2017年02月01日

講演


◎1/30新宿講演「いま、なにがおきているのか?」


角川文庫『完全版1★9★3★7イクミナ』上・下巻同時発売にあわせ、2017年1月30日(月)夕に、東京・新宿の紀伊國屋ホールで、辺見庸講演会がおこなわれます。演題は「いまなにがおきているのか?ーー1★9★3★7と現在そして近未来のイメージ」。

チケット発売開始は、添付案内のとおり、2016年12月22日(木)10:00からです。
1.30紀伊國屋講演
https://www.kinokuniya.co.jp/c/label/20161216100000.html

なお、当日はテレビ撮影がある予定です。ご了承ください。



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2017年01月31日

文庫イクミナ


角川文庫『完全版1★9★3★7』上・下巻同時刊行と辺見庸講演会について

角川文庫『完全版1★9★3★7(イクミナ)』上・下巻は、いずれも2016年11月25日に、全国書店で発売を開始しました。完全版は『増補版1★9★3★7』にさらに120枚以上を加筆し、「毛沢東と三島由紀夫と父とわたし」と題する新章をもうけたほか、上・下巻の各所を修正、補充しました。特別解説(「ひとつの応答ー魯迅を補助線として」)は徐京植(ソ・キョンシク)さんが執筆。上・下巻とも【註】を増やし関連年表をつけました。

角川文庫『完全版1★9★3★7(イクミナ)』上・下巻同時刊行にあわせてた辺見庸講演会が2017年1月30日夕に、新宿の紀伊國屋ホールでおこなわれます。参加方法など詳しくは別掲案内をご覧ください。

以下は文庫書影です。原画:山下清(貼り絵)「観兵式 かんぺいしき」(1937年)。装幀:鈴木成一さん。文庫上・下巻を左右にならべると、ヒノマルが交叉する閲兵台上の「人物」を中心とする全景があきらかになります。著者はこの風景の淵源について、いまもかんがえこんでおります。

@帯なし上巻(クリックで拡大)

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A帯つき上巻

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B帯なし下巻

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C帯つき下巻

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D上下巻連結

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2017年01月07日

日録


私事片々
2017/01/07〜

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1/30新宿講演について

やっとエベレストの麓までいくも、めまいと右半身硬直で、どうしてものぼれず。断念。マックまでのたった、たった50メートルほどの道をあるくのに1時間もかかった。汗みずく。クソ、冗談じゃない。たのむから、ふざけないでくれ。が、げんじつ。ダブルチーズバーガーとカプチーノ。バイトの店員がおびえた顔になった。ひきつっている。こちらもむこうも。ひきつっていながら、たがいにひきつっていないふりをする。マックは総選挙中だった。

旧年末から年明けにかけて、ろくなことがなかった。いまさらいきりたつ気もしない。いきさつをかたる気もおきない。なにかにはめられたのか。だとしたら、みすみすはめられたこちらがわるい。バカ。マヌケ。油断だ。イライラしつつ、ヘラヘラしゃべってしまったこちらの、いわば前頭側頭型的な錯乱。めまいのなかで、1月30日の講演(新宿・紀伊國屋ホール)を意識しはじめている。平日も平日、月曜日の夕食時間に講演開始という気のきかなさをおわびする。それしか会場をおさえられなかったらしい。

にもかかわらず、たくさんの友人たちがきてくれることになった。海外からも九州からも北海道からも。たぶん、みんなしんどいのだ。ただ存在するだけでくるしい。もうほとんどすべてのことに、ほとほとうんざりしている。そうでなければ、1月30日の夕なんかに遠くから講演にきてくれるわけがない。こちらもかなりくるしい。それはかくさない。かくしようもない。からだが芯から疲れている。心も相当、萎えている。干からびたクラゲだ。

友人たちも、みんな各人各様に疲れきっている。いまの風景にあきれ、怒る以前に、はげしく困惑している。ほぼかんぜんにあきらめながら、しかし、さがすともなくさがしている。おぼろにたわんだ視線のかなた、ノイズがあふれる耳朶の奥に、なにかをもとめている。無意識に手さぐりしている。わかる。おそらく、それは手垢のついた「希望」なんかではない。気味がわるくなるほど快活な声でかたられる生きるよろこびであるわけもない。想像するに、それは、絶望のあかしではないか。切実な、絶望の、あかし。

絶望のあかしに触れえて、そこではじめて、ひょっとしたら反転するかもしれない契機――とやらを、一応かんがえてはいる。しかし、もうだめ。もうだめだ……。友のひとりが昨夜、連絡してきた。もうだめだ……。別居中の母親が徘徊し行方不明。父は入院中。歩行困難。母は寒い夜の底でおぼれている。もがいている。疲れたよ。もうだめだ……。もうだめなのだ、ほんとうは。それが1/30の通奏テーマ。まだだいじょうぶ、ではない。終わりの論証。絶えざる終わりの証明。夜ふけに徘徊する母の目玉を、眼窩にうめこむ。なにが見えるか。
(2017/01/07)

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マルクスは死んだ犬か?

やはりマックまで1時間かかった。途中、決死のかくごで、エベレストに挑戦。なんとか登頂。下山後また歩行困難。こきざみにすすむ。カフェラテとビッグマック。マックは奇妙な工場かフルオートメーションの畜産場だな。帰りは10分とかからずにあるけた。なぜかはわからない。ちゃんとあるけるようになりたい。それは、けれども、至上の課題じゃない。帰ったら、Sさんからメール。

「マルクスもレーニンも死んだ犬か?それでいいのか」とあった。このいい方がすきだ。とんでもない。マルクスもレーニンも死んだ犬ではない。資本主義のあるかぎり、死ねないオオカミだ。「人倫や民族ということを疎外概念や階級概念とつき合わせて思考するという知的努力抜きに、超歴史的な人間一般のレベルでアッケラカンと論じていいのか」とSさんはいう。そのとおりだとおもう。Sさんはつごうで1/30講演にさんかできない。残念だ。

Sさんは角川文庫『完全版 1★9★3★7』の解説をひはんしていた。「マルクスもレーニンも死んだ犬か?それでいいのか」は、あの解説になじまないかもしれない。が、胸に食いこんでくる。「人倫」はそれじたい、たんどくでかたりうるものではない。なぜか。1/30講演でそのことも話す。親兄弟の介護でくるしむ友人たちも、だいじなじかんをさいてきてくれる。近親者を自殺でなくした友もくる。「マルクスもレーニンも死んだ犬か?それでいいのか」は、なぐさめになるか。なぐさめとはなにか。

ところで、げんざいのニッポン政府の夜郎自大は、すでにどはずれている。外交官帰国にかっさいをおくるものども。「最終的、不可逆的」などという埒もない(恫喝的でもある)ことばに酔うメディア。反復的歴史のわだちを、さもとくいげにあゆむ阿呆ども。まったく同一ではないが、相似的錯誤が眼前でくりかえされている。10億円でいったいなにをあがなったというのか。このことにも1/30講演でふれざるをえない。
(2017/01/08)

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Tom Waits

何十年ぶりかでTom Waitsをきく。寝床でふとおもった。1/30の会場でかけようか、なんてね。けふ、ききなおす。やはり、なんかちがうんだな。数十年前もそう感じたっけ。わざとらしさ。病んだふり。老いぼれのふり。貧乏なふり。孤独なふり。反社会≠フふり。どうにもならなくなったふり。こけおどしの声。ちがうな。あたたかなこころのおじさん。寄せ場にくるおっさんはあんなじゃない。芯が傷んでいた。Tom Waitsは、それがぜったいわるいわけじゃないけどさ、ケンゼンだ。

わざとのどをつぶすなよな。わざとみすぼらしいふりをすんなよ。一方、「マルクスもレーニンも死んだ犬か?それでいいのか」は、いい啖呵だ。悲しみがにじむ。死にそうな犬、病んだ犬、飢えた犬、狂った犬、腐った犬、傷んだ犬…がすきだ。たまらない。そうさ、死んだ犬だよ、とわたしは言わない。死んだ犬でも、死んでいない、といいはってなでさするアホをきらいになれない。だいいち、マルクスは死んだ犬じゃないし。Tom Waitsみたいにわざとらしくない。オーバーでもない。

1/30になにをながすか。どんな曲を。どうでもいいはなしだけれど、かならずしもどうでもよくはない。バッハはやめとく。Tom Waitsもむ・む・む…。遠方からくる友人がどうおもうだろう。いっそDavid Bowieはどうか。たとえば、I’M DERANGEDとかをくりかえしながす。いい曲だ。ああ、おれ、狂ってきたよ、というんだから率直だし、すこしもわざとらしくない。I’M DERANGEDのながれから、はなしはじめるべきじゃないのか。さて、どうなるか。

エベレストにいかなかった。やはりあるけない。1/30までに、すこしあるけるようになりたい。(2017/01/09)

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雨月物語

MMの誕生日。知らなかったよ。ムジナ軒ランチ。いたるところ認知症だらけ。電話のむこうから声がきこえてくる。家に帰りたいのよ。ここどこなの。あたし家に帰るよ。タクシー呼んでえ。オニい!知らないひとの家はいやなのよ。やめてくださいよ。ここはちがうのよ。(物音)あんた、なんてことすんのよ!いやや。いややあ。あたし帰ります。ぜったいに帰るのよ。(物音)ひい!痛い!いてえ。ここ痛いのです!帰るよ。オニい、帰りたい。帰りたい。帰して。お母さん、オニはないでしょ、オニは。ここ、あなたのお家でしょ。ここいがいないでしょ。どこにあるのよ、バカ!

ムジナ軒からマックまであるき。途次、先日のことをおもいだす。1時間もかけて、いとしのマックにやっとこたどり着いたんだよ。暑かないのに汗みずく。メガネがくもってた。おぼれるようにあるき、店内でもいくたびか転けそうになる。客のいるテーブルについ手をかけてしまう。店長みたいなおとこがすっとんでくる。(ここはおまえのくるところじゃない。でていけ!)の表情で、「お客さま、なにかわたくしどもにできることはございますでしょうか?」。わたし(マック食ったらヨイヨイなおんのかよ。ばかやろう!)の表情で、「だ、だ、だ、ダブルチーズバーガー…お、お願ひします」。左手で千円札ピラピラする。殺意。に似た衝動。マック食うと、あーら不思議、殺意消えましたよ。

ジジジ…。アブラゼミが鳴いている。マックで。ああ、人工喉頭でしゃべってるんだ。電気式人工喉頭(EL)で。まえもいたな、あのひと。ゴ・ノ・ゴ・ヤ・ミ・ニ・イ・デ・バ・ベ・ラ・ン・ド・イ・ブ・ヲ、ア・ナ・ガ・ヂ・ニ・ゴ・ノ・ガ・ザ・モ・デ・イ・ギ・ダ・マ・べ…ジジジジ…みたいなことを言っている。ウンコしたくなり改装なったトイレにいくと、さかゑさんがいて、即、JSF。やりながら言ふ。講演会いくわよ。ノーパンで。テーモウよ。最前列でパッカーンすっからね。ASKAかけてね。がんがんボリュームあげてね。パッカーンすっからね。みてねえ!

ぜんぱんてきにわるくない日だった。エベレストにのぼった。少女像をおかれるってのは、そんなに怒るべきことなんだろうか。(2017/01/10)

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レビー小体型

施設入所日。すんなりいくとはおもえないが。ケアマネに在宅介護はむずかしいといわれた。ケアマネはママにどなりつけられ、やくたたずめ、おまえなんかに指図されるいわれはないわい、でていけ、と罵倒された。前々夜は在宅失踪≠ナ警察にやっかいをかけるし。家のなかで、ここはどこなのとふるえる。自宅のまんなかで家に帰りたいとわめく。でも、ママの話はおもしろい。作話っていうけど、いいじゃないか。公園でね、みんなむこうむきの幼稚園児がね、いっせいに、どうじによ、あたしにふりむいて、ぜんいん、目をピッカピッカさせて、きくこセンセ―、こんにちは、っていうのよ。

雨の日にタヌキが100匹たずねてきた、というのもよかった。家中タヌキくさくなってねえ。おじいちゃんタヌキもいて、ニンチでね、トイレとまちがえて、ながしでウンチしちゃって。どっさりよ。あたしにも〈薄皮まんじゅうめしあがれ〉って、ウンチもってくるのよ。あんた、フクシマのタヌキもいたのかしらね。慰安婦像をおかれたからって怒りまくるニンチとどっちがこまるか。おかれたってしかたない。ヌッポン、みんなニンチじゃん。忘れたふりする悪質ニンチ。作話せんもんの、なんとかいうニンチそうりだいじんを、ねつれつに支持する55パーセントのニンチ世論。ニンチ新聞にニンチ記者にニンチ学者にニンチTV番組にニンチ議員にニンチ医者。

抽象不能の世界である。記号と価値と資本の猥雑で、まったく無意味な融合。さいげんのない均一化と断片化の同時的展開。「普遍性」の鏡はいま、こなごなに割れるべくして割れた。すべてはチンカスかマンカスのどちらかにすぎない。これでよかった。満目むなしい断片の原から、おそらくひとしきりの戦争をへて、なんらかの新たな特殊性が生まれるまで、人びとはインモラルでさえない大小の暴力のなかで、ますます狂い、いよいよこまかく自滅すればよい。グローバルパワーとテロリズムとニンチ群はどこまでもかくだいし、そして、不意の、まったくおもいがけないスペクタクルが大爆発をまっている。みたことも、想像さえできなかったできごとが、巨きな宗教画的な光景が、やっとたちあがることだろう。

エベレストにのぼらなかった。太鼓橋をわたった。マックにいかなかった。ダフネ西口店にもいかなかった。(2017/01/11)

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暗愚の栄え

なにかの本で「暗黒の21世紀」という文言をみた。そう呼ぼうが呼ぶまいが、ドキリとさせられる兆候は、このごろしばしばある。「暗黒時代」ということなら、古代ギリシアもしくは中世欧州の一定時期がそう言われたこともある。それ以来か。トランプの会見。post-truth eraであることはまちがいない。これからくるのではなく、いまがそうなのだろう。暗愚の栄え。エベレストにのぼらなかった。急転直下している。
(2017/01/12)

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On the Nickel

トランプの「アメリカ第一」は「帝国路線」の放棄なのか。グローバル経済と軍事管理戦略からの後退か。モンロー主義への回帰か。それらは昨春の母の他界となにかかんけいがあるか。ひとりの自責とどこでどうかかわるか、かかわらないのか。母は末期の目になにをみたか。母によってみられたものと「世界」とよばれるものは、なにかのかかわりがあるだろうか。末期の目はある。しかし、世界なんてものはそもそもあるのだろうか。母の目に世界はなかったろう。トランプの米国が世界への拡張の欲望をすてるとは、どういうことだろう。そんなことがありうるだろうか。ひとが死にかけている。世界がひとつ終わりかけている。

世界というものがいま、どうにもならない大蛇のようにかりにのたうっているとしてだが、世界はいっせいにとてつもなく下品になってきた。かつてなく慎みなく、粗野に、いっそう乱暴に、よりいっそう無体にうねるようになってきた。ドナルドでなくヒラリーだったらこうはならなかっただろうか。そんなことはない。ひとが死にかかっている。死にかけている。ところで、On the Nickelはきらいではなかった。ゆうべきいた。かつてはなじみの曲だった。ひとが死にかかっている。世界というものが実在するなら、世界は危殆にひんしている。友も、友の親も。こんごとも危殆にひんしつづけるだろう。わたしも、あなたも、かなりピンチだ。

On the Nickelは、この危機にふさわしい歌ではない。わたしはかすかに鼻白む。だが、ゆうべきいた。ひとが死にかけている。いまにふさわしい歌なんか、さがしたってどこにもないのだ。1月30日夕、もしも会えたら、新宿で会おう。

https://www.youtube.com/watch?v=8055IqijQzo

エベレストにのぼらなかった。(2017/01/13)

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さながらに野にあるごとく

こたきこなみさんよりお手紙いただく。万年筆でかかれた。胸にしみる。頭がさがる。どこにも暗転していないものはない。高いところにたてば身投げのしょうどうがわく。立ち木をみれば枝ぶりで首つりをおもう。ぶらんとじぶんをぶらさげてみる。ネクタイにさわれば、首をしめる図をえがく。根もとまで舌をだす。目をむく。信ずべきなにものもない。というのがげんじつというやつだ。言う価値もありゃしねえ。けふもチーズバーガー食って、チーズバーガーのクソして、ゲップした。しゃくだからエベレストにのぼってやった。ヤマモミジの細い枝がひたいにじゃれつき、じゃました。折れ!左手でへし折ってやる。

土筆摘み野蒜を引きてさながらに野にあるごとくここに住み来し と、詠みたきゃ詠めばいい。かってだ。だが、ことごとしく報道するほどのことか。さながらに野にあるごとくに、とはよく言ったもんだ。まことに無神経である。げんじつに野にある無宿人たち、難民たちがふるえていぞ。おびえているんだぞ。さながらに野にあるごとくここに住み来し、とはなんだ。「ここ」とはどこなんだ。野ぐそにしても、ろくな歌がひとつもない。それでもありがたがるドジンども。かんけいないが、ウィリアムズの「ご崩御の記」は、なんど読んでもわからない。らりって書いたのかな。わからないがおもしろい。右目硝子体出血悪化。へっ!(2017/01/14)

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Georgette Fry

片目がみえない。タジンくれ。オレンジ色の。3週間分。右目。風がぬける。これ、目じゃねえよ。ただの穴。みたって、どうせ広告ばかりだ。おのおののケツの穴までCMだらけじゃないか。なもん、みなくていい。きく。Georgette FryのOn The Nickel. かのじょ泣かない。よひ。わざとらしくなひ。おおげさじゃなひ。どっしりしている。で、ききたいひとはなんとなくきく。きかないひとはきかない。なにもかわらない。だれもすくわれない。すくわない。失見当識者と意識不明者と病んだ犬の、とりのこされ。とりのこされ。消えさるまでのとりのこされ。夜の路上の松林をさまよえ。裸足で、青い入り江にむかえ。入り江は、どこまでもどこまでも、ない。エベレストにのぼらなかった。https://youtu.be/QRJQzH31Z1s(2017/01/15)

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Carla Bozulich

右目ダメ。左目はみえる。30日はよていどおり、かならずやる。すみません、またOn The Nickelで。すみませんね。30日はかんぜんによていどおり。あす病院にいく。トイレのあたりからマッコウクジラの死臭がする。くせえ。ビンボー人と病人と老人はどうぞ死になさい、というなら、OK、死ぬまえになんかやってやろうじゃないか。エベレストにのぼらなかった。https://www.youtube.com/watch?v=-JyhWQBf80I
(2017/01/16)

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共謀罪

内面の、奥の奥の、じぶんだけの小部屋にまで、ぶえんりょに入りこんでくる、死んだ魚の目たち。眼科にいく。医者にこっぴどくしかられる。右目視力ゼロ。タジン1か月分処方。エベレストにのぼらなかった。病院待合室で、老爺の顔をしたあの子と美しい母親をみた。左目だけで。母子はみかえさなかった。母親は肩で、背で、後頭部でも、こちらをみている。だんこたる決意!からだの奥に、静止した風景か、なにか物語らしきものがただよっている。ダフネ西口店、ことしはじめて。(2017/01/17)

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無抵抗社会

片目で原稿。共謀罪と無抵抗社会と内面の死滅について。わるいことがきれめなくつづいている。げんきだとばかりおもっていたマルちゃんが、けふは死にそうだという。なんてこった!エベレストにのぼるどころか近づきもできなかった。(2017/01/18)

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白の闇

薬3日目。いっこうによくならず。右目の視界ゼロ。ジョゼ・サラマーゴ。白の闇。マルちゃん入院。末期がん。血管肉腫、脾臓破裂、転移……と聞こえた。飼い主の意識もまったく回復せず。さきがみえない。ずっとみえなかったのだ。みえるふりをしていただけ。ものみな、音もなくくずれている。共謀罪というなら、まっさきに現政権メンバーを全員逮捕せよ。かれらこそまぎれもない大犯罪を構成している。エベレストにのぼらなかった。30日は予定どおりやる。目がみえなくても。(2017/01/19)

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エベレストにのぼらなかった。いま、なにがおきているのか。内側でも外側でも、誘起させられ蠕動しているもの。(2017/01/20)

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「暗黒の21世紀」序章

あのおとこが言った。「うつろな言葉の時代は終わった」。そうか。うつろな言葉の時代とは、どのような時代か。それが終わったとして、では次に、なにがたちあがっているのか。40数パーセントがかれを支持している。それらがぜんぶ「悪」でありようがない。50数パーセントの反対者がすべて「善」ではないように。善悪はそもそも対抗価値ではなく、等価な無価値になっていた。問題は、(主として「テロ」への)対抗恐怖症からくる、「悪」を物理的に排除できると妄想し、行動する錯乱である。「暗黒の21世紀」序章は疾うにはじまっていた。

薬5日目。エベレストにのぼらなかった。(2017/01/21)





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2016年11月07日

ハンギョレ


◎「ハンギョレ」で『1★9★3★7』を紹介

徐京植(ソ・キョンシク)さんがこのほど、韓国の新聞「ハンギョレ」に『1★9★3★7(イクミナ)』を紹介するコラムを寄稿しました。このコラムはハンギョレの日本語サイトにも掲載されています。紙上に掲載された韓国語ヴァージョンは字数の関係でやや短縮されています。徐京植氏は角川文庫『完全版1★9★3★7(イクミナ)』(2016年11月下旬発売予定)のために解説を執筆しています。以下はハンギョレ日本語サイトです。

http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/25578.html

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三部作


◎三部作が電子書籍化へ

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講談社文庫だった『永遠の不服従のために』『抵抗論』『いま、抗暴のときに』
の三部作(絶版)は、2016年11月末から同12月にかけて、鉄筆から電子書籍と
して刊行されます。kindle、kinoppy、iBooksなどの電子書店で購入できます。

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2016年11月04日

ドジン


◎「ドジン」「シナジン」とはなにか!?
ーー目取真俊さんの訴え

ホンド・メディアがじゅうぶんにつたえていない沖縄への暴力と罵倒と嘲弄の背景ーー2016年11月3日の沖縄タイムスが掲載した目取真俊さんの寄稿「高江『土人』発言を考える」全文は以下のとおりです。同紙の見出しは「差別発言の機動隊員は私を殴り蹴ったー『土人』と言われた芥川賞作家の寄稿」。きわめて重要な記事なので転載します。
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/69392
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2016年10月31日

随筆掲載


◎日経新聞が随筆掲載

2016年10月30日(日)の日経新聞がエッセイ「路地」を
掲載しました。

日経エッセイ路地.pdf





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2016年09月02日

障がい者殺傷事件


◎論考「誰が誰をなぜ殺したか」を共同通信が配信


相模原の障がい者殺傷事件についての辺見庸執筆の論考「誰が誰をなぜ殺したのか」(上下2回)を、共同通信が「特別寄稿」として加盟各紙に配信しました。上は「惨劇が照りかえす現在」、下は「痙れんする世界のなかで」のタイトルがつけられています。新聞の行字数で各160行。

筆者は、このできごとをあらゆる見地からきわめて深刻にうけとめており、さしあたりの初歩的見解を共同通信編集委員室出稿の記事として、したためました。しかし、「オキモチ」やリオ五輪その他の喧噪にかき消され、新聞掲載率は低いとみこまれます。ですので、どの新聞がいつ拙稿を掲載したか、追って本ブログでお知らせしますので、よろしかったらご一読ください。

以下は上下回を一括掲載した佐賀新聞紙面です。
佐賀新聞__2016.8.13.pdf
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2016年09月01日

愛と痛み


◎『愛と痛みー死刑をめぐって』を増補・文庫化

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『愛と痛みー死刑をめぐって』(毎日新聞)が2016年8月5日に河出文庫として発売されました。
本文に、ある日の死刑執行を考察した短篇「朝の廃墟」が追加されたほか、鵜哲さんの解説
「<心>をさらす言葉」が収載されています。この解説は、反死刑論に新たな視座をあたえる
刺激的なテクストです。全224頁。写真は森山大道さん、装幀は鈴木成一さん。
ISBN 978-4-309-41471-3






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2016年08月31日

神奈川大学評論


◎「神奈川大学評論」第84号発売

辺見庸ロングインタビュー(約80枚)を巻頭に掲載した「神奈川大学評論」第84号が、2016年7月30日に発売されました。「不寛容社会と希望ーーデモクラシーの現在」のタイトルがつけられています。ただし、辺見庸インタビューには「希望」はありません。

主な事項は@マスメディアに歩調をあわせないA人間の声がどこへもとどかない時代B「3・11」以後と文明史的転換点に立ってCセケンと天皇制D「共感の共同体」E憲法一条と九条F「好戦的な首相」vs「平和的な天皇」の問題G「われわれはそういうものでしかありえないのか」H目取真俊氏の胆力Iいまはどんな時代かJなにがくるか――発作と痙攣・・・など。聞き手は同誌編集専門委員会。

問い合わせは、電話045-481-5661内線2237。http://www.kanagawa-u.ac.jp
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2016年08月07日

大阪講演録


◎『4.3辺見庸大阪講演録』出来

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2016年4月3日に大阪でおこなわれた辺見庸講演会(「怒りと絶望は、どのように表現するべきかーー〈戦争の時代〉のたちいふるまいについて」)の内容を収録した冊子が、同講演会実行委員会により編集、発行されています。お申し込み先は下記のとおりです。

 MAIL:hemmiyo4.3@jcom.zaq.ne.jp
 FAX:06-7777-4925 (「どこまでも9条の会」気付)
 
 定価400円(送料別)
 編集・発行:辺見庸講演会実行委員会
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2016年06月24日

アンソロジー


◎『永遠の不服従のためにー辺見庸アンソロジー』刊行

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『永遠の不服従のためにー辺見庸アンソロジー』
2016年6月23日(木)、株式会社 鉄筆から刊行されます。
ISBN:978-4-907580-9-4 問い合わせ・予約は、鉄筆
の渡辺浩章(tel:03-6912-0864 teppitsu@ybb.ne.jp)。

それは、とうに予感されていた。
そして、それはついにやってきた。
さあ、隠れ処をさがそうー永遠の
不服従のために・・・・・・。



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2016年06月23日

毎日インタビュー


インタビュー掲載

2016年6月23日の毎日新聞夕刊文化面に、小説『自動起床装置』についてのインタビュー記事が掲載されました。下のほうにボケ老人みたいな写真がついていて、あれ、これだれだろうな、とよく見たら、ジブンでした。鶴谷記者の記事は、ジブンがしゃべったのより、与太がなく、すごくまじめでした。
毎日夕刊インタビュー.pdf

やや手まどっていた「神奈川大学評論」第84号のロングインタビューの原稿(約80枚)は昨日、送稿ずみです。7月刊行とおもわれます。憲法1条と9条の関連を、柄谷行人さんの『憲法の無意識』(岩波新書)や「文學界」7月号所載インタビューへの疑問というかたちで話しております。いまさらながら、文化人、知識人などと呼ばれる人びとの天皇賛歌=Aてか、「親天皇回帰」にはおどろかされます。
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2016年06月19日

メッセージ


6/19沖縄県民集会へのメッセージ(沖縄タイムス掲載)

なきがらは茂みに潜み、じっと耳そばだてている。
何が、どう語られるか。誰が、何を、いかに贖うか。
憤怒は爆ぜるか。この痛みは、ただ悼まれるだけか。
ホンドのおためごかしに馴らされるのか。
むくろは茂みで目を見開いている。
爆ぜよ!

辺見庸
(2016/06/19 沖縄タイムス)


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2016年06月01日

文芸・評論作品選


◎『日中の120年―文芸・評論作品選』が完成!


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労作である。張競/村田雄二郎・編の『日中の120年―文芸・評論作品選』全5巻(岩波書店)がこのほど完結した。これこそニッポンと中国の関係を知るための知的宝庫である。軽侮と野望、憎悪と友好によってあざなわれる関係史の実相は、年表的事実の羅列ではぜったいに理解不能である。日中関係がまたも悪化するなか「日清戦争前後からの、(両国の)作家・文人・思想家・学者・革命家・政治家など、様ざまな書き手による、旅行記・随筆・詩・小説・評論・論文・文章といった各ジャンルの古典的資産を探しだし、再評価していくことは有用な知的営為」だとする刊行目的は、迂遠なようでいて、正鵠を射ている。言いかえれば、〈日中120年のいつわらざる内面史〉がこれである。

収載された作品には、金子光晴、小林秀雄、武田泰淳、竹内好、藤田嗣治、巴金、郁達夫、中野重治、茅盾、老舎、高村光太郎、桐生悠々、汪兆銘、高橋和巳、胡適、保田與重郎、謝泳螢、張承志・・・いや、やめよう、きりがない。要すれば、これは、120年間〈われわれは中国と中国人をどうかんがえ、かれらはニッポンとニッポンジンをどうまなざしていたか〉の、巧まざる「双方向的告白集成」なのだ。編集協力者や担当編集者に友人、知人がいて、拙作「東風は西風を圧倒したか」が第5巻(「蜜月と軋み」1972〜)に収録されているから言うわけではない。この作品選は一読にあたいする。『増補版 1★9★3★7(イクミナ)』(河出書房新社)の副読本として、あるいは『日中の120年―文芸・評論作品選』の関連本として『増補版 1★9★3★7(イクミナ)』も読まれるべきである。

わたしはまだ完読していない。一日2、3篇を舐めるように読んでは、ため息をつき、回想にふけるものだから、読みきるのに時間がかかる。昨夜は巴金の「日本の友人へ」(1937年10、11月)と泰淳の「土民の顔」(1938年)をくりかえし読んだ。じつにつらく贅沢な評論作品選である。いつか,だれかが,どうしてもやらなければならなかった仕事だった。このような手間をかけなくなると、本にはなんの意味もなくなる。発行部数は知らないが、たぶん、いくらもないだろう。しかし、だからこそ『日中の120年―文芸・評論作品選』全5巻は、記憶の宝物である。(2016/07/30)
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2016年05月25日

エッセイ


◎「クリスタル・ナハトの街」掲載

日本近代文學館発行の館報第271号(2016年5月15日号)に
エッセイ「クリスタル・ナイトの街」が掲載されました。
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2016年05月24日

短文


◎短文「喧噪厭ふべし」を掲載

2016年6月初旬発売の「文學界」7月号が短文「喧噪厭ふべし」
を掲載の予定です。
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2016年05月10日

文學界


短篇「あの黒い森でミミズ焼く」を掲載

2016年3月初旬発売の「文學界」4月号が、辺見庸の最新短篇
「あの黒い森でミミズ焼く」(約45枚)
を掲載しました。
……災禍を生きのこってしまったひとりの老女の存在をめぐり、
こともあろうに、『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』
の著者カールにたいし、あれこれと一方的に問いかけつづけ
る物語。
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2016年05月09日

D.culture


◎D.cultureがインタビューを掲載

2016年2月29日に立ちあげられた障害者ネットD.cultureが
辺見庸インタビューを掲載しました。よろしかったらご一読
ください。インタビュアーはD.culture編集部の桐谷匠さん。

http://disability-culture.jp/
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2016年05月08日

神奈川新聞


◎神奈川新聞がインタビュー(下)を掲載

2016年2月27日付の神奈川新聞が前日にひきつづき、
辺見庸インタビュー記事の(下)を掲載しました。
インタビュアーは桐生勇記者。記事は発言を正確に
つたえております。

神奈川新聞インタビュー2月27日(下).pdf

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2016年05月07日

毎日新聞


◎インタビュー掲載

2016年2月26日付毎日新聞夕刊がインタビュー記事を掲載しました。同日の
神奈川新聞も辺見庸インタビューの(上)を載せました。(下)は2月27日の
予定です。

毎日新聞夕刊インタビュー2016年2月26日.pdf

神奈川新聞インタビュー2016年2月26日.pdf

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2016年04月02日

朝日新聞


◎朝日がロングインタビュー掲載

2016年1月21日付朝日新聞朝刊が辺見庸インタビューを掲載しました。

朝日インタビュー16年1月21日.pdf
(クリックで参照)

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2016年02月29日

『残の月』


◎『残の月』書評がでました

俳人宇多喜代子さんによる『残(のこん)の月』(大道寺将司最新句集・太田出版)書評(共同通信配信)がでました。目が洗われました。『残の月』はこれまででもっとも結晶度のつよい句集ですが、宇多喜代子さんの句評も、作品にたいする敬意と清澄な感慨をつづって贅言のないものです。

残の月書評.pdf
(クリック参照)
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2016年02月12日

連載


◎連載「新・反時代のパンセ」について

辺見庸は、月刊「生活と自治」(生活クラブ生協連合会・発行)で、連載
「新・反時代のパンセ」をひきつづき執筆中です。これまでの内容は
以下のとおりです。

回数   掲載号             タイトル

第1回  2014年2月号(通巻538号)しだいにむき出されていく恐怖について
第2回  3月号(通巻539号)    あしもとの流砂
第3回  4月号(通巻540号)   「次のまさか」を起こさないために
第4回  5月号(通巻541号)    オババが消えた
第5回  6月号(通巻542号)    おれより怒りたいやつ
第6回  7月号(通巻543号)    青空と気疎さ
第7回  8月号(通巻544号)   「戦間期」の終わりと第3次世界大戦
第8回  9月号(通巻545号)   「事実」の危機
第9回  10月号(通巻546号)   時の川の逆流
第10回  11月号(通巻547号)    70年
第11回  12月号(通巻548号)    5W1H
第12回  2015年1月号(通巻549号) 民主主義の落とし穴
第13回  2月号(通巻550号)   メルクマール
第14回  3月号(通巻551号)   やさしさの怖さ
第15回  4月号(通巻552号)   桃太郎と憲法第9条
第16回  5月号(通巻553号)   「八紘一宇」と「クーデター」
第17回  6月号(通巻554号)   わざとらしくないひと
第18回  7月号(通巻555号)   あぶない夏
第19回  8月号(通巻556号)   かいなき星が夜を……
第20回  9月号(通巻557号)   暴力と反暴力について
第21回  10月号(通巻558号)  「平和的天皇」vs「好戦的首相」
第22回  11月号(通巻559号)  ミマカゲ、タマオト
第23回  12月号(通巻560号)  「傍観者効果」
第24回  2016年1月号(通巻561号) オオカミ老人は眠い
第25回  2月号(通巻562号)   2016年からおきること
第26回  3月号(通巻563号)   隠れ処の消滅
第27回  4月号(通巻564号)   バーニー・サンダースのこと
第28回  5月号(通巻565号)   世界は「狂人」を必要としている
第29回  6月号(通巻566号)   〈他の死〉とわたしの生
第30回  7月号(通巻567号)   「きれいごと」と生身
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2016年02月02日

道新インタビュー


◎北海道新聞が著者インタビュー

2015年12月13日の北海道新聞が『1★9★3★7』(イクミナ)にかんする
著者インタビューを掲載しました。

道新インタビュー.pdf
(要クリック)
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2016年02月01日

朝鮮新報


◎朝鮮新報が『1★9★3★7』書評

2015年12月14日付「朝鮮新報」が『1★9★3★7』(イクミナ)書評
を掲載しました。筆者は朴日粉(パク・イルブン)記者。

朝鮮新報書評.pdf

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『1937』書評


◎朝日新聞『1★9★3★7』書評

2015年12月6日(日)の朝日新聞が『1★9★3★7』書評を掲載しました。

1937朝日新聞書評2015.12.6.jpg
(クリックで拡大)


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2015年12月30日

熊日インタビュー


◎熊本日々新聞がインタビュー掲載

2015年11月20日付け熊本日々新聞朝刊が,『1★9★3★7』(イクミナ)刊行や戦争法強行採決などにかんするインタビューを掲載しました。筆者は33歳の若い記者です。事後原稿チェックをしていないので、文脈にやや?もありますが、ご海容のほどを。
2015年11月20日・熊日インタビュー.pdf
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TV


◎TVインタビュー放送

北日本放送テレビが、2015年11月19日夕方のニュース番組で、堀田善衛『時間』の復刊(岩波現代文庫)と歴史修正主義、『1★9★3★7』(イクミナ)などにかんする辺見庸インタビューを約10分間放送しました。下記URLで番組が視聴できます。
http://www.knb.ne.jp/news/detail/?sid=9462
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2015年09月16日

「現代詩手帖」


◎「現代詩手帖」ロングインタビュー

・2015年10月28日発売の「現代詩手帖」(思潮社)11月号(石原吉郎生誕100年特集)
が辺見庸ロングインタビュー「胸のなかの小さな熾火」を掲載します。2段組8頁の予定。
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復刊


◎岩波現代文庫版『時間』の刊行について

・辺見庸著『1★9★3★7』で再三引用されている堀田善衛の小説『時間』
(新潮文庫・絶版)は、新たに辺見庸の解説つきで、2015年11月中旬に
岩波書店から岩波現代文庫として復刊されることになりました。
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2015年09月15日

もう戦争が……


◎『もう戦争がはじまっている』刊行へ

辺見庸最新エッセイ集『もう戦争がはじまっている』は2015年12月初旬に
河出書房新社から刊行される予定です。

『もう戦争が』coverOBI.jpg
(クリックで拡大)



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2015年09月12日

対談掲載


◎高橋哲哉さんとの対談掲載

高橋哲哉さんと辺見庸の対談「絶たれなかったこの国の妖気――『1★9★3★7』の予言」
(全6頁)が、週刊金曜日2015/09/14臨時増刊号(特別編集「戦争への不服従」)に
掲載されています。これはダイジェスト版で、全内容は年内に書籍化されるよていです。
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2015年06月30日

追悼文


◎船戸与一さん追悼文

2015/04/25の日経朝刊文化面が船戸さん追悼文「完全無虚飾人」を掲載。
2015.4.25.nikkei.pdf
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週刊読書人


◎週刊読書人が『霧の犬』書評(沼野充義氏)掲載

2015年3月27日付「週刊読書人」が沼野充義氏による『霧の犬』書評を掲載しました。

3月27日週刊読書人「霧の犬」評.jpg
(クリックで拡大)

3月27日週刊読書人、「霧の犬」評.pdf

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2015年05月31日

近著



◎近著



・最新小説集『霧の犬 a dog in the fog(鉄筆刊)

霧の犬カバー差し替え.jpg
(クリックで拡大)

著者:辺見庸

発表作品(収録順):
T「カラスアゲハ」75枚
U「アプザイレン」40枚
V「まんげつ」10枚
W「霧の犬 a dog in the fog」(鉄筆創立記念書き下ろし作品)216枚
(全266頁)

装幀:名久井直子
原画:長谷川潔
ISBN:978-4-907580-02-5
定価:本体1,800円+税
発売日:2014年11月21日(金)
株式会社鉄筆
〒112-0013
東京都文京区音羽1-17-11花和ビル310
電話&FAX 03-6912-0864
携帯電話 080-1002-2044
メールアドレス teppitsu@ybb.ne.jp
担当者:渡辺浩章
〈作品紹介〉
http://kimugoq.blog.so-net.ne.jp/2014-12-11


・エッセイ集『反逆する風景』鉄筆文庫

カバー「反逆する風景」鉄筆文庫.jpg

著者:辺見庸
解説:藤島大
装丁:トサカデザイン(戸倉巌、小酒保子)
ISBN:978-4-907580-01-8
定価:本体700円+税
発売日:2014年10月30日
(注)2014年12月8日に放送されたインターネットラジオOTTAVA(オッターヴァ)の番組(OTTAVA Salone、プレゼンター:林田直樹)で、思いもかけず、本書『反逆する風景』と版元の鉄筆が紹介され、you-tubeのアーカイブにアップされました。本の推薦と紹介などは、最後の10分くらいだけです。
https://www.youtube.com/watch?v=_BwqTn2xfak&feature=youtu.be


・対談本『絶望という抵抗――辺見庸✕佐高信』(週刊金曜日刊

絶望という抵抗、書影1.jpg


ISBN:978-4-906605-99-6
定価:1500円(税抜き)
発売日:2014年12月8日
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2015年04月23日

インタビュー


◎共同通信インタビュー

2015年1月初旬におこなわれた共同通信インタビュー記事が全国加盟各紙に掲載されています。添付したのは、2月8日付の新潟日報「転換期を語る――暴力が噴出 歴史的危機」。(インタビュアー:沢井俊光記者。撮影:中野智明カメラマン)

共同通信インタビュー.pdf


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2015年04月16日

神奈川大学評論


◎神奈川大学評論に寄稿

2014年12月13日発売の「神奈川大学評論」第79号に「デモクラシーとシデムシ」18枚を寄稿しました。

『神奈川大学評論』
〒221-8686 横浜市神奈川区六角橋3-27-1
TEL:045-481-5661
FAX:045-481-9300
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書評


◎図書新聞、中国新聞、西日本新聞などが『霧の犬』書評掲載

2015年1月10日付「図書新聞」(第3189号)が、政治学者・宮崎悠氏による『霧の犬』(鉄筆)書評「ファシズムは下から用意される」を掲載しています。また1月11日付の中国新聞は文芸評論家・横尾和博氏執筆の書評を、2月1日の西日本新聞は作家・姜信子さんの書評を載せました。北海道新聞は2月8日の紙面で「世界の終焉 現代に警鐘」と題する文芸評論家・吉田和明の書評を掲載しました。
2015.1.11中国新聞書評
西日本新聞書評.pdf


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2015年04月15日

12/14インタビュー掲載


◎神奈川新聞がロングインタビュー掲載

衆院選投開票日にあたる2014年12月14日(日)の紙面で、神奈川新聞が今回の選挙などについての辺見庸ロングインタビューを掲載しました。

神奈川新聞インタビュー.pdf

同紙電子版URL:
https://www.kanaloco.jp/article/81601/cms_id/116317
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