歴史的使命の達成に邁進すること、これ皇國臣民として積むべき修練である。この修練を重ねてこそ、臣民の道が實踐せられ、大東亞共榮圏を指導すべき大國民として風尚が作興せられる」「皇土にあらざるはなく、皇國臣民にあらざるはない。されば、私生活を以つて國家に關係なく、自己の自由に屬する部面であると見做し、私意を恣にするが如きことは許されないのである。一椀の食、一着の衣と雖も單なる自己のみのものではなく、また遊ぶ閑、眠る間と雖も國を離れた私はなく、すべて國との繋がりにある。かくて我等は私生活の間にも天皇に歸一し國家に奉仕するの念を忘れてはならぬ。我が國に於いては、官に仕へるのも、家業に從ふのも、親が子を育てるのも、子が學問をするのも、すべて己の分を竭くすことであり、その身のつとめである。我が國民生活の意義はまさにかくの如きところに存する」(1941年=昭和16年7月)。ダフネ1号店にゆく。ゲリスパ大盛り+ネスカフェ。さかゑさんからbccメール。「hi!ジャストショートファクいかが?旺盛なる體力を練磨して皇國臣民の大オツンコぶちこんでね!」。大オツンコ?うーん、意味わかんなひ。無視。エベレストにのぼった。(2014/06/10)

長距離走.JPG

・「そもそも、わが〈国家〉の本質は、なぜ〈天皇(制)〉に収斂するように描かれるのだろうか。そしてなぜ、戦後になってこの収斂が一定の度合いまで断ち切られたとき、わが〈国家〉の本質は、〈天皇(制)〉を息の根がとまるところまで政治体制の外に弾きださずに、いわば不問に付するという形をとったのだろうか?」。と、吉本隆明は1960年代に問題をなげかけ、「わたしたちは戦後において、〈国家〉の本質が、〈天皇(制)への収斂の過程を断ちきられたとおなじ度合いで〈公〉と〈私〉の生活関係が分離しきれないままで双頭化しているという事態に当面している」と書いている。「公」と「私」の双頭化はなんとなくわかる。だが、「〈天皇(制)への収斂の過程が断ちきられ」るなどということが、戦後の政治・社会状況のなかで一度でもあったであろうか。わたしたちは、いわゆる「國體」を不問に付すどころか、つくづく自照することもなく、白日のもとにさらけだすこともまったくせずに、ここまできたのではないか。〈天皇(制)〉というヌエは結局、無傷ではないのか。ツチクジラの刺身を昼と夜に「いいだけ」食べた、というひとの話を読んだ。新鮮だった。「蜘蛛の巣」の著作年代とベルイマン「蛇の卵」の年代設定は、ともに1923年であり、場所もともにベルリンである。ベルイマンは「蜘蛛の巣」を読んでいたのではないだろうか。エベレストにのぼらなかった。(2014/06/11)












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2014年06月01日

エッセイ掲載


◎日経新聞がエッセイを掲載

2014年4月27日付の日本経済新聞朝刊文化面日曜随想欄に、辺見庸の最新エッセイ「極小宇宙から極大宇宙へ」が掲載されています。
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2014年05月27日

日録19



私事片々
2014/05/28〜2014/06/03

火星.JPG

・「ナチ・リーダーのヒステリックな熱狂はあくまでも自己の衝動から発生したのに対して、日本の気狂(きちが)いは、普通人には真似のできない『天皇信仰』に凝り固まっていた一種の『新興宗教』型のオルガナイザーであったにすぎない」、「『反動』化と呼ばれる過程においてもまた、いかに日本社会の歴史的経過が明確なキレ目を持たないか、そうしてこのことに対応して、その経過を営む人間が、いかに歴史的連続を遮断するだけの主体的行動性を欠いていたか、ということである」(藤田省三「天皇制とファシズム」1957年)。高円宮家の次女が、出雲大社のボケヅラ神職と婚約内定とかで、秘密保護法でも集団的自衛権でも号外をださなかった新聞が、気でも狂ったかのように号外をばらまき、テレビはいずこもトップニュースで大々的に報じて、千家家は日本神話の「天照大神」の次男「天穂日命(アメノホヘヘヘヘノミコト)」を先祖とすると伝えられている……などと、おおまじめに解説した。おまえらアホか。批判的コメントおよび皮肉、ネガティブ・ジョークっぽい街の声は一切シャットアウト。マジ、北朝鮮・労働新聞なみなのだ。いったい、どんな編集会議をやったのか。どんな議論をやったのか。従来そうすることになっているから、そうしたまで、とメディアのアホどもはおもっているだろう。じぶんにはかんけいないと。皇室関連、死刑、オリンピックには、かねてより反対しないことになっています、と。きたるべき戦争にもまちがいなくそうであろう。「救国結束」の社説がでるだろう。天国の藤田先生、このザマをごらんになりましたか。「歴史的連続を遮断するだけの主体的行動性欠如」どころじゃないのですよ。ボケヅラ神職、脳天気にのたまうには、「私どもの家の初代が、皇祖・天照大神の次男と伝えられています。2000年をこえる時をへて、いまこうしてきょうという日を迎えたということに深いご縁を感じています」だと。飢え死に、自殺者、貧窮老人たち、福島原発のことを少しはおもえ、ボケナス。大八州どこもかしこもイナバノシロウサギていどの紙芝居的神話と神道オカルティズムと現実の混濁である。きっと、あらかじめそうなることになっていたから、いまこうなっているのだ。死刑執行は、死刑反対の声によってではなく、皇室がらみの慶事を暗黙の理由に、しばらくはなされないであろう。そのことを悦べというのか。語れば語るほど、じぶんが情けなくなるだけ。恥辱が頭をもたげる。言えば言うほど、じぶんを貶めることとなる。口が腐ってくる。卑しくなる。屈辱にまみれる。だから、語りたくなくなる。ははーん、うまくできているのだな。いやさか、バンザイ、バンザイ、バンバンザーイ!ダフネ1号店のさかゑさーん、けふは、ご婚約内定お祝いファクしにいくぞ。朝、病院にいったら、あんたの病気になどなんも関心ございませんよ、みたいな態度の、あれっ、あの神官似の医者。あ。出雲にいくべし。ダフネ1号店にいったら、さかゑさん、またお休み。からぶりどぇす。コビトとジョジョとエベレストにのぼった。(2014/05/28)

霧の奥にに見えたなにか.JPG

・昨夜、一匹の犬が霧に溶けていくのをみた。霧の奥で、輪郭がほとんどくずれかけたとき、燐光のようなものが光った。けふ、ミスド中央口店。カスタードクリームドーナツ。コーヒー。LSV入り口。エベレストにのぼらなかった。肩痛てえ。薬まったくきかず。(2014/05/29)

黒い壁.JPG

・高辻法制局長官「急迫、不正の武力による攻撃に対し、わが国の生存と安全を保持するという目的を達成する正当な範囲をこえないものであれば、わが国が保有する兵器についても通常兵器であろうと核兵器であろうと禁止されない」(1969年2月5日、衆院予算委)。首相Aはこれをとっくに学習している。首相Aは日に日に調子づいている。「救国のヒーロー」を、自己陶酔しつつ演じている。首相Aは酔っている。みなで酔わせてやっている。エベレストにのぼらなかった。(2014/05/30)

茶色い流れ.JPG

・「戦争の不可能性を明言することは知識人の義務である。……しかし冷戦状態にあると宣告することは知識人の役割ではない」。いずれにせよ、「知識人」などどこにもいない。LSV→オンブルヴェールwith犬&コビト。一昨日つぼみをまだ硬くしていたタチアオイが、しどけないほど咲きみだれていた。犬が花陰でフンをした。「ファルメライヤー駅長」(1933年)のこと、1920年代、30年代に生きるということ(仮説)、それらの時代にかんがえたであろうこと、それらの時代に表現するであろうこと、ロートというひとの目の位置、その摩訶不思議、ワイマール共和国(1919〜1933)のこと、「ファルメライヤー駅長」における「双子」のうすい影のこと、ヨーゼフ・メンゲレと双子のこと、メンゲレとアリアのこと、吉本隆明さんのこと、「絶対感情」のこと、生き物としてのひととその言説の経年的劣化などについて、脈絡なく話した。M君が病床のお母さんの写真を送ってくれる。身体が時間の漏斗に容赦なく呑まれていく。コビト情報によると、ダフネ1号店の小川さかゑさんは子どもとともに静内町の実家に帰ったらしい。エーコはさらに「メディアは戦争の一部であり、その道具であることが単純すぎるくらい明らかである以上、メディアを中立地帯とかんがえるのは危険……」「なによりメディアには、省察の時間とは異なる時間が流れている」などと書いた。当然すぎる。国防相Oは、去年だったか、ハトヤマユキオのことを「国賊」と言ったこと、マスコミはそれについてなにも問題にしなかったことをけふ、おもいだす。国防相Oは、「コクゾク」について、どんな語感をもっているのだろうか。ところで、国防相Oは、まがまがしいチンピラ・ファシスト面をしている。あれは凶相である。エベレストにのぼらなかった。(2014/05/31)

卓上のグラス.JPG

・霧がふっていた。夜更けに70をすぎた老人が3人、旧図書館分館2階の辞書・百科事典室に、たったの3人でも「あつまる」と言ってよいのかわからないが、〈会議〉のためにあつまってきた。かれらのからだの発するノネナールのにおいは濃霧にすいとられていた。霧はあらゆるにおいを呑みこんだ。3人という人数はなかなか微妙である。3人は、言わずもがな、2人ではない。複数だが、まったく多くはなく、一対からはつねに1人がもれる。2人ほどうちとけず、馴れあいもしない。3人のうち1人は、ほぼかならず2人の関係をじっと見ている。監視しているといってもよい。この3人に決まったリーダーはいなかった。3人のうち1人には、眉の下に小豆大のほくろがひとつあった。ほくろは霧にぬれて、ほどよく熟れた暗紫色のブラックベリーのようにてらてらと艶めいていた。3人のうちもう1人は、ひとが善さそうだとよく誤解される、赤らんだ団子っ鼻であった。かれはとくにひとが善いわけではなかった。残り1人は長身、隻眼で鷲鼻。ないほうの目には義眼をはめていた。3人ともに水晶体が、老いぼれた犬もどうぜん、もうすっかり灰白色に濁っていて、そのことが3人に共通する問題だったのだが、視界のかすみぐあいとその自覚はそれぞれにことなっていて、ともあれ、3人とも物体の各点からでる光線束が光学系によりそれぞれに対応する一点に集束することはまずなく、すなわち、見ているものが虚像か実像か、はっきりとしないことが常であった。しかし、いま見ているものが虚像か実像かなど、老若と視力のべつなく、いったいだれが証明できるだろう。旧図書館分館のエレベーターは故障していた。3人はそれぞれ懐中電灯を手に、手すりをつたい、非常階段で2階にのぼった。非常階段は2階まで16段あった。その5ステップ目の、上る者にはやっと見えるけれど、下る者にはかんぺきに死角となった個所――靴のかかとの下にあたるのだが、かかとには踏みつけられない個所――に、見たこともない、名づけようのない蛾のような褐色の虫が一匹はりついていた。3人のうち義眼の老人だけがその褐色の虫に気がつき、霧のなかで腰をかがめ、懐中電灯の光をあて、左目をこすりつけるようにして虫を見た。不気味な脚が4本見えた。ひどくみすぼらしいボロ傘のような翅が、細かな霧の粒をつけてふるえていた。醜い虫。そうとしか言いようのない、醜いという形容詞の代表のような、醜いだけの虫。隻眼の老人はそうおもった。あまりに醜くみすぼらしいだけの形なので、かえって、じぶんのかんじかたに自信がもてなくなるほどだった。これはひょっとしたら、醜くはない、みすぼらしくもない虫なのではないか……と自問するほどであった。〈会議〉でその虫のことと、いわゆる醜さにかんして、他の2人になにか報告すべきか、階段を上りながらかんがえた。霧がふっていた。3本脚の犬が、いましも旧図書館分館の近くをあるいていた。犬はノネナールのにおいにとうに気がついていた。犬は旧図書館分館前をとおりすぎた。/
 ダフネ2号店にいった。エベレストにのぼった。(2014/06/01)

虫.JPG

・R.D(1993年)「ぼくはじぶんの考えを事実とつきあわせて検証してみたが、マルクスが上部構造に入れたものこそ、社会の変動を司る下部構造をなすものだと思う。宗教的なものはけっして歴史的に未発達な過渡期のものではない。それは……すべての社会の構造的な要素なのだ」。「人間のつくる共同体の奥底には、まったく意識されることのない反復的な構造がひそんでいる。……それは共同体の心理などというものではない。むしろそれが共同体を組織するのだ」。そうなのだろうか。R.D(1993年)「われわれはいま国家の止揚に立ち会っているのではなく、国家の衰退に、つまり封建制の復活に立ち会っている……現在形成されつつあるヨーロッパ連合が、14世紀のリメイクにならないかということだ」。ロート(1935年)「19世紀になって人びとは個人が市民として認められたいのなら特定の国あるいは民族に属さなければならないことを発見した。オーストリアの劇作家グリルパルツァーは『ヒューマニズムは民族主義を経るうちに野蛮化』するしだいを説いたが、おりしも当時、民族主義がわが世の春を謳歌していた。今日、猛威をふるっている野蛮化の先ぶれを演じていた。それは一般に愛国心といわれるもので、新時代の卑しい階層が、みずからに応じて生みだした卑しい感情のたまものである」「敗戦の憂き目をみたヨーロッパの首都にあって、死体を食らって大きくなり、それでもいっこうに食い足りず過去をしゃぶり、現在の汁を吸って、高らかに未来を謳歌している。この手の連中が戦後このかた、肩で風切ってのしあるいている」(「皇帝の胸像」)。ファシズムの妖気。装いをかえて反復する歴史。這いよってくる戦争の熱風。教科書副読本の「溶解処理」というのがあるそうだ。いまごろになって日本文学報国会会長・太平洋戦争開戦の詔書の添削者・希代のデマゴーグ徳富蘇峰をかばう者がいる。歯医者。ダフネ1、2号店ともいかなかった。∴ショートファクせず。エベレストにのぼった。(2014/06/02)

バイカウツギ.JPG

・2日深夜、小川さかゑさんからメール。いまポール・オースターの詩集を読んでいるの、「内」がすき、とってもとってもすきなの、あひたひ……。よく見たら、どうもBCCらしい。かるく傷つくが、傷つかないふり。blind carbon copyって、名前がいやらしい。blind carbon copyで「ジャストショートファク」のオファーをうけて、なんだか「選ばれた」気になってがんばってきたのだ。どうせそんなものだ。朝おきて、犬とリクガメ・ジョジョにご飯をやり、湿気った地下隧道をあるいてダフネ1号店に行ってみた。さかゑさんはやっぱりおらず、北林谷江さんによく似た品のよいおばあさんが注文を聞きにきた。ナポリタンとネスカフェたのむ。モジリアーニの複製画の下に、天知茂がいてひとりしずかにアイスコーヒーを飲んでいた。けふは、いったいどぼずぃだのか、やかましいほど耳がよく聞こえる。客たちがガヤガヤ話している。街でひとつだけの映画館オリオン座(半世紀つづいていた)が近く閉館するらしい。最後になにを上映するかは、まだ秘密(サプライズ)だけれど、無料上映らしい。トイレ方向の客らのヒソヒソ話も聞こえてくる。「コーヒー豆がもうなくなるらしい」「みな西に逃げてるんだ。街の人口はもう半分になった」「いや、まだ3分の2らしい」「ベジタリアンったって、食える野菜が減ってるし……」「闇缶詰……」「ヒムラーもベジタリアンだったって知ってる?」「ナチス親衛隊はハーブを栽培してた」「ヒムラーは熱心な動物愛護主義者だった」「k.鳩山も大の動物愛護主義者で、死刑執行命令を連発した。あの変質性…」「ナチスはサムライが大すきだった」「k.鳩山はチョウとポメラニアン……」「ヒムラーは武士道を愛してた」「サムライ・ブルーとファシズム…表象……狂気のNHK」「親衛隊もサムライを模範とすべし、とヒムラーは力説してた」「ルーン文字と仮名文字の類似性が大まじめに研究されたことだって……」「ヒトラー・ユーゲント訪日代表団……シュルツェ団長ら1938年横浜上陸…靖国参拝……白虎隊史跡見学」「北原白秋はヒトラー・ユーゲントをたたえる詩を書いたよ」「万歳、ヒットラー・ユーゲント、万歳、ナチス!…ってやつだろ」「後日の歴史はみな変態的……」―――。メールがきた。BCC。「さかヱです。いっぱひ充電して、かへりまひた。ジャストショートファクいかが?」。無視。エベレストにのぼった。(2014/06/03)










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2014年05月21日

日録18



私事片々
2014/05/21〜2014/05/27

グラスと水.JPG

・敵か味方かわからない。アホか利口かわからない。悪意か善意か無意識かたんなる習慣かわからない。ボケかボケたふりかわからない。本気か冗談かわからない。新聞がなんのために発行されているのかわからない。狂っているのか狂っていないのか、両者の区別もなくなったのかわからない。怒っているのか怒ったふりか、じゃれているのか、わからない。戦争をやる気か、戦争に反対なのか、どちらでももうかればいいのか、わからない。未来に展望があるとおもっているのか、おもっていないのかわからない。いわゆる右翼か左翼かわからない。いわゆる左翼くずれか公安の手先かわからない。クッカジョンボウォンの協力者なのかMossadの内通者かわからない。新聞記者か警察の手先かわからない。NHK幹部か内調の手先かわからない。真犯人か偽犯人かわからない。オチンチンか腐ったゴボウかわからない。警察かナンチャッテ警察かわからない。耳かグローブかわからない。目なのかケツのアナなのかわからない。口なのか蓋のひらいた赤いマンホールなのかわからない。いわゆるビラビラなのか干からびたアカガイなのかわからない。グオチアアンチュアンブ―のスパイか友好事業者かわからない。首相がきわめつきの低脳ウルトラナショナリストか、ただの能なしナショナリストか、フツーのバカかわからない。「きわめつきの」と「ただの」の区別がわかっているのか、わからない。副首相がサルだかヒトだかわからない。見わけにくい。防衛大臣の目がもうイッチャッテルのか、まだ最後まではイッチャッテナイのか、これからア、ア、イッチャウのか、わからない。卑しいと卑しくないの差がわからない。暴力団員か国会議員かわからない。いまどき保田輿重郎をかばう新左翼くずれの老人の真意がわからない。保田輿重郎の文章をつらぬく天皇制イデオロギーの美化を、平野謙はなぜ軽蔑できなかったか、なぜ「なにかしらこわかった」のか、わかるようでわからない。コビトがわからない。二股膏薬がわからない。なにをしたいのか、なにが見えているのかわからない。これがいつまでつづくかわからない。いまが譬えようもなく異常な時代なのに、みながそうではないそぶりをしているのは、わかる。わたしもそう遠くないさきに、視界が濃霧の海原のようにかすむだろうこともわかる。きのう、ニュージーランドのシカのひずめ1個(800円)がとどき、犬がしゃぶりつき、近づくとウーウー唸って威嚇したわけも、とりあげて冷蔵庫にいれたら、犬があっさりあきらめたわけも、なんとなくわかる。けふ、コビトとデータをもらいに病院に行った。エベレストにのぼらなかった。(2014/05/21)

スカイ.JPG

・「人格権」……人間存在やその尊厳とわかちがたい諸権利の概念であり、憲法13条後段の「幸福追求権」からもみちびかれる基本的人権のひとつである。人格権は本来、私法上の権利だというけれども、「生存権」とともに、私法、公法のべつない普遍的概念であるべきだ。福井地裁判決は画期的というよりも、しごく「まっとう」なのである。たまにまっとうなことを言うと、びっくりされ、大騒ぎになり、わざわざ画期的と称されるほどに、この世はあまりにもまっとうではない。判決の要諦は、原発の根本的不可能性の指摘にある。しかし、トルコとUAEへの原発輸出を可能にする原子力協定が、自民、公明、民主各党の賛成多数で承認されたばかり。政府は原発を「重要なベースロード電源」と位置づけ再稼働路線を鮮明にしている。この国の権力者は、自国だけでなく他国の住民の人格権までおかすのをなんら恥じていない。エベレストにのぼらなかった。ブルーノ・シュルツ「ネムロド」。(2014/05/22)

テントウムシ.JPG

・マルホランドDR.で一匹のテントウムシに逢った。ナミテントウかマクガタテントウかわからない。しかしだ、テントウムシにとって、そんなことは結局どうでもよいのだ。テントウムシじしんとしては、かりにテントウムシではなく、テントウマムシと呼ばれたってべつになにも困りはしない。マルホランドDR.の脇の暗く冷たい秘密地下隧道をとおってダフネ1号店に行く。放射状になったこの隧道をあるくのが、鯨の臓器のなかを巡っているやうで好きだ。隧道の階段をのぼって、裏口から店に入る。コビトとひいちゃんモバQがいたので、どうも気になり、小川さんとファクしなかった。ひいちゃんによくおもわれたい、というある種の見栄がはたらいたにちがいない。小川さかゑさんはファクしなひと知るや、にわかにとり乱し「などてかくはかなき宿りはとりつるぞ、おまはん、などてショートファクせんのや、あやまれ、クソジジイ、ここで土下座せんかい、われぇ!」と、客の耳もはばからずにわめきちらし、わたしをなじった。わたしは堪えた。さかゑさんにペコペコ詫びた。ひいちゃんたちの目を気にして、トイレで密かに土下座した。さかゑさんは這いつくばるわたしを跨ぎ、赤いスカートをまくりあげて、オシッコをかけようとした。わたしがファクしないだけでなく、コビト夫婦に遠慮していることが、よほどしゃくにさわったのだ。その心理はわからないでもない。ハエのように手を擦りなんどもお願ひすぃて、今回はオヒッコかけを免除してもらう。「ジジイ、つぎは飲ませるからな……」。さかゑさんが声をひそめてすごみ、口の端をゆがめて残酷に笑った。身障老人はじっと堪えるしかない。生きるとはそういふことだ。さかゑさんにだって言い分はあるのだ。とまれ、下品で乱暴なことは嫌ひだ。かへり、隧道をでると、陽がさんさんとふりそそぎ、葉っぱのうえのテントウマムシが消えていた。わたすぃは静かにエベレストにのぼった。ペインクリニックに行くことを決める。「生活と自治」の連載原稿を送った。(2014/05/23)

まだ花のないサルスベリ.JPG

・廃屋の庭にある地下隧道入り口が、けふは封鎖されていた。なにかあったのだらうか。その問いじしんがおかしひ。地下隧道ではなんでもある。自殺、暗殺、レイプ、集団リンチ、逃亡、尾行……。そのための地下隧道である。ヒトといふ種の主体意識は、すでにボロボロに解体され、守るべき規範など、権力者はあるかのように言うけれども、すでにまったくどこにもないことは、クソのやうな脳みその権力者だって承知している。ヒトはたんに現象でありもはや本質ではなひ。まがりなりにもまともな脳みそというものをもった者は、とうに狂っているか、いわゆる正気よりも、狂気を肯定している。そうでなければ、歴史と資本のあられもない暴走に堪えることなどできはしなひ。暑いけれども、上をあるくしかない。カメがコトコトとついてくる。背甲の色が褐色がかり、薄茶の格子のあるヘルマンリクガメが、わたしのあとを、のろのろとついてくる。サルスベリが鬱蒼としげっている。花はまだだ。狂気の花の爆発。それをずっと満をじして待っているのだ。ダフネの1号店にするか2号店にするか少し迷ったが、昨日のこと(土下座)が胸に尾をひいていて、吸いこまれるようにして1号店に入る。カメも店に入る。メニューに「初夏のお勧め!滋養強壮と物忘れに、カプリチョーザのトマトにんにくパスタ・活タマホコリカビまぶし(1日20皿限定)税抜¥850」とあり、写真をみると、ただのトマトにんにくパスタであり、どこに活タマホコリカビがまぶしてあるのかわからない。首をかしげていると、けふはライトブルーのワンピースの小川さかゑさん――いささか宗教的事情もこれあり、これまでさかゑさんの容貌にふれたことがなかったが、頬骨がたかく、はっきり言って小川知子似である。カラオケボックスで「ゆうべの秘密」をさかゑさんがうたうと小川知子とまったく区別がつかなくなる――がやってきて、テーブルの角に股のあたりをつよく押しつけ、「‘活タマホコリカビまぶし’がわからなひと言ふんでしょ?知りたひ?」と問う。トイレで1発ジャストショートファク、オイドからしばいてくれはったら教えたげる、というので、幸いなことに、コビト夫婦もいなひことだし、ふたりしてトヒレ直行、ノーパンだったので、ケツから速攻ショートファクしばく。「なんかワヒセツなこつ言うてぇ!はよ、ヒワヒなこつ言うてぇ!」とせがまれるも、心ならずもただクソ長く、じつにくっだらなひズィンセイ(人生)をここまで徒におくってきたのである、たいていのこつはしゃべりつくし、よほどのナンセンスもすでにほとほとやり飽きているので、出し入れ(抽送…死語か?)しながらのおもいつきで、「活キンタマホコリカビ××コまぶしだ、さかゑのばかやろう!」とさけぶや、さかゑさん、わりとかんたんに昇天。「身障高齢者(但し要介護2以上)割引き適用+さかゑさんの個人的ご好意により1500円にまけてもらふ。すっきり。トイレをでたら、「カプリチョーザのトマトにんにくパスタ・活タマホコリカビまぶし」がきた。まぶすもなにも、タマホコリカビってやつがさっぱり見へない。味も、こりゃただのトマトにんにくパスタじゃあなひですか。ライトブルーのワンピのさかゑさん、わたすぃとパスタを見おろし、いやにしんみりと言ふ。「ヒトの感覚スケールでは、あたすぃの陰核やあなたの痔核は見へても、タマホコリカビという原核は見へなひのよ……」。原核生物はnm、真核生物はμm以上で、光学顕微鏡の分解能がおおむね2μmであるからして、光学顕微鏡で見られるものは真核なのだとか。陰核、痔核、原核、真核……。ううう、わからなくなる。タマホコリカビは、栄養が豊かにあれば単独で行動し、食いもんがなくなると集合して群生し、まるでひとつの生命体のやうにふるまう。そのことが「まことに身勝手」だとか、「短絡」だとか「血も涙もない」などと言えるだろうか、いや、言へなひ。つまり「これはたったひとつであるのとどうじに、多数のものというわけなのよ。タマホコリカビって、植物でもあり動物でもあり、胞子から発芽もすれば、またあるときには、エッチつうか有性生殖もこなすし、〈自己〉でありながら〈他者〉でもあるのよ……」。おもふに、それはすなわち、死と生の界も、有と無の境界も曖昧で不分明なのではなかろうか。いまや無残に解体された人間主体のやうに。したがって、宇宙でこれしかない真性で純粋で唯一無二のタマホコリカビを想定し、そうであると決定することじたいが不可能で無意味あることをしめすのであるのだな……とおもふうち、わたしは勝手に感に堪へなくなり、再びムラムラとしてきたので、さかゑさんにこのさい、もう一発、有性生殖ぶちかましまへんかぁと申しむけると、かのじょ「ほいきたちょうさん、まってたほい!2発目以降はただでよかとよ。ほなら、やったれ、いてまへ、いてまへ!」とか応じるさま、いとあさまし。このたびは便座を活用した座位にて、はげしくバコバコし、そのさなかにわたひコビト夫婦の悪口をさけびたくなりつるを、さかゑさんにかるくたしなめられ、「語るにあたひせずよ」と耳打ちするさま、いとただ者にはあらざりけるにや。「それよっか、いく(come)ときは〈すめらぎいやさか、ばんざい、ばんざい、ばんばんざーい!〉て、いっしょに心をこめておもいっきりさけびましょうね。けふはなかだしOKよ」と提案されたため、ふたりして、腰うちふり「すめらぎいやさか、ばんざい、ばんざい、ばんばんざ――い!」と3回さけんで3発果てたのであった。あ。さかゑさんは、よくかんがへれば、とっくに×ンスあがっているのだから、とくにありがたがることもなかったのではあるが、とまれ、いやさか、めでたかった。エベレストにのぼった。足下を見たらカメが亀頭をのばしてわたしを見あげている。そのとき、さかゑさんからメール。「グッド・ファクありがと!そのリクガメはジョジョ♂というの。かわひがってね!」。帰宅するなり、犬がジョジョを見て大興奮。たちまち友だちになる。1個96円のクリームパンを食す。ジョジョにコマツナ。かつて侏儒がつかったこともある端の部屋をジョジョの居室とする。青いソファと机は業者にひきとってもらう。両方あわせて5000円。ジョン・ルイスのバッハはおそろしく安っぽく、くだらなかった。BGMには、まあ、よひ。(2014/05/24)

薔薇クローム.JPG

・ジョジョとエベレストにのぼった。麓のベンチに、伊藤律(1913〜 1989)さんに鼻筋といい横顔といいそっくりの老人がひとりすわっていて、ゆったりとタバコをくゆらせていた。濃いサングラスをかけ補聴器をしている。わたしは隣にすわり、おもいきって声をかけてみた。「人間ってなんですか?」。老人は、おほほほほほ……と、顔をハナミズキのほうにむけたまま、口にかるく手をあてて、かん高い声で笑った。おかしくてしようがないという笑い。北京で耳にしたのとおなじ声だった。あのとき、なんとはなしにお公家さんのようだな、とかんじた声。老人はまだ艶をうしなっていない声音で答えた。「ムシではないですか。虫……。おほほほ」。三船留吉や今井藤一郎をまだおぼえているか、問うた。はい、おぼえております、と老人はすぐに答えた。共産党入党を誘い推薦したのも、官憲に逮捕の手引きをしたのも、両人だとものの本で読んだことがある。2人はもともと特高のスパイだったのだ。文化大革命後の1979年、中国は喬石・元共産党中央政治局常務委員の決断で伊藤律の釈放を決定したが、わたしの中国からの国外退去処分も、指示したのは喬石だったという。かつて北京機関が存在した当時、日本側との窓口になっていた日本語のたっしゃな趙安博が「野坂参三や袴田里見から伊藤律を殺すよう依頼された」と、1998年になってから告白したときには、ほんとうに仰天したものだ。歴史は煮こごりのように崩れている。スパイ、二重スパイ、裏切り者、変節漢、卑劣漢、内通者、転向者、二股膏薬だらけですね、とわたしは言った。老人は「虫ですから……」とつぶやいた。杉浦明平は記憶にあるか訊くと「はい、一高の同期でした」と言う。杉浦明平の日本浪漫派罵倒は胸がすく、とても痛快だ、とわたしは本音を告げた。吉本隆明よりもよほど明快だと。杉浦は日本浪漫派こそ「東洋的ファシスト」「ペテン師」「詐欺師」「たいこ持ち」「オベンチャラ」「帝国主義その断末魔の刹那のチンドン屋」と言いはなった。そのとおり!いま、その子孫たちが、いい調子でうかれている。杉浦は書いた。「われわれは自分たちの力、自分たちの手で、大は保田(輿重郎)とか、浅野とかいう参謀本部お抱えの公娼をはじめ、そこらで笑を売っている雑魚どもを捕らえ、それぞれ正しく裁き、しかして或るものは他の分野におけるミリタリストや国民の敵たちと一緒に、宮城前の松の木の一本一本に吊し柿のように吊してやる」。死刑反対ですけど、これ、好きなんですよ、ぼく。いまも首相官邸お抱えの公娼(記者、作家、学者、評論家、芸能タレント)だらけですから……。ぶつぶつと言っていたら、いつの間にか、伊藤律さんは、おほほほほほ……の笑い声だけを残してベンチから消えていた。伊藤さんのいた場所には、ヘルマンリクガメのジョジョがいて頭をもたげていた。あ。さかゑさんとファクしなかった。虫って、シデムシ(埋葬虫)のことだらうか。(2014/05/25)

シラン.JPG

・げんざいの権力というものには、暴力の中心(核)があり、アベやイシバのように、個別人格的なものなのであろうか。権力が個別人格なら、個別人格を撃てばよい。だが、おそらくそうではないであろう。権力の様態はいま、非人格的で非人称的なのであり、固定した実体的司令部=センターはあるようにみえて、ない。言うならば、権力とは、とくにいまの権力は、「巨大な海綿のようなもの」ではなかろうか。「すべての倫理、すべての正義を手軽に吸収し、音もなく存在している巨大な海綿のようなもの」とは、敗戦後間もない1948年に武田泰淳が「滅亡」についてかんがえたときに浮かんだ形象らしい。が、この滅亡の心的形象は、反転させると、見事なまでに権力の本質となる。「すべての人間の生死を、まるで無神経に眺めている神の皮肉な笑いのようなもの」とも武田は書いた。海綿のようなものは、アベやイシバのように、外側にいるチンケで「危険な他者」として容易にかたづけることのできない、自己に内在するどこまでもapatheticで、もろもろに腐ったスポンジのような心性にもかさなる。第3次大戦はむろんあるだろう。その根拠は、事前ではなく事後に説かれるのだ。さももっともらしく。「何のための、どこへ上るとも知れないリフトが、忙しく上下する。町があるのではなく、町が走っている。なにひとつ、とどまっていない」(「四月、ある愛の物語」)。街だけでない、歴史もそうだ。歴史があるのではなく、歴史がしきりに走っている。理由はとくにない。なにひとつ、とどまっていない。どこかで金属の焼けこげるにおいがする。クレーンがゆっくりとたえまなく上下している。戦争がくるのではない。それはもうはじまっている。歯医者→純喫茶・朝路(オムライス+コーヒー、陽子ちゃんお休み)→エベレストにのぼった。病院の向井君(お母さんつきそい)から電話。ジョジョにセロリ。犬とクリームパン食う。ヤルゼルスキ氏に会ったときのことをおもいだす。老いてゆく空気のにおい。窓のそとの街の音。まどろみ。(2014/05/26)

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・「ファシズムはいまだ『新秩序』を約束するのをやめていない」と、1972年に記したプリーモ・レーヴィは、どうじに、「この怪物を産みだした子宮(ゲベーアムッター Gebärmutter)は、いまだ健在である」というブレヒトの言葉を引用してみせたけれども、これは大戦終了後だけではなく、70年代当時も有効で、いまはおそらく、もっとも至当な警句である。ただし、注意しなければならない。「怪物」とは、ゲベーアムッターの肉色の闇にあったときから先天的に怪物なのではなく、後天的にそのようになる、ごくふつうの者なのであり、ごくふつうの者こそが、ただごくふつうであるがゆえに、ファシズムを熟成させてゆく。フランスだけでなく、世界各地で極右・ナショナリスト政党が勢力をのばしている。ここ、豊葦原の千五百秋のみずほの国においても事情はおなじ。民族排外主義もおなじ。いつの間にやら戦闘モード。あまつさえ、空自パイロットOBを予備自衛官にするのだという。きたるべき有事に招集するためだ。ほーら、やっぱり、きたきた、いよいよ予備役組織だ。予備自衛官に任命された者は、宣誓書に署名捺印をすることが義務づけられる。宣誓書は言う。「私は、予備自衛官たるの責務を自覚し、常に徳操を養い、心身を鍛え、訓練招集に応じては専心訓練に励み、防衛招集、国民保護等招集及び災害招集に応じては自衛官として責務の完遂に努めることを誓います」。ファシズムはアメフラシのように無意識である。ファシズムは雌雄同体であり、無数の個体がつながって交尾する。世界的な「連鎖交尾」である。ダフネ1号店にいく。さかゑさんお休み。ファクもお休み。帰り、エベレストにいくも、幼稚園児らに占拠されていたため、登攀断念。ジョジョ、犬とクリームパン。夜、フォー屋。肩痛。(2014/05/27)














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2014年05月16日

8/2講演中止


◎お知らせ・・・2014年3月末の「私事片々」で、8月2日に宮城県で講演をする旨の記載をしましたが、8/2辺見庸講演は都合により中止となりました。
posted by Yo Hemmi at 00:11| お知らせ | 更新情報をチェックする

2014年05月12日

日録17



私事片々
2014/05/14〜2014/05/20

絶壁3.JPG

・自明とされ、だれもがよく見なれた現象=〈いま〉を、根もとからくつがえす視力なしに、集団的自衛権行使容認のプロセスを断つことはできない。自明とされ、よく見なれた現象とは、よくよくかんがえれば、〈わたし〉じしんでもあり、それぞれが〈わたし〉を転覆する持続的意思なしには、この流れを阻むのはむずかしいだろう。多くの者は、このうごきに、ほとんどあらがわずして諦め、あらかじめ断念している。石原吉郎もよくつかった「断念」は、だが、おもえばずいぶん怪しい言葉じゃないか。「断念」は、抵抗よりも、この国の湿土に受けいれられやすい。そうこうするうちにも、新たな戦前がきている。新たとはいっても、「総力戦」が戦われた1940年代への過程とどこか相似する点でも、「現在の戦前」は、ひょっとしたら、「かつての戦前」から途絶えずにつづいている黒い川の流れではないかとさえおもう。断絶はあるようでいて、結局、なにもなかったのだ。憲法第9条がいよいよますます死文化させられる。政権は憲法第9条を笑いものにしている。土足で蹴飛ばしてヘラヘラ笑っている。断念どころではない。飄逸どころではない。「知識人の転向は、新聞記者、ジャーナリストの転向からはじまる。/テーマは改憲問題」(丸山眞男『自己内対話』[1956年の手帖より])。これも、もう過去形で語られなければならない。これまでいくたび引用してきたことか。引用のたびごとに、警告が重みをなくしていった。転向、知識人、新聞記者、ジャーナリスト……という言葉は、すでに、なにごとも意味しなくなった。干からびた犬のクソ。「よろこばしい破滅を待っているかのような、不安に満ちた賑わいがあった」(「蜘蛛の巣」池内紀・訳」)。エベレストにのぼった。(2014/05/14)

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・「すべてはわかっている。言うまでもない。……小さな、笑うべきひとことに世界がある」。からだが攣っている。8月2日の講演を中止することにした。主催者に電話でお詫びした。ひどい日だ。さやかに見えたものが、けふは曖昧な腰つきになり、どろっとくぐもっている。じぶんには責任がないとだれもがおもっている。エベレストにのぼらなかった。(2014/05/15)

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・「はっきりとした意識をもつようになるまで、かれらは決して反逆しない。そしてまた、反逆してはじめて、かれらは意識をもつようになる」。エベレストにのぼらなかった。(2014/05/16)

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・Mは言う。「在るから問題なのではない、じつはなにもないのだ。なにもないものを覗くぐらい怖いことはない」。ひと呼吸して語をつないだ。「だから、だれも、ないものを覗かない…」。聴きながらおもう。それは、なにもしない者が、おのれを無意識にかばう言い訳じゃないのか。nobody、nothingのせいにするなよ。過日講演を要請してきた(わたしはいったんはひきうけ、なにか気になり、結果的に断ったが)団体が主催する催し物を、県教育委員会も産経新聞も、もちろん朝日新聞も後援しているのだそうだ。たしかに、じつはなにもないのだ。労働歌や反戦歌をうたった同じ口で、キミガヨをうたってきた戦後の、これが摩擦なき平仄。からっぽの階調。恥なき和合。「戦争は平和なり/自由は隷従なり/無知は力なり」はいま、ますます真理である。LSV→オンブルヴェール。エベレストにのぼらなかった。視床痛。(2014/05/17)

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・ダフネ1号店で「ペンネとイモムシのなんちゃってトマトソース」(不味い!)を食べていたら、すぐよこのカウンターにいた小川さんからメール。「トイレでサクッとショートファクしませう さかゑ」。大排泄ブースで待つことしばし。シンクロナイズドスイミング用のピンクのノーズクリップをしたさかゑさんがあらわれ、「せっかくだから大漁唄い込みうたいながらしましょ」と、ビイビイ鼻声で言うので、とくに逆らわず、エンヤードット、エンヤードット、トコドッコイ、スットコドッコイ、アコリャコリャ……とたがいに間の手入れあいながら、した。ピンクのノーズクリップがポチャンと便器に落ちた。身障割引で2000円。要介護2にしちゃ大したもんだわ、とほめられる。気をよくし、エベレストにのぼった。(2014/05/18)

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・文芸評論家の阿部浪子さんからメール。「日録16」の5月6日付で、小林多喜二は小林秀雄がこの講演をした前年に官憲の手で虐殺されたのだった……というくだりは、小林秀雄の「大東亜文学者大会」における講演が1943年8月で、多喜二が虐殺されたのは1933年2月だから、10年ちがいますよ、というご指摘。まったくそのとおり。訂正する。わざわざ「小林多喜二(1903-1933)」と記しておきながらなぜこうしたまちがいをしたか、すぐにはおもいあたらず、ただ絶句、赤面。脳出血後、時間感覚がおかしくなった、という自覚はあるものの、錯誤のありよう、原因ははっきりせず、ああ、えらいボケたもんだな、ひょっとしてニンチかな、進退ここにきわまれりだな、の感いとどし。脳出血で倒れたときも、あれは2004年だったのに、なぜか2002年とばかり頑固におもいこんでいた。そのころから、いや、もっと前から、頭がどうもおかしいのである。コビトに言わせれば、わたしの記憶には奇妙な点がすくなくないが、とくに時系列にいちじるしい乱れがあるよし。もはや否定のしようもない。阿部さんのメール(語調やさしく、すくわれる)には、わたすぃとダフネ1号店の小川さかゑさんとの「交友」ぶり、犬や「コビトさん」のことも読んでいるとあり、じぶんが書いたことなのに、いまさらあわてる。このブログは、わたひといふ頭のイカれた男の一方的譫言であり、である以上、読者がだれか、読者がどれほどいるのかをまったく承知していない。ので、反応もほとんどない。ときどき、コビトやオオタニさんやさかゑさん、バフェラ女史(ダフネ2号店・新店長)らから、主として抗議や軽蔑表明、絶交宣言の連絡があるていど。それらもほとんど無視して譫言をつづけてきた。こんごともその方針でゆきます。けふ、デイケアセンターの資料を見ていたら、「当センターは@人権を守りますA否定語をつかいませんB指示語をつかいません」の「3つの誓い」ってのがあり、口あんぐり。行くのをやめる。コビトが「薄気味のわるい世の中」と言っていたのはこれかとおもふ。で、すぐさま「5つの誓い」を妄想する。「当センターは@人権を守りますA否定語をつかいませんB指示語をつかいませんC利用者様の生爪を剥ぎませんD利用者様をぶん殴りません」。犬、トリマーさんへ。帰ってから、いっしょにクリームパンを食う。エベレストにのぼった。夜、とつぜん、右のキンタマ(コーギャン)の皮がヒリヒリ痛くなる。タマなし犬が寝そべったまま、「あなた、タマ痛ひの?」と訊くので、「右側のタマの皮が痛むのです」と答えたら、犬、オーバーに首をかしげた。橋川文三『日本浪漫派批判序説』再読。学生のときは、わかったふりをしていたが、よくわかっていなかったことが、わかった。ケーシー・タカミネの漫談を聴いて声だしてわろた。犬が露骨にいやな顔をした。(2014/05/19)

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・集団的自衛権行使容認のうごきをめぐり、「だれが愛国者か、救国者か、棄国者か見きわめよう」という、昔日も聞いたことのあるようなバカな議論が一部にあるよし。でてきたか、やっぱり。だれが愛国者か、救国者か、棄国者か……の問題のたてかたじたいが、おそろしく怪しい。危ない。集団的自衛権行使容認と9条死文化を、各人が各所でどのように拒み阻むかという問いと、それに沿うた身ぶり、発声のありようこそが、省察にあたいする。エベレストにのぼらなかった。(2014/05/20)


















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2014年05月05日

日録16



私事片々
2014/05/06〜2014/05/13

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・昨日のできごとは2014/5/5事件として死ぬまで記憶されるだろう。失礼、脱線した。前述の小林秀雄講演(1943年)は全集第6巻に載っているのである。小林は言う。「しかし、この提携といふことを考へますと、僕は非常にむつかしい仕事だと思ってをります。近い例を挙げますと、共通の理想をもつといふことと、提携の実を挙げるといふこと即ち文学者間に本当の人の和といふものを実現することは、全く違ったことである。嘗てのわが國の文学者たちが社会主義といふ共通の理想の下に提携し運動したことがあったが、人の和といふやうなものは全然現れなかった。現れたものは党派の対立だとか、個人間の反目だとか、さういうくだらない醜態だったに過ぎない。しかも、この共通の理想をもったといふ安心が片方にあって、その上で争いが起るのだから、争いが非常に複雑な悪質なものになった。これは申すまでもなくイデオロギイとか組織とか、さういふものの非常に強力な鮮明な形式といふものを信じ過ぎて、さういふものに眼が眩み、一方、人の和といふ深刻な事実を曖昧な陳腐な概念として軽蔑した。その罰です。この最近の苦い経験について、われわれ文学者は十分反省しているかどうか、僕は非常に疑問に思ひます」。小林の言う「わが國の文学者たちが社会主義といふ共通の理想の下に提携し運動したことがあった」というのは、プロレタリア文学運動のことだ。プロ文は日本では大正末期から昭和初頭に大きな勢力にそだったが、弾圧と内部対立と相次ぐ転向者たちの登場によって、まさに小林秀雄がこの講演をした34年以後は潰滅する。広辞苑ではプロ文がもっぱら権力の弾圧で壊滅したとされているが、転向と内部対立も瓦解の要因にあったのは事実であり、小林の言う「醜態」はあながち嘘ではない。だが、小林の実時間における発言と時代認識は正しかったといえるのか。イデオロギーと組織を重視して、「人の和」を軽蔑した「罰」として、プロ文は崩壊したのか。小林多喜二(1903-1933) はプロレタリア文学の旗手として登場し、「蟹工船」「党生活者」など労働運動や革命運動の実相を描いたすえに、地下活動のさなかに官憲の手で虐殺されたのだった。小林秀雄は小林多喜二の死も視野にいれて、この講演をしたのか。日本という群落の薄気味悪さはどこから生じているのか。醜悪とはなにか。けふは昨日の「大排泄爆発的事象」(2014/5/5事件)につき、犬相手に自己批判、家で謹慎。着色料(カロチン)入り「北海道小倉あんぱんS」(賞味期限5月4日、115円)1個を犬と食う。ダフネ1、2号店とも行かず、エベレストにものぼらず。(2014/05/06)

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・靴を履きかえる。アパートの廊下に、2014/5/5事件の明かな痕跡があった。管理人の笑顔に、気のせいか、かげりがあったようだ。笑顔ではなく、頬がひきつっているようにも見えた。退去要請はけふ現在、受けていない。ところで、小林秀雄が講演した「大東亜文学者大会」とはなんだったのか?これは、国策協力を目的とした「日本文学報国会」などが中心となり、1942年から1944年まで、都合3度開催された文学者による戦争協力大会のことである。第2回はとくに「大東亜文学者決戦大会」と銘打たれ、1943年8月25日から3日間開催。この年7月にはムッソリーニが失脚、逮捕され、7月29日 、日本軍がアリューシャン列島のキスカ島からの撤退作戦を実施、8月には朝鮮に徴兵令が施行されている。敗色濃厚、せっぱづまっていた。大東亜文学者大会・決戦大会初日は、帝国劇場で開会式が行われ、戸川貞雄の司会で、久米正雄が開会挨拶、「皇軍感謝決議」をおこなった。次いで天羽英二・情報局総裁、青木一男・大東亜大臣、谷荻那華雄・陸軍報道部長、栗原悦蔵・海軍報道部課長、水野錬太郎・興亜総本部総理の祝辞、各国代表として日本横光利一、中国周越然、満州古丁、蒙古包崇新らの各挨拶。中島健蔵による各国からのメッセージ朗読、吉川英治の宣誓文朗読、高島米峰の発声による万歳三唱があった。第2日目は、大東亜会館で「決戦精神の昂揚、米英文化撃滅、共栄圏文化確立、その理念と実践方法」をテーマとして会議がなされた。司会は戸川貞雄、議長・菊池寛、副議長・河上徹太郎。第3日目午後は本会議で、「大東亜文学大賞」の受賞者発表および授賞式、大会宣言の決議、聖寿万歳などをして閉会。夜には九段軍人会館で文芸大講演会。11月3日に大阪アサヒ会館でも講演会があった。ダフネ1号店にいったら、ソファー席にアブドーラ・ザ・ブッチャーさんがいて葉巻をやっていた。毒針エルボーが怖いので目をあわせないようにした。が、ブッチャ―さんは煙のむこうから目を細めてわたしをながめ、薄ら笑いをうかべている。小川さんもカウンターのむこうで、顔を伏せてはいるが、ニマニマ笑っているようだ。しかたがない。わたしが悪い。2014/5/5事件について、小川さんがブッチャ―さんに告げ口をしたのだと確信する。小川さんからメール。「アパート追いだされたらウチにきてもいいわよ。おしめ用意しとくわね」。嘘でもなんだかうれしい。でも気は重い。エベレストにのぼった。(2014/05/07)

タンポポか.JPG

・飄逸というやつが、わたしはやや好きで、ときに大嫌いだ。飄逸のからみでべつのことをかんがえている。さて、だらだらとつづけるけれど、小林秀雄というひとは、太平洋戦争突入時という実時間に、こんなことも書いた。「何時にない清々しい気持で上京、文藝春秋社で、宣戦の御詔勅捧読の放送を拝聴した。僕等は皆頭を垂れ、直立してゐた。眼頭は熱し、心は静かであつた。畏多い事ながら、僕は拝聴してゐて、比類のない美しさを感じた。やはり僕等には、日本国民であるといふ自信が一番大きく強いのだ。それは、日常得たり失つたりする様々な種類の自信とは全く性質の異なつたものである。得たり失つたりするにはあまり大きく当り前な自信であり、又その為に平常特に気に掛けぬ様な自信である。僕は、爽やかな気持で、そんな事を考へ乍ら街を歩いた」。小林は1941(昭和16)年12月8日、「米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書」をラジオで聴く。「天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐メル大日本帝國天皇ハ昭ニ忠誠勇武ナル汝有衆ニ示ス朕茲ニ米國及英國ニ対シテ戰ヲ宣ス朕カ陸海將兵ハ全力ヲ奮テ交戰ニ從事シ朕カ百僚有司ハ勵艶E務ヲ奉行シ朕カ衆庶ハ各々其ノ本分ヲ盡シ億兆一心國家ノ總力ヲ擧ケテ征戰ノ目的ヲ達成スルニ遺算ナカラムコトヲ期セヨ……」を直立不動で聴いて、心から感動したのである。わたしにはどうしてもわからないのだ。逆立ちしても、なんど生まれ変わっても、わからないだろう。「僕は拝聴してゐて、比類のない美しさを感じた。やはり僕等には、日本國民であるといふ自信が一番大きく強いのだ」。ここが、最大限わかろうとしても、なにもわからない。小指の爪のカスほどもわからない。かすりもしない。なにが言いたいのか。なにゆえ小林が、そのとき、「眼頭は熱し、心は静かであつた」のか。「日本國民であるといふ自信」という、およそ知的検討のくわえられていない、ある種ケモノじみた言葉が、いかなるためらいもなくなぜすっとでてくるのか。いや、じぶんをむりやりそう仕向ければ、多少の想像がつかぬでもないが、小林秀雄と多数のひとびとがそうなったという扁平な事実を知るのみで、なぜそうなったかの、いわば、血管の膨張、血液のたぎりかたのプロセスが理解しがたい。ばっかじゃなかろか。そうもかんじ、それですませてしまってはいけないともおもう。ただ、わたしにはいま、そんなことをかんがえている時間はない。やることがある。でもついかんがえてしまう。小林秀雄はどうして「比類のない美しさ」をかんじたのか。かんじることができたのか。エベレストにのぼらなかった。(2014/05/08)

合唱.JPG

・ダフネ1号店に行く。小川さん不在。ダフネの帰り、エベレストにのぼった。犬、7種混合ワクチン。雷鳴る。(2014/05/09)

メタル.JPG

・古い靴(灰色)が5/5事件でクソまみれになったので、アマゾンで買った新しい靴(黒)を履いて、ミスド東口店で美人Tとまちあわせ。犬は留守番。カスタードクリームドーナツとコーヒー。Tと会うのが何年ぶりかおもいだせない。子どもとばかりおもっていたTがすっかり大人びた顔つきになっていた。茅ヶ崎にもきてくれていたのだという。Tがつぶやいた。「年老いるって屈辱的だよね……」。すこし間をおいて、「あたしもちょっとずつ経験してる」とつなげ、「大丈夫だからね」とひきとった。なにを言われているか、わたしなりにわかる。だから、うなずく。年老いるのは屈辱的……とは、わたしが言うならまだしも、まだ30代の女性が口にするのは変だ。しかし、ほぐされる。なにか救われる。もしも、「年老いるって悲惨(または残酷)だよね……」と言われたのなら、たやすく肯うことはなかったろう。どうしてかなと、声にせず自問する。ほんとうは、歳はかんけいがあるが、どうじに、かんけいがないのだろう。Tはおそらく「生きるって屈辱的だよね……」という心もちでさっきの言葉をもらしたのだ。「存在することはそれ自体としてひとつの悲惨である」とレヴィナスは記したけれども、Tのほうがなんだか深いなとおもう。「存在することはそれ自体としてひとつの屈辱である」のほうがよほど納得できる。などとぼんやりとかんがえていたら、Tがひとりでしゃべっている。「孤独もときどき屈辱的だよね。じぶんで勝手にすすんで孤独になっているのに、たまに世界中にバカにされて、排除されている気分になる。なんであんなバカたちにバカにされているんだろうって、屈辱的になるの」。同感。おれもそうおもうよ、と応じた。「あたしって面倒くさくて、かわいくないらしいのよね……」。わたしは、そっかなあ、と言う。ミスドからホテルではなくカラオケに行く。じぶんは準垂れ流しジイさんになったので、エッチできなくてすみません、と詫びた。Tは「うたいながら垂れ流ししないでね」と言って笑った。きのうとけふ、堀内良彦君のことをしきりにおもう。昨夜ジョン・カサヴェデスの「ラヴ・ストリームス」を見た。ジーナ・ローランズはただ居るだけですごい。良彦はカサヴェデスをキャサヴェデスと言っていた。エベレストにのぼった。(2014/05/10)

ドブ.JPG

・飄逸もまたわざとらしい態度である。飄逸はおそらくそうするのがよいと選ばれたそぶりなのであり、だからわざとらしいのだ。ところで、昨日、S君からメール。状況はよく知らねども、かれの意見に感覚的に賛成した。「辺見さん 最近ヒッピーと絡む機会があって、地域通貨みたいのやってるからって誘われて神奈川の奥地みたいなとこに寝泊まりしたんですが、結果、アイムナットヒッピー、という感じでした。ポイ捨てさせろバーカというか。資本への嫌悪はあるものの、ナショナリズムへの警戒はうすく、自衛権は保持、という連中が多かったです。きほんコミュニタリアン。よくよく聞けば細川小泉に入れてる。死刑なんかゼンゼン関心ない、むしろ賛成、的な。ああ、ずるずるだなあ、と思いました。ずるずる負けていくなあと。おのおのがいいやつだからなおさら。世界をよくしようなんて根本からまちがっているんじゃないか。ぼくは東京にもどって即ガールズバー。安酒かっくらってアフターでブスの乳鷲掴み。なにが悪いかと。ちなみにこないだウンコ漏らしました。接客中に屁こいたら出た的な」(原文ママ)。OK。ダフネ1号店。コビトくる。エベレストにのぼった。灰色の靴の片一方(右)を左手で洗う。歯ブラシと洗剤をつかう。ベランダに陰干しする。「屈辱的」ということをかんがえる。服を脱がせたら、犬が小熊のように太っているのに気づく。(2014/05/11)

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・満州事変勃発のころ、東京に「戦争反対」のビラがはられ、謄写版で刷られたそれを「わるいビラ」だと、主人公の子どもがビリビリはがすシーンを小説で読んだことがあった。ドキドキした。そのときも飄逸ということをおもった。飄逸とはひとつの態度選択の結果ではないか。反対の側にも賛成の側にもたたず、息まずに力まずに、事態を他人事のようにながめ、出来事とじぶんとのあいだに「責任」をもちこまない、もちこませない身ぶりだ。「小林秀雄に落胆したというよりは、むしろ、この文体の人さえ『まとも』でいるのは無理だったのだと衝撃を受けました」という宮崎さんの手紙のくだりをまだ気にしている。文体ーー「まとも」の関係。「『帝国陸海軍は、今八日未明西太平洋に於いてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり』/いかにも、成程なあ、といふ強い感じの放送であつた。一種の名文である」云々と小林は記している。そうだろうか、と首をかしげる。「心身の不自由が進み、病苦が堪え難し。去る六月十日、脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は、形骸に過ぎず、自ら処決して形骸を断ずる所以なり。乞う、諸君よ、これを諒とせられよ」という
江藤淳の遺書も「名文」といわれた。吉本隆明も、さすが江藤淳とほめた。そうかなあ、とわたしはおもった。「この文体の人」という宮崎さんの観点はとても興味深い。ただ、わたしは「この文体の人さえ…」ではなく、「この文体の人だから…」ではないのかなあと、口ごもりながら、おもいもする。学生時代になぜ苦労して小林秀雄全集を買ったのか、記憶をたぐっている。ダフネ1号店に行く。コビト。ヨーゼフ・ロート注文。DVD予約。(2014/05/12)

ドブ2.JPG

・1965年の10月25日に、わたしは小林秀雄全集第6巻の「モオツァルト――母上の靈に捧ぐ」(1946年7月)を読了している。これに入れこんだのは、2段組39頁にわたる長い文章のそこここに傍線と書きこみがあることから知れる。たしかに、「モオツァルト」はいま読んでもいい。読みごたえがある。新潮社版全集の「モオツァルト」の隣には「梅原龍三郎」(1945年1月)、その手前に「文學者の提携について」(1943年8月)が収載されている。第6巻には「無常といふ事」(1942年7月)もあり、これにも古本屋がひきとらないだろうほどたくさん鉛筆で書きこみがしてある。「…記憶するだけではいけないのだらう。思ひ出さなくてはいけないのだらう。多くの歴史家が、一種の動物に止まるのは、頭を記憶で一杯にしているので、心を虚しくして思ひ出す事が出来ないからではあるまいか。/上手に思ひ出す事は非常に難しい。だが、それが、過去から未來に向かって飴の様に延びた時間といふ蒼ざめた思想(僕にはそれが現代における最大の妄想と思はれるが)から逃れる唯一の本當に有効なやり方の様に思へる」。この個所には二重に傍線がひいてあり、「過去から未來に向かって飴の様に延びた時間といふ蒼ざめた思想」にはご丁寧に括弧までしてある。半世紀前になぜそのような読み方をしたのか、じぶんのしたことなのだけれど、わかるようでわからない。傍線をひいた個所をたどっていると、小林は単純な批判の対象ではなく、わたしなども引きこまれた「共犯者」におもえてきたりもする。書きこみの内容からして、小林秀雄における戦中の言説と敗戦後の言説の断層(もしくは、断層のなさ)をいっこうに気にしているふうもない。65年秋の時点でわたしは21歳、すでに公安条例違反で逮捕歴があった。実時間、文体、挙措……おもいあぐねる。上手に思ひ出す事は非常に難しい、と小林に屈服しそうになる。が、小林秀雄を読みはしたが、どのように過去をめくりかえしてみても、小林をひととして、あるいは「文体」として、好きになったという記憶はかけらも見つからない。好きになろうとしても、なれなかったのだ。好きというなら、わたしはそのころ、初期の椎名麟三作品に浸かりこんでいたのだから、小林とは縁遠いはずだ。小林は、なにか、権威にひれふすようにして読んだのではなかったか。当時の主要な論者にも学生運動にも、小林秀雄を根源から批判する視線はなかった。吉本は小林を大変評価さえしていた。わたしにも、「無常といふこと」を、ふん、だからどうしたというのだ、とはねかえす主体的な眼力はなかった。41年12月8日に「やはり僕等には、日本國民であるといふ自信が一番大きく強いのだ」と書いた小林が、敗戦後もほぼ無傷でいられたわけの一端は、のぞいてみれば、わたしのなかにだってある。いま、IT機器の「脳なき端末」と化したアホどもがW杯サッカーに夢中である。その間にも、集団的自衛権行使容認に道をひらく解釈改憲がそしらぬ顔ですすんでいる。なにかが起きている。W杯ではない。世界は日々、戦争構造をこしらえつつある。わたしはどうすればよいのか。どんな目つきをすべきか。どんな声をだすべきか。水洗いした灰色の靴をはいてダフネ2号店へ。コビトに勧められていたヨーゼフ・ロートを読む。めっけもの。エベレストにのぼった。夜、コビトとナンジャモンジャ軒。「蜘蛛の巣」について話す。激・視床痛。(2014/05/13)



















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2014年04月28日

日録15



私事片々
2014/04/29〜

ピンク電話.JPG

・藤沢の、なにかのまちがいのように古くさい、喫茶店。いわゆる純喫茶。入り口にピンク電話があった。ビニールのクッションカバーがところどころ裂けた椅子。薄化粧した上品な老婦人がふたりして、コーヒーを飲みながらポソポソ話している。黴か、蚊取り線香か、フマキラーか、磯の香りがする。トイレはカウンターの右奥。段差が20センチはある。腰かける式じゃなく、しゃがむ式だ。オシッコしていたら、かのじょたちの話が聞こえてくる。朝日新聞も落ちるとことまでおちたわね。なによ、このまえの皇室特集、どうしちゃったのかしら。週刊朝日も、売れればいいということなの。大学受験特集とか、くだらないわよ。人間の性根が腐ってきて……。海を見ぬ間に日が暮れた。以上、26日のこと。一見すべておだやかだった。風景にはこれといって突き刺さってくるものはない。せっぱづまってもいない。ひとびとの目は血走っていなかった。そう見えるだけで、表皮一枚下はじつはひどいのだ、ともおもわなかった。日常はしかし、かならず非日常をはらみながら断続し、継続し、あやふやに鞣されてゆく。あやふやで、なめらかなこの日常は戦争を胚胎している。なにげない日常は手ひどい侮辱と屈辱をかくしている。けふ、ダフネ2号店に行った。アブサンをのまなかった。シャコエビを食わなかった。品切れ。抹茶セットだけ。Aさんからメール。お嬢さんがじっと黙って「極小宇宙から極大宇宙へ」に目を落としていた、という。エベレストにのぼった。肩痛。(2014/04/29)

爆撃跡.JPG

・現時点で4月30日はまだはじまってはいない。だが、ほとんどはじまっているのとおなじだ。終わっているのと大差ない、と言ってもいい。4月30日はすでにすぎ、とことん疲れ、いま、5月1日になって、30日の対談のことをおもいだしている。対談でわたしは竹内好の1951年の論述について言いたかったのだ。たとえば「近代主義と民族の問題」。「マルクス主義者を含めての近代主義者たちは、血塗られた民族主義をよけて通った。自分を被害者と規定し、ナショナリズムのウルトラ化を自己の責任外の出来事とした。『日本ロマン派』を黙殺することが正しいとされた。しかし、『日本ロマン派』を倒したものは、彼らではなくて外の力なのである。外の力によって倒されたものを、自分が倒したように、自分の力を過信したことはなかっただろうか。それによって、悪夢は忘れられたかもしれないが、血は洗い清められなかったのではないか」。これはかつてもいまも、いや、かつてよりリアルないまこそ、ハッとさせられる、ハッとしなければならないくだりである。悪夢は忘れられたかもしれないが、血は洗い清められず、現在がある。雨。帰りの車のなかで、野中君から佐藤優というひとのことを聞く。数行しか読んだことがないので言う資格を欠くが、いやなかんじ。一見左翼的語法で国粋主義的思考をまぶしていることもわからないのだから、「週刊金曜日」の担当デスクはかなりのバカだ。それでも売れればいいというのなら、「週刊金曜日」は即刻解散したほうがよい。スキルがないだけでなく思想もインチキなのだから、読者から信用されるわけがない。エベレストにのぼらなかった。マヒがひどくて、のぼるどころでなく、運転手に抱きかかえられるようにしてアパートにもどった。車中、野中君から北海道教育大学の宮崎悠さんからの手紙をうけとる。(2014/04/30)

車中から.JPG

・日本浪曼派の流行は、プロレタリア文学運動惨敗後の空白に入りこんだ妖しい風だった、ともいえる。だが、それだけのことにすぎなかったのか。そうではない。このことと2014年現在をかさねてみる試みはあっていい。民族の美意識と古代賛歌と伝統回帰を提唱した日本浪漫派は、日本精神史の暗渠に、かつてもいまも、とどこおることなく流れている。保田與重郎、神保光太郎、亀井勝一郎らは言うまでもなくコアとして、太宰治、檀一雄、伊東静雄、蓮田善明、中原中也、三島由紀夫などは周辺人脈あるいは道化たちとして、おどろくべきことには、晩年の石原吉郎だって、日本浪漫派の美意識めく波間に浸かりこんで悦に入っていた気配がある。日本浪漫派の非合理の波にはどくとくの論理溶解力と呪術的凝縮力があり、じつに日本的な粘着力がある。そのことを昨日の対談でじゅうぶんに言いえたかというと、自信がない。体調のせいにはできない。わたしは実時間におけるひとの目つき、顔つき、立ち居ふるまい、挙措に注意したほうがよいと、じぶんを叱る気分でなにか言ったとおもう。その例にたしかハンガリ―事件(1956年)を挙げた。大内兵衛はソ連の武力介入やむなしと述べた。中野重治は事件を冷笑した。宮本顕治ら共産党中央および社会党左派はハンガリーの蜂起を「反革命」と断じ、事実上、ソ連の軍事介入を支持した。多くのマルクス主義者、左派文化人がソ連の介入に異を唱えなかった。1964年に中国が核実験をおこなったとき、竹内好ら少なからぬ左派知識人がこれを支持した。文化大革命評価もしかり。ひとは実時間でいかに事態の質を見まちがえるか。おし流されるか。わたしもなんどもまちがえ、読みちがえながら、ここまでおめおめと生き延びてきた。いかにたやすくひとは大波に引きずられるか。だからといって、ひきずられてもよいことにはならない。よりどころは、取るに足りないじぶんにしかない。昨日、そのようなことを話した。とおもう。なんだか恥ずかしさと自責の念が尾を引く。きょう、宮崎悠さんの手紙を精読。「……危機の時代にはなにを書いたのか。けれども、昭和15年の小林秀雄は、ぜんぜんだめでした。『日本人の心』とかいって、『改造』掲載の論文ですら戦争への参加を労働に類推するというロジックで賛美して。私は、小林秀雄に落胆したというよりは、むしろ、この文体の人さえ『まとも』でいるのは無理だったのだと衝撃を受けました。昭和15年の空気に呑まれて、『オリンピア』に魅入られる感性のほうが純粋に美的だったのかと(下線辺見)」。視点、同感です。北海道教育大函館校で宮崎さんの授業を受ける学生たちはじつにラッキーである。宮崎さんはすでに内面深くに戦端を開いている。けふ歯医者。エベレストにのぼらなかった。(2014/05/01)

ヒイラギナンテン.JPG

・犬、コビトと昼、中央口ミスドでおちあう。肉ソバ1、野菜ソバ1、肉まん1、カスタードクリーム・ドーナツ1、コーヒー2、カフェラテ1、水1。食べながら、コビトが、葉叢町役場主催の「第25回障がい者ニコニコ運動会」に参加するかどうか相談をもちかけてくる。コビトにもわたしにも絵入りのステキな招待状がとどいているという。それには、参加申し込みハガキが同封されていて、なかに、「障がいの種別」の欄があり、@肢A内B視C聴D知E精――のどれにじぶんが該当するかチェックを入れてくれと記してある。運動会の競技種目は、「玉入れA」(知的、精神)、「玉入れB」(身体)、100メートル走(聴覚、知的、視覚、精神)、長距離走(知的、精神)、ダンス(全員)、パン食い競争(全員)――などとあり、あんまり楽しそうなので、ふたりの声がおもわず高くなる。賞品があるかもしれないだの、ダンスってオクラホマミキサーだろうか、いや、あれは難しすぎるだろうとか、ワイワイ話がはずむ。そこまではよかったのだが、ところでわたしの障がいの種別はなんだろう、と問うと、コビトがしきりに首をかしげる。@肢A内B視C聴D知E精――のどれなのか、どうもわからない。たぶん、ひとつではなくふたつ以上じゃないかという。たとえば、@とEとか。わたしはわたしで、障がい種別になぜ「脳」がないのか、「知」「精」と「身体」をなぜ分離するのだ、だいたい知だの精だの、ひどい省略じゃないか、開会式で町長がでてきてあいさつしたり、キミガヨ斉唱があったりしたらたまらない、などとブチブチ不満をもらし、言っているうちにだんだん不機嫌になる。一方コビトは、行政とボランティア団体がせっかくやさしい企画をたててくれているというのに、どうしてあなたは腹をたててばかりいるのか、ボロボロの老人のくせにいつまでもおとなになれないのか、永遠に私的領域に閉じこもっていることはできず、公的領域との接触はどうせ避けられないのだから、ここは適当に楽しめばよいではないか……とか、アーレント用語までもちだしてわたすぃをねちねち非難。これにたいし、わたひは、アーレントは公共性というものを政治的な空間としてイメージしたはずだと反論、コビトをついアホ呼ばわりしたら、コビト、即マジギレ、いきなり顔にコップの水をぶっかけられた。犬はコビトの配下にあるので、わたっしにむかって歯をむきだしてウーウーうなって、いまにも噛みつかんばかり。わとぁすぃ、コビトと犬にその場かぎりの謝罪。「障がい者ニコニコ運動会」参加問題は次回また話しあうことにすぃた。コビトは明日、認知症のコビト・ママ介護のため帰省することもあり、つよくでることはできなひ。ミスドに大荷物を運ぶひとがいた。LSV。ヒイラギナンテン。薄緑の実。酒くさいおばあちゃんとすれちがう。太った♀黒ラブ。ローソンで菓子パン2個。エベレストにのぼらなかった。連休があけたら、また死刑の執行があるのではないか。「石鹸」。(2014/05/02)

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・「わざとらしさ」についてしらべていた。現実はわざとらしらに完全包囲されているというのに、わざとらしさの諸相とその髄、そのわけにせまる論述はすくない。わざとらしさは表皮ではなく、おそらくは現実そのものなのである。現実はわざとらしらに完全包囲されているのではなく、わざとらしさこそが現実の本質になりかわったのだ。レヴィナスはときにわざとらしい。ツェランにだって、まったくわざとらしさをかんじないわけではない。きのうミスドでフォークをかしてほしいと店員に小声でたのんだら、これしかないのですと言われ、赤ちゃん用の、掌にかくれるほどの、とても小っちゃなフォークをわたされ、それを左手にもち肉ソバを食ったことを、けふ、おもいだした。わたしは、なにがなし、わざとらしかった。口ぶりと所作と声音で同情をさそったかもしれない。わざとらしさは、たぶん、ひとがたえずなにかを演ずる生き物であることからくる、鏡面と実体の逆転か倒錯のようなものからくる。とりわけ語る者、書く者たちは、気味がわるくなるほどわざとらしい。朝日新聞労組がけふ開催した「言論の自由を考える5・3集会」のゲストに、道化師・田母神俊雄がまねかれたのだとか。おなじ催し物に10数年前わたしも呼ばれた記憶がある。「無変化の装いをまとった全面的変化(崩ー壊)が起こっている」(ミシェル・ドゥギー「パニックの記――主題・変奏・対位法」)ことはまちがいない。朝日新聞労組は「民主主義」をことさらわざとらしく演じてみせつつ、いわば「良心的に」ファシズムを誘導している。反ファシズムに似せたそれは、紛うことないファシズムの再演である。ほんらい恐怖をかきたてるべき「微妙で相対的な差異」(ドゥギー)は消滅したのではなく、怠惰で無知で傲慢なメディアのあんちゃん、ねえちゃんたちには、右も左も、クソもミソも、さっぱり見わけがつかなくなっただけのことだ。朝日新聞労組員の多くや、週刊金曜日編集部は、反ファシズム運動にはかならずファシズムがまぎれこむこと、さらには、ファシズムはその身体に一見反ファッショ的なるものをすっぽり包含して、はじめて強靭なファシズムになりうることを、あまりにも知らなすぎる。佐藤優や田母神はファシズムの永続のためにとても有用である。いまいましいのは、死刑制度反対運動までもが国粋主義者、佐藤を請じいれていることだ。亀井でも佐藤でも有名ならだれでもいいということか。死刑反対運動も、その内部に、死刑を存続させることにつながるロジックと情動をもつにいたっているのではないのか。堕ちたか?総転向時代の幕開けである。コビトは九州に行った。体調わるし。吐き気。早朝、加藤君からメール。エベレストにのぼらなかった。(2014/05/03)

紫の花.JPG

・ダフネ1号店に行こう。久しぶりにナポリタンを食おう。生サナダムシ・パスタのウンチミートソースでもいいな。暴力はやめよう。誓い。頭突き封印。延髄切りもやめよう。空手チョップもいけない。暴力はみにくい。とてもみにくひ。微笑もう。笑みをたやさずに。なにがあっても。謙虚に。静かに。小川さんに誘われても、エッチするのはやめよう。けふはどうかかんべんしてください。犬にご飯あげなきゃなんないですので。て言おう。あげなきゃなんないですので、っておかしいけど、まあいい。ダフネ1号店に行った。隅の席に金髪の上田馬之介選手がよこむきにすわり、東側の絵入りの窓ガラスをぼんやりとながめていた。店の通路に車椅子はない。ああ、上田さんはもうじぶんであるけるのだな、大したものだな、とおもう。ザ・カイチュウ・ナポリタン食う。店員の小川さんが、店内にいるというのに、わざわざ携帯にメールをよこし「トイレでジャスト・ショート・ファクしません?」と提案してくる。ファクはファックのうちまちがいだらうか、それとも、エッセイをエセイというようなたぐいのある種の気どりか、わからない。大排泄トイレで小川さんを待っていると、小川さんではなく上田馬之介選手がぬっと入ってきたので、サ、サインしてくださいと言うと、バカヤローとどなられ、あげくにコブラクローをかけられ気絶。ファクどころではなかった。回復してからエベレストにのぼった。(2014/05/04)

ダフネの帰り道の樹.JPG

・「大東亜の文化の新しい建設のために、アジアの各文学者が共通の理想の下に、提携し協力するといふことは、空前の盛事だと僕は思ひます」。小林秀雄は1943年8月、「第2回大東亜文学者大会」の講演で、こうきりだしている。太平洋戦争の最中、戦局日ましにわるくなっているころ。日本軍、ガダルカナル島で大敗北、撤退開始。まぎれもない大敗走なのに「転進」と発表。陸軍省は「撃ちてし止まむ!」のポスター5万枚を全国で配布、ニューギニア増援の日本輸送船団8隻が米軍機の攻撃により全滅し3664人が死亡。つぎからつぎへとひとが死んでいった。4月には 山本五十六が戦死したのに、5月になってやっと大本営が発表し、6月に国葬。日本軍はアッツ島でも玉砕。それでも、御前会議で「大東亜政略指導大綱」を決定。ひとは毎日毎日、殺し殺されつづけ、新聞は嘘を書きつづけた。6月には戦艦「陸奥」が爆沈。岩国市の柱島泊地で原因不明の爆発、乗員1121人中771人が死亡。生存者はこの事故を一切口外しない旨の「血判誓約書」を大本営により書かされたうえ、南方の戦地に送られ、多数が死んでいる。6月25日、帝国政府は「学徒戦時動員体制確立要綱」を決定。実時間になにを書くか、語るか。そのころの実時間に、小林秀雄は、「大東亜の文化の新しい建設のために、アジアの各文学者が共通の理想の下に、提携し協力する」ことの意義を講演で語っていた。小林の表情が目にうかぶ。他方、わたしは1960年代末に、早稲田の古書店文献堂にて、新潮社刊「小林秀雄全集全8巻」(箱入り、革背表紙、1巻800円、昭和30年初版発行、同38年第2刷)を分割払いで購入。ラーメン屋の出前バイト代(1日500円、昼食無料、日払い)を貯めて支払った。小林のこの講演には、本を買ったとうざはまったく気づかなかったが、いま読みなおすと、興味深い矛盾と破綻と逡巡がある。昨日、上田選手にのされたのに、性懲りもなく、けふもダフネ1号店に行ったら、星野勘太郎選手がきていた。山本小鉄さんらしいひととなにかひそひそ話しこんでいる。わたしはでがけに飲んだ野菜ジュース(紙パック)がよくなかったのか、ナポリタンを食いつつすでに大排泄ムード。ところがトイレ付近にベネチア出身の乙女フランチェスカがすわってラテン語の勉強をしているため、かっこうをつけて大排泄欲求を強制抑制。こうなったら自宅トイレでやるしかないと、店をでて、脂汗かきながらあるくも、エベレストの手前付近で、あえなく大排泄的事象炸裂。どうすることもなんない。どうにもならぬ。こうしたばあい、途中で爆発中止とはいかないわけだから、まるで他人事のように、他人事のやうな顔つきをして、でるにまかせ、ズボンのなかを垂れるにまかせていたら、本来パニックにおちいるべきところなのに、そうはならずに、もうヤケクソといふのだらうか、妙に爽快なきぶんにもなるのだ。でちまえ、やっちまえ。やったれ、やっちまえ!クソまみれでアパートに入り、指さす子どもを突き飛ばし、背中に「くっさーい!」という叫び声を聞いたが無視、ひとりエレベ−ターに乗り、自室へ。クソさらいをする武田泰淳の小説をおもいだす。エベレストにのぼらなかった。犬にあきれた顔をされる。韓国の小さな出版社から拙著の翻訳刊行のオファーがあり、OKする。(2014/05/05)
















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2014年04月25日

連続対談掲載



◎週刊金曜日が3週連続対談を掲載

「週刊金曜日」が、辺見庸×佐高信の緊急対談「追いつめられた状況の中で」を、2014年4月11日発売号から3週連続で掲載しています。第1回(上)の4月11日号は6頁だてで、タイトルは「戦後民主主義の終焉――そして人間が侮辱される社会へ」です。第2回目の4月18日号(中)は全5頁で、タイトルは「『心』と言い出す知識人とファシズムの到来」。第3回目の同25日号(下)は「根生いのファシストに――「個」として戦えるか?」で4頁だてです。
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2014年04月19日

日録14


私事片々
2014/04/21〜2014/04/28

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・意味のすべてを腐食させ、現実を骨抜きにする、資本と市場由来の感染性ウィルスを、だれもがもっているからといって、皆が加害者であるとともに被害者であり、犯人は全員か、または、だれもいない――ということには必ずしもならない。人間にはもはや古典的な意味あいでの「運命」や「物語」はないのかもしれないけれども、戦争と大量殺戮は、見えるか見えないかだけで、まちがいなくある。ありつづけている。報復がなくなることはありえないどころか、無限に連鎖しつづけている。「世界」「世界的な」という名詞と形容詞のとりこまれた理屈のほとんどは、悪だくみか言い訳である。ハナミズキはほどなく散るだろう。「権力を悪として指示できるような、指示したがるような反権力も、もはや存在しない」。フォーを食った夜、隣に座ったクソジジイが半端な中国語をさも得意げに大声で話してやかましかった。ので、本気でチョーパンかけようとしたのを、さっきおもいだす。やらなかったのは、ただたんにおれが怠惰だったからだ。怠惰はいけない。今度逢ったらきっちりやる。けふ10時半、歯医者。その前に、犬にご飯。ダフネの帰り道で、コビトがへこんだスーパーボールを1個拾った。コビトは目が地面に近いために、よくものを見つける。スーパーボールはふったり押したりすると、ピカピカ光るので犬がよろこんだ。エベレストにのぼった。「なんという時代――この時代にあっては、/庭がどうの、など言ってるのは、ほとんど犯罪に類する」。(2014/04/21)

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・ピンボケ写真の花を、さっぱり花を知らないものだから、スズランとばかりおもっていたのだが(笑い)、ほんとうは「ドウダンツツジ」というらしい。だが、それがどうしたというのだ。漢字にすると、結び灯台の脚に似ているというわけで、「灯台躑躅」と書く。ぎょっとしないわけでもないけれど、そもそも結び灯台というのを、見たことがあるようなないようなあんばいで、ピンとこない。トウダイがドウダンに変化したという説だって、なんだかなあ。スズランとまちがえた花が、ドウダンツツジと正されたからといって、疲れがとれるわけじゃない。かすみ目がなおりもしない。きみらへの、ああ、そうだ、わたしじしんへのだ、うたぐりは、少しだって晴れやしない。ただちょっと白く小さな花たちがかわいそうになるだけだ。クソ、手が痛え。「不正のみ行われ、反抗が影を没していたときに」わたしはなにをしていたか。不正のみ行われ、反抗が影を没しているときに、わたしはなにをするか。安倍暴力団内閣は、集団的自衛権にかんし、国会の事前承認がない場合でも、行使を可能にする方向で調整に入った、という。事前承認を原則とするけれども、政府が「緊急」と判断すれば、事後でも構わないというのだから、国会もヘチマもあったもんじゃない。反抗が影を没すれば、もうなんでもありだ。ドウダンツツジなどどうでもよい。床屋に行った。エベレストにのぼった。(2014/04/22)

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・「自己を全体に同一化する者、全体の指導者や防衛者に任じられる者にとっては、誤りを犯すのは可能でも、悪いことをおこなうのは不可能だ―――かれらには罪を犯すということがない」。かれらが有罪になりうるのは、この同一化がつづかなくなるときだという。だが、自己の全体への同一化プロセスは、いまがまっさかりなのである。入れ墨を彫ってはいない、巻き舌ではないだけの暴力団が、日本の政府と国会を完全に牛耳っている。自己を全体に同一化する者、他者を全体に同一化させようとする者どもが、めっそうもない、そうではないとうそぶきつつ、マスメディアの全域を日々腐敗させ、ジャーナリズムの名をかたり、国家暴力団と公安が仕切る政権をうらから支えてやっている。マスメディアは権力に強引に操作されているのではなく、みずから権力に操作していただいているのだ。そして、地獄図絵――朝鮮半島における新しいネガ映像を、いまだれが描きえているのか。内乱はまだない。あなたはどうするか。わたしはどうするか。「きみたち、ぼくらが沈没し去る潮流から/いつかうかびあがってくるきみたち、/思え/ぼくらの弱さを言うときに/この時代の暗さをも、/きみらの逃れえた暗さをも」。エベレストにのぼらなかった。コビト+犬、ミスド。LSV。(2014/04/23)

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・安倍政権(と翼賛野党)は組織暴力団とまったく変わるところがない。統帥権と警察力をもち、マスメディアを傘下にしたがえる暴力団なのである。この場合の暴力団は、アドルノやホルクハイマーの言うRacketから連想したのであって、「社会の暴力団的段階」の再来をイメージしたのだ。ファシズムという「社会の暴力団的段階」はその後、高度管理社会へと止揚されたかにみえたが、両者に本質的なちがいはない。高度管理社会は、入れ墨、巻き舌、私刑、みかじめ料のかわりに、compliance with laws and ordinancesをかかげて、権力批判を徹底的に封じ、貧者・弱者からのさらなる搾取、暴力の独占、人民総去勢、監視・思想統制を合法化している。つまり、げんざいの高度管理社会は、洗練され、合法化され、より非情で、格段に暴力性を増した、やはり下品な暴力団社会にすぎない。首都を戒厳令下におき、ホームレスたちをおいはらい、アホウどもが昨夜、銀座で信じられないほど高価な寿司を、すべて税金で食い、愚にもつかない話をした。けふ、犬+コビト、ミスド。肉まん+コーヒー。LSV。タンポポ。(2014/04/24)

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・「そして別に気にもとめないふりをよそおっていた。不安がつのるにつれて、それを抑えようとする気持ちが強くなるようだった。なにかは知らぬが、―ioneという語尾で終わる事柄にむかって、われわれは気狂いみたいに突進しているのだった」。l'esplosione(爆発)か inondazione(洪水)かrompicoglione(キンタマつぶし=最悪の事態)か?そんな話を明日するかもしれない。ロンピコリオーネって、発音はかわいい。が、ひどい状態である。こちらのタマをつぶされるまえに、やつらのタマをつぶせ。そんな話はしないほうがいい、と犬とコビトが言う。エベレストにのぼった。(2014/04/25)

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・「世界」を措定しない、思考の顛倒をイメージする。茅ヶ崎講演。あつまっていただいたひとびと、ひとりびとりに感謝する。2時間半の拙い話にじっと堪え、耳かたむけてくれたひとりびとりに敬意を表します。話すことと聴くこと。難度は後者が高い。わたしは話すというより、声をひきだされ、気がついたら、声をあらかた吸われていた。ひとりびとりといま、ここでしかありえない会話がなりたったとおもう。ピースカフェちがさきのみなさん、文教大学team Oneのみなさん、チームみつばちのみなさん、ほんとうにありがとうございました。(2014/04/26)

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・茅ヶ崎講演の中身ともかかわるエッセイが、本日付の日本経済新聞朝刊文化面「日曜随想」欄に載っているはずだ。タイトルは「極小宇宙から極大宇宙へ」。新聞をとっていないので、まだ見ていない。きのうの茅ヶ崎講演主催者に(じぶんらしくもなく!)お礼のメール。正直、かつてなくよい時間であった。たくさんのひとびととの直接、間接の邂逅があり、心はまだ散らかったままだ。わたしは2時間半ぶっつづけで一方的にしゃべり、まったく役にたたない廃船のように疲れきった。しかし、疲労の沼の底で、きょうもうごめいてみる力をなんとかやっとたもちえている。なぜかはわからない。たぶん、こうなのだろう。あの会場の、自由とやさしさのようなものと、なんと言えばよいか、そう、痛々しさがじぶんの性に合っていたのだろう。ずいぶん教えられた。痛々しさをかんじることはよいことだ。それがむきだされることは、すこしも悪いことではない。わたしも参加者も友人たちも、ありていに言うなら、怒るよりも先に、どうすればよいのか、途方に暮れている。それをみんなが隠さずにすんだ。痛々しく途方に暮れている者には、アジ演説、説教、クリシェ、虚勢、正義の押し売り、知ったかぶり、安手の箴言……はまったくなじまない。傷をいっそう深めるだけだ。じぶんの言葉をしぼりだすしかなかった。疵口からやっと声を発するしかない。そうするしかなかった。きょう、「酒楼にて」をまたたどる。たどればたどるほど、奥へ奥へと暗い扉が開いていく。このような作家は日本にいないし、いたためしもなかった。エベレストにのぼった。(2014/04/27)

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・エッセイ「極小宇宙から極大宇宙」を載せた4月27日付日経新聞の掲載ページが、PDFで送られてきた。エッセイ本文の下に連載小説があり、ひょいと目をうつすと、その下に本の広告が載っていて、一気に興がさめ、ズシンと気が重くなる。吐き気もする。「内閣総理大臣安倍晋三」「日本の×××」「古い日本を新しく××」「日本××」「自由××」「主権××」「自衛××」の活字がおどっている。下のほうは写しきれなかったらしい。「日本の×××」という本の隣は曾野綾子の本らしく「風通し」なんとか、「生き方」なんとかの字も見える。「働かないオジ××」云々、「頭の悪い××」かんとか、「ストーカー××」なんちゃらの書名も、見たくなくたって目に入る。つまりは、これらの本らしきものの広告に包囲され、致死性の毒ガスを浴びるようにして、わたしのエッセイはあったのである。べつにいいっちゃいい。でも、なにか救いはないものか、目で追う。だめだ。エッセイの左隣の記事を見ると、功成り名遂げたクソッタレたちの「私の履歴書」で、このたびは勲一等旭日大綬章、 レジオンドヌール勲章グラン・ドフィシエなど受章の豊田章一郎の回ときたもんだ。言いかえますれば、下からは、組織暴力団組長・安倍とクソッタレ反動ババアの、横からは資産数百億のブルジョアジジイの、鼻もひん曲がるほど臭っせえ屁を浴びて、悲しや、わたしのエッセイはまさに気絶寸前の体で載っていたのである。言いしれない屈辱感と罪悪感、汚濁感のようなものと自責。なるほど、こういうカラクリか。境界、敵味方、クソミソ、正邪善悪……どこにも境目も縫い目も見えぬ、見せぬ仕掛け。そんなこたあ、初手からわかっていたのに、また気がゆるんだか。これが現実というものの劈開面だ。おれが悪い。一昨日、ピースカフェちがさきの講演では主催者、参加者たちのやさしくゆたかな心に触れて、せっかく全身を洗われたようにおもったのに、まだまる二日もたたないというのに、もう肥だめに落っこちてしまうとは!言うまでもなく、日経の編集担当者になにも罪はない。担当者はこのエッセイ掲載時、同一面にどのような広告が載るか知らず、したがって、わたしも知らず、仮に知ったからとて、じゃあやめます、と言うのも筋ちがいだろう。いちいち広告をチェックして寄稿するかどうか判断していたら、そもそも寄稿できる媒体などなくなる。この問題にかんしては、関係者のだれにせよ、鈍感、無知、無感動、無思慮はありえても、自覚的な悪意は(反動思想と売らんかなが、すなわち悪意そのものではないとすれば…)ないようであるし、そこがもっとも危うい不可視のクラックなのだ。率直に言えば、毒々しい悪意は、いまとなっては安倍や曾野を蛇蝎以上に嫌悪するわたしのほうにこそ明確にある。この悪意をわたしは毫も反省しない。が、稿料をもらって原稿を載せようとするなら、広告に文句は言えない。いやなら書かなければよい。それだけの話である。じつにかんがえものだ。かんがえている。他紙にだっておなじような広告が載るのだから。といっても、嫌悪と汚濁感はかんたんにおさまるものでない。いまおもえば、茅ヶ崎の講演会場は、こちらの幻想にすぎないにせよ、さながらアジールのように自由な空気があった。そこから一歩でれば、なんぼとりつくろったって、見わたすかぎり、汚穢の現実である。逃げ場はない。どこに行こうと屈辱はまぬかれない。逃避、隠棲不可能。一昨日は声を荒げることもなく、逢う人ごとに自然に笑みがうかんだものだ。みんなが、たぶん、途方に暮れ、孤立していたから、ずっと静かでいられた。ユンドンジュの詩を聴いて、涙をながすひとがいた。マルケスの言葉を耳にして、深くうなずくひとがいた。レヴィナスの文言をたどって、天を仰ぎ、かんがえこむひともいた。あれから、たしかにわたしの位置はかわっていない。「すべての絶えいるものをいとおしまねば」が、わたしの位置だ。「今夜も星が、風にかすれて泣いている」をなぞれば、もう声を荒げることもない。黙っていよう。沈んでいよう。だが、そうもいかないこともある。エベレストにのぼらなかった。(2014/04/28)
































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2014年04月13日

日録13



私事片々
2014/04/14〜2014/04/20

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・疲れるとは、じぶんが在ることに倦むということだ。ザンチューのひとのよい娼婦は、前述のとおり、「わたしはだれですか?」または、「わたしはだれだとあなたはおもいますか?」と電話してきた。知らない、または、知るわけがない、とわたしは応答したのだ。ギックリ腰なのに、あるときわたしは指定の部屋に行った。ザンチューは、たしか、「民主」ということである。娼婦が名のった名前をおもいだせない。けふ、歯医者に行った。コビトに伴われダフネ2号店に行き、乱暴狼藉を詫びた。店長は入院中だという。うそにちがいない。でてきたら、また頭突きしてやる。アブサン1杯。シャコエビ7尾。お金をはらった。エベレストにのぼった。(2014/04/14)

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・在ることの切り口をかんがえる。存在の端緒。在ることの契機と消失。そしてそれらなどまったく意に介しないもの。エベレストにのぼらなかった。(2014/04/15)

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・「聡明とは、精神が真なるものに開かれていることである」という。だから、戦争の可能性が永続することをみてとるのは聡明のあかし……という意味のことをレヴィナスは書いた。エベレストにのぼらなかった。新聞用エッセイ5.5枚送稿した。頭痛と疲労。明日の対談を延期してもらう。佐高さん、向井君、五所さん、申し訳ありません!スーパーのクリームパンを2個食べた。犬にもあげた。(2014/04/16)

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・なにかとんでもないことが起きている。しかし、まだしっかりとは気づかれていない。途方もないことが生起しつつある。うすうすそうなのではないかとかんじてはいても、たがいにたがいの顔色をうかがって言いだしかねている。じつは知っていた、などと何年もたってから語りだしてもおそい。「戦争状態がありうることで、人間の行為のうえにあらかじめその影が投げかけられている」。石川淳も似たようなことを書いていた。週刊金曜日の対談より文學界の「カラスアゲハ」をおもしろがるひとがいる。疲れがぬけない。コビトがついにでていった。ここにはもう2度ともどらないだろう。犬がひどく落ちこんで寝こんだ。エチオピアのアマンに電話。後がまのコビトの補給をたのむ。今度は嘘つきやニンフォマニアでない、まともな独身コビトを1人たのむ、とお願いしたら、斡旋業者のシュワンギが「そりゃ、むずかしいな。時間と金がかかる……」と言いよどむ。昼ごろ、成田からメール。みかがウクライナから無事に帰ってきた。ひとりで西口ミスド。肉まんとコーヒー。LSVへ。ベンチに大きな荷物をかついだあの女性がいた。30から40歳くらいか。夜はどうしてるのだろう。冬はどうしていたのだろう。うつむいて独り言をいっている。ずいぶんがたいのよいひとだ。横目でうかがうわたしを気にしてだろう、女は荷物を両手にもってたちあがり、あるきだした。後ろ姿を見たらリックサックもせおっている。信濃町のオババはどうしたろうか?ベンチのむかいの樹はコナラ、その右がイスノキ。小径にはコブシの花弁がおちている。韓国史上最大の海難事故があり、たくさんのひとびとが死に瀕しているそのさなかに、にぎにぎしく園遊会とは、いかにも「万世一系」の自民族中心主義・ニッポンのなせるわざだ。この鈍感、この異様!エベレストにのぼらなかった。(2014/04/17)

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・「眼は煌めくのではなく、ことばを語るのである。真理を語るか嘘をつくか、誠実であるのか偽装するのかという選択肢は、……特権にほかならない」。大きな荷物を担ぐ女をおもいだす。かのじょには意味の影が彫りこまれている。だから、祭司・天皇よ、かのじょを園遊会に招け。大きな荷物をみなで担いでさしあげよ。皇居でそだてた羊の肉をふるまえ。かのじょをこそ宮中であつくもてなせ。ひとときの憩いをあたえよ。祭司・天皇よ、皇后とともに、かのじょに詫びよ。オババにも詫びよ。明日食うにも困っている貧者に詫びよ。被災者に詫びよ。被爆者に詫びよ。死者を悼め。亡き天皇の大罪につき言及し、詫びよ。祭司・天皇よ、しかるのちに、みずからの意思で退位せよ。国家は祭司・天皇を利用するな。祭司・天皇は、国家と権力と権威と歴史を演出するな。祭司・天皇は敗戦後69年、ついに「人間」になれ。人民は、祭司・天皇とその家族を解放し、ひととしてもつべき憲法上の諸権利をすべてあたえよ。コビトがいつだったか、魯迅の「傷逝」をどうおもうかと、不意に問うたのをおもいだした。記憶がぼやけていたので答えなかったのだが、いまになって、ちゃんと話しておけばよかったと後悔している。魯迅を面白がるコビトに、わたしはそれだけで感心した。コビトは「彷徨」のなかでは、なぜか、いちばん「傷逝」を気にしていたのではなかったか。「ぼくは忘却したい――じぶんのために、そしてこの忘却で子君を葬送したことを二度と考えないために」。「……ぼくは真実を深く心の傷の中に隠し、黙ってすすまなくてはならない――忘却と嘘とをぼくの道案内にして……」。ここは話しておくべきだった。手おくれだ。と、おもっていたら、濃紺の雨傘がこちらにひとりでにうごいてくる。濡れた地面をすべるように。やっぱりコビトだった。エベレストにのぼった。(2014/04/18)

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・佐高さんとの対談ゲラ(「週刊金曜日」)を読んでいたら、ヤキのまわった年寄りの、ただのうさ晴らしにおもえてきて、はげしくいやになる。おもえて、どころじゃない。これはヤキのまわったジジイの、呑気なうさ晴らしそのものだ。怒りも殺気も消えている。内容も写真も不快。写真はまるで半屍体だ。うん、そうか、わたしは半ば屍体同然なのか。たしかに、これはわたしなのだから、どうにも否定しがたいよな。わたしは「位置」(「位置」はすぐれて詩的な言葉だ)と言ったのに、「立ち位置」などという、虫酸のはしる言葉にかえられていたり、なんだろう、これは?しかし、責任はあげてわたしにある。わたしは対談し、無内容なことをしゃべくり、合意のうえで写真を撮られたのだから。つくづくおもう。ああ、こんな程度なのかと。こんな程度だから、デタラメないまが、いくらでものさばるのだ。「立ち位置」はもちろん消した。エベレストにのぼった。(2014/04/19)

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・マルホランドDR.はいま、ハナミズキが満開だ。ほとんどが白で、赤はごくわずかである。T字路の上にはサルスベリが並んでいるが、樹肌はまだツルツルで、葉も花もない。わたしの頭はどうかしている。ダフネ1号店にいくつもりが、またふらふらと2号店にきてしまったのだ。なにやらイベントがあるとかで、店内はジジババですでにいっぱい。奥にステージが設けられ、壁に「マルホランドDR.開通10周年記念シャコエビ口詰め競争!」と大書された幕が張ってある。口にシャコエビを一気に何尾詰めこめるか競う単純なゲームで、優勝者には2号店での飲み食いが1年間無料になるという。ニンチ気味のジジババや脳溢血後遺症とおもわれるジジイ、それに民生委員のオオタニさん、自警団のハナモリさんらが次々に登壇し、「××番、××でーす!」と大声で自己紹介。ズンチャカ・ズンチャカ・ズンチャカ・チャッチャ……、ラテン音楽にあわせ、リンボーダンスふうの踊りをおどりながら、舞台に用意されたバケツ一杯の茹でシャコエビを手づかみして、真っ赤な殻ごと口に突っこむのである。オオタニさんは5尾、ハナモリさんは7尾だった。ジャコメッリのホスピスの写真にでてきそうな白髪の老婦人は、一気に10尾を口に突っこんだために白目を剥いて気絶し、救急車で病院にはこばれていった。負けず嫌いのわたしも、腰をふりふりステージにあがり、イガイガのシャコエビを、口も裂けよとばかりに詰めこんだが、あな悔しきかな、8尾どまり。席にもどって無念のアブサンをなめつつステージをながめていたら、司会の男が、叫ぶではないか。「次に、当店の誇る女性新店長バフェ―ラ・タカイチが自己紹介を兼ねまして、シャコエビ詰めこみ競争、つつしみまして挑戦させていただきまーす!」。あの裏声の若い男性店長はやはり、わたしの頭突き2発で店がいやになり、やめてしまったのだった。耐えられなかったのだ。かわいそうに。申し訳ないことをしたものだ。暴力はいけない。ぜったいにいけない。2杯目のアブサンを飲みながら、わたしは無言でじぶんに誓った。大きな拍手がわいた。バフェーラの登場だ。んんん、なんだかうまく仕組まれている気もしてくる。バフェーラの顔を一目して、わたしはすぐに了解するほかなかった。わたしたちの負けである。完敗だ。その顔は、顔といふより、巨大な口か穴そのものだったからだ。ひとたびそれが開くと、他のすべての部分、すなわち、鼻、目、眉、額などが、「口」といふ名の底知れぬ大穴に呑みこまれたかのように、それらに固有の「場」を失い、消えてしまうのだ。顔について「顔と倫理」などすぐれた形而上学的考察をしたレヴィナスだって、バフェーラの顔、いや、口を見たならば、名著『全体性と無限』をすぐさま大幅に書きかえるにちがいあるまい。悠揚としてせまらぬ態度でバフェーラは登壇、自己紹介した。わたしの聞きちがいでなければ、かのじょは「バフェーラ」ではなく、「ウマフェラ」と名のったようなのだ。しかも、その声はいわゆる喉からの「声」ではなく、尻付近からの野太い放屁音のように聞こえたのだが、言いしれぬ敗北感にひたっていたわたしは、両者の本質的異同につき、もうこだわる意欲さえうしなっていた。声だろうが屁だろうが、もういい。どうでもいい。負けである。どのみち戦争である。一切の言説はこの口に呑まれるのだ。口女は自己紹介につづき、「それではみなさま、ご起立いただき、わたしといっしょに心をひとつにしてうたいませう!」と、ことさら強いるでもなく滑らかに促して、ジジババたちを起立させ、キミガヨを斉唱させてしまった。で、そののちに、かのじょが口にぶちこんだシャコエビの数を、あなたは想像できるだろうか。わたしが目視したかぎり、少なくとも45尾か46尾であった!3杯目のアブサンをわたしは注文した。石のようだったサルスベリから柔らかな新芽がふきだした。エベレストにのぼった。「生活と自治」に連載エッセイ送稿。(2014/04/20)















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2014年04月10日

最新小説


◎「文學界」5月号が最新小説「カラスアゲハ」掲載

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2014年4月7日発売の「文學界」5月号が、辺見庸執筆の最新小説「カラスアゲハ」約70枚を掲載しています。
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2014年04月08日

ロングインタビュー


◎朝鮮新報ロングインタビュー

2014年4月14日付の朝鮮新報が、辺見庸ロングインタビューを一挙掲載します。総タイトルは「歴史認識のクーデター」です。電子版は11日アップ。
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2014年04月03日

日録12



私事片々
2014/04/03〜2014/04/13


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・週刊金曜日の対談ゲラ直し。対談というのは、話しおわったところですべて終了だといいのだが、そうもいかないので、後日、じぶんの谺を否応なしに耳もとで聞かされるようなはめになる。すでにし終えたことを、いま現在になぞるのは、想念がたえず流れている以上、どうもぐあいがよくない。過去を現在にもちこすのは苦手だ。が、しかたがない。かつて発せられたじぶんの貧相な言葉と、いらだちながら、向きあうほかない。一方でわたしは小説「カラスアゲハ」になにを、なぜ、どのように書いたかを、もう忘れかけている。「文學界」がでるころには、自作をまるで〈他者の仕業〉のように、遠いもののようにおもいなすだろう。じぶんという過去は1回いっかい他者のように死んでいく。他人事のように潰えていく。なのに、いくら老いても、仮死―脱皮―羽化―仮死……をくりかえしている。このくりかえしが、そう遠くない先に、まちがいなくとぎれるのをつよく予感している。そのとき、他者は〈わたし〉じしんになるのだろう。きょうはエベレストにのぼらなかった。(2014/04/03)

エスカレーター.JPG

・4月4日からけふまで、なにをしていたのか、あまり憶えていない。5日には施設にいる母に会いにいった。Mの助力なしにはできないことであった。母はまたいちだんと小さくなっていた。沈黙を誓ったひとのように、一言も口をきかなかった。2回笑顔になった。パサパサの手をにぎった。和解みたいに。翌6日はなぜだかマヒが軽くてすんだ。しかし、7日は視床痛がひどかった。文學界5月号が送られてきた。読んではいない。週刊金曜日の対談、朝鮮新報インタビューのゲラ直しをして疲れた。しゃべったことが字にされてみると、じぶんはほんとうにアホだとおもわされる。書くことと話すことは、まったくべつのことなのに、いつも混同してたかをくくってしまう。なぜかというと、バカだからである。修正したり、挿入したり、結局、二度手間になる。7日は歯医者とダフネに行った。その後、エベレストにのぼった気がするが、100パーセントたしかではない。けふはミスドに行き、カスタードクリームパンを食い、エベレストにのぼった。(2014/04/08)

裏のサクラ.JPG

・毎日ムカつくことばかりですが、国民投票法改正案の共同提出者に自民、公明にくわえて民主党まで入っていたのには、先刻知ってはいたけれど、反吐がでる。ゲロゲロ。ファシズムの時代とはこういうものだ。改正案共同提出時に、超デカ耳の枝野幸男がいた。自衛権行使の要件を明文化した条項を憲法9条に追加し、憲法解釈の幅をできるだけ狭めることにより、野放図な軍拡に歯止めをかける――というのが持論らしいが、なんのことはない、安倍内閣の憲法死文化、9条破壊作業の助っ人となっているだけだ。かんたんな言葉で言うと、「裏切り者」である。ファシズムの時代とは裏切りの季節なのだ。「歴史は終わり、マスメディア(ダニのシステム)の騒音が風景に充満している」。コブシが散った。ヤマブキが咲いた。エベレストにのぼった。アパートの階段をあるいていたら、遊んでいたクソガキが仲間に大声で言った。「ロージンを通してやれ!」(2014/04/09)

過去の水.JPG

・新宿で鉄筆のなべちゃんと会う。早大ラグビー部の先輩が肺がんで亡くなり、昨日も飲んでいたらしい。鉄筆は徐々に軌道にのりはじめている。年末までに何冊かでるだろう。固有名詞として「鉄筆」が正しいのか「鉄筆社」が正式なのかたずねたら、固有名詞としては「鉄筆」だが、電話で話すときは、なんだかわからなくなるので、「鉄筆社」と言っているよし。うーん、とにかく鉄筆である。鉄筆とは、先端が鉄針になった筆記具で、謄写印刷で、原紙に文字を刻むのにもちいる、と大辞林にはある。ガリ版にのせた原紙に鉄筆でガリガリと文字を刻む。なんのために、と問われそうだ。ガリ版とはなにか、謄写印刷とはなにか、と。どうしてそのようなことをしたのか。答えるのも面倒だ。なべちゃんは新しい出版社の名前を迷わず早くから鉄筆ときめていた。旗幟鮮明である。なべちゃんと鯨飲したカボシャール。カボシャールの奈美さんも、とうに亡くなったことをおもいだす。奈美さん、頭のよい、すごい女のひとだった。テキーラボンバー!カボシャールのカウンターに飛びのって、なべちゃんと2人で裸踊りをした。どうして?どうしてもこうしてもない。鉄筆とおなじ。どぼじでも、こぼじでも、なひ。裸踊りしてると、奈美さんが電気を消した。100円ライターで陰毛に火をつけて踊った。陰毛は燃えるとパチパチ音がした。におった。灰をお客の頭にかけた。ゴリヤクがあると。焼き畑農業なのだと。文春のだれかもきたことがある。なべちゃんと鉄筆の話をしてから、10数年ぶりに文春に行った。きょうびはどこに行っても、駅の改札機みたいな通せんぼうがあるのに、文春はそんなものがなく、昔とほぼかわっていない。同じ位置にサロンがあり、同じ薄暗さのなかに昔と同じ空気がとどこおっている。タバコくさい。コーヒーの味もほぼ同じ。菊池寛の胸像の位置がかわったくらいか。茫然とする。気が遠くなる。無意識に時の河をさかのぼろうとするのは、死の前に特有の、精神の退行であろう。そう断定したくなる。田中さん、北村さんとお会いする。北村さんの静かな笑み。同じである。すべてがかわったのに、なにひとつかわっていない気がする。茫々と過去をのぞきこむ、不思議な1日だった。エベレストにのぼらなかった。(2014/04/10)

広場のシダレヤナギ.JPG

・魯迅の「祝福」が好きだ。というより、ずっと気にしている。祥林嫂(シアンリンサオ)という人間の不幸の原型は、なんどもなぞるに値する。中国はこれを1950年代に映画化して高い評価をえた。そのころは、まだしも知性があったのだ。いまは魯迅の作品が中国の教科書から削除されているというから、日本だけでなく中国の国家権力も、真正の知性を排斥している。「人間のつくる共同体の奥底には、まったく意識されることのない反復的な構造がひそんでいる……累積してゆく不可逆的な技術的進歩が、政治における古く変わらないものとむすびつくと、とんでもない暴発の危険性が生じる」(R.D)。信じられないことだが、信じられないことしかおきないのが現在である。中国でも日本でもオオカミは絶滅したか絶滅しかかっているとしても、21世紀の祥林嫂は続々と生まれている。新たな日中戦争の可能性は、むろん、ある。局地的衝突、暴発は、いつおきてもおかしくない。暴発の危険性は、両国の国家権力と大衆社会における知性の退行の速度と幅に比例して増している。つまり、明日にも、来月にも、来年にも、暴発するかもしれない。犬、コビトと西口ミスドへ。コーヒー、カスタードクリームドーナツ2個。土産2個。エベレストにのぼった。(2014/04/11)

昼の闇.JPG

・昨夜、フォー・ガを食べた。追加でニョクマムをかけた。そのニョクマムは昔のハノイのものではない、お上品で癖のない味だった。それでも、ニョクマムがコリアンダーと生モヤシのにおいとからまったら、丼の底からハノイの闇がとろりとひとかたまりだけわきだした。時はもう連続していない。あらゆる場所でいま、世界の連続性に亀裂が生じているのは、レヴィナスの予言のとおりである。だが、連続性の亀裂の溝から、じつにさいわいなことには、人間存在のひしゃげた裸形をぼんやりと浮き立たせる闇が生まれている。コリアンダーも生モヤシも味はうすい。まるで、存在しないもののように。闇もまださっぱり濃くはないのだ。それでも、闇はもくもくと増してきている。存在することじたいが悲惨であることを告げるために、闇がただよう。光ではなく闇のなかでこそ、わたしはすべて晒される。融けていく。そうなると、「目ざめているのは(わたしではなく)夜じしんである」。ダフネ2号店でけふの夕刻前、アブサンを飲む。エベレストにのぼった。(2014/04/12)

駅.JPG

・わたしという概念はたしかに「生きのびた者」以外ではありえない。問題は、生きのびてしまったこの目にいま、「廃墟」という未来のあらわれが見えているかどうかだ。ホテル・トンニャットの後、わたしはホテル・ザンチューに逗留したのだった。石油ランプを買ったのはホテル・ザンチューに移ってからだとおもう。いや、トンニャットにいたときだったか。わたしは日がな一日、火屋のなかの爆発に見入っていたものだ。石油ランプは宇宙の「内部」への入り口になった。ザンチューには中年のひとのよい娼婦がいたり、いなかったりした。部屋に電話をかけてくるのだ。「わたしがだれかわかりますか?」と。金のことになると、女はアップ・トゥ・ユーと言った。だいたい5ドルで足りた。悶着はおきなかった。ベッドがへこんでいたからか、ザンチューでギックリ腰になった。ダフネ2号店でけふ、アブサンを2杯飲んだ。シャコエビを17尾食った。むいた殻を床にペシペシすてた。すると2号店の若い店長が、お客さん、やめてくださいよう、と変な裏声で言うので、癇にさわり、鼻面に一発、頭突き(ノータッチ・ヘッドバット)をくらわせてやった。鼻血ブー。啖呵きる。「おまえ、大木金太郎も知らんくせに、なにをぬかすか!謝れ!」。店長、泣いて謝る。どうせ心から謝っているのではない。泣いたふりだ。当節はすべてこれである。眉間にパチキもう一発。ガツン。店長気絶。アブサン2杯、シャコエビ17尾をただにしてもらう。すみの席からコビトが冷たい目で見ていた。LSVを左側に少しだけあるく。アリの孔があった。スズランが散りかけていた。けふはエベレストにのぼらなかった。(2014/04/13)



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2014年03月31日

新刊


◎『いま語りえぬことのために』を刊行

辺見庸著『いま語りえぬことのためにーー死刑と新しいファシズム』
が2013年11月はじめに毎日新聞社から刊行されました。


おぞましい時代がやってきた!
甦る過去と猛る現在ーー。
語ろうとして語りえない
「虚の風景」を至当の言葉で
撃ちつらぬく、覚悟の書。
巻頭に書き下ろし「朝の廃墟」を収載。 
 



・ISBN978-4-620-32235-3 C0036
 定価1800円(税別) 
 
・問合せ 毎日新聞出版営業部
 電話03・3212・3257

 
カヴァー社名付.jpg

『語りえぬ』オビなし.jpg
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・原画 加納光於「赤の中の緑」1982 油彩 
・装幀 トサカデザイン
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2014年03月28日

日録11



私事片々
2014/03/27〜2014/04/02


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・「故郷に帰ってきた日の夜/私の白骨がついてきて同じ部屋に寝そべった」。何年ぶりだろう。朝鮮新報の朴日粉さんのインタビュー。いつの間にか、10年以上がたったのだ。わたしはおめおめと生きている。茫然とする。わたしが倒れたとき、イルブンさんは新潟にかけつけてくれたのだという。ああ、そうだったのか。唖然としてばかりいる。イルブンさんのお嬢さんはもう結婚されたのだという。イルブンさんと話していると、「敬意」という言葉を、おもいだすでもなくおもいだす。そんなに時がすぎたとはどうしてもおもえない。エベレストにのぼらなかった。(2014/03/27)

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・「行こう 行こう/逐われる人のように行こう/白骨に気取られない/美しいまた別の故郷へ行こう」。ユン・ドンジュの詩をキム・シジョンの訳でポツリポツリとなぞる。「清怨」という言葉があるのか。シジョンさんの「解説に代えて」で知る。おどろきである。清怨。もしもそうしたはげしく清い情というものがあるとしたなら、集団でも民族でも国家でも組織でもないだろう。ひとり、だ。まったくの、掛け値なしの、ひとりであろう。清怨。恥にしたってそうだ。みんなして恥じるなんて、大嘘だ。袴田事件。恥ずべきは官憲、司法、マスメディアだけでない。わたしたち、ではない。わたし、である。このようなことをゆるしてきた、わたしである。さもありなん、と内心くぐもっておもうだけで、叫びはしなかったわたしである。けふ、東京の病院。山のようにたくさんの薬をもらってよろよろと帰ってきた。なんだか夢中で帰ってきた。あとでじぶんのその姿をおもい、赤面した。エベレストにのぼらなかった。(2014/03/28)

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・コビトが花粉症と「ニンフォマニア」(と、じぶんで申告するのだからおかしなものだが)に同時になった、というので、犬をつれて病院にいく。丸顔のやさしい院長先生が問診。春から初夏にかけておきやすい一過性の症状という。クシャミと鼻水がニンフォマニアを誘発し、一時的に性欲を異常亢進させるらしい。薬を処方してもらい、ミスド経由LSVへ。ヤマザクラとコブシがいっしょに咲いていて、ヤマザクラの梢にはメジロがいて逆立ちして蜜を吸っている。とろりと甘いにおいと甘酸っぱい空気が2層になってただよっている。コブシの花弁が風で落ちて、通行人に踏みしだかれている。汚れた厚での花弁はすると、とろりと甘い香りではなく、心なしか苦みのまじる甘い汁を分泌し、それにアリたちがよっていく。「すべての絶えいるもの……」をまたおもう。そこになにか手がかりがないものか、ずっとさがしている。法務大臣が袴田事件再審開始と袴田さん解放についてコメントし、がんばって社会復帰するように、とかなんとか言ったらしい。自己と国家を同一視している者は、恥の感覚を欠く。個として詫びるということを知らない。むしろ哀れだ。袴田事件はわたしに、隠棲と隠遁、彽徊趣味のナンセンスをあらためておしえている。エベレストにのぼらなかった。(2014/03/29)

山桜.JPG

・けふはエベレストにのぼらなかった。再び高崎宗司著『植民地朝鮮の日本人』読む。(2014/03/30)

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・歯医者の帰りに、桜を見た。むかしから桜はなんだか好きではない。「桜」の字も、「サクラ」の発音も好きになれない。怖い。おりしも『植民地朝鮮の日本人』を再読しているせいもあるのか、ことしはとくに桜がいやだ。桜じしんになにも罪はないのだけれど、桜の下にいる者どもが、どうもうとましくかんじられる。桜にまつわる歌と自己陶酔の心性が苦手だ。桜は醒めきった「他者」を前提していない。レヴィナスによれば、それは全体主義であり、わたしによれば、全体主義的階調である。桜は深く自省しなければならない。そんなことを、あるキリスト者に話したら、「ふっ……」とほとんど声にせず笑っておられた。かのじょによると、年々、桜の咲き方がおかしくなっているという。徐々に咲く、というゆったりした流れがなくなり、いきなり満開になったり、コブシと同時に咲いたり、ほとんど順番無視だそうだ。いまは不時現象が常態化しているのだ。にしても、コブシやムクゲを見ているほうが気が晴れる。桜を見ていると、知らずしらずに、気づまりになる。『植民地朝鮮の日本人』は先達たちの風景のディテールである。無意識の挙措の仔細である。ほんとうに気がふさぐ。ザワザワする。胸騒ぎがする。しかし、読むのをやめることはできない。著者の高崎宗司さんはわたしと同い年だ。いまは過去から流れきた河なのであり、未来も、なにか桜のようなものをチラホラと浮かべた、ここからの流れであるにちがいない。エベレストにのぼらなかった。(2014/03/31)

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・ああ、うっとり!桜がいっぱい咲いている。結局、あの「内面の畸形者」たち、NHKの会長や内閣法制局長官らは辞めず、辞めさせることもできなかったのだ。首相はかれらをかばっている。咲いた、咲いた、桜が咲いた。静岡地検は袴田巌さんの再審開始をみとめた静岡地裁の決定を不服として東京高裁に即時抗告した。だれの目にも明らかなえん罪なのに。いま、戦前?yes、戦前ないし戦中だ。もう敗戦後ではないのだそうだ。サクラサク。内務省は1947年末に廃止されたはずであるにもかかわらず、そのエトスはまったく途絶えず、「闇の内務省」が復活しつつある。キサマトオレトハドウキノサクラ……。靖国神社には「桜の標準木」てのがあって、気象庁はその樹の花のひらきかげんで開花宣言をする。日本の軍事主義化と翼賛議会実現をめざして1930年に結成された超国家主義的な秘密結社。その名は「桜会」。そんなもの、もうなくなった?ほう、ほう、そうですかねえ。あんたの目に見えないだけでじゃないですか。咲いた、咲いた、桜が咲いた。桜は馬肉の俗称にして、露店などで、客の買い気をそそるため、客のふりをするまっかなニセ者のこと。反原発のサクラ。護憲のサクラ。民主主義のサクラ。良心的ジャーナリズムのサクラ。サクラ(馬肉)詩人。同評論家。サクラ諮問委員会。サクラ協議会。ニッポンゼンコク、ツツウラウラ、サクラだらけ。世界恐慌の時代につかわれた国語読本の愛称も「サクラ読本」(『小学国語読本』)。冒頭は「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」。「……まさに今日の人間を支配している順応の過程が、つまるところ想像をぜっする規模で……人間を畸形にしていることがわかるのです」。内面の畸形を難じる者が、いまや逆に畸形と断ぜられるのである。エベレストにのぼった。(2014/04/01)

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・東口から交差点をぬけて、細い遊歩道にはいった。桜が満開である。遊歩道は明渠に沿うて東西に何キロものびている。明渠と書いたが、それは河ではない。側溝とよぶには幅がけっこうあるので、ただしくは堀り割りと言うのかもしれない。水が流れているときも、ゴミを浮かべてとどこおっているときも、渇水しているときもある。きょうは水が花弁を浮かべて、ゆるゆると流れていた。水のにおいはしたことがない。ふだんは忘れているのだが、きょうはその明渠、あるいは水の道を、不思議におもった。ふと、これはもともとなかったものではないか、と疑ったのである。それならば、なぜそれはいま眼前を流れているのだろうか。細い水の流れは樹々の陰にゆらめいている。ほとんど夢に見たとおりに流れているものだから、なおのこと嘘ではないかと疑ってしまうのだ。抜き差しならないことになっている。そうおもう。なんどもそうおもう。とりかえしのつかない事態になっている。だが、そのことが正直わたしとどうかかわるのかについて、うまく言うことができない。口にしたり書いたりしたとたんに、口にし、書こうとしたことや風景が、さっと遠のいてゆき、口にし書くことそれじしんが、とても愚かしくおもえてくる。そのくりかえしにだんだん疲れてくる。いまの政権のこと、世の中のことを、具体的にあげつらえばあげつらうほど、口中が爛れてくる。それではいけないと、無理をして、口にするのも汚らわしい人名や行為をいちいちあげて非難すればするほど、かえって見えない全景の術中にじぶんがはまっている気がしてくる。言えば言うほどばかになる……とかんじさせられる。うまくできているのだ。明渠にしても暗渠にしても、わたしは証すことができず、それは証されず、ただ疲れのなかをとろとろと流れている。夜か昼かもじつははっきりしない。脇見をする。対岸を歩いていく男の影が、ときおり樹間に見えて気になる。あれはだれか。わたしとおなじ方向に、わたしのように、足をひきずってあるいていく老人。夢のなかのように。かれはだれか。ミスドにはいる。犬とコビトと。コーヒー、クリームパン2個、肉ソバ。バッグにかくれた犬に菓子のかけらを食わせる。店員がくると、犬はウツボのようにバッグのなかにかくれる。スクラッチは外れ。入り口ちかくの席に、畳んだ布団ほども大きな荷物をもった中年女性が、どっこいしょと座った。赤ら顔のむこうの自動ドアに、桜吹雪が吹きつけている。ドアが開くたびに花びらが舞いこむ。女性は顔に汗をかいている。テラテラ光る。なぜだか、うつむいてひとりでニマニマ笑っている。コビトはたぶん気がついていない。わたしにしたって、見えてはいるのだが、どうしてひとりで笑っているのか、なにもわかっちゃいないのだ。エベレストにのぼらなかった。熊野純彦著『レヴィナス入門』。おもしろい。「はじめに」の書きだしから一発でひかれる。(2014/04/02)


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2014年03月20日

日録10



私事片々
2014/03/20〜2014/03/26

ハナニラ.JPG

・昨日も一昨日もエベレストにのぼらなかった。けふものぼらないだらう。やはりのぼらなかった。歯医者。「カラスアゲハ」ゲラ手入れ。疲れた。(2014/03/20)

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・エベレストにのぼった。それだけ。一日中眠く、だるい。なにもできず。視床痛。いててて…。よく生きてるもんだよ。(2014/03/21)

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・ダフネにいったら、なかの電灯はついてるのに、シャッターが閉まっていた。OK。西口のミスドにいく。ヴィガースハウスのアドルノ論読む。少しだけ。コーヒーくそまずい。コビトに電話。ガキどもがうるさいのでLSVへ。イスノキが葉っぱをつけていた。世界から「質」をうばい、主体から「主体性」を消したもの、「夢のなかのようなさきどり」――をおもふ。真っ赤なストックで長身のからだをささえながら、散歩道を白髪の女性があるいている。ヨイヨイのわたしよりおそい。追いこすとき、ちらりと顔が見えた。東欧か北欧の老女の顔。苦悩のあまりか、表情がセメントみたいにかたまり、灰色の目はうつろだった。憂愁なんてもんじゃない。死ぬほどの孤絶。かのじょの頭のうえで、ほぼ咲きおえた赤い花がいまにもこぼれかかっている。「カラスアゲハ」を書きおえて、よかったなとおもった。ギブアップしないでよかった。あれは書かなければならなかったものだ。書かせない敵はわたしのなかにいた。帰途エベレストにのぼった。安倍首相が核安全保障サミットで、原発の大規模再稼働を前提として、「核燃料サイクル」の推進を勝手に表明するらしい。これは民意にかんぜんに反する。なんということだ。マスコミは安倍のバラエティー番組出演を報じるばかりで、「核燃料サイクル」の危険性にさっぱり触れない。官邸のメディア対策により、ほとんど全マスコミが権力への追従とおべんちゃらだらけである。恥を恥ともかんじていない。(2014/03/22)

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・犬、コビトとオンブル・ヴェールへ。ユキヤナギ、ヒュウガミズキ、コブシ、ハナモモが咲きはじめていた。ハナニラはとっくに咲き群れている。去年の3月17日からもう1年以上がすぎているのに、たったの1週間ほどにしかかんじられない。なぜだろう。マテバシイの緑にとくだんの変化はない。カフェからの眺めには、どんなに猜疑心をつのらせたとしても、怯えるべきなにものもない。「つまり、言い換えれば自我のさまざまな機能を行使することが不可能か余計なものとなる状況が生じた場合、自我は消滅したも同然である」。ということか。エベレストにのぼらなかった。(2014/03/23)

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・ダフネでナポリタン。おいしくなかった。エベレストにのぼった。天から垂れるように、シダレヤナギの花が咲いていた。はじめてではないはずなのに、はじめて見た気がする。そのようなことをふだんまず口にしないひとが、けふ、少し声音を変えて、わたしに問うた。「戦争はじまるんでしょうか?」。言わないひとがとつぜんそう言ったのにたじろぎ、わたしは即答できなかった。シェーンベルク「浄められた夜」。これもはじめて聴いたかのように、おどろくほど新鮮だった。「カラスアゲハ」(「文學界」5月号)がけふ校了。大道寺さんに手紙書く。いや、左手でキーボードを打ったのだ。(2014/03/24)

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・エベレストにのぼった。麓にシダレヤナギやカシワがあるのは知っていたが、ヤマモモにはけふはじめて気がついた。花期は3〜4月、雌雄異株で、数珠つなぎに小さな桃色のあまり目立たない花をつける、と図鑑にはあるが、わたしの見たのがオスだったかメスだったか、あまり目立たない桃色の花がさいていたか、もう憶えてはいない。物事にはなぜ名前がいるのだろう。ヤマモモの実を去年、そうとは知らず、わたしは気味わるがった。なんとなく、毒のような気がしていた。ヤマモモは、さらに、チョウセンヤマモモ、ヘノゴヤマモモ、ニセヤマモモ、スケベヤマモモ、フグリヤマモモ、ママンコヤマモモ、ボボヤマモモ……といった命名により、近寄られなくなったりする。意味のない言葉たち。すべてはすでにかんぜんに消滅していても、いっこうにかまわなかったのだ。その後には、たれひとり語る者とてなく、語られるものもなく、語る言葉とてない。としたら、みなさま、いまよりはよほどマシではないか。といった気分がわたしには濃くあり、「カラスアゲハ」にも、ひっきょう、その気分はにじんでいるとおもう。(朝と昼の時間たちがそれぞれの場でワルツを踊り、回転し、たがいに歩みより、反身になり、差し向かいでおじぎする。後ろにいるパートナーの男たちが腕をあげてアーチを作り、手をおろし、相手方の肩にふれ、上にあげる。)……そんなものだ。どうでもよい。すべてはすでにかんぜんに消滅していたとしても、いっこうにかまわなかったのだ。一概に非在を悲しみ存在をよろこぶいわれはない。(2014/03/25)

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・「すべての絶えいるものをいとおしむ……」ことは、言葉としては、金時鐘(キム・シジョン)訳(名訳!)の尹東柱(ユン・ドンジュ)詩集で知ったのにほかならないのだけれども、それいぜんから、そのような心根か仕草にこそ、なにか、ここからでて、あちらへとゆくひとすじの小径があるようにおもえてならなかったのだ。「葉あいにおきる風にさえ/私は思い煩った。」とは、なんという美しい朝鮮語/日本語訳であろうか。夕、新宿にいった。夜、コビトとビルの53階にいた。エレベーターのなかでわたしは自嘲して言った。屍体は夜、あるくべきではない、と。右半身がコンクリートのようにかたまり、昏倒寸前になった。エベレストにのぼらなかった。(2014/03/26)


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2014年03月13日

日録9



私事片々
2014/03/13〜

フェンス.JPG

・ミスド。雨模様なので、犬おいていくと言ったら、犬ブーイング。でも、犬おいていく。ドーナツ2個、肉ソバ、コーヒー2杯。木の芽を見に外にでてまもなく、ナニをもよおし、事態いとただごとにはあらざりけるにや、あわててまたミスドへ。障害者用トイレに直行。大泄小泄・同時・一気敢行に成功す。すっきり。ドーナツ2個、肉ソバ、コーヒー2杯、なんのことはない、ぜーんぶ店にバックしたことになる。ケツ・シャワーのボタンがあるので押すも、シャワーいっこうにでず、ボタンはダミーとわかり、激怒。「ダミーのボタンとは呆れるぜ、ここは刑場か、東京都公認身障2級を差別しとんのかぁ、われぇ!」とわめきけるほどに、「お客さん、お客はん、便所でなんばさわいでけつかるんどすかぁ?」の声。あれ、コビトではないか。「便所は、たれるとこ。さわぐとこじゃなかとですよ。お客はん、よろすぃかったら、おまはんのまっこときったなひおいど拭くの手伝いまひょか?」。は、はい、わかりまひた。トイレでて、コビトとコーヒー。『永続敗戦論』のことをちょこっと話す。「身体」「生身」「主体の立脚点」「徹底的パシフィズム(pacifism)」「まったくもってとるにたりないもの」「根生いのもの」「個の責任」…などについて、ぶちぶち詮ないことをつぶやく。最後に『永続敗戦論』はとても参考になったけれど、じぶんの骨身にしみるものではないな、と言ったら、コビトは「やっぱり」という目でわたすぃを見あげた。「カラスアゲハ」を書いてよかったとおもった。帰り、エベレストにのぼった。(2014/03/13)

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・10年前のけふ午後、わたしは新潟で脳出血にたおれるも、死にぞこなった。あのとき一発でいっておけば、見たくもないことどもを見ずにすんだのだ。その後もがんになったけれども、みなさんすみません、また死にぞこなって、本日、2014年3月14日も、まだいじましく生きさらばい、見たくもない景色を見るはめになっておりますことは、まことにもってわたしの不徳のいたすところであります。しかしである、生きていて多少はよかったこともないではない。第一、わたしはけふ、尹東柱(ユン・ドンジュ、1917年〜1945年)の詩集『空と風と星と詩』(金時鐘=キム・シジョン編訳、岩波文庫)を開き、薄汚れ黄ばんだ目をまたも清々しく洗われたではないか。「すべての絶え入るものをいとおしまねば」の1行が、わたしにとりどれほど大事な1行であることか。「すべての絶え入るものをいとおしまねば」。尹東柱によって朝鮮語で書かれ、金時鐘により日本語に訳されたこの1行が、どれほど清冽であることか。おい、ニッポンジン、在日コリアンたちよ。もしも、すべての絶え入るものをいとおしまなければ、この世のすべてはほんとうにだめになるのだ。「すべての絶え入るものをいとおしむ」ことがいま、基本中の基本である。おい、若いニッポンジン、若い在日コリアンたちよ。尹東柱が1945年2月、どこで死んだか、ぶち殺されたか、知っているか。治安維持法違反で投獄されていたニッポン国・福岡刑務所で、である。おい、若いニッポンジン、若い在日コリアンたちよ。日本当局が尹東柱死去を親族に知らせた電報の文面を知っているか。もしも知らなかったら、どうかどうか、忘れずに憶えておいてほしい。「一六ニチトウチュウ シボウ シタイトリニ コイ」。金時鐘は書いた。「まるで物か、そこらで野垂れ死にした犬ころ扱いです」。そのとおりだ。シタイトリニ コイ。「すべての絶え入るものをいとおしまねば」と書いた若き詩人を、ニッポンジンはモノか犬ころあつかいした。忘れてはならない。わたしの父と父の戦友たちは、慰安所のまえにズボンのベルトをはずして並んだ。じぶんの番を足踏みして待った。1人で1日何十人もの兵士のからだを受けいれざるをえなかった韓国の婦人たちの話をわたしはじかに聴いた。忘れない。歴史には外交文書だけではなく、生々しい身体と痛みの記憶およびそれらのディテールがかかわっていることを、おい、若いニッポンジン、若い在日コリアンたちよ、忘れないようにしよう。「死にぞこない10周年」を勝手に記念して、わたしはけふ、友人、朝鮮新報の朴日粉記者のインタビューをうけることを決め、そのむねを記者に連絡した。すべての絶え入るものをいとおしむために、なにかをしなければならない。エベレストにのぼった。(2014/03/14)

小さな花.JPG

・ファシストはいくつもの口をもち、幾種類もの顔と声をもつ。口、顔、声をときどきにつかいわける。米国にとりいるためなら、どんなみっともない踊りでも平気で踊り、前言をいくらでもひるがえし、ひとびとを裏切り、いかに恥ずべき遁辞でもあえてろうし、あらゆる種類の嘘をつきまくる。なんというやつらか。みずからの権力維持、ただこの一点のために、かれらは天皇を利用し、生きのびる。「歴史に対してわれわれは謙虚でなければならないとかんがえている」。ワハハハハ。いま歴史を全面的にくつがえしている当の本人が、用意された紙を見ながら、そう言うのだから、笑うほかない。君はかつて「日本の歴史がひとつのタペストリー(つづれ織り)だとすると、その中心に一本通っている糸はやはり天皇だと思うのです」とかたり、「自衛のための必要最小限度をこえない実力を保持するのは憲法によって禁止されていない。そのような限度にとどまるものであるかぎり、核兵器であると通常兵器であるとを問わず、これを保有することは憲法の禁ずるところではない」と、核武装肯定を揚言したではないか。君は「大東亜会議」と大東亜共同宣言(1943年)をいまでも賛美する「日本会議」ときわめて緊密な関係をもつ、れっきとしたファシストの頭目ではないか。エベレストにのぼった。ミスドにいった。(2014/03/15)

過去1.JPG

・うらうらと死なむずるなと思ひとけば心のやがてさぞとこたふる んなこた、あんた、「嘸」もなにも、あたりマ×コのちぢれっ×だろ。みなさんうらうらとかんたんに死ねなひさかい、えろ困ってるんだよ。諸行無常、是生滅法、生滅滅巳、寂滅為楽…これみなニッポン・ファシズムの原理じゃあーりませんか。わが世たれそ常ならむ、などとほざくところからはじまって、低脳政治、低脳マスコミ、低脳人民――の3本の矢、いやさ、三位一体が、ここにつつがなく完成いたすぃたのだ。こふなったら、ガンガンわめきちらすぃ、どつきまわすぃ、すぃばきたおすぃ、のたうちまわってなにがわるひ!?と、甲斐なくおもうていたところ(ほんたうはおもふてなんかなひです。時間のむだ。バルトーク聴いてたのさ)、ピンポーン。えっ?梅川さん!とつぜんの来訪!ビックリ。やれうれすぃや。あいかわらず、色白ポッチャリ、眠たげな目、無口。初対面なのに、犬ぜーんぜん吠えず。梅川さん、あの日のオクラホマミキサーのときめき、指の感触まで、すべて記憶すぃていた。わたすぃたち、すぃずかにいろんなことを話すぃ、ハグすぃあい、なにか予感どほりに、高齢者推奨簡便型69(後述)など、いろんなことをすぃたのどぇす。年寄りじゃけー、なかだすぃOK。偈。マジえがった!犬吠えず、ただただ呆れて黙認す。エベレストに2回のぼった。梅川さんと、あのあと、ダフネにいった。ふたりすぃてカイチュウナポリタン食う。すぃはわせ!日刊ウンコ新聞のエッセイ寄稿依頼ことわる。ああ、スッキリ。(2014/03/16)

鉄の表皮.JPG

・備忘。明日、「週刊金曜日」主催の対談で、話すかもしれないこと、話すべきこと…。ナチスのグノーシス主義(善悪2元論)は、伝統主義と混合主義とオカルティズムによってはぐくまれた。靖国参拝はこのうちオカルティズムに類するだろう。天皇利用主義もしかり。ここに、知の発展はどうしてもありえない。ファシズムにはこれといった定型、定義はない。あるとしたら論理的、哲学的には「蝶番のはずれた」、本質的に情動的な原型だけである。ファシズムはだから民衆にもてはやされるのだ。ファシスト安倍の内面の闇は、ネット右翼の内面の闇にかさなり、交差し、齟齬なく融けいる。「差異の恐怖」「よそ者排斥」「知的コンプレクス」にかんけいする情緒が、闇の底にただよい、うずまき、これら諸要素が意識的にせよ無意識的にせよ、人種差別をみちびいている。安倍には縒れて湿気った被害者意識がある。「日本会議」「日本会議国会議員懇談会」をどうかんがえるか。日本ファシズムの微細な神経細胞について。異様な風景をどう感じるか。籾井、長谷川、百田、小松らの狂気と正気。言論、報道の異常収縮=「内側からの死滅」をどうみるか。「新しい多数派=新中間層」をどうみるか。戦後レジーム脱却反対論と戦後民主主義勢力の没主体性と過誤、それらゆえの致命的弱さについて。戦後レジームからの脱却路線にどう対応すべきか。なにを対置すべきか。徹底的非武装・反戦論は不可能か。安倍ファシズムはどこまで暴走するか。抵抗は可能か。社民はなぜ瓦解したのか。共産党に希望はあるか。いま、なにが予感可能なのか。近未来になにが見えるか。今日的暴力の意味。国家テロの予感。プーチンとスターリン主義。「人間の侮辱」ということ。原発と戦後民主主義。「良心的知識人」とはなにか。かれらに危機感はあるか。戦後民主主義と大江健三郎。日中戦争はあるか。日本核武装はありうるか。ありうべし。次はなにか?(2014/03/17)

日なたの錆び.JPG

・全体に、よかどすきん。めぞどすけなことは基本的にかなってん。対談は3時間をこえた。ぶつかるということはになも、あにゃ、かなってん。前回、対談したのは16年まえという。16年。世の中は大きく変わった。変わっていない、といえば、変わっていない。お話ししたい。うかがいたい、とおもっていたことの半分くらいは自然に、まちりらのものめね、ほじゃけん、よかどすきいね。になか、みした。れそはなにどすけ、とまい自問れすば、なんだらう、魯迅、エスペラント、アナキズム、ひとというものの「どうしようもなさ」、たしわもちき無責任、いま首に突きつけられた匕首をどうするか(しわたが言うた)…などのこと。野中君が往き帰り同道してくれた。すばらしい若者。向井君にも久しぶりに会えた。バルトークのピアノコンチェルトをもってきてくれた。「撤退戦」ということばがあるのかどうか。聞きちがいか。ガチでひとりでやるか。ようするに、さんざ撃たれても、それでもひとりで突っこんでいくかどうか。はい、突っこんでいきます。いみたひなとこひ、いい年寄りがそぼそぼすぃりますぃどすきん。あにゃよか時間どすきん。夕刻、ふぃずぃまりふるる
肉茎ズマキズキ、やりはコビト登場!コーヒー異常高すぎ。許すまじうら。(2014/03/18)

あまりにも赤い花.JPG

・ミスドで落合さんとお会いする。遠路ご足労恐縮至極。感謝。大道寺さん新句集につき正式にお願いした。1年後刊行目処。この先1年、いったいなにが起きるのか。どうしてもそういう話になる。文學界から「カラスアゲハ」の初校ゲラくる。きのうとどいていたのだが、疲れてPC開けず、けふ気づく。明日戻す予定。小澤征爾指揮、シカゴフィルのバルトーク、シェーンベルク・ピアノコンチェルト到着。右肩痛。コビト&犬LSV→ミスド。往路、犬、横断歩道中央でとつじょたちどまり、しゃがみこんで大排泄1回敢行。帰途、コビトとともにチェックしてみると、犬shit、横断歩道に平たくハート型に練りこまれていた。あにゃ、どうぇすどうぇす。(2014/03/19)







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2014年03月10日

短篇寄稿


◎「文學界」に短篇小説「アプザイレン」発表

2014年2月上旬発売の「文學界」3月特集号に、辺見庸の短篇アプザイレン
約37枚が掲載されています。

1月9日のサバノアール.JPG
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2014年02月28日

連載中


◎エッセイ連載中

生活クラブ連合会の月刊誌「生活と自治」に2014年1月からエッセイ「新・反時代のパンセ」を連載中です。
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2014年02月05日

復刻


◎『反逆する風景』復刻決まる

絶版となっていた辺見庸著『反逆する風景』が、ことしはじめに誕生したばかりの
出版社「鉄筆」社によって復刻され、年内に刊行されることになりました。

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2014年01月19日

日録4



私事片々
2014/01/19〜2014/01/25

2014年1月17日に撮った電車のつり革.JPG


・ずっと待っていた。よいにつけわるいにつけ、もっとも大切なことは、これからはじまる。言い方をかえれば、もっとも大事なこと、または、最大の恐怖も、まだ訪れてはいない。だからなんとはなしに待っている。これまでもずっと待っていた。生まれてからいままで、一貫してずっとそうであった。なにかを、忍びながら待つ気組み――が、からだにそなわってしまっている。目で待つ。耳でさぐる。骨でかんじようとする。血がなにかに呼ばれようとして、じっと待つ。だが、もっとも肝心なことは、まだ起きてはいない。まだそこまではいってはいない。そうおもう。そうおもうことで、じぶんと手を打ってきたのだろうか。おどろくべきことも、たしかに、9.11や2011年3月11日や、いろいろあった。腰を抜かすほどのできごとも、ずいぶん見聞きし、目をうたがう修羅場にもいたことがある。しかし、だからどうしたというのだ。じぶんの存在が根こそぎうばわれたり、これこそが至上の慶事、ついにさぐりあてた真理、見たこともない美、最高の艶冶とは、ついぞおもったことがない。これこそ最悪の凶事、ひととして最低の堕落とはまさにこれだ…とかんじたことは、いくたびかあった。そうしたことがじじつあり、あったようでいて、つきつめると、なぜか確信はない。むしろ、これ以上の悪、これ以上の禍が、きっとあるにちがいないと予感してきて、じじつ、ほとんどが予感のとおりになってはいる。死の道をあゆむ者は、樹下のあの葡萄色の影へと、次から次へと例外なく消えていった。わたしもやがてそうなるだろう。だが、そうだ、これだ、これがどんづまりなのだ、これが終焉なのだ、と心底、感得したことはない。おそらく、そう感得する能力がなかったのだろう。したがって、ふたたび待つ。なんとなく待ってしまう。いまここにこうしてあるのは、まちがいかもしれないが、なに、その気になりさえすれば、いつか脱出できるだろう。誤りはじぶんがたださなくても、だれかがやってくれるかもしれない。で、待つともなく待つ。待つともなく待つようなそぶりで、そのじつ、なんだかいじましく生きている。ときに、満を持していると錯覚したりもする。えっ、満を持するだって? ばかげたことには、そうした気分になっていたりする。ちがう。まったくちがうのだ。おもうに、じつのところ、わたしは死以外のなにも待ってさえいない。72億人の怠惰な不作為者のひとりとして、いま、ここに、ただあるのみである。カタストロフィも口では言えぬほどの堕落も凶事も、あるとするなら、これからではなく、いまある。いま起きているはずだ。犬とLSVにいく。キジバトを見た。犬をバッグに入れてカフェに入る。犬はいちども鳴かなかった。わたしはもうなにも待ってはいない。けふもエベレストにのぼらなかった。明日は、できれば、エベレストにのぼりたいとおもう。(2014/01/19)
2014年1月17日にプラットフォームで撮った褪せたユリの花.JPG

・政治とは、ほとんどのばあい、税金を蕩尽するプロのゴロツキたちの狂宴(オージー)なのであり、詮ずるに 、左右のどのような政治にも、個人として受容しうるものなどなにもない。にもかかわらず、政治とそれによりもたらされる出来事に、ひとりの人間がなんらかのかかわりをもたざるをえなくなるのは、なにも〈民主主義〉のためではなく、身体的についに堪えがたくなるからである。沖縄にたいし自民党政府のやってきたことは、組織暴力団と本質的に変わるところがない。政治の位相と生身のひとの生活の位相は、おなじ空間にあるようでいて、おなじ位相空間にはまったくない。前者は後者を負いはせず、支えもせず、ただ壊すのみである。政治と生活は、畢竟、根本から対立する。どのみちすべてはめくりかえされ、剥きだされる。言葉は日ごとにとどける意思をおびたものではなくなっており、いまよりさらにとどかなくなるだろう。いずれ暴力があらわになってくるのだろう。すでにそうなのだが、もっと言葉が暴力と近似的なものになる可能性がある。きのう、手の爪を切った。スイカズラの葉に蛍がとまった夜をおもった。(2014/01/20)
2014年1月20日に撮ったオーロラ.JPG

・20日のことだが、寝不足ながら、エベレストにのぼった。山頂にシダレヤナギの枝が散乱していた。おもった。エントロピーは系の乱雑・無秩序・不規則の度合をあらわす量だという。エントロピー増大で情報過剰となり、そうなるとかえって秩序が失われて混沌とし、混乱が拡大していくとともに、根源的なもの(生命、魂)の喪失が常態化する、ということなのだろうか。この法則では、そもそも一定不変の「根源」など存在しないことになる。エントロピーの増加量は、系が吸収した熱量を温度で割った値にひとしい――といわれるが、よくわからない。わがんね。わかるのは、言語による説明のほとんど不可能な渾沌とした領域が、外面にも内面にもひろがっていることだ。原因不明のまま、結果的現象だけが蔓延する。原因不明のまま戦争勃発、核戦争に拡大…という未来もありうる。▼ポコとぱけちゃんが昨日きて、犬が大興奮、そうなったときの症状で、彼女の目が充血する。ミコリンは自家製のアジの南蛮漬けをみやげにもってきた。先日の無礼をわびるいみもあり、民生委員のオオタニさん(日録2参照)にもおいでいただき、ぜんいんワンカップ大関で乾杯、大いにもりあがる。過去のわだかまりを一気に水に流す。オオタニさんはせまいリビングなのに、得意のバック転をなんどもきめて悦びを表現していた。みんなでLSVにくりだし、犬たちもふくめ1列にならんで、いっせいに記念の放尿。シャーッ。夕陽にかがやく、いくすじかの黄金色の放物線が、公安関係者やパパラッチに激写されたらしい。LSVで無事、流れ解散。▼帰宅後、犬と入浴。浴室の壁に、吸盤のついたつかまり棒をとりつけたら、好奇心旺盛な犬が「それはなんといふものなのですか?」と訊く。「これは中国製の転倒防止用つかまり棒といふものなのだよ」とおしえてやる。すると犬は「そうなのですか、それは中国製の転倒防止用つかまり棒といふものなのですね?」と、わたしの答えをそのままなぞり、それが疑問文になっているので、おちょくられた気にもなるじゃないですか、ちょっとイラッとするものの、けふは特別の日、いや、毎日が特別の日なのだから、とおもいなおし、おだやかに「そうなのだよ、これは中国製の転倒防止用つかまり棒といふものなのだよ」と応答。犬、浴槽で泳ぐ。犬に背中を流してもらってから肩をマッサージしてもらふ。犬「お客さーん、キモチンよかとですかあ。延長しますかあ?」と訊く。爪が痛かったので延長しなかった。▼21日はエベレストにのぼらなかった。「アプザイレン」が校了した。サクッと。(2014/01/21)
2014年1月20日の爆撃跡.JPG

・ざわざわして落ち着かない。読みさしのトマス・ピンチョンを繰ったり、書見台のブッツァーティをのぞいたり、ニュースとにらめっこしたり。「失業者、世界で2億人突破」の記事にはとくに打ちのめされた。18世紀産業革命後の一大事件として特筆されるべき世界史的なその内容もさることながら、日本の各メディアの@あまりのおどろきのなさAあつかいの小ささB視線の浅さーーに、したたかに打ちのめされた。わたしにとっては号外クラスのできごとだったのだが…。このぶんだと、戦争前夜でさえ、こいつらは他人事のようにエヘラエヘラ笑っているにちがいない。世界で貧富の差が拡大し、最富裕層85人の資産総額が下層の35億人分に相当するほど悪化したという。戦慄すべき富の集中。G-W-G'の基本になにか変化が生じたとはおもわない。ただ、G-W-G'の奥に、ひととして切実な関心をもつ者がほとんどいなくなった。儲け話、サクセスストーリーばかりだ。貧者と弱者と失業者への共感と抵抗、すなわち人間への興味を失った荒野には、なにもない。この国には、政権の知能程度にみあったマスメディアしかない。ずっとそうだった。けふエベレストにのぼった。(2014/01/22)
無人電車.JPG

・4月下旬に神奈川県で講演をすることになった。まだ3か月も先のことである。はるかな未来だ。要請をうけるときに、いつも困惑することがある。いつからか「時間の連続性」を当然のこととして信じることができなくなったために、数か月も先のことについてOKと言うのがなんだか無責任におもえるからだ。時間の連続性とは、存在の連続性と言いかえてもよいのかもしれない。生きる主体、つまり、わたしという現象の継起については、せいぜいが2、3週間くらいのタームでしかイメージできない。3か月も先のことが、わたしの実存を引きつれて、疑問の余地なく、必ずやってくるとかんがえるのは、余人はいざ知らず、わたしにはどうも苦手である。2011年3月11日からそうなってしまったのかといえば、なるほど影響はしているのかもしれないが、じつのところそれ以前から、この癖はあった。では、2004年春に脳出血で倒れて以来の癖かと自問すれば、ふむふむ、それもあるかもしれないのだけれども、よくよくふりかえれば、2004年春以前から、わたしには時間の連続性へのつよい不信感があった、と正直に言わざるをえない。と、ぐだぐだかんがえているうちに、主催者から講演タイトルとメッセージを送るよう催促があった。本日締め切り。「なにかが起きている――足下の流砂について」を表題とすることにした。ブッツァーティの「なにかが起こった」のもじり。メッセージとともに連絡した。にしても、3か月先は遠い。なにが起きるか、世界がまだ在るのか、わかったものではない。まず死刑の執行。いまの政権の姿勢からみて、ぜったいにいやでも、「あり」の公算が大ではないか。そうなれば、内心の構えがまた揺らぐだろう。死刑こそ人間の時間の連続性を断つ国家犯罪である。むこう3か月のあいだに再び入院を余儀なくされる懸念も皆無ではない。そうなったら、主催者たちに迷惑をかけることになる。これらのほかにも、自他の存在にかかわる不可測的なできごとが3か月以内になにかしら起きないはずがない。それなのに、3か月も先の講演を当然の前提に生きるというのは、どうもしっくりとしない。けふはまったく外出せず。エベレストにもダフネにもミスドにも行かなかった。(2014/01/23)
2014年1月24日に見た鉄の連鎖.JPG

・けふエベレストにのぼった。ヤマモミジの枝が顔をさえぎると、たちまち足がみだれる。つんのめる。エベレストの勾配よりも、ヤマモミジやシダレヤナギの枝のほうが明らかに難敵である。ダフネに行った。ダフネと言えば、ナポリタン。ピーマン、カイチュウ、サナダムシ。ずるずるすすっていたら、とても顔の大きな女性が入ってきた。茶のコートにロングブーツ。だが、コートもブーツもすぐに忘れる。顔に圧倒されたからだろう。ダフネに「顔」が入ってきた、とわたしはおもったのだ。とても顔の大きな女性はとても顔の小さな女性より、なんというか、ハッとさせるものがある。同居中の犬はとても顔が小さい。ハッとしない。目がわるいので、顔をよせていかないと犬の表情がよくわからない。もう少し顔が大きくてもよいのじゃないかとおもう。そこへいくってえと、顔の大きなひとは、入場シーンからしてその存在に目をひかれる。造作ぜんたいが、なんかゴージャスな感じがする。なぜだろうか。モリヤマカヨコというひとも顔が小さくはなかった。チンタレーラリルーラ、お屋根のてぺんでえ…。野球の本塁ベースみたいな顔。チンチンチンとおーつきさ-ま…。嫌いではなかった。でも、モリヤマカヨコの顔はもっと大きくてもよかった。チンタレーラリルーラ…お屋根のてぺんでえ、恋をするのーよ…。モリヤマカヨコの顔はもっともっと大きくてもよかった。もっとインパクト。もっと破壊力。もっと爆発力。それしかない。畳一畳ぶんくらい。もっと起爆力。マッジョーレ!わたしはそうおもっていた。あっ、顔大ブーツのひとがトイレに入った。おひっこか。でてきた。なんだ、小排泄のみ。おや、顔大ブーツ女もナポリタンを食いはじめる。ズルズルズルズル、サナダムシ。わたしとシンクロする。ズルズルズルズル、サナダムシ。ピーマン、タマネギ、サナダムシ。ベーコン、ピーマン、ナポリタン。わたしのパスタと顔大女性のパスタがつながっている。ずるずるずるずるナポリタン。チンタレーラリルーラ…。夜、歯をみがいていたら、テレビからまたフジワラキイツが飛びでてくる。唇が妙に赤くてキモい。脳天唐竹割りをおみまいしたら、かんたんに気絶した。就寝まへ、コビトから電話。「また下品なブログね。身体的特徴をあれこれ言ふのってサイテー。ダフネさんにもガンダイさんにもモリヤマさんにもキイッつぁんにもマジ失礼でしょ。講演主催者さんかてお困りよ。みなさんにお詫びしなさいよ!土下座さらさんかい、われぇ!」。そっか。キイツ以外の方々には、ほな、謝罪することとする。キイツは今度でてきたら、岩石落としだぜよ。(2014/01/24)
2014年1月24日にダフネへの路上で見た謎の物質.JPG

・きのふのこと。ダフネに行く途中、路上で謎の物質(写真)を見た。隕石か、樹の苔か、だれかが故意に放置した放射性物質か、これは高く売れるか。いずれにせよあまり関心がもてず、消防にも警察に質屋にも連絡せず、その場をパスした。そのとき、わたひは、ビットコインも貨幣ないし資本なのかどうか、くゎんがへながらあるいていたのであった。 “To recap, it's is a purely online currency with no intrinsic value; its worth is based solely on the willingness of holders and merchants to accept it in trade.”というのが、面白いといえば面白い。intrinsic value(本源的価値)といったって、そんなもん、ビットコインにかぎらず、ドルにも円にも、なににもないっちゃ、ないんだから。本源的価値がないのは、価値じたいが「所有者の意思にのみにもとづく」からというのも、なにやら現代哲学じみて空々しくアイロニカルじゃないとですか。すかすぃだ、剰余価値を生むことで自己増殖する価値運動体として資本を定義するなら、ビットコインだって資本である。てか、国籍不明のビットコインこそ、資本(に憑依する人間)の妖怪じみた本質=倒錯を表象する。いまといふ時間は、資本の運動のみが異様に活発である。資本の運動はアナーキーである。それにともない、旧来の価値や共同幻想や「国家」は融けてきている。情報をふくむ資本の運動により目下、溶解させられているからこそ、それへの反動として、いま各所で国家主義、復古主義が息をふきかえしているのかもしれない。しかしG―W―G'は、国権のいかんによらず変わらない。そして「事物世界の価値増大にぴったり比例して、人間世界の価値の低下がひどくなる」は、まことに予言のとおりだ。人間世界の価値の低下は日々ますますひどいことになっている。人間はカスだ。♂カスor♀カスである。ゼンメン・ムナイヨー男キイツよ、どや、そなひおもわへんか?なにトーダイではそないなガクセツないて?ええわ、きさんタマないんやったら、そのヒョロヒョロした首洗ろて待っとけ、アホ。岩石落としかけたるで、楽しみにしいや。けふはエベレストにのぼらなかった。ダフネにもマックにもミスドにも行かなかった。(2014/01/25)


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2014年01月14日

日録3



私事片々
2014/01/12〜2014/01/18

ただ一度だけ息をするためだけに.JPG

・エベレストにのぼったか、のぼらなかったか、外出したか、しなかったか、憶えていない。視力がずいぶん落ちている。かすむ。ロキソニンのむ。(2014/01/12)
LSVで見たヤマバト.JPG

・エベレストにのぼらなかった。犬をバッグにいれてミスドに行った。コーヒー、担々麺。食べているうちにまた歯痛。コロボックルがきて、犬がとてもよろこんだ。LSVをすこしだけあるく。ヤマバトをみた。『アンドレイ・ルブリョフ』前半部分をみた。映像すばらしいが、目がかすむ。コロポックルにディーノ・ブッツァーティのことを教わる。(2014/01/13)
1月15日に撮ったボケの花.JPG

・エベレストにのぼらなかった。風邪、歯痛、かすみ目、気うつ。昨夜もロキソニン、フロモックス、PL顆粒、デパス、レンドルミン、降圧剤、プレタール、ムコスタなどバクバクのむ。コロポックルとフロモックスの名前混同す。ひどいかすみ目で「なにかが起こった」を読む。かるい興奮。物語の条件をすべて満たしている。つまり、世界とひとびとの、なにか暗ぐらとしたリアリティ(完璧な不条理)を、からまりあった古い鉄筋のように埋めこんでいる。驀進する列車にはいつも、〈われわれは目的にむかって逆走する〉という、ひとすじの普遍性がある。ファシズムなどという言葉をわざわざつかわなくても、われわれはファシストなのである。いやおうなくからめとられる。終着駅に着いて、北ゆきの超特急列車から降りたならば、「いまはもう、なにもかもが同じことだった。彼と墓のあいだを隔てるのは彼自身の死だけであった。すべてを諦めた彼は理性を備えた動物たちが住む、不条理で誤りに満ちた向こう側の世界から聞こえてくる、規則正しく打ちつける大粒の雨音を聞いていた」という、ありえぬことことになりかねない。もはや「主体」はなにとでも入れ替え可能な「没主体」にすぎない。これは文学ではない。現実である。いまはもう、なにもかもが同じことだ。(2014/01/14)
1月15日に見たカラスの巣.JPG

・エベレストにのぼった。懐かしいとはおもわなかった。懐かしいとおもう感情に10年ほどまえからダメージを負っているらしい。じぶんにもエベレストにも、むろん、詫びる気にはなれなかった。エベレストにくる途中、冬枯れた立ち木にカラスの巣をみた。コビトによると、あれはいまつかわれていない巣なのだという。雛が巣立った使用ずみの空き家みたいなもので、またつかわれることはあるまい。産卵するカラスはオスのパートナーとともに新しい巣をつくるだろう。昨夏、わたしを襲ったカラスはおそらくあの巣を作った母ガラスにちがいない。と、れいによって早口になって、知ったかぶりをする。コロボックルは嘘つきである。それは当方とてそうでなくもないのでとやかく文句は言えない。コビトは、興奮すると、録音テープの早送りみたいに、ほとんど聞きとれないほど早口になる。ピキピキピキピキ…。母ガラスは、「脅威」と認識したら、巣を中心に半径20〜100メートルの範囲では、攻撃してくる、あなたは「敵」とみなされたのだ、という。コビトは、わたしが「悪意の増幅」という面で、認知症患者のある種のパターンに似てきていると言う。そうなのだろうか。そうなのかもしれぬ。懐かしいとおもう感情に障害があるとすれば、わたしは時間感覚になんらかのダメージを負ったからだ、とは言えまいか。喪失を悲しみとしなくなることも、時間感覚を障害されているからではないだろうか。しかし、「なにかが起こった」に、わたしは揺すぶられた。列車。列車と逆方向に逃げてゆくひとの群れ。「この呪わしい列車は時計のようにきちょうめんに、敗走する味方の流れに抗してすでに敵が露営している自分の塹壕に戻ろうとする正直な兵士のように、進んでいくのだった」。「そしてその端然とした態度に、あわれな人間が抱く尊敬の念のために、われわれの誰ひとりとしてあえてさからえないのだった」(脇功・訳)。この風景に悲しみをかんじる。この風景に悲しみをかんじることができる。コロポックルとわたしは、いっけん趣味があう。だが、ほんとうにそうなのか。言葉と身ぶり。両者のかんけい。そのありようが、あたりまえではあるが、ちがうとおもう。言葉は身ぶりを誘う。言葉はかつて身ぶりを誘ったものだ。身ぶりは言葉に誘われる。ときとして誘われたものだ。コロポックルだけではない。みんながそうだ。言葉と挙措は、かんけいが依然あるものの、撓むか途切れるかしていて、もはや一対のものではない。それでよい。が、言葉と身ぶりのかんけいが、こうまで撓むか途切れるか反転しているかしていることを、もうすこし悲しんだり、うろたえたりしてもよかりそうなものではないか。政府が特定秘密保護法の運用について“有識者”から意見を聞くための「情報保全諮問会議」のメンバーを発表し、座長に渡辺恒雄が就任することになったという。こうしたおぞましい情報を浴びれば浴びるほど、怒れば怒るほど、わが身もおぞましくなっていくようにかんじられるので、ついつい耳目をふさぎ、口も噤みがちになる…ということについても昨夜コロポックルと話した。「それがやつらの付け目だね」と、わたしかコビトのどちらかがボソッとつぶやいたのだが、「やつら」とはなにか「付け目」とはなにかを吟味しはしない。そのかぎりにおいて、わたしとコロボックルだって、「なにかが起こった」の超特急列車の、もの言わぬ乗客なのだ。いまなにが起きているのかを手をあげて大声で問いもしない。列車を止めようともしない。どうすればよいのだろう。口を噤むことも、怒りくるうことも、「やつら」の存在認定(受容)にしかつながらないのだとしたら、ほんとうにどうすればよいのだろう。コビトには言わなかったが、こうなったら、ただ沈黙するのではなく、たぶん狂えばよいのだ。せめて行く先の仔細について、ひとり挙手して問うべきだ。ガルシンの「赤い花」のように戦い、なんどでも敗れればよいのだ。いまさら高踏ぶらないことだ。正気ぶらないことだ。わたしたちには、すでに、とんでもない「なにかが起こった」のである。いままさに起きているのである。そえれだけはまちがいない。列車はぜったいに行くべきでない場にむかい爆走している。〈困ったことです…〉などと言うのはもうやめたほうがいい。こうなれば、狂うしかない。なんどでも戦い、なんどでも敗れればよい。高踏ぶらないことだ。正気ぶらないことだ。言葉と身ぶり、そのかんけいに生じた〈鬆〉についてかんがえる。(2014/01/15)
1月16日に見たflgwのキジバト.JPG

・新聞記者の友人(といってもわたしの子どもほど若いひとだが)がけふ、FLGWに会いにきた。インタビューでも取材でもなく、つまり、記事化とはかんけいなく、なんとなく話しにきた。犬をつれて西口のミスドに行く。肉ソバとクリームパンとコーヒーとアップルパイを注文。犬をバッグにかくして、クリームパンの切れ端をあたえた。店員がくると犬はさっとバッグにかくれる。特定秘密保護法成立以後の記者活動に変化はあるか、訊いた。まったくない、という。秘密保護法はもう社内でまったく話題にもなっていない。文字どおり既成の事実だという。あなたはどうおもうか、とわたしは反問された。わたしは、どうもおもわないよ、いい天気だね、と言った。犬がバッグのなかでゴソゴソうごいている。なにかもっとくれというのだ。麺を3本ほどあたえた。犬はツルツルと吸いこんでから満足したらしく寝はじめた。歴史的できごとというのは、実時間ではそれと実感されがたいものだ、という意味のことをわたしは話した。いまは、のちの年表にゴッチックで記されるだろう画時代的時期だけれども、そうはかんじられていない。盧溝橋事件のころもそうだったらしい。1925 年(大正 14)の治安維持法制定のころもそうだった。実時間では命がけの反対なんかほとんどなかったらしい。とりわけマスメディアは事態を煽るか政府の片棒をかつぐばかりで、必死の抵抗などまったくなかった。治安維持法はその後、反政府・反国策的な思想や言論表現弾圧の口実として大いに利用されたけれども、メディアの側には痛苦な反省はついぞなかった。なぜなら、メディアというのはつねに生身のない「わたしたち」「われわれ」であり、切れば血がでる生身の「わたし」ではないからだ。1937年(昭和 12)7月7日の盧溝橋事件が、45年8月15日、日本の無条件降伏にいたるまでの日本と中国のきわめて長期的な戦争になる、日本がアジア各地で大殺戮をおこなう、あげく太平洋戦争にまで絶望的に拡大してゆき、東京大空襲、ヒロシマ、ナガサキの地獄を結果する…とだれが実時間に予感しえたか。だれが責任を負うたか。ぶつぶつとわたしはつぶやいた。その記者にはすでに話したことのあることばかりだった。店のそとでカラスがわめいている。市の職員だろうか、立ち木からカラスの巣をたたき落としているからだ。カラスは1匹2匹ではない。10数匹があつまって抗議している。悲嘆と怒りがおりなす、ただごとではない声だ。あちこちの黒い顔がみなひとつの方向をむいている。目と鉄のような嘴が、壊された巣と壊した男にむかっている。カラスたちにはなにかやむにやまれぬ暴力のようなもの、デスペレートな覚悟のようなものがみなぎっている。ぬきさしならないできごとが店のそとで展開している。べつの男が空のカラスにむかい棒のようなものをふりまわしている。記者が「ちょっと…」と言って立ちあがり隣のコンビニにゆき、朝日新聞を買ってきた。自動ドアがひらいたとき、「ギャー」というカラスの絶叫がじかに耳にとびこんできた。記者は社説をみてほしいという。「欠陥法の追認はするな」という見出しだった。「情報保全諮問会議」が17日に初会合を開くことにむけた社説。「議論によって(特定秘密保護)法の欠陥を根本的に改めることは難しい。それでも、秘密が限りなく広がることに一定のブレーキをかけることは重要だ。メンバーにはその役目を自覚してもらいたい」と述べ、「…政府の行き過ぎに歯止めをかけるべきだ。政府の方針を追認するだけに終わっては意味がない」という。わたしはあくびする。社説にはなんの緊迫感もなかった。記者がうすく笑った。カラスが鳴いている。社説は言う。「私たちは社説で、この法案は廃案にすべきだと主張してきた。以下の理由からだ。/本来は国民のものである情報を、首相ら『行政機関の長』の裁量によっていくらでも特定秘密に指定することができる。秘密の内容を検証する独立した機関はなく、何が秘密に指定されているのかさえわからない。指定期間は最長60年で、それを超える例外も認める。/…このまま施行されると、膨大な情報を行政府が思うがままに差配できる。それでは国民の判断を誤らせ、やがて民主主義をむしばんでゆくだろう」。またあくびをする。「やがて民主主義をむしばんでゆくだろう」だと。とっくの昔に民主主義はむしばまれているではないか。社説は「情報保全諮問会議」成立のまことにいかがわしいプロセスや、座長に、もともと秘密保護法の積極擁護論者にして改憲論者そして元インチキ共産党員にして旭日大綬章受章者・渡辺恒雄が就任した、露骨なデキレースについて一言も批判していない。読売とナベツネへの配慮、忖度、おもいやり、諂いがれきぜんとしている。廃案にすべきだと言いつつ、そのじつ、秘密保護法を追認しているのがほかならぬこの朝日社説ではないか。これがこの新聞(とそれに代表される世論の)どこまでも卑劣で空しいロジックだ。「私たちは社説で、この法案は廃案にすべきだと主張してきた」という、その「私たち」とはいったいだれなのだ。ひとりびとり名を名のらなければならない。「私たち」とは何者かを証さなければならない。主体の所在と生の声を列記すべきだ。ぬけぬけと「この法案は廃案にすべきだと主張してきた」というのなら、なぜ毎日、一面でその旨を倦まずたゆまず主張しないのか。なぜ全社および系列各社あげて秘密保護法廃案にむけて生身で行動しないのか。わたしは記者になにも言わなかった。記者はつぶやいた。「ほんとうはですね、なにもないのです。ルーティンワークだけ。なんにもない。それが真犯人だとおもいます…」。わたしはメディアによってたえずつくられている「リミナル(liminal)な時空間」ということをボンヤリとかんがえていた。閾値とはなにかを。そこにいつの間にか、当然のように形づくられてゆく集団的記憶。抗えない集団的記憶。戦争は可能である。戦争はいつかほんとうに可能になる。リアルになる。気がついたとき、おびただしい血が流れているだろう。カラスがまだ鳴いている。犬が寝ている。エベレストにのぼらなかった。(2014/01/16)
2014年1月17日に撮った路面の花.JPG

・電車にのって眼科へいく。凍えた無人の街。ファドが低くながれている。「暗いステージの上で/パラ―ラが/死と/会話している。/彼女は死を呼ぶ、/死はこない、/そこで 人びとが死をもう一度呼んでみる…」。黒衣の、気のふれた女(死者)に散瞳薬を点眼される。「おまはん、サンドウヤクをテンガンするぜよ…」。光が爆発する。燦爛たる光のドームが死界とつながる。熱帯魚が開いた瞳孔を往き来する。カラシン、ティスカス、アナバス、コリドラスたちが、黄金の光とともに。「やめでけろ。やめでけれ。やめでけさい。やめでけんちょ!」。わたしは懇願する。街にはクリスマスのイルミネーション、夜空には曳光弾、駅には硝煙、瓦礫。左右の目に真っ赤なオレンジドワーフグラミーを1尾ずつはさんで、ゾンビあるきであるく。死者の腹を踏んで。オレンジドワーフグラミーは性格穏和で、カラシン君やひいちゃんたちとなかよく混泳できるので、もんだひないひです、とじぶんに言いきかせて、ゾンビあるきして電車にのる。死者たちで満員。生きているのは狂人だけ。わたひ、車内のみなさまとすぐに同期しちゃう。目のなかで熱帯魚があばれる。なにが性格穏和なもんか。赤い尻尾がペタペタと目からとびてて、かっこうわるひ。目えが、えろ魚くさい。といふわけで、エベレストにのぼらなかった。(2014/01/17)
2014年1月17日に瞳孔散瞳後に撮った熱帯魚.JPG

・きのふ、散瞳薬を点眼されて瞳孔の散大を待つあいだに病院の食堂で食べたホットサンドウィッチがものすごくうまかった。パンも卵もあたたかで、ああ、おいしいなあ、なんて贅沢なのだらうとおもった。わたすぃ、はからずも、特段の用もなくここまで生きてきて、ホットサンドウィッチを食べたのは、じつにはじめての気がするのだす。わたひは薬物によって目の副交感神経の作用を、たぶん、末端で遮断されるかなにかしていた。瞳孔散大(対光反射消失)、呼吸停止、心停止という死への3大要素のうち、瞳孔散大をしながら、じぶんはこうして静かにひと皿のホットサンドウィッチを食っているのであるなあ…とおもうと、なぜかとくにおいしいとかんじた。すかすぃ、コーヒーとサラダつきで1000円はけっして安くはないので、お金のないひとには申し訳ない、というかんがえがチラリと胸をかすめたが、偽善的でもあるその申し訳なさが、ホットサンドウィッチのうまさを一気にそこなうのではなく、むしろ逆であったことが、なにかストレートに残酷なこと、この世の合理的非情さのようにもおもわれるのであり、そうしたモヤモヤを整理することもできないまま、ホットサンドウィッチは、わたしぃによりペロリと完食された。家にかえると、犬が馬のアキレス腱(Sサイズ)をまえに、前肢をそろえて伏せをして、長さ15センチほどのそれを、まるでじぶんの赤子でも見守るようにしていた。わたひが近づくと、ウーウーと攻撃的うなり声をもらし、アキレス腱をあくまでも守ろうとするので、なにか事情があるのだらうとおもひ、ほうっておいた。わたひの瞳孔はまだひらいている。手探りでリモコンにさわり、時間を知ろうとテレビをつけたら、カンサンジュンとフジワラキイチがニマニマ笑うてとびだしてきたので、前者はウェスタンラリアット、後者には、いうまでもなく反則ではあるが、金的蹴り(キンタマが1個もなひのに金的蹴りとはこれいかに。股間蹴りに訂正)をくわえて、それぞれ1発で倒した。両人とも口から泡を吹いた。瞳孔散大状態にしては、ま、上出来だった。犬はあれほど大事に見守ってきた馬のアキレス腱を、深夜になってから突如ムシャムシャとしゃぶりはじめた。けふは105円のクリームパンなどを、犬といっしょに食べるなどして、エベレストにはいかなかった。(2014/01/18)
posted by Yo Hemmi at 15:24| お知らせ | 更新情報をチェックする

日録2


私事片々
2014/01/05〜2014/01/11


股についての嘘.JPG

・風邪。けふ「インターフォンをスマホ連動式にする超大人気アプリ!3週間無料お試しキャンペーン!」てのを発見、反射的に申しこんでしまった。外出先でもベッドでも海外でも、携帯で即インターフォンに対応でき、モニター画面もバッチシ…というスグレモノ。早速セット。記念すべき第1件目の訪問客は、トイレで大排泄中にきた。ピンポーン。樹木希林似のおばさん。「新年明けましておめでとうございま―す!民生委員のオオタニと申しますが、現在のご家族構成と緊急連絡先をおしえていただきたくて参上いたしました」。わたし「ぼくと出っ歯の犬だけです。緊急連絡先ないです」。樹木「紙に記入していただきたいのですが、お部屋にお邪魔してもいいですか?」。わたし「いやだね。帰れよババア」。希林「ドボジデだめなのですか?」。わたし「クソしてるんだよ」。樹木「じゃあクソ終わるまでお待ちしますけん、お願ひしまふ」。わたし「民生とか委員とか、きらいなんだよ。帰れ、クソババア!」。樹木「オーッホッホッホ…いままさにクソ中のひとにクソと呼ばれるゆかしさよ ねびゆかむさまゆかしきひとかな…あなた、源氏よ、若紫よ」。わたし「…」。希林「念のために言うておきますけんど、ここはマルホランドDR.じゃなくて、ただしくは、マルキランドDR.よ。ブログ訂正しときなさひよ。ほな、あばよ、クソッタレ!」。▼マルキ?むかしのセンスだと、「マルキ」の意味はいくつかある。@キ×ガイA警察機動隊Bマルキ・ド・サドのMarquis(侯爵)――なんだか、懐かしい。たぶん@だろうな。それが自然だ。Bでもいいけど。サドには、なんとか娼館事件で「肛門性交の罪」その他のかどで死刑判決がくだされた。『美徳の不幸』と『ジュリエット物語あるいは悪徳の栄え』の著者を捕まえるよう命じたのは、だれあらう、ナポレオン・ボナパルトだった。サドは裁判なしに投獄され、19世紀初頭にシャラントン精神病院に強制入院させれられて、死ぬまでそこでくらした。なんでそんなことを憶えているんだろう?東武東上線で「自殺」した佐藤昭憲はサド全集をみんなもっていて、わたしは借りてみんな読んだ。マルクスより夢中になったな。トイレにてアプリ即解約す。▼マルキランドDR.に、年賀状転送されてくる。にしても、もうろくジジイともうろくババアてのは、ドボジデそんなにも集まりたがるものなのだらうか。年賀状いわく。「『マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや』と寺山が詠んだその年、唐牛憲太郎は新しき前衛めざしてブント結成大会のため、津軽海峡をわたった」。ジャジャーン、安っぽい講談調。で、3月に唐牛没後30年記念講演会をやるから集まりませんか、だと。戦中、南方で人肉食をやらかした元日本兵も、戦後、集まって、焼き肉だかスキヤキだかを食って、おもひでをかたらったらしい。中国・山西省で中国人生体解剖をやってのけた元軍医、看護師らも戦後、「同期会」をやっていた。できることなら解明されるべき不可思議な人間心理ではある。むかしブントでその後、内ゲバ殺人にかんけいしておきながら、口をぬぐうボケ老人ども。元ブントで社長や労務担当役員になってリストラと組合つぶしに狂奔した恥知らずども。見ろ、このザマを!マルクス主義を度外れた楽天主義と誤解していた脳みその足りないおまえたち、黙ってひとりで死ねないのか。憲政記念館でモウロク集団自殺でもしたらどうだ。▼昼、神戸屋のジャムパン1個食す。まずひ!それでも、犬がやってきて、「おんちゃん、そのジャムパン、けんちょ!わだすにも、お願ひ、ごしょうです、ひときれ、けんちょ!」と跳びはねる。われ、うれひ顔にて、ジャムパンの、添加物まみれで、とんでもなくまずひイチゴジャム付着部分を、犬にいやいやあたえる。▼外出せず。エベレストにのぼらず。口がにがひ。▼ファシズムの時代でも、スターリン主義の時代でも、戦争の時代でも、時代のべつなく、いわゆる善人はおおむね善人、いわゆる裏切り体質はおおむね裏切り者、悪党はおおむね悪党、まじめはまじめ、ふまじめはふまじめ、ただのおしゃべりはただのおしゃべり、無口は無口なのだなあ…と、いまさらのやうにおもふ。(2014/01/05)
1月6日の樹.JPG

・エベレストにのぼることができた。一昨日の眠りからであったか、ずっと泥か鉛の海を泳いでいるのとまったくかわらぬ感覚があり、脳および四肢にさらに乱れが生じているとおもっていたので、けふのエベレスト登攀は格別に新鮮で、うれしかった。このところ、記憶を失いつつあるひとのことをあれやこれやとおもいどおしである。けふはMがやってきてラ・ストラーダ・ヴェルデ(LSV)をあるきながら、記憶をなくしていくひとには、回想の回廊もなくなるだろうから、悲しみも消えるのか、喪失の悲しみもないのか、いや、あるのではないか…という話になった。記憶喪失者を外側からだけでなく、喪失者の内側からみたら、どういった風景、模様、色合いが浮かんでいるのか。なにがみえているのか。そもそも「関係」は記憶喪失者を媒介したときに、どう変化するのか。喪失者にとって「関係」とはなにか。記憶喪失とともに残される感情とはなにか。憎しみ、侮蔑、愛、慈しみ、誇り、悦び、味覚、死の概念…はどう変容するのか。話しても話しても尽きることはない。なぜならば、記憶喪失者という総称にはほとんど意味がなく、記憶喪失者Aから同Zまで、ひとりびとり、いちじるしい個体差があるらしいから。Mの母親は、回想の回廊がじょじょにうすれてゆきはじめのころ、「暗い洞窟に入っていくような」恐怖と孤独を口にしていたという。それらを口にしなくなった現在は、では、恐怖も孤独も悲しみもないのか、と言えば、どうもちがう気もする。言語化(対象化)不能の状態は、ただちに内面が無感情化しているのとはことなるだろう。はっきり言えるのは、記憶喪失者の泳ぐ苦しい海が、わたしの入り江にもつながっていることだ。▼またまた『鏡』をみる。なんどみても「未見」のシーンがでてくるのは、こちらの記憶装置がイカレてきているからなのか。マルガリータ・テレホワはときどき狂者の顔になる。(2014/01/06)
1月8日の銅の蓋.JPG

・けふはエベレストにのぼらなかった。毎日、なにがしかエベレストのことを意識する。意識することで、見当識がまだ失われてはいない、とかくにんする。だが、書斎にもどるや、エベレストがどの方向にあるか、たちまちわからなくなる。それでもさほどにあわてはしない。ぼくは脳出血で倒れるはるか以前から、ひどい方向音痴で、嘘つきで、とても非常識な人間であったから、なんでもかんでも病気のせいにはしない。脳血管障害の病棟には、言われるがままに、2か月以上いたことがある。毎日、身体的リハビリ以外に、「記銘」のテストとリハビリがあった。それがいちばん腹立たしく、なにか屈辱的で、不快だった。人間であることの個別性、例外性、意外性が前提されておらず、人間がすでに解明済みの物体のようにあつかわれている…とぼくは反発した。たぶん、米国方式の、機械的な覚え込み学習システムだったのだろう、マニュアルとチャートがすべてできあがっていて、回答結果がすぐに数値化されて、たとえば、ふつう→すこしバカ→一般的バカ→かなりバカ→重度のバカ…といったぐあいに判定されていく。ぼくは退院当時も、一般的バカ段階にとどまっていたようにおもう。認知症や進行性多巣性白質脳症でも、見当識はじょじょにに失われていくというが、見当識という概念が病理だけで定義できるものか、以前から疑いをもつ。存在論的疑惑。「おれはな、まえから必然的に狂人なんだよ。クルクルパー。わかるか?狂人でないことは、ひとつのほかのかたちにおいて狂人であることになるほど、それほどにも必然的に狂人なんだよ…」と、大学をでたてのセラピストのきれいな姉ちゃんに、まわらぬ呂律で告白し、てか、姉ちゃんをからかい、「で、あんた、どうおもう?」と問うたら、そこは狭い個室だったこともあり、美人セラピストはただ怯えてふるえていたっけ。じっさいには経験していないことを、体験したとまちがえて話す「作話」についても、コルサコフ症候群によくみられる症状で、本人は追想の誤りであるという自覚がないというけれども、ぼくは子どものころから作話が大好きで、言いながら嘘かほんとうかじぶんでもわからなくなっていく質だった。「人は、やましいところがないと信じておこなうときほど、存分に、また楽しんで、悪をおこなうことはない」ともパスカルは言うが、これだって、人間というのは本源的に失見当識の傾向があるということではないのか。「人は、やましいところがないと信じておこなうときほど、存分に、また楽しんで、悪をおこなうことはない」とは、過去および現在のファシズムに共通する特徴でもある。ファシストたちとマスコミは連日「作話」を連発し、日々「意味の偽造」「歴史のねつ造」にいそしんでいる。おそらく、悪意さえない、重度のバカたちなのだ。くらべれば、といってもくらべられないが、Mのお母さんは、1個の人間存在として、壊れていけばいくほどに、やはり、いとおしい。(2014/01/07)
2014年01月08日の壁.JPG

・エベレストにけふ、右ルートと左ルートから2回のぼった。純喫茶・朝路で組織会議。コーヒーとナポリタン。トイレ際の席にすわったら、青学の陽子ちゃんが放つオシッコの、長くはげしい雨音が、壁ごしに聞こえてきた。感動。トタン屋根にふりそそぐ驟雨のようなその音について、組織会議で率直に「すばらしい!」と発言したら、全員からきびしく非難され、あげく自己批判を迫られて、落ちこむ。帰宅後、お茶を飲もうと、有機ティーバックを裂き、中身をゴミ籠に捨て、袋を残す、錯誤。また、落ちこむ。朝路でけふづけの新聞をみたことをおもひだす。秘密保護法成立後、新聞は恥ずかしくて発行を停止してるのだとばかりおもっていたら、平気で発行しているのだった。なんだかおどろいた。(2014/01/08)
1月9日のサバノアール.JPG

・風邪気味のため、エベレスト登頂をサボり、ふらふらとカフェ「あらえびす」に入ったら、タバコの煙で店内は客の顔もみえないほどかすんでいる。ミサ曲 ロ短調 (BWV 232) がかかっている。ということは、この煙のなかに味山がいて、食事もとらずに、梯明秀を繰っているにちがいない。たぶん、『物質の哲学的概念』を、なんどもなめるように読んでいるのではないだろうか。なめるようにくりかえし読むことくらい大事なことはない。わからなければ、かんがえかんがえ、わかるようになるまで、わかったような気がしてくるまで、わかったと錯覚するまで、くりかえし読むしかない。目的はない。なにかわかりたいという本然があるだけだ。または、わかろうとしたが、ついにわからなかったという軌跡をなぞりたいのである。ぼくは2階の端に席をとり、本におおいかぶさり、本を隠すようにして、『閾から閾へ』を読む。飯吉光夫の名訳。飯吉先生がたとえどんなかたであっても、名訳は永遠に名訳なのだ。「夜ごとゆがむ/花たちの唇。/さしかわし、いりくむ/唐檜の幹…」。「世界は温暖になる、/そして死者たちが/芽ぶき花咲く」。あらえびすにはトイレのちかくに黒板と白いチョークがある。リクエスト曲を書くのだ。ぼくはおずおずと、ヴァイオリンソナタ第1番「雨の歌」 ト長調 op.78 、ヴァイオリンソナタ第2番 イ長調 op.100、ヴァイオリンソナタ第3番 ニ短調 op.108と書く。だれかみていないか、後ろをふりかえる。これらの選曲が、なんだか恥ずかしいのだ。ここは会話厳禁である。手話ならかまわないが。みんな黙ってタバコを喫っている。2階席も、地下席も、真っ青な顔をした死者たちで満席だった。白い煙のかげで、青い顔たちがときどき瞬いている。ブルー・シェル、ブルー・ドナウ、ブルー・ワルツの死に顔。青い顔の赤い口からプカリプカリと気持ちよさそうに煙をふきだしている。父らしい顔もみえた。知らぬふり、見えなかったふりをする。このぶんでは、ぼくのリクエスト曲がかかるのは夕刻になるだろう。(2014/01/09)
1月10日の錆びた鉄の壁.JPG

・この世の中は、いろいろ問題はあるけれども、まあなんとかけふもまわっているではないですか。明るい日差しもみえるのだから、そんなに悲観ばかりしていないで、まえをむいて進もうじゃないですか。と言われると、生まれつき気が弱いものだから、やはり、じぶんの目にくもりがあるのか、みえていない光があるのかと、つい反省しないでもない。他方、いまの世はファシズムだ、おそかれはやかれ、戦争状況がやってくるだろう、とじぶんで言い、また、他人にそう言われると、結局、言っていても言われてもなのだが、どうもなにかがちがうな、しっくりしないなとかんじる。この国のファシズムというのは、論理整合性をこえた、土着のものがありはしないか。言いかえれば、「根生(なお)いのもの」があるなあ、「根生いの感情」があるのだなあ、それはじぶんのからだにも漂っているなあ、と察しながら、しかし、その根生いの感情や心意がなんなのか、うまく説明できないでいる。テクノロジーがどれほど発展しようと、ニッポン独特の根生いのセンチメントは、ずっと生きのこってきたし、これからも残るのだろう、とおもう。ながいあいだ天皇という超論理的「中心」に、自己のも他者のも、心身をなつきつかせることを、連綿とやってきたこの癖は、一朝一夕でなおせるものではない。みなが踊れば、われも踊る。みなが泣けば、われも泣く。みなが笑えばわれも笑う。累代それをやってきた。その脈絡もあり、江戸時代におこった伊勢神宮への集団参詣「おかげ参り」に関心がある。数百万人規模のものが、60年周期に3回おこった、といわれるあの現象はいったいなんだったのだろう。根生いの感情となにかのかんけいはないのか。昔日の人口規模からかんがえたって、宝永のおかげ参り→明和のおかげ参り→文政のおかげ参りのさすまじさといったらない。そして19世紀中葉の「ええじゃないか」の狂乱デモ。「日本国の世直りええじゃないか」、「ことしは世直りええじゃないか」、「おまこに紙はれ、へげたらまたはれ、ええじゃないか」…。いまふうの「おかげ参り」や「ええじゃないか」の先頭には、安倍や石破がいる。憲法改定ええじゃないか。秘密保護法ええじゃないか。中韓とドンパチええじゃないか。東京五輪ええじゃないか。これに全メディアが悪のりしている。そして、まつろわない者たちをすべて〈なつきつかせる〉気だ。▼エベレストにのぼった。歯医者に行った。コビトが椅子に立って、歯科助手をしていたので、おどろいた。ミスドで担々麺を食った。うまかった。ミスドのコーヒーを3杯飲んだ。帰宅して、ベッドにすわり、左手で足の爪を切った。そろそろかな、とおもふ。固定電話の修理屋がきた。無愛想。犬がすこし吠えた。修理屋はいちども犬に視線をやらなかった。文庫本を1冊Amazonに注文。歯が疼く。そろそろだな、とおもふ。(2014/01/10)
1月11日に使用した去年の電車内の写真.JPG

その赤いランプのようなものを、鉄柵のこちらがわから、ぼんやりと眺めた。どのような関心もなく。その赤いものは信号灯なのかもしれなかった。信号灯でなくてもいっこうにかまわなかった。鉄柵のこちらがわには、乗りすてられた銀色の、いち台の自転車があって、昼下がりの陽を反射していた。鉄柵のこちらがわの高さは、鉄柵のむこうに見える駅のホームとほぼおなじであろう。その赤いものは、つまり、鉄柵のこちらがわの路面とあちらのホームによってつくられる谷間の、かなりこちらがわよりにあった。赤いランプのようなものは灯されてはいない。なぜかはわからない。わかろうともしない。それは鋼鉄の支柱にしっかりとくくりつけられていた。そのものが赤い信号灯であるとして、その下には拡声器のようなもの、あるいは、なにかの噴出口のような黒っぽく煤けたものも見える。あれはなんだろう、とぼくはおもわなかった。あれらはあれらとして、たんにあそこに、在っただけである。あれが仮に信号灯であるとして、その下の拡声器または噴出口のようなものの下には、相当量のバラストがあった。さらにその先には下り線のレールがある。下り線のホームにはひとが疎らだ。上り線のホームにはいくにんかのひとがいる。そのなかに、知りあいもいるかもしれない。いや、しりあいはもう電車に乗って、どこかに行ってしまったのかもしれない。としたら、知りあいはあのホームにはもういない。知りあいはじぶんの定位をしっているだろうか。たぶん、よくはしらないのではないか。だれも、じぶんの定位をしらない。在るべき位置。わたしもしらない。だからこそ、あの赤い信号灯のようなものがあそこにあるのではなかろうか。あの赤いものにそうやってじぶんや他人のことを仮託することくらいは、いくらなんでも許されるだろう(それくらいは許してほしいものだ)。あの赤いランタンのようなもの、はそうすると、自己方位測定器ということになるのだろうか。そう言っても許されるだろうか。赤い自己方位測定器。もしもそうであるならば、あの信号灯のようなものは、なるべく雨に濡れたほうがよい。「サンティアーゴに雨が降る」みたいに。街は雨に煙ったほうがよい。レールもバラストも濡れたほうがよい。雨でも、雪でも、みぞれでも、血でもよいが。しとどに濡れたほうがよい。そうしたら、「お前の海の 灰と影とを…」と、わたしもうたえるかもしれない。そぼふる雨か雪か血に滲み、かすかに点滅する、その赤いものを、わたしは胸骨に埋めこむことだってできるだろうに。いまはすっかりなにもかもが乾いている。ホームにはヨシいっぽん生えてやしない。ヨシキリいっぴき飛んでやしない。だれひとり谷間の赤い自己方位測定器を見ようともしない。ツユクサ類イネ目イネ科のヨシは、ほんとうはアシだ。なんということだろう。アシと言ってはまずかろうと、アシなのにヨシと言わせる。ほんとうに古来インチキなクニだ、アシハラノナカツクニは。楽園アアルは、ヨシではなく、アシがしげる満目の原野なのだ。ホームにいるのはアシでもヨシでもない、ただの枯れ穂の影だ。あの赤いものを、鉄柵のこちらがわから、ぼんやりと眺めた。▼エベレストにのぼらなかった。エベレストにはのぼれるのにのぼらず、けふもまた歯医者に行った。犬をバックに隠してつれていった。犬は吠えなかったので、気づかれなかった。喋るのがひどく億劫だった。わたしは必死で話そうとはしていないじぶんに気がついていた。わたしは鎮痛剤をのんだ。胃薬をのんだ。降圧剤をのんだ。精神安定剤をのんだ。ドラッグストアで安い手袋を買った。左手で冷えきった鉄の手すりにつかまるための、大きな灰色の手袋。歯医者の診察券をなくしてしまった。熱心に探しはしなかった。ミスドにいかなかった。ダフネにもいかなかった。夜、いつかの腰椎麻酔のこと(溶暗)と、これからするかもしれない旅のことを、すこしかんがえた。スイセンがまた灯油のようににおった。(2014/01/11)
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日録1

私事片々
2013/12/28〜2014/01/04



緑色の電話.JPG

・ドゥシャンベに行ったことがある。なにをしにか、憶えていない。膝を立てて、いつもあおむいていた。バスでサンタフェに行った。フェニックスに行った。なにをしににか、さいしょから、なにも、わからなかった。膝を立てて、モーテルで、いつもあおむいていた。1978年、ラサに行った。シアメンに行った。なにしにか、忘れた。1979年、ピンシアンにも行った。肝炎にかかった。両手に小石をにぎって、ノグソした。小石をにぎってゲリしまくり。ホテルなんかなかった。夜、走った。走った。なにをしにか、すこし憶えてるけれども、だいたい、ほとんど忘れた。アオメンにも行った気がするが、アオメンって、どこかわからない、アオメン。帰りたかった。どこに。ずっといつも帰りたかったんだよ、ルーリン。おれはそのむかし、アオメンに行った。とおもうのだ。しかし、アオメンってなんだ?忘れた。しかたがない、大辞典でアオメンをしらべます。書棚の最上段から、大辞典をとりだすのに5分。大辞典をお股にはさみ、箱からだすのに3分。おれの、よくつかいこんだ股ぐら。愛知大学の中国語大辞典。第2版。デスクからルーペをとりだすのに2分。ao-menの頁をめくるのに3分。アオメン。ない。わたしのもとめるアオメンがない。ふたたびルーペあてる。ない。なかった。あまりにも、ひどいじゃないですか。左手で、その大辞典を、股にはさんだ箱に入れるのに、頁が折れてしまい、すごくてまどり、てか、股どり、はい、また6分。つかいこまれた、ぼくの股ぐら。なにをしにか、忘れた。お股ぐら。お客様、お時間、またすぎました。ご延長しますかぁ?箱に入れた大辞典を、書棚の最上段にもどすのに、また5分。すぎてゆく。かすめてゆく。すぎてゆきました。すべってゆきました。とけちゃいました。アオメンに行ったはずなのに、アオメンがない。アオメン。ルーリン、いつまちがえたのか。ぼくはなにをまちがえているのだろう。スペインのような白い壁。白い石畳。湿気った空気。潮のかおり。ハマグリのスープ。肩まで長髪だったぼく。戦争なのに、敵も味方も意味も言葉も色も区別もよくわからない、熱い、ドロ餡の闇。蛆人。国境。骨までわれた傷。うごめく蛆。蛆人。蛆池。蛆湖。蛆5湖。にもかかわらず、たった1分で勃起する、サングラスをかけたバカ男。前歯でサイダーの栓を、スパンスパン、あけていた、あほんだら。なにをしにか、なんのためか、忘れた。大脳古皮質の割れ目ちゃん。ツポレフに乗った。トライデントに乗った。アントノフに乗った。不時着。コークの栓も歯であけた。プシュー。たしか、ぼく、アオメンに行ったはずなのに、いま、アオメンがない。歯もない。毛もない。記憶もない。ノボシビルスクにも行った。スージョウにもいった。フホホトにも行った。なにしににか、なに死か、忘れた。たぶん、クソしに行った。おおかたそうだ。タリンにも行った、ルーリン。チャールストンにも。なにしにか、なに死か、忘れた。帰りに、帰るために、おそらく、行った。どこにか、わからない。レニングラード。いつも、どこでも、しゃがんで大便。立って小便。大排泄に小排泄のくりかえし。食っちゃ、だし、食っちゃ、だし。ダナン。フエ。なにしに、どぼじで、うごいていたのか。とんと憶えていない。死に海馬。なにをしにアオメンに行ったのか。いつ、アオメンに行ったのか。アオメンてなにか。憶えてない。国境でセンザンコウを食った。丸焼きでした。パチパチ。拍手した。ディンハオ!ハラショー!便所でセンザンコウ的便をした。甲羅1枚もろた。帰りたかった。どこかに。樟脳。蛆。蚊柱。無人の小学校。ヤモリ。氷。おれの血を吸うシマダラカ。その蚊を食う蛾。その蛾を食うヤモリ。さかって鳴くヤモリ。天井を這う、蛾をくわえたヤモリ。首まで口の裂けたヤモリ。ワニの真似をするヤモリ。天井からパラパラと糞をこぼす、ヤモリ。膝を立てて、汗かいて、ヤモリの糞あびて、いつもあおむいていた。なにしに行った?なーんにもわからなかった。ピーチストリートで電話をした。だれに?忘れました。受話器が壊されて、中身がえぐられていて、耳が受話器の穴に挟まって、困った。当惑した。帰りたくたって、そんなもんだ。困るのだ。当惑しちゃうのだ。お客さん、なに死に、なのですか。またご延長なのですね。水瓶に落ちてくる、蛾を食いすぎた、アオメンの、太ったヤモリ。ポシャーン。やさしい着水の音。波紋。アオメンの、停電の夜の、黒い水瓶。ヤモリたちが、ワニみたいに、ぬるぬると、宇宙を泳いでいたのだ。男の顔がひとつ、映っていた。(2013/12/29午前)
マルホランドDR.の霜柱

・マルホランドDR.で霜柱を見た。この冬はじめてではない。見たのははじめてではないのだが、霜柱を目玉のなかに立てたのははじめて。帰るまでには溶けているのだろう。とおもってあるき、帰ったら、まだ溶けずにいた。歯が痛い。肩が痛い。いてえ。いててて。手が痛い。ジンジンする。右手が、つっぱって、鶏の足みたいじゃないか。歯と肩と右手に、霜柱を立てる。知覚過敏が激化し、痛いのか、なんだかわからなくなる。ズキンズキンする。自転車屋のまえで、素っ裸の黒ラブを見た。黒ラブが好きだ。黒ラブを好きだ。倒れなかったら、黒ラブといたはずだ。と言ったら、ガガがかわいそうだから、言わない。ガガは最高だ。人格者だ。犬はなんでも好きだ。大バカでも利口でもマヌケでもスカトロでも。ネコも好きだ。気が狂った、毛のボサボサの、狡くて、気性の荒い、なつかないノラネコが大好きだ。ブラブラあるいていて、とつぜんたちどまり、ふりかえり、またあるきだす、あの思考の間と、懈怠の流れにうっとり見とれる。アオメンをおもいだした。午前3時半に。澳門だ。なーんだ、つまらない。フェリーに乗って、カップ麺を食った。きっとどこかでクソしただろう。1日1回クソしつつ、70年生きたとしたら、一生で最少でも25550回クソすることとなる。意外に少ないよな。1日2回で70年なら、51100回、つうか、51100本。だいたい、そんなとこだろう。内モンゴル自治区のどこかで真冬の夜、クソした。屋外にしかトイレ、じゃなく、厠所(ツースオ)がない。電灯もない。しゃがんで懐中電灯で板敷き2枚の下をてらしたら、3メートルも下で糞便がカチンカチンに凍っていた。逆さに落ちたら、クソにぶつかり脳挫傷になっていただろう。じぶんのクソとともに凍りついて、春まで溶けずにいたかもしれない。さがしていたのはアオメンでなかったとしたら、どこなのだろう。わからなくなってきた。内モンゴル自治区に行ったのは1977年か。なにをまちがえられたか、わたしは「閣下(グーシア)」と呼ばれた。「閣下、われわれ人民の厠所は非常に暗く深ひのであります。ゆへに、落下しなひやうに、くれぐれもご注意くださひませ!」て言われた。閣下は枯れた草原でクソばかりしていた。華國鋒政権のころ。そうだ。冬のビリュニスにも行った。クソをしに。大したことはなにも憶えていない。ホテルで、テレビをつけっぱなしにして、シュト―とかツェロバーチとか、わけのわからない言葉を聞くともなく聞きながら、ひとりでクソしたことだけはたしかである。パジャールスタ!アオメンでなかったとしたら、どこを探していたのか。たしかなことは、何十年も毎日クソばかりしてきた事実だけである。けふ、エベレストにも霜柱が立っていた。右側の登攀ルートは滑るか、ぬかるかして危険だ。左の尾根からアタックして、2度失敗し、3度目に登頂成功。もういちど『鏡』を見ることにした。(2013/12/29夕)
おぼろ.JPG

・冬のイルクーツクに行ったおぼろげな記憶がある。だが、それがなんだというのか。わたしがどこかに行った経験は、どこにも行かなかった無経験と、大した差はない。いまとなっては、厚顔の経験者たちより、無経験の水面のほうに惹かれたりする。『鏡』をまた見た。なんど見ても、目が冷たい井戸水に洗われて、まるではじめて目にするようにドキドキするのはなぜなのか。映像と言葉と音楽――の想像と深まりゆく無経験。「状況」にいらだち怒ることによって、愚かな「状況」からついひきよせてしまう下品な浸透圧。結局、内面の愚劣度数は「状況」とじょじょに拮抗し似てくるのだ。『鏡』を静かに見ることによって、汚らしい「状況」の浸透圧を押しかえす。秘密保護法に反対するのなら、新聞はーーそこではたらく個人たちは、という意味だけれどもーーストライキをすべきだった。少なくも、それを目指すべきであった。白紙の新聞、記事の載っていない新聞をだしたらよかったのに…。ぼくはそうおもったし、いまもそうおもう。安倍政権はきわめて危険である。ほんきで倒さなければならない。むろん、ストライキなどおもいもつかず、ロバの屁のような社説でお茶をにごし、きょうもそしらぬ顔で「ニュース」なるものを生産、偽造しつづける、個人のいない新聞と、それら下品な浸透圧の犠牲となる読者たち。困ったことです。そう言いつつ、秘密保護法下の状況を不作為によって支えるひとびと。批判者たちの、アジビラていどの語法とボキャブラリー。下品な浸透圧は、反ファッショの側からも生まれている。いまは権力の実相がきもちわるいだけではない。反権力を自称する者らの立ち居ふるまい、目つき、腰つきも、なにやら怪しい。戦端は、ひとだのみにするのでなく、「個」がいま、みずからひらけばよい。惨めになんどでも負ければよい。『鏡』のなかでは、できごと、あるいはエピソードが、大状況であれ些事であれ、記憶と意識の襞に、きっとそうでしかありえないだろう「個」の濃い翳りと不思議な逆説性をおびた風景として埋めこまれ、見るわたしを「下品な浸透圧」からいっとき解放してくれる。とくと安心して、反状況の下意識の流れに、身をまかせることができる。ぼくは冬のクリリスクにいたことがある。ロシア製の猟銃を撃った。デコイでおびきよせ、カモを撃ち殺した。とても恥じた。悲しんだ。うしろむきにかしいだカモの、にこ毛の飛び散りを、まだ憶えている。海辺で化石をひろった。カモを煮て食った。しかし、それがいったいどうしたというのだ。経験の総量が、認識の深化をたすけるというのは、とても幼稚な経験主義にすぎない。経験はかならずしも認識を深めてくれるものではない。ぼくはどこかに帰りたいだけだったし、いまでもそうだ。エベレストにのぼった。コビトが九州から電話をくれた。ウィンナワルツとイタチの話をした。(2013/12/30)
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・中国とソ連はかつて全面戦争をしかねない緊迫した情勢にあった。核戦争を。そのことを、まったくそんな映画ではないのに、『鏡』をみていて鮮やかにおもいだした。できごとと個の意識、できごとと個の認識、できごとと個の記憶、できごとと個の忘却、できごとと個の無関心、できごとと個の誤解、できごとと個の無関係そして「通念」というもの…について。ダマンスキー島事件。文革の100万人デモ。まことに尋常ならざる風景を、実時間では、ただおもしろがってながめていたりしたのだから、人間集団とは、というより、わたしはけだし度しがたい。戦争は目前にありえたし、こんごもありえる。戦争は、それが戦争とも意識されずに、ある日、ふと気がついたら、はじまっているだろう。『鏡』に挿入されたドキュメント映像は、どうしてあんなにもリアルなのだろうか。タルコフスキーじしんの恐怖の目がはりついている。あのころ、わたしは中国語の講師をしていて、テキストに『毛主席語録』をつかっていた。クレージーとはとくにかんじていなかった。その記憶に、いまごろひどく傷つく。戦争はありうる。人間はさいきん突然変異してばかになったのではない。はるかむかしから一貫してばかでありつつけている。新聞各紙が、安倍首相夫人のなんとかさんをほめちぎっている。夫人も靖国を参拝したと報じ批判したのは韓国紙だけだった。▼マルホランドDR.をあるいていたら、ハンドルが長く前輪が後輪より大きな自転車にのった2人組の外国人に呼びとめられた。2人とも、ダークスーツに細いネクタイをしている。そっくりだ。双子だろうか。かたほうが「あんたのメジェットはどこにいるのか?」とアイダホ訛りの米語で問うてきた。メジェットがよく聞きとれず「はあ?」と首をかしげると、very little ladyと言いなおす。ああmidget か。このへんには4、5人いるけど、どれがどれやらわからんね、ととぼけた。すると「おかっぱで、嘘つきのコビト…」というので、ぴんときた。クララだ。クララはやはり狙われているらしい。昨夜の電話も盗聴されていたし。わたしは「このへんにゃ嘘つきのコビトなんかひとりもいねえよ」と言いきり、「おまえらはモルモン教徒か?酒のまんのか?blow jobせんのか?じゃあ、カクテルのblow jobも知らんのか?」と意地わるく質問した。すると、2人組が急に怒りだし、なんだか失礼なことを言うので、「バカヤロウ、失せろ、オバマのケツの穴でも舐めてやがれ、fuck you!」と言いかえしていて、はっと気がついた。fuck you!が、やはりと言うべきか、コビトと犬以外に話した、ことしさいごの言葉なのであった。▼エベレストに2回のぼった。▼『サクリファイス』をまたみる。▼コビトから電話がきた。双子のモルモン教徒の話をつたえると、異常に興奮して「やつら、かならずまたくるはずよ!」と念波で言う。かれらが乗っていた自転車の特徴をよく知っていた。コビトは認知症の母親の世話をしている。(2013/12/31)
冬花.JPG

・北京の友誼商店では、むかし、黒竜江省産の、黒緑色に光るそれはみごとなキャビアを、ジャム用のガラス瓶いっぱいに入れて、イチゴジャムていどの値段で売っていた。そのキャビアを納豆でもかけるみたいにご飯にぶっかけて食っていた、なんとなくのどかな時期があった。あたりまえだとおもっていた。未来はよめない▼スーパーもダフネも休み。マックかミスドしかなひ、となると、東口のミスド。アライグマのような新人女店員がイト・カワユス。ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリンそっくりの口ひげの客がひとり座って、ニマニマ笑いながらスマホをやってる。よひ!いかにも亡命者と難民と世捨て人の街だ。ここでは全員がガイジンで、全員がどこかしら壊れていて、全員がたがいをだれか知らないし、知ろうとしない。ううう、コーヒーがいつもよりまずひ!にがひ。がまんするしかなひ。九州のコビトからメールがきた。認知症の母親が急に不機嫌になり、「うるさい、帰れ!」と罵られたという。かわいそうに。相手が認知症とわかっていても、感情表現の突変には、身内ほどかえってついてゆけないものらしい。少しずつ壊れゆくひとびと。最後に残る感情のようなもの。ヴァルラーム・シャラーモフが書いていた。最後までかれに残ったものは、憎しみだった、と。条件も本質もまったくちがうのだが、コビトのお母さんの話を聞くと、シャラーモフの「憎しみ」をおもってしまう。メールでコビトに返事を打っていると、店の奥のピザパイ屋から男の客の怒鳴り声。「パガヤロー!ガネガエセーッ!」。どこの国の出身かわからない男がすごい剣幕で怒っている。店中が凍りつくが、さすがスターリン、ふりむきもせずにスマホを見てニマニマ笑いつづけている。▼店をでて、ストラーダ・ヴェルデにいく。緑地のむこうから、すぐに歌だか奇声だかが聞こえてくる。「キエメーロ・オッチョン・ジギム・ホエッ・ホエッ・ホエーッ!」。ここにくると、ほぼかならずであう不本意発声者たち。大きな声ほどに顔はなにも悦んではいないのだ。逆に、苦悩にうち沈んだ面差しをしている。「キエメーロ・オッチョン・ジギム・ホエッ・ホエッ・ホエーッ!」。介護の青年がイエス・キリストのような表情で、声を発する猫背の若者の背をやさしくさすっている。じぶんの意思に反し声を発っしてしまふ若者は、ぜったいにわたしと目を合わせはしない。なぜか、ぜったいに。なぜか、わからないが、わかるやふな気もする。わたひらはたぶん、よく似ているのだ。ホームレスの新顔を見た。やや太り気味の女性だ。西太后みたいな顔。「ああ慈禧太后(ツーシー・タイホウ)、お労しい、こんなところにおられましたか…」とつぶやくと、かのじょ、わたしを悪戯っぽく見返して、ペロリと舌をだし、アキニレの陰にかくれた。あちらのオヒョウの陰からは、双子のモルモン教徒が、けふも細いネクタイをつけ、白ワイシャツにダークスーツ姿で、わたしの動静をうかがっている。わたしは一瞬、ここがあの「アオメン」なのかとおもってしまう。▼ミスドにいくまへに、エベレストに2回のぼった。▼夜、コビトから電話。明らかに疲れてきている。いちばん親しい肉親の短絡を連日一身にうけているものだから、みずからも悩乱し、葛藤している。かわいそうだ。▼また『サクリファイス』。なにか、あの日本趣味のようなもの、尺八(法竹?)の音色も、どうも気に障る。なぜだろう?(2014/01/01)
うろうろ.JPG

・この国は、ヒロシマ、ナガサキがあるために、ずいぶんかいかぶられてきた。絶大な経験はひとの認識を深める、とかんがえるひとびとにより、もともと深い精神性をもつ日本の思想文化は、ヒロシマ、ナガサキの空前絶後の体験によって、かならずや、さらに深淵なものになっているはずである、とかいかぶられてきた。誤解である、善意の。この国の思想文化は、残念ながらヒロシマ、ナガサキの経験をほとんどすこしも血肉とはしていない。かつても、いまも、おそらく、未来も。アラン・レネ、ロラン・バルト、そしてタルコフスキー、ボードリヤールにさえ、日本への好意的誤解があった。誤解はなんらかれらの罪ではなく、かれらの自由であり、勝手である。罪というなら、ヒロシマ、ナガサキの経験をほぼ消費しつくして、観光的表象(というより“商標”)だけを残して、反核反戦の思想と魂の基地をつくることがついにできなかったこちら側にある。経験は、いつもかならず自動的に、認識を深めるというものではない。フクシマについても。とくに、この国の社会なきセケン(世間)とゴロツキ政治においては。侵略戦争のかぞえきれないほどの加害責任を、東京大空襲とヒロシマ、ナガサキのホロコーストで、ご都合主義的に相殺する、チャラにすることで、いちどとして激烈な内省をしなかっただけでなく、ヒロシマ、ナガサキの責任追及をあっさり放棄し、天皇制ファシズムの歴史的検証もネグレクトし、いまや侵略戦争そのものとそれに付随したおびただしい犯罪を正当化するまでにいたっている。日本が今後、憲法を改定する公算は論なく大である。徴兵制ないし準徴兵制にふみきる可能性もあるだろう。45年に廃止された治安維持法(実質的に再生しているけれども)が、新しい装いで復活する可能性もつよい。将来的核武装化の可能性はもはや絶無ではなくなった。『サクリファイス』をみながら、例によって、茫々と妄想にふけった。経験は直線的に認識を深めることはない。とりわけ、テクストとされた集合的経験と記憶は危うい。経験と認識は、権力にゆだねるものではなく、あくまでも「個」の向自的作業であるべきだ。たしかこんなセリフがあった。「わたしはこの時を待っていたのだ…」。じっとじぶんに耳を澄ますと、わたしにも待っている気配がある。平和やそのための「犠牲」となることではなく、全面的核戦争でも大震災でも巨大隕石の落下でもなんでもよい、徹底的な全的破滅をどこか待っている心もちがある。それまでの一瞬になにを見て、なにをかんがえるか…だけがテーマである。▼犬がベランダに糞をしたので、心静かに、ゆっくりとかたづけた。午後3時半すぎ、東口のミスドとストラーダ・ヴェルデをめざしアパートをでるも、寒風意外にきびしく、目標をきゅうきょ下方修正し、マックに行ったら満員。しかたなく、なんだか形式的にエベレストにのぼってお茶をにごす。▼かへりみち、郵便屋オットーの言葉をおもいだした。「いままでの人生は本物ではなく、ずっと永いあいだ本物の人生を待ってたにすぎないのだ…」。言外に、本物の人生なんかない、ただ死を待つだけ、とかたっている。このしゅの人生論はなかなかおもしろそうで、じつはとてもつまらない。人生論はどうやってもつまらないものなのだ。『サラバンド』の80をとうにこした老人が吐きすてる、じぶんの人生など「クソだったよ…」のほうが、すっきりしていてよほど好きだ。▼コビトからメールあり。マルコを散歩させていると。▼きのふ撮った写真。よく見ると、きったない肛門みたいだ。どうしてこんなものを撮ってしまうのか。でも、この穴のなかに、ハッキリしないが、なにかが見えるのだ。(2014/01/02)
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・エベレストに1回のぼってから、マルホランドDR.をぬけて東口のミスドにいったら、正月の特別キャンペーンなのだろうか、人間の店員が総入れ替えされていて、全員犬になっていた。ダックスフントのピコちゃんが店長で、ミックスのエスタ、同ポチコたちが副店長、その他、名前不詳のセットランドシープ、ポインターのピーター、柴系ミックスのモックなどがいて、そろいのベージュのキャップをかぶり、シマシマのTシャツを着て、鼻で押す花柄の美しいワゴンでドーナッツやコーヒーを忙しく運んでいた。すこし犬くさいけれども、気になるほどではない。他の客もなんら違和感がないらしく、犬店員に話しかけたり触ったりしている。文庫本を読んでいたら、エスタに「お客様、コーヒーをおかわりなさいますか?」ときかれ、昨日まではたんに「おかわりしますか?」であり、それでじゅうぶん満足していたのに、それ以上の接客サービスをねらっているんだな、とおどろきつつ、明るいきもちになった。西口のマックには犬店員制がなく、不良高校生とボケ老人たちのたまり場になって荒れ放題であり、これではミスドの楽勝だな。▼ミスドをでて、ラ・ストラーダ・ヴェルデに歩を進めたら、とおりすがりの離脱性アカシジアの婦人に声をかけられた。やんわりぼくの内心をとがめているようだ。「ラ・ストラーダ・ヴェルデって、なんだかひびきが大げさよ。犬の糞だらけじゃないの。ケンフンドウと呼ぶべきよ。Sange is the glamorized expression that refers to Japanese soldiers dying in battle…」。飛躍である。だが、そうなのだ。ひとは大したこともないものに、大げさな名前をつけたがる。わるいことを美化する。flowery wordsってやつだ。「散華」か。ひどい言葉じゃないか。責任とれよ。トウネズミモチの樹の近くのベンチに、クララのお母さんが髪ふりみだして、ひとりで座っていた。かわいそうにこの寒いのに裸足だ。おもわず声をかけた。年始のあいさつもせずに。「お母さん、どうされましたか?先日、美容院にいらっしゃったばかりでしょう?」。クララのお母さんが答えた。「逃げてきたのよ。あの美容院たら、北極みたいに寒いのよ。わざと暖房をとめて、わたしを凍死させようとするの」。クララはどうしたのですかと聞いた。すると、あの娘はいいときはそりゃあすばらしいのだけれど、わるいときはねえ、根っからの嘘つきだし、心にいちいち棘があってねぇ、父親と組んでわたしを虐待するのよ…と嘆くので、コビトとしてはずいぶんよいほうじゃないですか、とクララをかばった。かばっているうちに、じぶんもなにか愚痴を言いたくなり、@元旦からずっとミスド通いであることAこの9年、ひとに爪を切ってもらったことがないことBじぶんで目薬を入れることができないこと――などをくどくどと嘆いて同情をさそった。お母さんは目に涙をためて、すぐにわたしの手をとり「かわいそうに。左手の爪が切れないのでしょう…」と呟きながら、ゾーリンゲンのすばらしい銀製の爪切りで、両手の爪をきれいに切ってくれ、「さあ、お顔をあおむいて」とおっしゃって、両目に目薬を2滴ずつ垂らしてくれた。じつに手際がよい。目を2、3回しばたたいて、おどろいた。白内障がなおっている。20メートルもはなれた大樹につけられた札に「ニセアカシアRobinia pseudoacacia」と書いてあるのが見えるのだ。わたしはなんどもお礼を言い、こんど虐待があったら、かならず連絡をください、と告げて、携帯の番号をおしえた。しばらくあるくと、サルスベリのまえにベンチがあり、マックスが見知らぬ女性と座っていたので、「はじめまして!長いこと連絡不行き届きで、すみません!」とお詫びした。マックスは「まあまあ、そんなにかたくならないで…」と手でわたしを制し、ところで、いつごろくるのかと聞くので、年内にはおうかがいしますと答えた。マックスは、でもワンちゃんはどうするの?と心配してくれたので、わたしは正直に「それだけが気がかりで…」とこぼした。マックスは、いっしょにきなさいよ、いいとこだよ。公園広いし。温泉もあるし。そうだ、みんなでオイチョカブしようよ、と言って笑った。トウカエデのまえのベンチには中平さんと南がいて、2人でスパスパ、タバコをすっていた。南が「ハーイ!ミンヘー、元気なの?」と言ってたちあがり、タバコをもったままわたしをハグしてくれた。南のからだは紙のようにペラペラしていた。中平さんは「いままさに、ユーフォリアですよね、ユーフォリア。根拠ゼロ…」と言い、e・u・p・h・o・r・i・aとスペルをひとつひとつ口にしてみせるのであった。わたしが、同感、同感、オータドーカンと応じたら、トウカエデの陰から突然、ぼっこちゃん、中川君、ほんちゃん、細田さんたちも次々に登場して、みんなで大笑いした。マグノリアの下で、たしかに見覚えはあるのだが、名前といっちしない女性たちが、じつに幸せそうにビールマンスピンやイナバウアーをしていた。それは自己満足のためではなく、相互理解と自己確認のためなのだ、とだれかいいかげんなやつが説明をしてくれたが、わたしはむろん信じはしなかった。だれがそんなことを信じるというのだ。かのじょたちがじつは、それぞれの陰核に小さな剃刀をはさんでいる、という嘘であるならば、心から信じることができるのに、なにか救われるのに、相互理解とか自己確認なんて、おお、いやだ、ウンコ以外のなにものでもなひ。ぼくはきのう見た、くだらなひ映画の、それだけはベストのセリフをおもひだした。「わたしたち愚かだったわ。よかった、愚かだとわかって…」(2014/01/03)
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・エベレストにのぼった。麓のベンチで防犯監視員のじいさんが着ぶくれてあおむき、眠るか脳溢血死するか凍死するかしていた。通報せず。強風下、勇を鼓してマルホランドDR.を1周す。だれにも逢わなかった。ウクライナ人の性転換者(♂→♀)にも、チェコ人のオカマにも、双子のモルモン教徒にも。パトカーがきたので、こちらから近づいてゆき、窓際で、都公認の第2級ヨイヨイあるきをいつもよりもはげしくやってみせた。『メリーに首ったけ』の要領で。パトカー去る。アパートにかへったら、志位和夫様と市田忠義様ご連名の年賀状がきていた。どのくらいの枚数を配っているもんなのだろうか。15日から26回党大会なんやて。「自共対決」時代の本格的はじまりにふさわしい政治、組織方針をきめるんやて。さよか。駅で買うたクリームパン(105円)を立ったまま食ふ。クリームがおもったより少のうて、われ、いとどしく不満なれども、犬、下からみあげて「わちきにもひときれおくんなまし!ね、そこの若だんな、おくんなましな!」と、ブルブルふるへてせがむので、「君には、志位さんの気持ちがわかっとんのか、チェコ人のオカマの心がわかってんのか?テンノーヘーカのお気持ちがわかるんか、わかろうともしてないんやろ?」と咎めると、「なにゆうてますのん。ほんなもん、犬かてよーくわかってまんがな」と言うたので、ひときれあげるまえに、恒例の廊下ラン7回やっていただく。ひときれあげると、「あっ、クリームぜんぜんついてへんえ!これ詐欺ですやん、虐待や!」とさわぐので、ご近所のてまえもあり、クリームがわずかに付着した状態のひときれをまた食べていただく。▼結局ぼくは『サクリファイス』を、慎重に3度もみて、3度目に、いっしょにみていた犬も呆れるほど、声をだして笑ってしまった。笑ろた。白けましてん。犬は大まじめな性格やさかい、お笑らひにならんかってんけども。お狂いになったアレクサンドルがまとう和服らしき衣類(背中に太極マーク!浅草仲見世のみやげもの屋=プラスチックの寿司も売ってる=で買うたか?)、尺八(「法竹」とかいう)らしい和音階そして、きわめつきはあの「日本の木」なるものに力なく笑ろた。失笑。“奇跡の松”でしたっけね、あれのさきどりになるのでしょうかね、あのアホらしさに鼻白んじゃったわけね。なんていうんでしだっけ、スタジオジブリとかいふの、あれっぽくて、つまりどすね、毒にも薬にもならん、現状の批判的肯定てのか、しいて市民運動のレベルでいえば、せいぜいがんばっても国会を人間の鎖で平和的にかこむていどの、かへって手のつけられない、自己満足になってるんですもん、あかんですわ。核戦争のリアリティを、夢だとか魔女だとか「日本の木」だとかでごまかさんでほしひわ。ベルイマンの『恥』、クリス・マルケルの『ラ・ジュテ』のほうがまだマシ。タルちゃんてひょっとしたら、かなりのオプティミストだったんかもね。エンディング・クレジットはなんだっけ、えーと、そう、「希望と確信をもって」だった。なかなか言えるもんやおまへんでぇ。やれやれ。(2014/01/04)
posted by Yo Hemmi at 14:14| 私事片々 | 更新情報をチェックする