2014年11月30日

神奈川大学評論


◎神奈川大学評論に寄稿

2014年11月下旬発売の「神奈川大学評論」第79号に「デモクラシーとシデムシ」18枚を寄稿しました。

『神奈川大学評論』
〒221-8686 横浜市神奈川区六角橋3-27-1
TEL:045-481-5661
FAX:045-481-9300
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年内の出版予定



◎年内の刊行予定


・エッセイ集『反逆する風景』鉄筆文庫

カバー「反逆する風景」鉄筆文庫.jpg

著者:辺見庸
解説:藤島大
装丁:トサカデザイン(戸倉巌、小酒保子)
ISBN:978-4-907580-01-8
定価:本体700円+税
発売日:2014年10月30日

・最新小説集『霧の犬 a dog in the fog(鉄筆刊)

霧の犬カバー差し替え.jpg
(クリックで拡大)

著者:辺見庸

発表作品(収録順):
T「カラスアゲハ」75枚
U「アプザイレン」40枚
V「まんげつ」10枚
W「霧の犬 a dog in the fog」(鉄筆創立記念書き下ろし作品)216枚
(全266頁)

装幀:名久井直子
原画:長谷川潔
ISBN:978-4-907580-02-5
定価:本体1,800円+税
発売日:2014年11月21日(金)
株式会社鉄筆
〒112-0013
東京都文京区音羽1-17-11花和ビル310
電話&FAX 03-6912-0864
携帯電話 080-1002-2044
メールアドレス teppitsu@ybb.ne.jp
担当者:渡辺浩章


・対談本『絶望という抵抗――辺見庸✕佐高信』(週刊金曜日刊

絶望という抵抗、書影1.jpg


ISBN:978-4-906605-99-6
定価:1500円(税抜き)
発売日:2014年12月8日
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2014年11月18日

日録1-9



私事片々
2014/11/18〜

FLGW の青空11月17日.jpg

・けふもルーペと赤鉛筆と『時間』をポケットにいれてダフネ1号店へ。じぶんはどうしてこうまで『時間』にこだわるのか。それはもうわかっている。あらましわかってはいるのだけれども、どこかに見おとしはないか、歳月になんとか堪え、かすれ、消えかかった小さな活字を一字一字ルーペでたどる。『時間』が文学的に、とくにニッポン文学的に、どれほどすぐれた作品か否かなどにはまったく関心がない。天皇の名において戦った15年戦争の心的、思想的堕落、あきれるほど中途半端な反省ないし無反省と、それゆえ引きずってきた70年におよぶ「戦間期」文化の空洞と腐食。それらを徹底的に対象化し、食らいついたものなど、文学にせよ思想にせよ、読むべきテクストは唖然とするほどすくないのだ。『時間』もむろん、ベストのテクストとはとうてい言いがたい。それを承知で精読したわけは、〈南京大虐殺とニッポン知識人〉の関係がどうであったかを知りたかったからであった。殺人・掠奪・強姦の3語(それのみ、あるいは加うるに、暴行、放火)がおおいつくす 1937 年(昭和 12)12 月から翌年 1 月にかけての出来事が、その後のニッポンの思想文化にどのような影響をあたえたか――これはなんとしても逃れることのできない主題でなければなかったはずである。アドルノふうに言えば、南京大虐殺後に「詩」はあってはならなかったのだ。『時間』は、この国ではそれさえじつにまれなことなのだが、その事実をそっちょくにみとめてはいる。殺・掠・姦・賊・酒・狂酔・逼淫――おびただしく、おぞましいその事実をみとめたら、つぎの思念の作業は、理のとうぜん、あれらの事件を可能ならしめたニッポン(またはニッポン人)とはなにか、天皇とはなにか、〈すめらみくに〉とはなにか、皇国史観とはなにか、〈ますらお〉とはなにか……の諸テーマにうつるべきはずのものであった。堀田善衛のいう「記すに堪えないからこそ記しておかねばならぬ」「嗜虐症的な征服支配の時代の病例」が、皇国ニッポンとニッポン人による南京大虐殺だったのだ。歴史も文学も報道もまさに「記すに堪えないからこそ記しておかねばならぬ」ものなのだ。だがしかし、堀田の『時間』は、堀田じしんの持論を見事にうらぎる。ここにはあるしゅの詐術がある。偽計といってもよいかもしれない。主人公をニッポン人ではなく外国渡航歴もある中国人インテリにしたのは、まあよい。だが惨劇を日々目にし妻子を日本兵に犯され殺されたこの主人公は、ふしぎなことに、淫獣と化した日本兵の餌食になる中国人についてはあれこれ論じつつも、「記すに堪えないからこそ記しておかねばならぬ」はずのニッポン兵の淫縦のよってきたるゆえん、かれらが負うた精神、すなわちニッポン論をはぶくのである。わずかに中国(人)にたいする「烈しい憎悪、軽蔑、それに、異常なまでの劣等優越両様のコンプレックスが渦巻いている」日本人将校の内面が表現されてはいるものの、まったくふじゅうぶんだ。ニッポンは国家と人民のために戦争をしたことはなかった。天皇のために、天皇の名のもとに「聖戦」を戦い、悪鬼もおどろく惨劇をくりひろげたのだった。ならば、皇軍兵士とはなにか。その精神の根はなにか。陛下の赤子とはなにか。堀田はそれらに答えるという危険水域にはいることを、まちがいなく、意識的に避けている。その意味では『時間』は奇妙にトリッキーである。敗戦後の知識人にあって比較的にまともといわれた堀田でさえ、国体=エンペラーを精神の不可視の根にしたニッポン(人)を対象化することが、眼力にうらづけられた技量としてできなかったのでなく、ニッポンどくとくの危険水域として回避したのだ。「某所では日兵が娘を輪姦した。娘は、顔に糞便を塗り、局部には鶏血を注いで難を逃れるべく用意をしていた。けれども、日兵たちも、もはや欺かれはしなかった。彼等は娘に縄をつけてクリークに投げ込み、水中で彼女がもがくのを喜び眺めた」。枚挙にいとまのないこうした悪夢がなぜ現実になったか。この小説の末尾は「……人生は何度でも発見される」である。失笑。わたしは敗戦後70年の、過去になにも学ばなかった空虚とその因をこの末尾にもみてしまう。けふもS君のメールとかれがひとりでつくり、ひとりで撒いたビラを読んだ。匿名的であり、非人称的であることをかれは拒み、そこからの安全な告発をはっきりと拒んでいる。じぶんがじぶんだけに固有である事実をひきうけている。そうすることで危険水域に一歩一歩入っている。ただあるだけの世界とただ存在するだけの自己は、そうすることでひらき、生き生きと活きてきている。エベレストにのぼった。(2014/11/18)

アカカタバミ.jpg

・のっけからビロウなはなしで恐縮である。ケツメドA(以下、あまりにもバッチイのでKMAと略称)が記者会見をするというので、昨晩、犬とともにテレビのまえに座った。ケツメドが会見するとはこれはまた怪異なことではある。だが、この国では古来、政界と禁中とを問わず、異聞奇譚だらけなのであり、ケツメドといふ人体開口部が、それにたかりついてクソのかけらをなめさせてもらっては悦んでいる各報道機関政治部の男女クソバエ記者どもをまえに、なにやらグニョグニョと口のようなものをうごかして発声発語したとしても、しごく不快ではあるけれども、とくにふしぎではない。ふしぎなのはむしろ、テレビに大うつしにされたただのケツメドを、人間の顔のいちぶであると、クソバエ記者どもがうたぐりもなく納得しているらしいことなのである。サタンの肛門に接吻した魔女たちがその〈わけ〉を詰問する審問官にたいし、〈そこにも顔があるからよ〉と答えたという逸話を、クソバエ記者らはむろんしるよしもない。とまれ、KMAはなにか早口でしゃべくりはじめた。これがまんいち顔であるとしたらのはなしだが、それはしばらくみないまに、ずいぶん険阻になっていた。まぎれもない凶相である。賭けてもよい。こいつは大災厄をもたらすだろう。ジョルジョ・アガンベンの〈顔論〉をおもいだす。「真理、顔、露出、これらは今日、惑星規模の内戦の対象である。その戦場は社会生活全体であり、その突撃隊はメディアであり、その犠牲者は、この地上のすべての人民である」。アガンベンの文意は詩的直観なしには理解しがたい。だがしかし、KMAのはなしは、いうまでもなく、何人であれもっているだろう詩的直観を排泄物で窒息死させるようなものである。したがって、KMAがいったいなにをしゃべったのかを、わたしは言語としてはついに解することができなかったのだった。かろうじてひとつだけわかったのは、ケツメドがどうやら辞めるのではないらしいということだけ。わたしはケツメドがケツメドを閉じる、つまり退陣することだけを期待していた。ところが選挙だという。このままでは自公インチキ政権が勝つだろう。KMAは選挙後、集団的自衛権行使の違憲立法も、秘密保護法の強行採決も、原発再稼働も、労働者派遣法の改悪も、労働法制の規制緩和も、すべてあらためて国民の信任をえた、として胸をはって爆走していく気だろう。ただそのためのみの選挙なのだ。そうさせてよいのか。KMAは、消費税増税について、民主主義なので信を問うべきだといってのけた。ケツメドがミンシュシュギをかたるとは、わらわせるじゃないか。だいいち、集団的自衛権行使の閣議決定という重大な政策変更について、KMAはいちどでも民意を問うたか。信を問うたか。クソバエ記者どもはそのことを徹底追及したか。会見で問うたか。問いつめてはいないだろう。やはりクソバエ記者どもはAのケツメドをペロペロなめるしか能がないのである。法人税をひき下げ、消費税を上げ、社会保険料をひき上げ、社会保障をきりすて、介護保険を改悪し、生活保護費をひき下げ、非正規雇用をふやして、貧者をどこまでもしいたげ、富者をよろこばせ、格差をますます拡大し、軍備を増強し、兵器を外国に輸出する――ケツメド政策をだんじてゆるすわけにはいかない。いや、アジビラ調はやめよう。「真理、顔、露出、これらは今日、惑星規模の内戦の対象である。その戦場は社会生活全体であり、その突撃隊はメディアであり、その犠牲者は、この地上のすべての人民である」。この含意をひとりしずかに直観しよう。ケツメドの世界が、〈わたし〉とはなんのかかわりもなく、政治として平気で存在しつづけている――状態を、〈わたし〉への堪えがたい冒瀆、侮辱として怒ろう。悲しもう。いまやるべきは、Aのケツメドに、ぶっとい棍棒をぶすっとぶちこんで、息の根をとめること以外にあるだろうか。ふとかたわらの犬をみたら、もうテレビなどみておらず、ビールマンスピンのかっこうをして、片脚をぴんとあげ、アルマジロよろしく顔をふせてインブかコーモンをなめているのだった。正しい態度かもしれない。けふ、エベレストにのぼった。(2014/11/19)

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・「生活と自治」誌の連載「新・反時代のパンセ」を執筆。いつのまにか12回、つまり、もう1年がたったということだ。第12回のタイトルは「民主主義の落とし穴」。総選挙批判。むろん、Aをケツメドとは書かなかった。ほんとうはケツメドなのだけれども。週刊金曜日刊の対談『絶望という抵抗』は、装幀のおくれで、来月8日の発売にきまった。風邪気味。犬も元気なし。武田泰淳と堀田善衛の対談『私はもう中国を語らない』(1973年、朝日新聞)は、さいしょつまらないとおもったが、昨夜、落ち着いて読んだら、なかなかおもしろかった。武田は多くを話さないのだが、視線がやはり深い。疑問はあるけれども。南京大虐殺についてもわずかながら触れている。「南京大虐殺」のことばも、ためらいなくもちいられている。それが巨大な事実であったことに、長く重い中国経験者たちがなにも異をとなえていない――これこそ事実の傍証であろう。エベレストにのぼらなかった。(2014/11/20)

サザンカ2014年11月21日.jpg

・コビトから連絡あり。「新潮文庫の中古本『時間』が21日げんざい、Amazonで8000円になっている。ブログにしょっちゅう『時間』のことを書いたあなたが値をひきあげたのよ。アマゾン資本主義の活性化にひとやくかったわけよ!」となじる。唖然。ぼろぼろになったわたしの新潮文庫『時間』15刷はたったの140円。それを古本屋で300円ほどで買ったのだった。それが8000円とは理解できない。Amazonでたしかめると、たしかに8000円。出品者によると「多分初版かと思われます」というので高値がつけられたのかもしれないが、おなじく堀田善衛の集英社文庫『上海にて』の中古が「56円より」となっているのをみると、8000円はいくらなんでも法外な気がする。よいにつけわるいにつけ、出来事、事件、事故、イシュー、論議、非常事態、新現象がおきると、たちまちにしてはたらきだすのが市場原理である。市場原理は内面の刺激=活性化をテコにし、それをバネにし、培養基として、内面を深化するのではなく、じつは資本の運動を活発化していく。歓びも悲嘆も憤怒も感動も、資本の運動に吸収されていくほかない。人間のあらゆる意識(のうごき)は、ハイパーインダストリアルな21世紀資本主義の収奪と活性化のための対象でしかない。無限にカネモウケだけをしたがる、魂なき魂。それが資本の魂であり命である。ひとびとは無意識に資本の魂に従わされ、資本の運動を支えさせられている。社会の主体はもはやプロレタリアートではなく、ファシストやケツメドAでもない。社会の主体は、人間ではなく、いまや資本なのであり、ひととその意識(のうごき)は資本の自己増殖の手段でしかない。と、ここまで、おもいつめるのは、正直せつない。身も蓋もない。だが、冷厳な事実は排除できない。万象を支配している理法すなわち摂理があるとしたら、それは人倫に発するのではなく、銀河系の運動をべつとすれば、資本の法則なのだ。それでは物語にならないので、ひとは資本の〈顔〉をみまいとする。資本の運動と無縁の、うつくしいひとの物語を夢みる。が、それさえ資本の運動の賦活剤だ。あらゆる種類のエモーションは、正しいかどうかでなく、ビジネスチャンスととらえられる。嫌韓嫌中本は売れるからつくられるのであり、つくるべきだからつくられているのではない。新潮文庫の古本『時間』が8000円になったことは、南京大虐殺を背景とした堀田の『時間』の小説的、歴史的価値がみとめられたからではなく、需要に反応して商品価値が一時的にあがり、それに応じて投機的うごきがでたということにすぎまい。Amazonには、どんな美辞麗句をつらねようとも、市場原理と資本の運動(カネモウケ)以外のなにものもない。そのAmazonとどうようにやっかいなのは、Wikipediaというシロモノだ。最近の新聞記者や編集者は足をつかう取材はさっぱりで、のべつGoogleとWikipediaと首っ引きというからおはなしにならない。これもコビト情報で、わたしは不快だからまだみてもいないが、Wikipediaにはわたしにかんする項目もあり、「日本の小説家、左翼運動家、ジャーナリスト、詩人」という肩書きになっているらしい。このうち「左翼運動家」というのは何者かが最近になって、おそらくなんらかの悪意をもってくわえた、新しい「身分」であり、まことに迷惑である。わたしはブログで首相Aを「ケツメド」と書いた作家であり、その事実をかくす気もない。変人といわれようが奇人とよばれようがかまいはしないが、「左翼運動家」ではない。首相Aを「ケツメド」とののしるからには「左翼運動家」にちがいないと断じたのだとしたら、「左翼運動家」の定義(definition)も知らない者の仕業か、例によって例のごとしのネット荒らしだろう。管見では、「左翼運動家」というのは、一国の首相をつかまえて「ケツメド」などと下品に侮蔑するのはマルクス・レーニン主義に反すると自己批判をせまるような、ごくつまらない心的機制のもちぬし(ゆえに、アナザー「ケツメド」)なのである。だいたい、わたしは略歴その他をWikipediaに載せてほしいと依頼したことも、載せてもよいかとWikipediaから問われたこともないのだ。出版社からの年譜の作成依頼さえことわっているわたしがネットに自己紹介をするわけもない。だいいち、Wikipedia所載のわたしの略歴その他はまちがいだらけであり、とてもではないが引用にたえるものではない。全文削除してほしい。けれど、どうすれば削除できるか、調べるのもわずらわしい。まちがいだらけの略歴を載せたのはわたしではないのに、修正、削除のために時間をさくのもばからしい。武田泰淳「……まあ、ぼくら南京大虐殺には、直接参加してませんけれども、つまり兵隊が銃をもつという問題があるんですね。武器をもつと、ふつうの心理とは、まったくちがったものになってしまうことですよ。ふつうの市民として生活してるときは、善良でよき父である百姓や商人が、いったん銃を・・・・・・・」 堀田善衛「銃をもっていると、銃をもっていない人間は、自分たちの仲間じゃない、という感じで相対する、ということになるんじゃないか」 武田泰淳「そう、そう、それは日本人がことにひどいと思うんだ。というのはね、日本人というのは、いつでも外国人を恐れていて、おびえているんだな。そのおびえが反対に軽蔑するような態度で現れてね、恐ろしいからやっつけるんですよ」(1973年『私はもう中国を語らない』)。ヘイトスピーチの源流をおもう。1938年に陸軍省が撮らせた南京の資料映像がとどいた。午後、鉄筆から連絡。『霧の犬 a dog in the fog』がけふ、取次に搬入され、書店に到着しだい、順次発売となる。都心の一部書店では今夜から新刊が店頭にならぶ。関東地域は明日には発売、北海道や九州は、週明け月か火曜日になるという。鉄筆の渡辺氏夫妻が文字どおり孤軍奮闘している。エベレストにのぼった。(2014/11/21)

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・心臓が水をふくんだ荒縄のようなものでつよくしめつけられた。呼吸がみだれ、視界が涙でくもる。なんの涙かはわからないのだ。怒りか羞恥か恐怖か。なんてことだ!わたしたちのいまは、この過去からすこしも途絶えずに今日までつづいているのだ。21日深夜、旧帝国陸軍省と海軍省の「指導」で、国策映画会社「日映」カメラマンが1937年から翌年にかけて従軍撮影、製作した南京攻略・占領の記録映像(56分)を、あえぎながらみた。犬がなぜか映像にむかってはげしく吠えた。屍体はすべて異様なほどきれいさっぱりとかくされているのだから、「残虐な映像」ではないといえばそうなのかもしれないが、それがかえって怖い。わたしはこれ以上に残忍さ、陰惨さをおのずからただよわせてしまっている実録映像をかつてみたことがない。屍体はかくせても、空気はかくせない。日本軍将兵は、南京武力制圧とその後うちつづいたであろう血なまぐさい住民殺戮のさなかにも、南京の戦場から皇居にむかって一斉に深々と礼をするいわゆる「遙拝」をし、「天皇陛下万歳!」と三唱し「君が代」をうたっていたのである。天皇はしばしば「大元帥陛下」とよばれ、ことあるたびに万歳が三唱された。国家神道のしきたりにのっとって、従軍してきた宮司がのりとをあげ、松井石根陸軍大将(戦犯で死刑)や当時陸軍中将だった皇族、朝香宮鳩彦王(戦後は、豪邸に住みゴルフざんまい)らが玉串を奉奠する。殺した無数の中国人の霊にではもちろんない。靖国とおなじく、戦死した「皇軍」将兵の「英霊」に、である。玉串は榊(サカキ)ないしその代用とみられる木の枝に「四手」(しで、「紙垂」とも書く)といわれる細長い和紙をつけたもので、それがおりからの強風にあおられ、各所でたなびき、びょうびょうとうなるのが、名状できないほどの恐怖をさそう。このシーンはなぜか長回し。儀式はことごとに「天皇陛下」「大元帥陛下」の名のもとにとりおこなわれる。破壊されつくした南京の廃墟は、まえにも映像でみたことがあるが、あらためて息をのむ。ワルシャワの廃墟もすごかったが、南京の廃墟とはなにかがちがう。もう午前1時半。眠らなければならない。ヒトラーの軍隊ともムッソリーニの軍隊とも、天皇の軍隊はあきらかにことなる。なにがか?なにがちがうのだ。もの凄い殺気と妖気、胆汁質の痴れたなにか。そのなにかが、わかるようでよくわからない。画面にうつる兵隊たちの多くか、すくなくとも、なんにんかは、『時間』にでてくる〈殺〉〈掠〉〈姦〉にかかわったはずだ。『時間』にはそう書いてあるのに、醜悪なにおいが抽象化されていて、うすい。この映像は〈殺〉〈掠〉〈姦〉を周到にかくしているにもかかわらず、吐き気をもよおさせる野蛮なにおいが濃厚である。昭和天皇はこの映画をみたのだろうか。平成の天皇はみたか。NHKはなぜこれを全篇放送しないのか。ワルシャワ蜂起ではなく、鬼気せまる南京の記憶をなぜひとびとにみせないのか。ああ、眠らなくては。この映像56分をみたら、もしもつうじょうの神経ならばだが、「君が代」にすぐさま耳をふさぐはずだ。日の丸に目を掩うはずだ。憲法9条がなぜできたのか、憲法9条を壊すのが天人ともにゆるしがたい犯罪であることが、骨身にしみてわかるはずだ。天皇制がつづいていること、靖国が現存することが、いまさら不可解になるはずである。まともな神経の持ち主ならば。この映像は堀田の『時間』と基本的に矛盾するところがない。むしろ、『時間』の描写の足らざるを、沈黙のうちに補強してくれる。また、国策映像がかくした空白を、『時間』が補完している。中国映画『南京!南京!』とも大きな乖離がない。なんと、この国策映画、戦争宣伝映画の方が、『南京!南京!』よりも、よほどリアルで残忍な感じなのだ。侵略者「皇軍」の底知れぬ不気味を、かくしたくてもかくせていないでいるのには、ほんとうにおどろきいる。みずからの不気味を不気味とはわかっていなかったのだ。なんたる過去か!なんたるいまか!動悸がまだつづいている。2時半をすぎた。眠らなければならない。DVDの箱には『南京ー戦線後方記録映画−』とある。冒頭、「我々の同胞が一つになって闘った数々の光輝ある歴史の中でも南京入城は燦然たる一頁として世界の歴史に残るだらう。その日の記録としてこの映画を我々の子孫に贈る」の手書きの字幕。酔い痴れている。「数々の光輝ある歴史の中でも南京入城は燦然たる一頁として世界の歴史に残るだらう。その日の記録としてこの映画を我々の子孫に贈る」。悪意も羞恥心もむろん皮肉もない。天真爛漫に得意になり誇ってさえいる。ニッポンという、とんでもない主観。皇国、皇軍、神国、神州不滅という、度しがたい倒錯。いまものこる母斑。武田泰淳「ぼくは兵隊にとられて、貨物船に乗せられてね、上海のそばの呉淞(ウースン)港に上陸したわけだ。……そこに上陸してさいしょに会った中国人は、生きた中国人じゃなかった。死骸になった中国人だった。そうしてそれからズッと、まあ、半年くらいは毎日死骸を見た。食事もとるときも、寝るときも、井戸の中にも、丘の上にも、あるものはぜんぶ死骸ですからね、いやでも、その間を縫って歩かなきゃならなかったわけですよ。どこへ行っても死臭がただよっている」(『私はもう中国を語らない』)。ましてや、あのときの南京に死骸がないわけがなかった。『南京ー戦線後方記録映画ー』は死骸をかくした。しかし、恐怖にひきつった民衆の顔まで修正するほど芸は巧みではない。撮り手はニッポンというとんでもない主観と倒錯のがわから、命の危機におびえる中国民衆を、たいして意ももちずに傲然と撮影している。エベレストにのぼらなかった。(2014/11/22)
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2014年11月11日

日録1―8



私事片々
2014/11/11〜2014/11/17

小さな白い花.jpg

・なんという下品な光景であろうか。レッドカーペットを模した派手な照明、花火、そろいのシルクの伝統衣装。バカげている。あれは解放前の中国の金貸しが着ていたのとおなじ上衣じゃないか。金もちの強欲「老爷」(ラオイエ)=旦那。下品だ。傲然たる習近平。金もちに群がる貧乏人。老爷、给我点儿钱吧!(旦那、ちょっとお金をめぐんでおくんなせえ!)。北京のAPEC首脳会議。これでもかこれでもか。オリンピックのときとどうよう成金趣味のど派手な演出。「過ぎたるはなお及ばざるが如し」。日本のことわざではない。これは「論語」だろうが。習近平と首相Aの臭い三文芝居。金権中華帝国の頭目と頭蓋のなかに軍隊行進曲「抜刀隊」をなりひびかせたニッポン帝国主義の亡霊Aの対決!ジャジャーン。「あるもの、ある人間の、ある国の滅亡が、その全的滅亡の寸前に、その滅亡なくしてはありえなかった、まったく新しい価値、まったく新しいものを生みえなかったとしたら、滅亡に何の価値があろう。わが中国の歴史は、特に近代史は滅亡の歴史である。そのときどきに新しい価値を生んできたのだ」と、堀田善衛は『時間』の主人公の中国人に言わせた。この部分、武田泰淳の「滅亡について」(1948年)をつよく意識し、反発もした文にちがいない。武田の滅亡論にはほとんどすくいがない。徹底している。掘田の「滅亡」は、新しい価値を生むためのそれである。「滅亡の意味は、それが全的滅亡であることにある」と記した武田の滅亡は「新しい価値」なるものを措定しない。「日本の国土にアトム弾がただ二発だけしか落とされなかったこと、そのために生き残っていること」を不徹底な滅亡として残念がっているふしさえある。そのことにかえって惹かれる。掘田は、南京の「死と酒に酔い痴れた」日本兵が、1937年の闇夜に「殺と姦とをもとめて手に手に懐中電灯をもって彷徨する」地獄図絵を、あえて中国人がわから描いた。和式獣性。「わたし」の妻子はすでに兵士らに集団でレイプされ殺されている。掘田は、それでも、「全的徹底的滅亡の寸前」に生じる新しい価値をうんぬんする。わたしはそこに、戦後民主主義によりそった、いかにも掘田らしい、うしろむきなようで奇妙にマエムキな、お気楽なひびきをかんじてしまう。日本は敗戦。その後、中国は第二次国共内戦―新中国成立―大躍進(2000万人の餓死者)―文化大革命(死者無数)―改革開放―堕落した共産党主導下の成金大国化……。ニッポンはいま憲法9条を事実上放棄し、集団的自衛権を行使できる富国強兵路線。南京大虐殺も強制連行も慰安婦の歴史もあったものではない。習近平と首相Aは、おびただしい死者たちの霊を代表し、諸矛盾を揚棄して「新しい価値」をつくることができるか。とんでもない。こいつらは歴史をさらに全的滅亡へとむかわせる不吉な老爷がたである。エベレストにのぼった。右コース失敗。左コース、かろうじて成功。(2014/11/11)

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・自民党がどうしたの首相Aがどうしたの、といった話はしたくないのだ。やつらがことばのもっともわるい意味あいで卑しい存在であることについては、とっくのむかしに言いあきた。〈おまえたちは卑しい!〉と何千万回さけんだところで、事態はすこしもかわらない。わたしたちは、大別して、〈ひどく卑しいもの〉と〈ふつうにナニゲにすこし卑しいもの〉の2種類しかない世界にある。おおかたは〈ふつうにナニゲにすこし卑しいもの〉の安全な地平から、もちろんすこしも命がけではなく、たいした損害も被らずに、〈ひどく卑しいもの〉を難じ、そうすることで、みずからが卑しい圏内にいないかのように錯覚したりしている。しかし、われわれはせいぜいよくても〈ふつうにナニゲにすこし卑しいもの〉以上ではありえないし、なにはともあれ、〈卑しい圏内〉から脱することはできない。〈ひどく卑しいもの〉と〈ふつうにナニゲにすこし卑しいもの〉の2種類しかないのだとしたら、ふつうにナニゲに後者を選んでしまうのが人情なのかもしれぬ。だが、そういう無意識の〈グレーゾーン選択〉こそが、じつはかえってなによりも卑しいのではないか。〈ひどく卑しいもの〉を主観的な善や皆とおなじ〈ふつうにナニゲにすこし卑しいもの〉の市民的安全圏からではなく、いっそ〈ひどく卑しいもの〉の視線で、睨みたおせ。睨み殺せ!夜更けに卒然としてそうおもうことがある。ただたんに在るだけの現実世界に、人間がただたんに在るだけというのは、おもえば、バカげている。ただたんに在るだけというのは、じつは酷薄なのである。ただたんに在るだけの現実世界には、仔細にみれば、なにか危ういものが刻々闌けてきている。それにたいし、ただ無害であるだけの(そう主観的におもいこんでいる)人間存在というのは、むしろ酷薄で冷酷であり、ほんとうはすこしも無害ではありえないのだ。ただたんに在るだけの民は、けっして無辜ではない。だんじて。無害で善なる民は、存在として、酷薄で冷酷なのだ。〈ひどく卑しいもの〉にこそ、みいだすべき自己存在のヒントがある。唐突だが、この点で、わたしは宮崎駿をいとう。その延長線上で、『時間』の「わたし」=堀田善衛のありようをしばしばいぶかる。〈悪〉の、〈善〉とみまがう多重構造が描ききれていないか、描くのを避けているかのようだ。結果、ニッポンはすくわれる。かれらは善の顔をした〈ふつうにナニゲにすこし卑しいもの〉であり、存在論的には〈ひどく卑しいもの〉よりも、より卑しいのではないか。妻子が日本兵に強姦され惨殺されたというのに、血の復讐ではなく、さかしげに「新しい価値」をかたり、マタイ受難曲を想う中国人の「わたし」というインテリは、たんに被害者をじにんする者または〈ふつうにナニゲにすこし卑しいもの〉であるがゆえに、〈ひどく卑しいもの〉なのであって、〈知的〉善面がだんだん鼻もちならなくなる。北海道議会の最大会派「自民党・道民会議」の議員が道議会決算特別委員会で、「アイヌが先住民族かどうかには非常に疑念がある。グレーのまま政策がすすんでいることに危機感をもっている」「われわれの祖先は無謀なことをアイヌの人にやってきてはいない。自虐的な歴史を植えつけるのはいかがなものか」などと述べた、という。ただたんに在るだけの現実世界に、人間がただたんに在るだけであるとすれば、〈だからどうしたの?〉ということである。しかし、わたしはこの発言は犯罪的というより、めいかくな犯罪だとおもう。慰安婦、強制連行、南京大虐殺……の史実ぬりかえにつらなる卑しい犯罪だ。「われわれの祖先は無謀なことをアイヌの人にやってきてはいない。自虐的な歴史を植えつけるのはいかがなものか」というロジックは、いま闌けてきているもっとも卑しく酷薄な気流と同質のものである。ただたんに在るだけの現実世界に、人間はただたんに在るだけでよいのか。宮崎駿ていどの口あたりのよい〈正義〉で、闌けてくるこの卑しさと戦えるか。できはしない。戦うからには、市民的安全圏をも戦線にするくらいの覚悟がなくてなにができるというのか。戦うからにはこちらも相応に傷つくしかない。このクニの卑しさはそうまで闌けてきている。どんどん悪擦れしてきている。エベレストにのぼった。峻険な右コースは心理的にも身体的にも無理になった。左コースをえらぶ。悔しい。(2014/11/12)

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・にもかかわらず、『時間』は貴重なテクストである。わたしのテクスト『時間』はいま手もとに2種類ある。ひとつは新潮文庫(昭和32=1957年発行、昭和48=1973年15刷)。そして集英社の昭和戦争文学全集第11回配本(第3巻)「果てしなき中国戦線」(1965年)所収の「時間」。箱入りの後者(350円)には、「時間」のほか、「生きている兵隊」(石川達三)や「審判」(武田泰淳)などが収載されているのに、オビには田村泰次郎の「春婦傳」のみが紹介されている。オビ文(惹句)は「日本兵達の欲情に泥まみれとなりながらも、朝鮮娘・春美は恋を知り、悩み、もだえた!」というのだから、まるで売らんかなのポルノ映画の宣伝文句みたいだ。担当編集者の見識がうかがえるとともに、時代であろう、なにかしら無防備な観がある。オビ文は通常、編集者が書く。他方、新潮文庫『時間』の裏表紙(表4)には、内容紹介とコピーを兼ねた短文が記してある。掘田さんはこれに目をとおしたかどうか知らない。わたしは考察にあたいする一文とおもうのだ。「日中戦争の初期、日本軍占領下の南京を舞台に、一人の中国人インテリが、権力の重圧のもと、血なまぐさい大虐殺を目撃しながら、ひたすら詩と真実を求めて苦悶する姿を、その手記の形でえがく。人間の運命が異常酷烈な試練をうけ、営みのいっさいが日常的な安定を失った戦時における人間存在の根本問題を鋭く追究して、戦後文学の潮流を象徴する力作長編小説」。おもしろい。文の綾がどうのというまえに、きょうびこれだけの表4 を書ける編集者はまずいまい。まじめで、過不足なくまとまっていて、品がよい。それが一点。しかし、万々一、今日、新潮文庫の表4にこれが書けたとしても、採用されるかどうか。それが第二点。まちがいなく「血なまぐさい大虐殺を目撃」がひっかかる。ニッポンでは朝野あげていま、南京で「血なまぐさい大虐殺」などなかったことにされていて、大手出版社がわれもわれもと嫌韓嫌中本刊行に大わらわなのである。南京大虐殺も慰安婦もきゃつらのデッチアゲで、わがほうの一部自虐史観との合作とされているのだから、この新潮文庫『時間』が新たに重版されるとしたら、それじたいが出版界にとってちょっとした内面的「事件」なのであり、もし重版されたにしても、表4は差し替えられるはずである。第3点目。新潮文庫『時間』の表4は、古き佳き時代の新潮文庫らしく、香りたかく、文としても目だった瑕疵はない。のだが、どうだろう、妙に抑制がききすぎてはいないか。なんだか、他人事のようなのである。「血なまぐさい大虐殺を目撃しながら、ひたすら詩と真実を求めて苦悶する姿」は、掘田がフィクショナルにつくりあげた中国人インテリなのであって、それが掘田じしんの内面につながると了解できるにせよ、南京大虐殺と「わたし」という、ほんらいもたれるべき当事者性が、やはり他人事のようにうすまっているのだ。身もふたもなく言えば、もともと加害者側として内省すべき者が、あれあれ、いつのまにか被害者側になって南京大虐殺をかたってるよ、ということだ。それが意識的になされたか無意識の巧知のせいだったかはよくわからない。言えるのは、戦争犯罪を戦争犯罪一般として他人事のように表現する、いかにも無責任な〈ニッポン的語り口〉は、現在のおおっぴらな歴史修正主義以前に、早くも1950年代からあったのだということだ。とうに退職されただろう新潮社の編集者たちをなつかしくおもいだす。仕事はさっぱりしなかったが、お世話になった。フーコーを送っていただいた。むかし、かのじょら、かれらと村上春樹について話題にしたことはあっても、『時間』について話したことはなかった。けふも『時間』を一頁一頁なめる。「素朴な――しかしわたしは都市の労働者よりも誰よりも、彼等(農民)の方がずっと残忍であるということも知っている」。農村出身の日本兵のほうが南京でだれより残酷だったというのだ。うーん、それはそうかもしれないが、掘田さん、そんなにしれーっとかんたんに言わないでくださいよ。とおもう。戦争にながくいっていた古山高麗雄さんに訊いたことがある。学歴のある兵士と学歴のない農民兵とでは、どちらが残忍でしたか?古山さんはそくざに、堀田善衛とまったくおなじことを答えた。ひそかに逆の答えを期待したのに。わたしは心のへんなところにへんな傷をこしらえてしまった。エベレストにのぼった。右コース。やっと。(2014/11/13)

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・東大ポポロ事件というのがあった。東大の学生団体「ポポロ劇団」が1952年、本郷の学内で松川事件をあつかった演劇『何時の日にか』の上演をおこなったさい、観客のなかに私服警官4名がいるのを学生が発見し、警官を拘束して警察手帳をうばい謝罪文を書かせた。それを口実に学生が逮捕、起訴される。これにより、憲法第23条が保障する「学問の自由」とそれを基本理念とする「大学の自治」が、この国ではじめて本格的に議論された。一審の東京地裁は「大学はがんらい、学問の研究および教育の場であって、学問の自由は、思想言論集会などの自由とともに、憲法上保障されている。これらの自由が保障されるのは、それらが外部からの干渉を排除して自由であることによってのみ、真理の探究が可能となり、学問に委せられた諸種の課題の正しい解明の道がひらかれるのである」「大学はそれじたい、一つの自治の団体であって、学長、教員の選任について充分に自治の精神がいかされ、大学の組織においても学長の大学管理権を頂点として自治の実態に沿うような構成がつくられている。これにくわえ、学生も教育の必要上、学校当局によって自治組織をもつことを認められ、一定の規則に従って自治運動を為すことが許されている」として学生らを無罪とした。いまからすれば、まるで夢のような名判決である。二審も一審を支持したため(!)、検察が上告。最高裁判所大法廷は、しかし、1963年(昭和38年)5月、原審を破棄し、東京地方裁判所に差し戻した。その理由は「本件集会は、真に学問的な研究と発表のためのものでなく……本件の集会に警察官が立ち入ったことは、大学の学問の自由と自治を犯すものではない」からという。これに全国の大学が怒り、学生も教員もデモをした。わたしは19歳で、ポポロ判決抗議のデモ中に公安条例違反で逮捕された。まだ血で血を洗う内ゲバも連合赤軍事件もないころである。1963年にはケネディが暗殺され、堀田善衛が『審判』を、大江健三郎が『性的人間』を上梓した。最近の京大キャンパスでのできごとと学生寮強制捜査で、そのポポロ事件をおもいだした。ただ、ポポロ判決のころは、大学の自治だけではなく、言論・思想の自由を蹂躙した旧治安維持法の再来という危機感が大学にも学生にもメディアにもあった。最高裁の判断にしても、大学の自治じたいは肯定していたのである。いまはどうか。言論・思想の自由がうばわれるという危機感はほとんどない。このたびの京大での事件を、秘密保護法とのかんけいで深刻視するむきはまことにすくない。しかし、ことはいわゆる〈過激派〉の問題ではなく、権力がいま、秘密保護法適用の予行演習をしている、ということである。「特定秘密」の対象になる情報は、「防衛」「外交」「特定有害活動の防止」「テロリズムの防止」などとされている。これら分野における政府方針に反対するうごきにも官憲の調査権がおよぶ。つまり範囲などはなにもない。わたしをテロリスト教唆とみなせば、いつだってしょっぴける。なんのことはない、治安維持法の再演である。「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」という治安維持法が、条文の範囲をむげんに拡大し、ひとびとを苦しめ、密告者を増殖し、思想をいかにゆがめたか。ポポロ判決のころはまだその記憶がのこっていたのだった。社会に嫌悪感があった。いまはどうだ。大学で高度の自治意識をもつところは皆無かきわめてすくなく、学生運動を暴力団とおなじ〈反社会勢力〉ときめつけて警察と積極協力してキャンパスからしめだすうごきばかりではないか。教員からも学生からも反権力、反権威の気概がすっかりなくなった。端的にいって、そういう社会はクソである。エベレストにのぼった。(2014/11/14)

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・『霧の犬 a dog in the fog』(鉄筆)の見本でき。スケジュールどおり。渡辺氏夫妻がレンタカーで待ち合わせ場所にもってきてくれる。当然ながら、写真やPCデータより実物のほうがよほどいい。この黒は名久井さんでなければつくれない独自の黒だ。50冊左手でサイン。むかし湖南省長沙で彫ってもらった印で落款した。夫妻が自宅まで送ってくれた。S君から久しぶりにメール。「ひとは存在するのではない。ひとはみずからを存在する」。わたしはみずからの存在を負わなくてはならない。エベレストにのぼらなかった。(2014/11/15)

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・NHKBS「ワルシャワ蜂起 70年目の“タイムw”」。正直、ひどくがっかりした。つまらなかった。まるでオコチャマ番組。悲しかった。テレビには大きな誤解がある。モノクロ映像を彩色したからといって歴史認識がふかまるというものではないのだ。かえって逆だ。映像から陰翳が消え、ふかみがなくなる。これでは重層的な歴史の平板化、単純化だ。あるしゅの「歴史修正」ともいえる、作り手の視線の浅さにおどろく。歴史観の浅さは人間観の浅さだ。なんだかむかっぱら腹がたつ。この連中が南京大虐殺事件のドキュメンタリーをつくったらどんなことになるのか。寝るまえにおもう。歴史が痩せ細ってきている。エベレストにのぼった。(2014/11/16)

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・昨夜NHKBS「ワルシャワ蜂起 70年目の“タイムW”」をみた空しさ、腹だたしさがけふも尾をひいている。なによりもまず、作り手にワルシャワ蜂起の知識とそれへのおもいいれが、まったくないか、きわめてうすいこと。ネット上のNHK番宣では「ことし、ポーランドで第二次世界大戦中に撮影されたモノクロ映像が、カラーでよみがえった。映るのは、ナチス占領下で祖国を取り戻そうと立ち上がったワルシャワの人たち。20万人が犠牲になったとされる〈ワルシャワ蜂起〉の様子が克明に記録されている。戦後、蜂起を無謀な作戦と非難するソ連の影響下で、長らく封印されてきたこの記憶。自由を求める長く厳しい闘いの軌跡を、カラー映像と生き残った人たちの証言でたどる」。ほう、そうだろうか。〈ワルシャワ蜂起〉の様子が克明に、だと?うそつけ。ソ連軍はポーランド国内軍とレジスタンスを捨て石にし、もともと抵抗運動を敵視していたのではなかったか。ソ連赤軍は自軍の損害をすくなくしようとポーランド国内のレジスタンス組織を利用、赤軍のワルシャワ進攻にあわせ武装蜂起せよと指示。決起予定日は1944年8月1日だったが、しかし、前日の7月31日からドイツ軍内に増援部隊が配備され、赤軍に被害がではじめる。それを口実に、ソ連軍はヴィスワ川東岸で進軍を停止。つまりレジスタンスへの背信。壮大な見殺しである。ワルシャワはドイツ軍の猛烈な「懲罰的攻撃」にさらされ、市民ら22万人以上が殺された。ソ連軍は翌年1月になってようやく進撃を再開し、かんぜんな廃墟となったワルシャワに入城。そして、あろうことかレジスタンス活動家らを逮捕しはじめ、醜いスターリン主義の本質をさらす。生きのこった活動家らはしかたなく地下水道などにかくれ、裏切ったソ連共産党とその協力者らへのテロで抵抗をつづける。『地下水道』、『灰とダイヤモンド』などポーランド映画“抵抗3部作”はこうした史実なしにはありえなかった。NHKの番組には、コラブもマーチェク・ヘウミツキも、もちろんだが、でてこない。かれらの雰囲気のかけらもなし。若い番組制作者はだいいち、『地下水道』、『灰とダイヤモンド』もみていないのかもしれないな。『地下水道』、『灰とダイヤモンド』はフィクションだし、モノクロ映画だけれど、彩色されたテレビ番組より1000倍もリアルで風景がふかい。テレビ番組では、ドイツ降伏後、ロンドン亡命政府系パルチザンとソ連共産党支配下のポーランド労働者党(ポーランド統一労働者党)との内訌がどれほど複雑で、熾烈だったかもさっぱりにおってこない。ワルシャワ蜂起70年後の今日、ポーランドはこんなにすばらしくなりました、とでも言いたいのか。コラブやマーチェクの怒り、悲しみ、思想的蹉跌を、番組制作者は想像しない。レジスタンスが、結局、ナチスとスターリニズムという「二重の敵」とたたかわざるをえなかったことの絶望的苦闘の痕跡も、番組では消えている。ユダヤ人も消えている。史実が漂白されている。作り手に苦悶がない。これではだめなのだ。ワルシャワ蜂起 は、NHKのすきな安手の感動物語ではありえない。ファシズムとスターリニズムによる挟撃という酷烈非情の歴史の象徴でもあったのだ。くわえて、ファシズムとスターリニズムへの協力者、内通者、二重スパイ……。いくえもの黒い影。あの時代が暗くて、いまは明るいとでもいうのか。ばかな。ところで、籾井、百田、長谷川某ら極右nutsどもは、まだいけずうずうしくNHK権力の座にいすわっているのだろうか。そのことと番組の質の劣化はかんけいがないのか、あるのか。NHK職員は首相Aがおくりこんだ極右nutsどもに腹がたたないのか。みずからなすべき抵抗を放棄した者どもにワルシャワ蜂起の悲劇がえがけるわけもない。エベレストにのぼった。(2014/11/17)














posted by Yo Hemmi at 14:57| 私事片々 | 更新情報をチェックする

2014年11月04日

日録1−7



私事片々
2014/11/04〜2014/11/10

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・『時間』を上着のポケットにいれて歯医者へ。犬はトリミングにいっている。晴天。なにごともない。なにごともなさそうだ。なにごともなさそうにみえる。ハナミズキの葉むらから小鳥たちの、ひとをはばかるということのない、鋭いさえずりが聞こえる。あれはヒヨドリではない。なんだろう。待合室。2か月前にきたときと空気がいれかわっていない。「……数は観念を消してしまうのかもしれない。この事実を黒い眼差しで見てはならない。また、これほどの人間の死を必要とし不可避的な手段となしうべき目的が存在しうると考えてはならぬ。死んだのは、そしてこれからまだまだ死ぬのは、何万人ではない、一人一人が死んだのだ。一人一人の死が、何万にのぼったのだ。何万と一人一人。この二つの数え方のあいだには、戦争と平和ほどの差異が、新聞記事と文学ほどの差がある……」。黒い眼差し。どういうことだろう。一人一人の死と何万人もの死。むずかしいアナロジーではない。「これほどの人間の死を必要とし不可避的な手段となしうべき目的が存在しうると考えてはならぬ」。それはそうである。わかりきったことだ。「戦争によって、日本人の運命と人間の運命が非情にためされ、人間のいとなみの一切が日常的な安定を失って問題化したとき、まともに、誠実にこの問題に対決しようという作家は、いやでも観念的にならざるをえなかった」と、堀田善衛の生前に、佐々木基一は文庫で『時間』を解説した。くだらない。じつにくだらない。掘田さんはおおようなひとだったのだろう。凡百の物書きが自著をあれこれ評するのをとくにこばみはしなかった。「問題化」「この問題」とはなんだ。「戦争によって、日本人の運命と人間の運命が非情にためされ、人間のいとなみの一切が日常的な安定を失って問題化したとき……」とは、よくもまあ、いけしゃあしゃあと言えたものだ。南京大虐殺とはそういう「問題」か。観念的にならざるをえなかった、だと? ばかな。政治家、教育者だけでなく文芸家までもがこのていどの認識だったから、みろ、いまや南京大虐殺などなかった、中国のでっちあげだ、という言説が堂々とまかりとおるようになったのだ。佐々木は南京大虐殺を戦争一般の「問題」とし、「日本人の運命と人間の運命が非情にためされ」たテーマとして、大虐殺のあまりにもリアルな事実をそっくり生き埋めにして、ものごとをエセ文芸的に処理しようとした。佐々木はその意味であざとく、政治的だった。『時間』は、じつのところ、すこしも観念的ではないのだ。掘田は酸鼻をきわめた事実から逃げてはいない。事実に分け入り、立場を入れ替え、思考の錘鉛を闇に深くおろしたのだった。逃げたのは評者らである。「……数は観念を消してしまうのかもしれない。この事実を黒い眼差しで見てはならない。また、これほどの人間の死を必要とし不可避的な手段となしうべき目的が存在しうると考えてはならぬ。死んだのは、そしてこれからまだまだ死ぬのは、何万人ではない、一人一人が死んだのだ。一人一人の死が、何万にのぼったのだ。何万と一人一人。この二つの数え方のあいだには、戦争と平和ほどの差異が、新聞記事と文学ほどの差がある……」。これは簡明でうごかざる真理ではないか。この簡明にして不動の真理を、敗戦後の社会が、天皇個人をふくめ、どれほど「わがこと」としてとらえたか、どれほど彼我の傷をわが手でなぞったか、記憶をどれほど必死で反芻したか、外形の傷を内面の生傷として、どれほど永く深い受傷として、感じつづけ、痛みつづけ、悼みつづけ、傷を傷としてもちつづけたのか、これらすべてを、どれほど切実に後代に語りついだのか。否。否だ。まったく否だ。名前をよばれた。診療室にはいる。まえかけをつけられる。口をアーンとあける。なにごともない。なにごともなさそうだ。なにごともなさそうにみえる。幼稚園児たちがいたのでエベレストにのぼらなかった。(2014/11/04)

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・『霧の犬 a dog in the fog』の装幀、昨日校了。鉄筆からデータがとどく。長谷川潔のエッチングが闇の奥によりくっきりとみえている。執筆時のイメージもだいたいこんなようなものだった。ブログの写真を差し替える。堀田善衛の『時間』にまだこだわっている。昨夜もおそくまでかんがえこんでいた。どうしてか。じぶんでもよくわからない。文庫がボロボロになってきた。すっかり黄変していた本が、左手だけで不器用に、しょっちゅう繰られるものだから、頁がたまらず、はずれかかっている。この小さな紙の束が、解体し崩壊しかかりながら、なお記憶の古層の肝心なところにまとわりつき、わたしをひどくゆさぶる。記憶の総括のやりなおしをせまってくる。1973年当時、たったの120円だった本。たいしたものだ!紙魚、黄変、湿気ったにおい。印字のうすれ。それらすべてが大事な記憶にかかわる。ニッポンとは、かつて、「イスラム国」だったのだ。のようなものだった。じつはもっと酷かったのだ。「シャー・リュエ・ジエン」。発音を聞くだけでドキドキする。顔が赤くなる。sha・lue・jian。殺・掠・姦。中国侵略日本軍は、日本では「皇軍」、中国では、べつに南京にかぎらず、「シャー・リュエ・ジエン」の「鬼」とみなされていた。「何万人、何十万人の不幸には、堪える方法がない、だから結局は堪えることが出来るということになる。小さな不幸には堪えることが出来ず、大きな不幸には堪える法がない」と、掘田は小説『時間』で書いた。そして、すぐにつづけて「人間は幸福か。」という疑問形をクエスチョンマークをつけずに配した。改行。「あれはたしか、去年、三七年の十二月十三日の午後だった。城の内外ともに集団的戦闘が終止したのは」。また改行。堀田善衛は書きつつ、ここでいったん息をとめたはずである。パラグラフの最後。「それから約三週間にわたる、殺、掠、姦――」。殺人、略奪、強姦。1行アケ。「シャー・リュエ・ジエン」。その音がどれほど内臓深くにつきささってくるものかをわたしは知っている。「シャー・リュエ・ジエン」の日本鬼子。知っていて、このわたしでさえ、忘れかけていた。なににわたしはこだわっているのか。あったかどうか。どれほどあったか。それもある。が、それよりも、記憶の根を断たれること。記憶の根を断たれたげんざいに平気で生きることの無意味にいらだつ。エベレスト登頂1回目失敗、2回目なんとか成功。登れなくなったら、それで終わり。(2014/11/05)

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・ひきつづき『時間』にうちのめされている。どうしてこうもゆりうごかされるのか、わからない。かんがえこむ。『時間』は小説である。フィクションだ。学術論文でも、歴史書でもない。だが、そんな分類が、いったいなんになるだろう。ここまで言ってもよいのものか、とわれながらとまどいもしつつ、あえて言いたくなる。だれにたいして、というのではない。若いひとたちとか後代のためにとか、口はばったいことをかたるべきでもない。わたしはたぶん、自身にむかって言っている。じぶんに抗議している。おまえは怠惰だったと。なにをしてきたのだ、と。世の中などもうどうでもよい。皆がこれを読んだほうがよい、読むべきだとはおもうが、そんなことはまたべつの話だ。歴史は、などと大上段にかまえるつもりもない。そうだ、こう言ったほうがいいかもしれない。歴史は万人のものではない。歴史は、あくまで〈わたし〉とのかかわりあいのなかで、記憶のかなたにたちあがる、究極的には普遍的風景ではなく〈わたしの風景〉である。フィクションかノンフィクションか、などたいした問題ではないのだ。不思議なことではある。細部。細部。どこまでも細部。ディテール。陰翳。におい。声。うめき。闇。風。それらのない漂白され脱臭され血抜きされた歴史など歴史じゃない。南京大虐殺にかんする本をこれまでずいぶん読んだ。映画もみた。数十年後の現場いったいをあるきまわり、ひとびとの話も聴いた。南京大虐殺の事実そのものを、せせらわらいながら、まるごと否定する者らの本も読み、言い分を聴きもした。事実を肯定し、紋切り型の正義をかたる者らの話も聴いた。死んだわたしの父の記憶が背負う南京がどんなものか、想像したこともある。だがしかし、あえて言う。けっきょく『時間』の風景が、わたしには既視感の確認のように、もっとも自然に体内にはいってきたのだ。「皇軍」の兵士がほしいままに殺戮をし、レイプをし、略奪をしたのは、中国を10年も勉強した者なら、だれでも知っている〈常識〉である。しかし、『時間』の〈画角〉をほんきでかえりみることは、なぜか、すくなかった。避けてきたのだろう。〈「皇軍」の兵士がほしいままに殺戮をしレイプをし略奪をした事実〉。これらの文言にディテールはない。ディテールのない歴史は歴史ではない。年表だ。カチンの森事件だってそうではないか。死者のみぞ知る、か。ちがう。カチンの森事件では、しかし、南京大虐殺にくらべれば、第三者機関をふくめた検証がなんどかなされた。カチンの森事件は〈幻〉ではないことがみとめられている。南京大虐殺はいまやリーベンでは〈幻〉あつかいである。殺、掠、姦。シャー・リュエ・ジエン。殺戮、掠奪、強姦。それはそうだ。あったのだ。『時間』によれば、あるときそれらは、じつに奇妙な動作の後におこなわれた。日軍(リージュン)の兵士らは、民家におしいり、目もあてられない狼藉をするまえに、ズボンをさげ、絨毯のうえに大便をした、というのだ。部屋にたちこめるものすごい異臭。そとには鎌のような月。やがて哀痛の声。銃声。あるいは日本刀が肉を斬る音。「一刀、饒命(じょうめい)の叫び、二刀、叫び声はようやく微かに、三刀、寂然として声なし」。ディテール。細部。細部。細部。細部……。こういうことをかたる者を、この国は「国賊」と言いはじめている。それならわたしはコクゾクになろう。エベレストにのぼらなかった。犬、コビトと東口ミスド。(2014/11/06)

サザンカ2014年11月.JPG

・「日本兵は、彼ら相互の間においてもそうだが、どうしてああも頭部及び特に顔を殴ることが好きなのか」。『時間』で描写された他の、おびただしくむごたらしい所業にくらべれば、ちょっとしたフェイントのようにもおもえるこの〈さりげない疑問形〉が、ずっと生々しく尾をひいている。わたしにはわかるようでいて、容易には答えられない。答えられないのだけれど、風景にはむかしからなじみがある。その風景はまちがいなく、わけのわからぬ湿土ニッポンどくとくのそれだった。いわゆるビンタ。ビンタとは抵抗のできない者、あるいは抵抗を禁じられた者への、一方的暴力である。富士正晴の文章にもビンタがよくでてくる。富士は「ビンタをとる」と書いた。五味川純平、古山高麗雄らのものにもしばしば登場した。その動作は「ビンタをとる」とも「ビンタを張る」とも言われた。だが、内村剛介や石原吉郎がシベリアのラーゲリでロシア人にビンタを張られていたとは、あまり聞かない。V. E. フランクルやP.レーヴィの著作にビンタはあったっけ。わたしが知らないだけかもしれないな。あったにせよ、けっして頻繁ではなかったはずである。ニッポンでは、まるで呼吸のように、しょっちゅうあった。その動作はひとつの〈日本的様式〉でさえあった。通常、被殴打者は直立不動でたたされる。直立不動のさきには不可視の天皇がいた。おもいきりビンタを張られ、倒れたり、からだがゆらいだりすると、再び直立不動を命じられ、またまた顔を殴られる。被殴打者による反撃は、どうやら、かんがえられもしなかったらしい。顔をなぐられて「ありがとうございます!」と言ったりする。言わされる。あれはニッポン様式でありニッポン的秩序でもあった。それがニッポンの思想の根にあった。ニッポン人はニッポン語で「バカヤロウ!」と罵り、ニッポン人だけでなく、中国人、朝鮮人の顔を、朝夕のあいさつのようになぐった。手だけでなくスリッパでなぐりもした。わたしの父も中国でやったらしい。しかし、「どうしてああも頭部及び特に顔を殴ることが好きなのか」と、ビンタというどくとくの暴力様式をとりあげて、ニッポン人が真剣に自問したことはひじょうにすくないかほとんどなかっただろう。だからわたしはギクリとしたのだ。ビンタという日本的暴力様式は、この社会が戦後もながくひきずってきた、一方的暴力による陰湿な秩序の形式でもあった。どこか胆汁質の天皇制ファシズム。教育現場をはじめひとが集合する場、スポーツ合宿あるいは家庭でさえ、ビンタは〈ふつうの動作〉であった。その、みなれた風景に、いまさらハッとする。ハッとしてしばらくぼーっとかんがえこむ。ビンタはいま、なにに変容しているのだろう。昨夜、歯を磨きながらテレビをつけた。むかし八百長プロレスの実況でオーバーなしゃべりをしていた、とても貧相な顔をした男が、あいかわらずそらぞらしく流ちょうになにやら話をしている。プロレスの実況とおなじ調子で、ヘラヘラとニュースをつたえている。ひとは変わらぬものだ。天皇主催の園遊会のニュース。プロレス実況男が、天皇夫妻はほんとうにご立派だ、としきりに感動している。女性のキャスターがなんどもうなずく。ふいにおもいだす。戦犯の絞首刑は、1948年(昭和21年)12月23日に執行された。すなわち、いまテレビにうつっている今上天皇の誕生日に。そして、東京裁判における戦犯の起訴は1946年4月29日、つまり昭和天皇の誕生日にかさなる。なぜか。なぜ解明しないのだ。なぜいま、かたられないのだ。なぜですか。なぜなのだ。日本人はなぜ顔をなぐるのがすきなのか。すきだったのか。なぜか。なして。おしえてたもれ。エベレストにのぼらなかった。(2014/11/07)

レッドフラワー.jpg

・コビトがよそゆきのかっこうをしてきた。銀色のドレスで。これからイタリア語のスピーチ発表会でおおぜいのコビトたちのまえでイタリア語を話すのだという。伊大使館後援とか。唖者がどうやって、と訊きかけたが、コビトについてはなにからなにまでウソと謎だらけなので問わずじまい。コビト、イタリア語のスピーチ草稿と楽譜をもっていた。みんなでうたうのだという。Bella Ciaoを。Una mattina mi son svegliato O bella ciao, bella ciao, bella ciao ciao ciao Una mattina mi son svegliato Eo ho trovato l'invasor O partigiano porta mi via O bella ciao, bella ciao, bella ciao ciao ciao……と、コビトが念波でうたう。ああ、そうか、第2次大戦のイタリア・パルチザンの歌だ。ニッポンではそのむかし、「さらば恋人よ」というタイトルで、よく歌声喫茶や民青の集会などでうたわれていたな。わたしはうたわなかった。すきではなかった。わたしはよく「ワルシャワ労働歌」をうたった。でも、なぜだか、Bella Ciaoの日本語の歌詞はだいたいおぼえている。〈ある朝目ざめて さらばさらば恋人よ 目ざめてわれは見る 攻めいる敵を……われをもつれゆけ さらばさらば恋人よ つれゆけパルチザンよ やがて死す身を……いくさに果てなば さらばさらば恋人よ いくさに果てなば 山に埋めてよ……埋めてやかの山に さらばさらば恋人よ 埋めてやかの山に 花咲く下に……道ゆく人びと さらばさらば恋人よ 道ゆく人びと その花めでん〉。いまおもえば、相当の歌詞ではないか。イヴ・モンタンのBella Ciaoはかっこうよかったよ。中国でも70年代にBella Ciaoを聞いたことがある。北朝鮮でも聞いたな。最近の香港でもデモ隊にうたわれたらしいね。コビトが問う。日本には日本のパルチザンの歌がないの?ない、と言下にわたし。パルチザンがなかったから、パルチザンの歌もない。どうしてパルチザンがなかったの?戦争に反対しなかったの?コビトは知っていて意地わるく訊く。「海行かば」がだいすきだからさ。おおきみのへがすきだからさ。わたしは胸のとおくに聞く。海ゆかば 水漬くかばね 山ゆかば 草生すかばね 大君の 辺にこそ死なめ かへりみはせじ(長閑には死なじ)……。ああ、なんという歌であろうか。かばねとは「屍」だ。気をつけ!バカヤロウ。もとい。満目累々と屍なのだ。恋人だのヘチマだのと言うな、バカヤロウ。いいか、大君の辺にこそ死なめ、だ。気をつけえ!右むけ右い!いいか、かへりみはせじ、だ。バカヤロウ。のどには死なじ、だ。それだけ。理屈もヘチマもない。文句あっか。コビト笑う。犬の背にのって、しゃなりしゃなりとでかけた。O bella ciao, balla ciao, bella ciao ciao ciaoと、うたいながら。掘田さんもBella Ciaoをうたったことがあるだろう。フランス語で。「海行かば」は、かつてうたったかどうか知らぬが、その凄絶といいますか、ドスというか、凄みは、はらわたでかんじていただろう。『時間』は1950年代に書かれた。これはくだらぬ疑問だけれど、もしも2014年にかれが生きていたとしたら、『時間』を書いただろうか。書けたか。かりに書いたとして、書けたとして、はたして、つつがなく出版できただろうか。『時間』は1950年代という時代の流れと浸透圧のなかで書かれたのではないか。赤報隊は、なぜ手がかりがないといわれているのだろう。『時間』はロシア語訳があるそうだ。だが、中国語訳があるのか知らない。エベレストにのぼった。内科。薬。ダフネ。(2014/11/08)

中庭のツバキ.jpg

・「テンペスト」を習ったことがある。川田先生の特別授業で。夜に川田先生の下宿に習いたい生徒がいくのだ。むずかしくてさっぱりわからなかった。川田先生は東北大の大学院でシェークスピアとサッカーをやって、わたしのいた高校に英語教師としてやってきた。無口でハンサムな先生だった。60年安保闘争後、1、2年しかたっていなかった。えらいものだ。授業後にじぶんの下宿で生徒にただでシェークスピアをおしえるのだから。ある夜、わたしと石田君が志望大学をきかれた。わたしが答え、つぎに石田君が答えた。とたんに、川田先生が顔色をかえて、裂帛の気合いで「やめた。でていけ!」と怒鳴った。レッドカード1発退場。わたしの「テンペスト」はそれでおわった。寒い夜道を石田君は泣いてあるいた。先生はわけを諄々と説くということをしなかった。あのころは〈諄々と〉ということをあまりしなかった。「やめた。でていけ!」。理不尽だなと、かんじた。理由をまったくわからないでもなかったけれども、先生の怒りのはげしさは、わたしの想定する理由とどうにもつりあわなかった。石田君はただ防衛大学校にいきたいと言っただけだったのだ。そのことをずっとおぼえている。きのう、大学でおしえている友人が、「保護者会」で学生の両親と面談し、つかれたとメールしてきた。いまどきは大学にも保護者会があるのか。おどろく。日本軍は南京攻略後に威風堂々の入城行進をした。軍楽隊が行進曲を演奏した。どんな行進曲を演奏したのか、しらべている。だいたい見当はつくのだが、確証はない。なんとなくあの夜の川田先生と石田君をおもいだす。最近の防衛大では、徒歩行進曲として旧大日本帝国陸軍分列行進曲「抜刀隊」を平気で演奏するらしい。平気の平左。知らないこちらがマヌケ。「抜刀隊」は1943年、東条英機が観閲した雨の明治神宮外苑競技場での学徒出陣壮行会でも演奏された、侵略と玉砕戦争のシンボルであり、自衛隊・防衛大ではそれをおもんぱかり、いちじ不使用だったらしいが、いまはまったく問題なし。首相Aが観閲した去年の自衛隊観閲式でも「抜刀隊」(それに軍艦マーチなど)が演奏された。防衛大生が儀礼刀を顔面にかかげ、宙を薙ぎおろす動作も、曲と同様、戦前戦中からのものだ。歌詞がすごい。〈敵の亡ぶるそれまでは 進めや進めもろともに 玉ちる劔(つるぎ)拔きつれて 死ぬる覚悟で進むべし……〉。玉ちる剣を抜きつれて、とはどういう意味か。なんという日本語か。でたらめ。死ぬる覚悟で進むべし、とはいくらなんでもあんまりではないか。めちゃくちゃである。ああ、川田先生の激怒のもとはこれか。「抜刀隊」は警視庁機動隊の行進曲でもある。いまはもうだれも遠慮しない。「抜刀隊」がながれるなか自衛隊・防衛大生らが行進すると市民がねつれつに拍手する。キャーッ、ステキ!1937年、南京入城のときの行進曲も「抜刀隊」ではなかったか。きっとそうだ。ところで、防衛大にも保護者会があるのだろうか。みんな顔が中学生のようにあどけなくなった。あどけない顔で、たぶん戦争の意味も知らずに、「抜刀隊」行進をしている。戦前――戦中――戦後――戦前……のながれにはまるで途切れがない。いまもおなじ黒い川がながれている。「戦争は宿命論的な感情をもっとも深く満足させる。平和とは、戦争がないという消極的な事柄であるよりも、むしろ、奴隷的な宿命論や、破滅的な人生観に屈従せぬということなのだ」(『時間』)。掘田は中国人の「わたし」にこう述懐させることで、堀田善衛じしんの(1950年代の)戦後観をかたったのだとおもわれる。そのとき、掘田はニッポンのいまをかけらほども予期しえなかったにちがいない。エベレストにのぼった。南京大虐殺のときに「抜刀隊」は演奏されただろう。すごい歴史だ。ニッポンはその血のどこかに「宿命論的感情や、破滅的な人生観」を、そうとはまったく自覚せずに、もちつづけているのではないか。川田先生は、福島大学の教授時代にいちどお目にかかったが、その後どうしていらっしゃるか。石田君は元気だろうか。(2014/11/09)

黄色の花2014年11月.jpg

・天皇は首相Aをひどくきらっているらしい。新聞記者たちが、わけしり顔でそう言う。中曽根政権のときもそうだった。中曽根がテレビに映ると、テレビを消しなさい、と侍従に命じたらしい。記者らは、まるでみてきたかのようにそう言う。前者は平成の天皇、後者は昭和天皇。ざんねんなことに確証はない。新聞記者がそう言うなら、ウラをとって記事にすればよいようなものだ。が、記事はひとつもない。ウラはとられたためしがない。新聞記者くらいうわさ話がすきな連中はいない。けれども、記者は命がけでウラをとる気もない。首相Aも中曽根も記者たちも、藤田省三のタームで言えば、このクニに蔓延する典型的な「天皇制的俗物」なのである。すなわち、たてまえは天皇の神聖をみとめながら、じっさいはそれを利用してみずからの個人的意思(野心)をつらぬくやから、ないし、そうしたニッポン根生いのいじましく卑怯な精神構造のもちぬしなのである。したがって、実在する天皇そして天皇制は、かれらの〈価値の究極目的〉ではさらさらなく、言説や感情・精神を権威づけるための、いわば培養基である。ヤクザ・ゴロツキ同然の与野党の政治屋にとってそうであるだけでなく、反権力をちらつかせるジャーナリズム、学芸、教育、文化界にとっても、げんざいますます神聖不可侵とされつつある〈象徴天皇制〉は、さりげない、しかし、異論をみごとに封じる、ニッポン的〈理想と正義〉の培地であるわけだ。はじめにもどれば、首相Aを厭う小心翼々たるサラリーマン記者たちが、みずからの口ではそうは言えずに、じつは天皇が首相Aをきらっているらしいという流言を小声でかたってはいっとき溜飲をさげ、他方、じぶんらが所属する新聞は大々的に天皇傘寿記念特集記事をくみ、首相Aの反動的諸政策にも反対しない、というしかけなのである。天皇制利用のこれがヌエ的本質であり、便利なところでもある。わたしはなぜこんなことを書くのか。なにをかくそう、わたしは1937年冬に南京でおきたこと(いや、自然災害ではないのだから、「皇軍」がひきおこした酸鼻の大犯罪とはっきり言おう)は、天皇または天皇制あるいはその心性となにもかんけいがないのか、あるのか、あるとすればどの点であるのか、ないとするならどの点でないのか……に少なからぬかんしんがある。堀田善衛もかんしんがあったにちがいない。わたしはそう確信する。しかし、『時間』に天皇は書かれていない。天皇ではなく、わずかに朝香宮が3字のみ記されているだけだ。おそまつきわまる佐々木基一の解説も、もちろん触れてはいない。なぜか。天皇と天皇制が南京の惨劇といかなるかかわりもないからなのか。中国をよく知る掘田はそうかんがえたか。ありえない。だんじてありえない。掘田は『方丈記私記』のときも、肝心要の天皇のスケッチをしておきながら、あきらかに描写の強度をおさえ、天皇にかんする掘田の思念、本音の吐露を手びかえている。そう、読みようによっては〈周到に〉〈過剰にならぬように〉手びかえた、筆をおさえたのだ。なぜか。なぜか。なぜか。南京アトロシティーズ(atrocoties)や東京大空襲と天皇・天皇制・それらの心性は、いかなる面でも縁がないからか。冗談ではない。天皇はかつて政治的主権者として万能の「君権」を意味し、天皇レジームは政治外的領野を基礎とした「神国」とされ、天皇家はかつてもいまもニッポンという「家族国家」の核であり範とされているのだ。ならば、南京の「皇軍」はその例外だったと言えるだろうか。南京侵攻日軍は「皇軍兵士」にあらず、「天皇陛下の股肱の臣」にあらず、と言えるか。掘田は知りすぎるくらい知っていた。「『東亜百年戦争』は昭和二十年八月十五日に終わった。……天皇は大元帥の軍服だけでなく、戦争イデオロギーとしての『神格化』と『優越民族観念』を脱ぎ捨てた。ともに戦争が終われば不用なものであったからだ」(『大東亜戦争肯定論』)と書いた林房雄は、よかれあしかれ、率直だった。戦争に負けるまでは神国ニッポンは上から下まで「優越民族観念」を保持していました、ということである。「優越民族観念」はまたぞろ息を吹きかえしつつある。掘田は日軍の「獣性」をひるまず書きはした。然り。だが、それは、しばしば、〈ひとと戦争〉というものにあって不可避的な死――生――性の一般的文脈で表現されすぎた。個別ニッポンの侵略軍があらわにした、とうてい名状不可能なまでの獣性の下地に、あまり類をみないどくとくの「優越民族観念」(まったくどうじに他民族蔑視)があったことには、言わずもがなとでも言いたげに、くわしくはふれていない。ここだ。天皇制の底流にある「優越民族観念」とその湿った襞にはりついているであろう和式の獣性について掘田は詳述はしなかった。佐々木基一の解説などまったく論外である。鈍感なのか。掘田も佐々木も「近代文学」も戦後民主主義もわれわれも、感覚が鈍いのか。そうかもしれないな。ニッポンというクニはかなり鈍感である。だがしかし、われわれは、こと天皇と天皇制については異様に敏感である。過敏である。ほとんど神経症である。これ以上書きこんだら、みえないテロがあるにちがいない、ということに。掘田はそれを知っていただろう。推測。掘田は右翼テロを怖れた。だから、ヒノマルのことを「白に赤玉の旗」とちゃかすていどでおさえたのかもしれないな。にしても、『時間』にはなにか尋常ではないエネルギーがつまっている。そのエネルギーをとてもなつかしくかんじる。なつかしく。ことばは、あのころ、まだしも在ったのだ。エベレストにのぼった。(2014/11/10)







posted by Yo Hemmi at 16:06| 私事片々 | 更新情報をチェックする

2014年10月28日

日録1―6



私事片々
2014/10/28〜2014/11/03

白いコスモス10月25日.jpg

・新刊『霧の犬 a dog in the fog』(鉄筆)のカバーデザイン(名久井直子さん)が送られてきた。文句なし。『眼の海』の海底ともつながる闇に、長谷川潔のエッチングが透かしみえる。気に入っている。著作権者も鉄筆も諒承。これにきまった。青黒い霧のむこうにヒトデ、サンゴ、巻き貝がうっすらみえる。こういう装幀がほしかった。であいがしらにぶつかったみたいで、おどろいている。風邪なおらず。エベレストにのぼった。(2014/10/28)

ハナミズキの実10月14日.JPG

・「社会の暴力団的段階」と言ったのは、アドルノやホルクハイマーたちで、1940年代だった。古典的ファシズムには、racket(ならず者、暴力団)がたしかに可視的に存在したが、その後の監視・管理社会には消えたかのようにおもわれている。ちがう。racketは言葉づかいのよい合法的なthe racketsになっただけのことだ。首相Aはthe racketsの頭目である。川内原発再稼働をみとめた議会・行政・群衆・メディアも、いわば合法的な暴力団のようなものだ。the racketsの諸個人は、なるほど、巻き舌ではない。バカ、アホウとののしりはしない。コンプライアンスとやらをいう。女性のかがやく社会とも。しかし、the racketsのかかげる人間の尊厳や誇りや約束は、ただのみせかけである。the racketsは尊厳をかたりながら尊厳を破壊する。国会議員は大半が、その本質において、暴力団なのである。the racketsには、派手な服を着た与野党女性議員、労働組合幹部、いわゆる識者らがふくまれる。「社会の暴力団的段階」は、すでに終わったのではなく、今日ますます熟してきている。こんごはさらに暴力化するだろう。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/29)

ツワブキ.jpg

・晩餐会にちん入してはならない。そういうことになっている。だいいち、宮中ではちん入のしようがない。ちん入とは、おもえば、おもしろい動作であり身ぶりだ。バルザックにもユゴーにもシェークスピアにも、ちん入シーンはかならずといってよいほど登場する。「ビリディアナ」だってそうだ。物語はだからこそ成立しえたのだ。かつて、ちん入は、しばしばではないにせよ、ときにはありえたできごとであった。入ってはならないとされるある(場ちがいな)場所に、ことわりなしに、とつぜん入りこむこと。狼藉。当惑。狼狽。顰蹙。ざわめき。ちん入者の演説がはじまる。唐突な。見せ場だ。バルザック、ユゴー、シェークスピアはだからこそ出色たりえた。ちん入者が剣を抜き、テーブルに飛びのっていう。淑女、紳士のみなさま、ひとことお聴きいただきたい。この国の無残、貧困、とほうもない格差をよそに、あなたがたはいままさに貧者らの血税によりあがなわれた贅沢きわまる酒食を口にしている。淑女、紳士のみなさま、あなたがたのなかには、あろうことか、悪政の主導者首相Aもすまし顔でメインテーブルにおわせられる。立て、にっくきA。わしがここで成敗してくれん!……といった物語は消滅した。すなわち、そうした「抗う身ぶり」と発想が失われてしまったのだ。みずからの身ぶりをうしなった時代は、どうじにまた、その身ぶりにとりつかれてもいる、という。バルザックもユゴーもシェークスピアもない宮中晩餐会は、ただたいくつなだけである。たんなる税金ドロボー。宮中晩餐会にはちん入者がいなければおもしろくない。わたしたちは「抗う身ぶり」におどろいてみたいのだ。ちん入者たちが「ビリディアナ」のらんちき騒ぎを演ずる。もしくはピーター・グリーナウェイ風に、テーブルにおもいきりゲロを吐きまくるとか、王様のスピーチのさいちゅうにものすごい屁をするとか……。あんた、ばかなことを言ってないで、堀田善衛の「時間」でも読みなさい。コビトにメールで叱られる。エベレストにのぼった。1回目失敗、2度目になんとか成功。『デカローグ』DVD-BOX中古(5枚組)注文。 (2014/10/30)

ヒメツルソバ.jpg

・むかし、未来社に藤森さんという大学の先輩がいて、じつにたくさんのことをおそわった。お金もかりた。埴谷雄高のこと。埴谷の当時としては破格の稿料や小山内薫のこと。よく新劇の切符をもらった。宇野重吉のゴドーをみたのも藤森さんのおかげ。暴力学生のわたしに教養というものをつけさせようとしてくれたのだった。富士正晴や島尾敏雄を読むようにすすめたのも藤森さんだったとおもう。で、富士正晴がたしか31歳で応召したのが、わたしの生年の1944年で、南京や広州、桂林を行軍したことを知る。忘れもしないのが、そのときの富士正晴のじぶんへの「誓い」である。南京大虐殺のずっとあとのこと。ケツメドAは知るまい。知るはずもない。知りたくもなかろう。富士正晴はじぶんで「強姦はすまい」と誓ったのだった。まったく泣けてくる。二等兵で中国に行き、じぶんは強姦しないぞとわざわざ誓約したほど、そして、そう誓約するのが奇異におもわれるほどに、「皇軍」にあってはときに強姦がかならずしも犯罪ではなかった、ということだ。殺(殺人)掠(略奪)姦(強姦)。中国ではかつて、それが日本軍の表象だったのだ。だから「日本鬼子」とよばれた。富士が行軍させられた南京、広州、桂林のすべてにわたしは足をはこんだ。けふ、堀田善衛の『時間』を読みはじめる。昭和48年の新潮文庫、15刷。活字がちいさくてルーペがいる。老けたものだ。佐々木基一の解説はダメ。まるでいけない。『時間』は掘田の作品でもなぜか目だたない。なんとなく目だたないようにされたのだ。権力だけでない。しもじもも、南京大虐殺を(生体解剖も)なかったことにしようとした。じぶんは知らぬとおもいこんだ。ジャパンはそういふ、あるしゅ不気味な浸透圧の社会なのだ、むかしから。そこに歴史学も文学もジャーナリズムもあるといふのだから嗤うしかなひね。藤森さんに感謝します。エベレストにのぼった。もうみたのに、Z00がまたみたくなって注文。従軍慰安婦報道にかかわった元朝日新聞記者が非常勤講師をつとめる北星学園大が、来年度からその元記者を雇用しないことにするらしい。やっぱり。田村学長は「学生の安全と平穏な学習環境をまもることが最優先」と強調。大学祭などの警備に多額の費用がかかったこと、学生からの批判や受験生の保護者から問い合わせがあったことを理由にあげているとか。要すれば、〈わたしどもは右翼の暴力に屈することになりました〉ということだ。暴力に屈するということは、教育機関が、脅しや暴力の威力をみとめることにほかならない。それは教育機関じしんによる知の根本的否定だ。自治の放棄だ。腰抜けども!(2014/10/31)

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・「腰抜けども!」などと、えらそうに言うべきではなかった。すみません。そう言うことにはいかなる意味もない。いま、腰抜けでない者など、北星学園大にかぎらず、どこにもいない。いや、北星学園大にだって、こんどのことを深くなげき、悩み、かんがえこんでいる、どんな魅力的な個人がいるかわからない。きっといるだろう。長万部かなやのかにめしを、いま、そういうひとが食っていないともかぎらないのだ。きめつけてはならない。潜勢態のようなもの。腰抜けと言ったが、おもえば、これはわたしの趣旨に反する。腰抜け、無能、マヌケ、惰弱……は、わたしの友であり味方であり、ひっきょう、わたしじしんなのだから。非の潜勢力にひっそりと生きるひとは、それでも、ひとりでなにがしか抵抗することができるし、なにより「しないということができる」(G.アガンベン)。昨夜、丸の内にいた友人Mからいきなり電話があった。「なにかとくに異変があったわけではないのだけれど、通行人がみんなキチガイにみえてしょうがない」。わたし「……」。M「みんなキチガイにみえてしょうがないこちらが発狂しているのかもしれないし、医者が診たら、そう言うのかもしれない、いや、きっとそう言うにちがいないけれど……」。わたし「……」。M「みな、なにも問題ないみたいな顔してすましてあるいているし、愉しそうにあるいているのもいる……なんかひどい!信じられない……」。あのへんは時間によっては皇居の厩舎の馬糞のにおいがする。皇居だから、だれも文句を言わない。ありがたく嗅ぎたてまつる。馬糞でも人糞でも。Mはほとんど泣き声だった。馬糞のことではなひ。通行人がみんなキチガイにみえてしょうがない、といふこと。つまり、「だれひとりとくにこれといって風変わりな、怪奇な、不可思議な真似をしているわけでもないのに、平凡でしかないめいめいの姿が異様に映し出されるということはさらに異様であった」(石川淳「マルスの歌」)といふことじゃないか。「……ひとびとの影はその在るべき位置からずれてうごくのであろうか。この幻燈では、光線がぼやけ、曇り、濁り、それが場面をゆがめてしまう」ということだ。丸の内の通りがそうだ。北星学園大だってそうではないのか。ニッポン伝来のファシズムの幻燈がこれなのだ。ファシズムの被害者なのか加害者なのか、ぼんやりしていてはっきりしない。被害者でもあり加害者でもあり共犯者でもある。主体をかくすものだから答えられないのだ。エベレストにのぼらなかった。ああ、長万部かなやのかにめし弁当を、汽車にのって食ひたいものだ。犬といっしょに。あれは毛ガニかタラバか。毛ガニとタラバか。(2014/11/01)

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・新潮文庫の堀田善衛『時間』をもってダフネ1号店。頁をひらくも、店内が暗いからか、目がわるいからか、活字が読めない。昨夜、寝室ではルーペなしですこし読めたのだが。読書をあきらめる。窓ごしに曇り空をながめる。とうとつに、長江下りをおもいだした。1970年代末。いっしょに乗船したAFPの記者が、川面をゆびさし「body!」とさけんだ。屍体が浮いていると。冗談だった。みんなで大声でわらった。あのフランス人特派員は、わるいジョークにせよ、いつの、だれの、どんな屍体をおもって「body!」とさけんだのか。長江下りのときはかんがえもしなかったが、36年後のいま、ひょっとしたら、といぶかる。おそらく、『時間』を読んでいるせいだけではない。南京大虐殺記念館(「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」)の建設計画があるという情報をつかみ、記事を北京からテレックスでおくったのはわたしだった。南京に行った。話をあつめたが、あまり記事にはしなかった。「旧聞」とおもったのだ。おどろかなかった。大地をあるくと布団をふんでいるように、いつまでもフカフカした。たとえようもない異臭。足首までもぐるほど地面がゆるかった。トラックではしってもガタガタ揺れるのでなく、ぬかるんだ。数えきれないほどの人間の屍体がうまっていたから。長江河岸はどこにも水がみえなかった。屍体という屍体が水面をおおっていたから。わたしは生まれていない。ただ、既視感がある。南京大虐殺記念館の記事はたいした話題にも問題にもならなかった。ほう、そうですか。そのていど。南京大虐殺は、すくなくも1970、1980年代には、常識的な史実だったから。日中関係はわるくはなかった。北京の国際クラブのコートでよくテニスをした。駐北京日本大使館の阿南惟茂さんともテニスをした。わたしはたしか全敗。かれは有能な外交官で、人間的に中国当局の信頼をえていた。むろん、阿南惟幾陸軍大臣の六男であることは知っていたけれども、あまり意識したことはない。南京大虐殺の話もまったくしたことがない。ただ、コート上に汗をたらしながら、ああ、おれは旧侵略国の陸軍大臣の息子とテニスをしてるのだな、不思議だな、中国は太っ腹だな、阿南惟幾は陸軍人事局長時代の1937年12月に、南京を視察していたのではなかったか……などと、ボツ切れにおもったことはある。そのことに当時とくに戦慄はしなかった。いまはなにか感に堪えない。史実がかわったのではない。ひとびとの心がすっかりかわった。こんばんも『時間』を読むことにする。エベレストに2度のぼった。息があがる。(2014/11/02)

落花.jpg

・ダフネ1号店。晴れているせいか、昨日より目がみえる。『時間』を読んでいると、目はショボショボなのに、気分がいくぶんしずまる。どうしてだろう。古い文庫の紙のにおいだろうか。それもないでないな。堀田善衛の思考法、思考の速度、視線の角度、対象物との間、ほどよい距離……か。それらはけっして天才的でも超絶的でもない。どころか、よき知識人の、そこそこぶどまりのよい穏和な思念だろう。武田泰淳のように破綻はしない。そのことに若いときはいらだちもしたが、いまは、掘田のような〈健全な知性〉にも救いをかんじる。掘田たちはほうり投げるまえに、すくなくも手さぐりし、じぶんの頭でしきりにかんがえようとした。「日本」をなんとか対象化しようとした。歴史のるつぼのなかで、もみくちゃにされながら、〈現在〉の歴史的イメージをもとうとした。「わたしは本能的愛国心とか、愛国的な本能などというものを信じない。それはほとんど悪である。そしてその悪を組織したものが用兵学である」。『時間』のなかで、南京大虐殺直前、中国人の主人公にかたらせたことばは、中国人でも日本人でもないゼロ空間にいた掘田の本音だ。掘田が生きていたら、もちろん、首相Aに危険を嗅ぎ、はげしく嫌悪したはずだ。埴谷も武田も野間も梅崎も、AとA的なるものだけはきびしく拒絶しただろう。Aは敗戦後社会の産んだもっとも恥ずかしい愚昧だからだ。とんでもない落第生。落第生でも勉強家はいる。人格の高潔な落第生はいる。だが、Aはちがう。無知にいなおり、無知を仲間とし、無知を増殖し、無知を培養し、ひたすら無知にのみ依拠している。右でも左でもそのことに気づかぬ者は、かつてなら、いなかったろう。いまは右も左もほとんど死んだ。Aはものごとには際限がないこともある、ということを知ろうとしない。じぶんの尺度で世界には際限があるとおもっている。際限のない事象に、世界には際限があるとおもっている、額のきょくたんにせまい小物はいらだつ。思考に際限のあるものが、いけどもいけども、やれどもやれども、際限のないものを相手にできるわけがない。物理的にも形而上的にも、まったくかないはしない。漱石は「互殺の和」などといったが、中国相手に互殺はだんじてありえない。土俵中央でがっぷり四つはありえない。中国はたかだか直径4.55メートルの土俵から、ほとんど図体のぜんたいがはみでてしまう。掘田も武田も高見順もそのことを肌で知っていた。田中角栄だって本能的に知っていた。吉本さんはそれを知らずに亡くなった。中国は際限がない。たとえ滅んでも際限がない。エベレストにのぼった。(2014/11/03)









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2014年10月21日

日録1―5



私事片々
2014/10/21〜


センニチコウ.jpg

・沼気ふつふつとわきたつドブのような世界。まったくかたるにあたいしない。にもかかわらず、こちらとすぐ地つづきというのだから、どうにもならない。陋劣をあげつらうと、いつのまにか、こちらも陋劣になっている。黙っていても、意思することも意識することもなしに、忌まわしい大罪にまきこまれていく。しかし、罪とあやまちについては、他者のせいや共同責任にするのではなく、「個々人がみずから責任をおわなければならない」とレーヴィは言った。さもなければ、文明の痕跡がきえるから、と。そんなものはきえていい。だいいち、ほとんどない。「個々人がみずから責任を……」とは、たぶん、わたしがわたしの責任を、いま……ということだ。Aが平気で存在していられるのは、Aら他者たちの問題であるとともに、わたしの陋劣ともかかわる、ということだ。エベレストにのぼった。昨夜、「霧の犬 a dog in the fog」の著者校正と追加を鉄筆社に送る。けっきょく216枚ほどになった。つかれる。つかれるしかない。(2014/10/21)

きのうの花.JPG

・「早く首つれ朝鮮人!」「朝鮮人は呼吸するな!」「よい韓国人も悪い韓国人もどちらも殺せ!」「殺せ、殺せ、朝鮮人!」ーー。「朝鮮で売れない売春婦が日本にきて客をとった。それが慰安婦だ!」ーー。このしゅの演説やシュプレヒコールを「言論表現の自由」と言うのだろうか。首相Aは、表現の自由とのかかわりもあるという。首相Aがえらんだ国家公安委員長は、こうした醜悪なシュプレヒコール、街宣活動の実行責任者らと長年昵懇のあいだがらである。警察のトップが極右レイシストと親密なかんけいーーそれがこの国だ。国家公安委員長はカトリック信者にして神道政治連盟国会議員懇談会の幹部。靖国だいだいだいすき。聖歌もうたえば軍歌もうたう。日蓮宗系とも統一教会系ともかんけいあるとか。節操もなにもあったもんじゃない。朝鮮人死ねとさけぶレイシストたちのまえを、われかんせずととおりすぎる市民。良民。極右レイシストを黙ってささえる良民。ドイツでもネオナチのかくれた支持者は反ネオナチをよそおう市民という。良民はあやしい。「朝鮮人は呼吸するな!」という命令形日本語の奇抜な発想および含意とそうさけんだ者の、そうさけんだときに脳裡にうかんだ画像的イメージはどうだったのか。精査せよ。ことばと歴史と累代の気づかざる情念。関東大震災のとき、トビ口で朝鮮人を惨殺したイメージか消えていない。どす黒い悪気流の発生源には、Aとその仲間たちがいる。わたしたちはからだをはって極右レイシストたちとたたかう用意があるのか。極右レイシストたちは「天皇陛下万歳!」という。マスメディアとともに皇后傘寿をことほぐ。朝日新聞は皇室特集がとりわけだいすきである。天皇皇后は、おそらく意思に反し、異様なまでの神格化のストーリーにとじこめられている。これら諸現象の関係式をしめせ。なにがおきているのか。反吐がでないか。いつかコリアンの友人に酔って言ったことがある。あなたがたはおどろくほど寛大だ。わたしがコリアンだったら、일본사람を孫子の代までゆるしはしない。えっ、日本人のなにをゆるさないのか、と反問された。答えた。あの「声」だよ。モクソリ목소리だよ。友人に皮肉られた。「あの」じゃなく「この」でしょう。そうなのだ、チョウセンジンハ、コキュウスルナ、チョウセンジンハ、シネというときの不気味な抑揚、声調、それを音声としてとらえてしまうじぶんの聴覚と言語基盤がつくづくいやになる。ほんとうにいやだ。やつらはほんの少数の例外だ。わたしたちとなにもかんけいがない。そんなかんがえもいやになる。やつらの声はわれわれの昏い奥からのなんらかの派生なのだから。「声についてかたる必要があるとすれば、私はたったひとつの不在の声を選ぶであろう」と書いたのはだれだったか。沈黙、鳴りやんだ音の傷痕……についてかたろう。それはそうなのだけれど……。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/22)

9月に見た花.jpg

・気配ということばを知らなかった。子どものころ、たぶん知らなかった。あるいは、ことばを知ってはいたのに、子どものあやつることばではなかったからか、つかいはしなかった。ことばをつかいはしなかったが、ありとある幽かな気配にとりかこまれてくらしていた。気配はふとかんじるか、なにもかんじないかの危うい識閾をかすめていくふたしかななにかであり、それゆえ、記憶にはのこらないか、かりにのこったとしても、ごくあいまいである。意識という作用がゆっくりとはたらきだしたり消失しはじめたりする境界。そうしたものがあるらしいと知ったのも、ずいぶん長じてからである。あの東北の大震災とくに大津波の気配と、海が黒くもりあがる情景を、半世紀もまえに、子どもの識閾でかんじていた。ほんとうなのだ。というと、わらわれるけれども、わらうな、とむきになるわけにもいかない。わらわれるしかないのだ。子どものころにはウスバカゲロウが意識の境をふらふらととんでいったりとんできたりした。ウスバカゲロウはいつもかすんでいた。ウスバカゲロウをウスバカゲロウとはよばず、カミサマトンボとよんでいた。カミサマトンボもいまおもえば気配であった。なにか不安定で危うい気配であった。あのころは麦の穂の影も潮騒もアリジゴクの巣も小鳥のさえずりも、たえずなにかを幽かにささやいていた。そういえば、きのう、ユキムシ(雪虫)のことをかいた短文をよんでいて、ヒヤリとした。どうしてかよくわからない。むかしはあれをたしかワタムシといっていた気がする。ワタムシもわたしにはなにかの気配だった。でも、ウスバカゲロウのような、よからぬ気配ではなく、どこか陽性の幻であった。短文には、ところが、「ためしに、ユキムシの翅をこすってみたら、白っぽい表のなかに黒っぽい裏が浮かんできました」とある。ぼうっとしていた識閾を小さな影がかすめた。わたしはワタムシをたなごころにとらえたことはある。そのまま死なせてしまったこともあるかもしれないな。わすれているのかもしれないな。だが、体長5ミリかそこらの小さな虫である。翅をこするまでしたことは、たしか、ない。それはおもいもつかなかった。数秒間落ちつきをうしない、ひと呼吸して、ああ、これは譬喩なのか、とおもいなす。やや当惑したまま。無垢そうでいたいけにみえるものにだって、仔細にみれば、暗ぐらとした「裏」がある。ということか。よくわからない。他者の経験の投影である。よくわかることができるはずもない。ワタムシの記憶をたぐる。それをみた海辺の集落は、津波にきれいにあらわれた。すっかりなくなってしまった。カミサマトンボだけでなく、ワタムシたちも50年後の災厄を聞こえない声でつたえていたのだろうか。このさき、ユキムシをみることはあるかな。おそらくあるまいな。まんまんいち、ユキムシをつかまえたとしても、翅をこすってみることもあるまいな。裏も表も、ユキムシのせいではない。一片の土地と小さな虫たちの苦痛。バルトークはそれこそを問題にした。わかるけれど、よくわからない。あやふやな識閾をユキムシとウスバカゲロウがとんでいる。ゆききしている。かすんでいる。でも、はっきりとわかっていることはある。ユキムシの「裏」じゃない。災厄はきているということだ。さらに大きな災厄がくる。なにも終わってはいない。Aは災厄そのものなのだ。気配は世界に充満している。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/23)

バッタファック.jpg

・サルビアの花のうえでバッタが2組、おたがいにみせつけあいながら、ながいことファックしていた。後背位。そうしかやりようがないのだろう。背中のオスはメスの子どもほど小さい。コビトはオスのチンチンがみえるという。ほらほら、青いチンチンが、そこに!とさわぐ。わたしにはみえない。写真はボカシをいれた。エベレストにのぼった。昨日、鉄筆文庫版『反逆する風景』の見本届く。(2014/10/24)

コスモス10月25日.jpg

・「霧の犬」のつかれがとれない。公園。森や草地に勾配があるのか、じつはないのか、ぐらぐらしてわからない。座ると、おきるのに一苦労する。なぜ従軍慰安婦のかかわる歴史的事実をみとめることが「国の恥」であるのか。強制的につれてきたり、なかば強制的にハンティングした事実を、一報道機関のミスを奇貨として、これでもかこれでもかとおおさわぎしまくり、まるごとぜんぶなかったことにしようという黒い冷熱のようなエネルギーはどこからでてくるのか。かれらは借問しないのか。「国の恥」を言うなら、原爆を投下した米国にたいし、原爆投下は人道上の大いなる罪であった、といちどたりともみとめさせようとしないで、米国のただの飼い犬になっている歴史こそが真の恥ではないのか。日本の侵略戦争が大罪であったように、米国による原爆投下はゆるしがたい大罪であり、両者の罪はまったく相殺できない。という初歩的で基本的な歴史認識をAたちはもてない。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/25)

10月25日の苔.jpg

・筑摩書房刊「戦後日本思想大系」の5『国家の思想』(1969年)の36頁上段に載せられた、とある男女の写真のキャプション。「敗戦直後、大元帥の軍装から背広に着換えた天皇と皇后」。このモノクロ写真がすべてをものがたる。笑顔。とくに男の破顔一笑。原爆2発投下からまだ半年もたっていないとき。なんの恥じらいもかげりもない、朗らかに白い歯をむきだした、邪気のない笑い顔。その男の髪によこからそっと手をやる女。悪びれもせず、屈託もない、ただ楽しげな男と女。これこそ、すべてを円滑に卑劣に無化してきたこの国の無思想、イカサマ文化のいしずえである。今日も明日もそれは有効である。「いま、〈大多数〉の感性が〈ワレワレハオマエヲワレワレノ主長(ママ)トシテ認メナイ〉というように否認したときにも、……〈ジブンハオマエタチノ主長ダカラ、オマエタチノタメニ祈禱スル〉と応えそれを世襲したとすれば、この……存在の仕方には不気味な〈威力〉が具備されることはうたがいない」(吉本隆明)。イカサマの極致。福島県知事選。開票後ただちに自民、公明、民主、社民が支援した候補が当選確実。なんのための原発事故、なんのための選挙、なんのための社民党か。争点がなかったのだという。争点がない?!おお、なんということだ。天国の堀内良彦君よ、見たか。エベレストにのぼらなかった。風邪。熱。(2014/10/26)

うろこ雲.jpg

・きのふ熱にうかされて、たわごと、うわごとをしゃべりつづけた。1時間くらい。焦げくさい納屋か厩舎(どちらかわからない)の暗がり。なにかが焼けているのではない。藁が焦げくさいのだ。藁はよい。藁くさいのはよい。藁の底で、星くずがよわよわしくひかっている。夢うつつだった。韓国まで元慰安婦の婦人たちにあいにいったとき、いわれた。「あんた、テンノーヘーカ、ここへつれてきなさい。うちの手をとって謝ってほしいのよ」。そのとき、かのじょがイメージしただろうテンノーヘーカはすでに病死していた。元慰安婦と元日本将兵と昭和天皇。将兵は「天皇陛下の赤子」とよばれ、大半がそう意識もしていた。かのじょらは陛下の赤子らを多数お世話した。慰安婦――日本将兵――昭和天皇。関係性は成立する。〈テンノーヘーカ、ここにつれてきなさい、手をとって謝ってほしい〉……という感情のばくはつは、したがって、短絡とはいえない。わたしは新聞連載でそのまま書いた。そのまま掲載された。社内からも配信先からも読者からも右翼からも、とくだんの抗議や脅しはなかった。かのじょらはこもごも「軍服姿の男につれられて」故郷をあとにした、とかたった。なんどもたしかめた。そのまま書いた。約20年前である。なにがかわったのか。なにかがまちがいなくかわった。時代が地滑りしている。テンノーヘーカはホーギョし、元慰安婦のハルモニたちも、かのじょらのお世話になった将兵たちも亡くなり、聞きかじりの一知半解の知識と極右思想ばかりがいまは大手をふっている。じつはお世話になりました。この最低限の感謝の意味をAは理解できまい。ひととしての最低限のエチケットをAはまるでわかっていない。戦争にかりだされた兵隊の多くが(「チョウセンジンハシネ」とさけんでいる若者たちの祖父たちも)、かのじょらにさんざお世話になったのだ。お世話になっておきながら、「国辱」とかなんとかいって開きなおる。居丈高になる。だから、卑怯、卑劣といわれるのだ。ハルモニたちは疲れきった「天皇陛下の赤子」たちといつしか恋におち、やさしくされ、慰安所にかよってきたかれらを、戦後、涙をながしてなつかしみもしていたのだ。またあいたいと。ひととはそういうものだ。そういうこともあるのだ。かのじょたちにはひととして見習うべきエチケットがある。わたしがあったかんじょたちはそうだった。人間がおとしめられ、見棄てられ、軽蔑すべき存在になっているのは、戦時もいまもかわらない。いや、いまのほうが陋劣である。手におえない。「今日の人間を支配している順応の過程が、つまるところ言語を絶する規模で……人間を畸形にしている」(アドルノ)。Aよ。きみはこんど戦争になったら、きみじしんがひとり銃をもって最前線にたて。天皇の「股肱の臣」としてズボンの前をあけて慰安所のまえに列をつくれ。慰安婦に赤チンとコンドームをくばれ。きみ以外の他の者にそれをやらせるな。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/27)



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2014年10月13日

日録1―4



私事片々
2014/10/14〜2014/10/20

ピンボケ・ハナミズキの実.jpg

・放送大学で亀山郁夫さんがラスコーリニコフと現代のテロリズムのかんけいに言及していた。みたのは再放送分かも。だが、ジャーナリスティックにすぎて鼻白む(ドストエフスキーがそもそもジャーナリスティックなのだ)が、敷衍可能の原型がまったくないではない。わかりやすいっちゃ、わかりやすい。ただし、現代のテロリズムは、反テロ戦争をとなえる米国とその有志連合が一方的につくりだしたCG的イメージである。もっとも大量のテロを組織的にじっこうしてきたのは米国であり、テロをもっとも声高に非難するのも米国である事実は、ラスコーリニコフを現代のテロリズムにむすびつけるのが牽強付会であることをしめしている。テロリズムにはそれぞれ異質な100以上の「定義」があり、テロリズムとは、じっさいには定義のあたわない政治的なことばかレッテルにすぎない。反ナチ運動をナチスはテロリストとよび、中国の抗日ゲリラを、中国を侵略した日本軍はテロリストあつかいして「共匪」とよんだ。ひどいもんです。現代の最悪のテロリストはさしずめ金融資本と投機屋ではないか。それらを守るために反テロ戦争はある。貧乏人は資本の合法テロでかんたんに屠られる。イチコロ。このしくみは昔日よりげんざいのほうが非情でシステマティックだ。亀山郁夫さんの講義の資料でつかわれたロシア映画『罪と罰』は未見。みていて、馬殺しの夢をおもいだす。「霧の犬 a dog in the fog」でとうしょイメージしていた犬殺しのシーンを挿入しわすれたことにも気づく。わすれたのではなく、無意識に忌避したのだろうか。犬殺しのイメージはいつか別途かけばいい。生きていればだが。ところで、まいどAの話で恐縮ですが、Aは不快であり、ふひつようである。Aは最悪だ。Aはばかだ。Aはコンプレクスのかたまりだ。うらはらに不遜で傲慢だ。Aはみえすいている。Aはジンミンをじぶんよりもよほどアホで操作可能だとおもっている。チョチョイノチョイだと。Aはアナルだ。ケツメドだ。ケツメドが、でも、ジンミンを支配している。Aはますます図にのっている。ひとびとは、だからこそ、じつは、Aをとてもひつようとしているのではないか。ドイツ民衆がナチスをひつようとしたように。あとになってすべてをヒトラーのせいにするために、ヒトラーをひつようとしたように、われわれ卑怯なジンミンは、Aをいまひつようとしている。きったねえケツメドを。マヌケぶりを笑いたおし、いつかみんなで罵倒するために。すべてをAのせいにするために、Aをひつようとしている。「霧の犬 a dog in the fog」には、ほんの一例ですけど、そんなこともかいてあります。謎の猫背の小男「エンペ」も登場します。読んでね。鉄筆社がつぶれませんやうに!印税もらえますやうに!エベレストにのぼった。(2014/10/14)

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・わたしが詩をかき読者に曲をつけていただいて歌にする企画をすすめています。年内に完成のよていで。悲しい歌です。詳しいことはまたお知らせします。さて、みなさん、電話の調子がどうもおかしい。メールもおかすいです。たえず監視されているやうです。まえからそうでしたが、Aが政権をにぎってからは監視活動がとくにはげしい気がします。うんざりする。けれども、ほうってもおけない。ご存じのとおり、特定秘密保護法はとんでもない法律である。だれがなんと言おうと、反対です。そこでおもいだすのが「情報保全隊」。自衛隊に「情報保全隊」というのがある。これがですね、イラクへの自衛隊派遣(海外出兵)に反対したおおくのひとびと(市民運動関係者、記者、映画監督らをふくむ)を秘密りに調査・監視していたじじつは意外に知られていない。どころか、「情報保全隊」なる秘密監視機関の存在じたいが隠されていたため、いっぱんに監視活動も問題にされてはいなかった。民主党政権でも「情報保全隊」をあまり問題視せず、むろん改組もされなかった。その調査・監視活動は2013年の仙台地裁の判決で違法とされたが、組織は依然解体されていないはずだ。「情報保全隊」の活動が司法でとりあげられたのは、共産党への内部文書のていきょうからだといわれる。むろん、特定秘密保護法のない2007年ごろのことだ。秘密保護法下では自衛隊の情報収集活動そのものをいわゆる特定秘密とし、したがって、内部告発は「秘密漏洩」とされる。取材もヘチマもありゃしない。監視に抗議するとうぜんの活動も秘密保護に反する違法行為とされて、重罰を科されることになる。すべてが逆転する。主客が転倒するのである。悪名高いかつての治安維持法は、体制の変革、私有財産制度の否定を目的とする結社の組織者と参加者を処罰するためにあったが、じょじょに反政府、反国策的な思想や言論の自由の弾圧の手段として利用され、尾行、監視、予防検束、拷問が日常化していった。治安維持法は1945 年に廃止されたけれども、2014年12月10日に特定秘密保護法として生まれかわり、施行されることにあいなる。あきれることには、特定秘密保護法を可能ならしめたA政権特製の「情報保全諮問会議」なるインチキ会議の座長が、読売新聞グループのもうろく独裁者ナベツネ。特定秘密保護法はつまり、読売や極右・公安機関紙S紙などの全面的バックアップにより、いかにも民意を反映しているかのごとく登場するわけである。Aをただのアホだとおもってなめたらあかんぜよ。正真正銘のアホはアホですが、主要マスコミ各社のキンタマにをぎっている。主要マスコミ各社はA政権にキンタマにぎられてエヘエヘよろこんでいる。他にもAが特派したマルキ印NHK会長以下、経営委員会のサイコパスどもが特定秘密保護法を応援している。総元締めは憲兵隊長スガ。民主党は自民党予備軍。社民党はもはや完全絶滅危惧種。どちらをむいてもファシストばかり。大ヌッポン帝国はいままさに、「ふやけた戦時」なのでありますっ!総員起立、カシラー、右むけ右!クソタレ総理にむかって、ふかぶかと礼!じぶん、けふ、エベレストにのぼりませんでしたっ。(2014/10/15)

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・わたし「あの気管のよくない子、あれからどうしたかな?」。友人「ああ、あの子、午後、大ホールでちょっとみかけた気もしますけど……」。わたしと友人「………」。友人「あのう、そういえば、ことしの6月、庭のバラの木の巣に、ヒヨドリが卵産みました」。わたし「何個?大きい?」。友人「2個……、これ、写真」。わたし「わっ、すごい!こういうの早くおしえてくれなきゃ困るよ」。友人「………」。わたし「………」。そんな話をきのふ、した。うまく流れない。それでよい。そのほうがよひ。どうということはない。「……」は沈黙。あるいは空白、すき間。たぶん「あとから吃りつつなぞられる世界」(ツェラン)。下線部分はなんだかいやらしい。ジャーナリスティックでだめ。昼、感覚障害ひどい。つげ義春のまんがだ、まるで。必殺するめ固め。のまま、マックへ。このまえの女性いない。レジNO2。フィレオフィッシュ319円、アンコパイ124円、ミルク185円。計628円(内消費税46円)。旧喫煙コーナーへ。まえにもなんどかみたことのある白髪の老婆のとなりにすわる。老婆「こんにちは!」。わたし「こんぬちわわん!」。老婆「DVD注文したかね?」。わたし「どのDVD?」。老婆「じぶんのことだよ。あたしゃ知らない」。わたし「ああ、『死神の谷』か。まだ……」。老婆「それじゃないよ」。わたし「じゃ『M』かな」。老婆「いっしょにみようよ」。わたし「やだね……」。老婆「ふん、いろいろかすむかね?」。わたし「うん、かすむね」。老婆「たいてい、かすむわね」。帰ってヒヨドリのYouTubeみる。6月の卵だったら、もうとっくに巣だっているだろう。ダフネできのふの朝刊みかける。「信頼回復と再生のための委員会」発足、だと。なんのことだろうか。「新聞週間がはじまった。うしなった信頼を取り戻すため、身を切るような出直しに取り組む覚悟を新たにする」。悪文。これを写経しろといふのか。だれの、だれにたいする、どのような信頼が、なんのために、失われたのか。信頼はそもそもあったか。「身を切るような出直しに取り組む覚悟を新たにする」。くっせえクリシェ。鼻がまがる。歴史修正主義の怒濤におまえたちも呑まれた。極右政権とその提灯もちメディアに、偽善新聞が戦わずして惨敗したということだ。なぜそういえないのだ。「身を切るような出直しに取り組む覚悟を新たにする」だと。当方の知るかぎり、朝日の下っぱのだれもそんなことおもっちゃいない。だれも身を切る覚悟なんかない。その価値もないからだ。世間のみなさまに、ご心配、ご迷惑をおかけして、ほんとうに申し訳ありませんでした。礼。30秒。腹のなかでべーっと舌をだす。あれとおなじ儀式。予定調和。沈香も焚かず屁もひらない、どころか、ぜったいに波風たてない社外委員4人厳選。これが禊ぎのつもりか。首相Aはおのれのきったないケツを、トイレットペーパーがわりに、朝日で拭いたってことだ。そんなていど。「あとから吃りつつなぞられる世界」である。ヒヨドリの卵をおもう。エベレストにのぼった。(2014/10/16)

キンモクセイ2.jpg

・一本道をいく。だれもいない。あれはなんだろう。ゆくてに赤い点々がみえる。左手にフェンスにかこまれた更地があって、その縁のシイの樹のしたあたりに、むやみに大きなカラスがいて、こちらをみている。このところやつの気がたっているので、こちらは遠慮してとおまわりしている。よしよし、それでよし。カラスはまんぞくげだ。赤い点々にたどりつくまえに、背後からやわらかな風がふいてきて、いっしゅん、かぎなれたにおいをかぐ。あきあきするほどかぎなれた香り。そのなまえが、のどもとからもう半身をのぞかせているのに、いえない。赤い点々が気にはなるけれど、背後の植えこみにぎゃくもどり。きのふをおもいだす。きのふはウサギの目がパラパラと地面にちらばっていたのだ。風でおちたハナミズキの実たち。血の散乱。けふはもうない。植えこみの暗がり。木枝と葉むらにかくれて、なにかがいる。じっと息をひそめている。顔をちかづける。おかっぱのコビトだった。だまってたっている。ひとりだ。身長30センチほど。右の人差し指と親指でわざとらしく「コ」の字をつくっている。これは、どういうことなんだ。なにしてるんだ。答えない。そういう性格なのだ。むずかしい性格。たちさろうとすると小声で「ブルーノ・ベッテルハイム……」という。わたしがさっきかんがえていたことを、声でなぞったのだ。そうやって能力をみせつけようとする。とてもかなわない、とおもわせようとする。かんしんをひこうとする。コビトまたささやく。「スヌデ…スヌデ…」。やめろよ、とわたしはいう。「スヌデ…スヌデ…モウイイ…」と、コビトはけしかける。やりすぎだ。わたしは無視して一本道をあるきだす。赤い点々を目標にする。「セカイタイセンデハナク、センソウノセカイカナンデス……」「世界大戦ではなく、戦争の世界化なんです……」。植えこみの闇から声がきこえてくる。「モウ、スヌデ…スヌデ…」。キンモクセイの闇にコビトがたっている。わたしの気をひこうとして。赤い点々が大きくなる。「アカツメクサ…」。「センニチコウ…」。「スヌデ…スヌデ…」。うるさい、とおもふ。キンモクセイの闇からコビトの声。「ウルサイ…」。「ヒザ、イテエ…」。キンモクセイがにおう。エベレストにやっとのぼった。(2014/10/17)

センニチコウ.jpg

・きのふ、根津の中村さんから情報。指つめた、ニンチなりかけの、すごく小さいおじさんとか、交番とか、ホテル・サンコウとか、泪橋とか。若い巡査とか、根津ほんとはきらいだとか。理屈じゃねえんだよ、熱いお茶をいれてあげるかどうかなんだよ、とか。昔をおもいだす。南千住から根津にいったことがある。やりに。おやりになりに。チッタゴンのあとだったかまえだったか。はっきりしない。なにかんがえてたんだか。なにもかんがえてなかったんだか。三ノ輪駅から地下鉄で夜中に何回か根津にいった。キオスクでビタCドリンク買ったよ。南国のトウモロコシごちそうになった。甘かった。空の鳥かごがなかったかな。あったな、たしか。小鳥ではなく、キュートなリスがいて、なついたんだけど、逃げたの。落ちこんだわ。そう聞いたのではなかったか。かわいいリスよ。ニホンリスかタイワンリスか。わからない。チッタゴンの霧。そこには、たしかにいた。このことばこそおそろしい。3度言ったら、げんじつになる。2行の反歌。朝、暗いうちにかへる。かえってインスタントラーメン食って寝る。かよってたってわけじゃないんだけどさ。とおかったな。根津。でも、中村さんってだれだろ?あのトウモロコシ、中村さんがお茹でになった、ってことだろうか。まさかね。やったとか、やってないとか。どうでもいい。おもひだせない。おもひだせないくらひなら、さいしょからやるな、おやりになるなよ、ってことだ。トウモロコシはおぼえてるのだ。いや、トマトだったか。あおむいたとき頭上に垂れていたベージュのカーテン。カーテンのむこうの霧。チッタゴンの霧。神社、いかなかった。とおもふ。美術館なんか、あるのも知らなかった。夜ばっかりで、あんましおぼえてない。「シェルタリング・スカイ」。ビデオ返さなきゃ。でも、ひっこしでなくしました。すみません。返信する。いま、左膝が痛いのです、となきつく。とても痛いのです。右の脚もだめです。あと、ついでに、まんなかもだめです。根津に夜這いして罰当たりまひた。いまぜんぜん夜這いしてません。イザリですから。いちおう同情をかおうとしてみる。憐れみをこう。だめもと。やっぱり同情されない。いろいろランダムになきついてみる。肩も痛ひのです。ペインクリニックもだめでした。だめもときよみ。「とっとと死になさいよ……」と言われる。すごくしずかにゆっくりと。オ・ス・ニ・ナ・サ・ヒ・ヨ。英訳すっと、fuck you、asshole! けふ、えべれすとにのぼった。ゲラ、めんどくさい。(2014/10/18)

サザンカ2.jpg

・マックの旧喫煙室。ババアがいた。となりにすわる。そこしかあいていないから。右腰をボリボリかいている。痒いのか。訊く。知りたいわけじゃない。たんなる愛想。あいさつ。ババアなにか言ったが、聞こえない。におう。なんだかわからない。ああ、仏壇か。コーヒーうまいか訊かれる。下剤だよ。ババア笑う。エへへへへへ。また右腰をかく。仏壇のにおいが、そこからしてくる。そんなに痒いか。乾燥肌でね。右腰の粉がとんでくる。老い粉。息つめる。老い粉を避けようと、まえかがみになりボクシングのウィービングとダッキングをしているうち、左膝がまたガクリとはずれて激痛。イテテテ。左膝さする。ババアにいわれる。お風呂はいりなよ。いれたげよか。よけいなお世話だよ。ババア問う。ジョゼフ・ド・メーストルって煮ても焼いても食えない反動かね。そんなにひどいやつかね。知らないね。シオラン読むのやめたのかね。ああ。なして。うるさいな。こんどバコバコしようか。69とか。ごめんだね。老い粉入りコーヒーのむ。くそまずい。エベレスト。頂上にガキがいたのでのぼらなかった。(2014/10/19)

ダフネ帰りの黄色い花.jpg

・ダフネ1号店に行ったら、さかゑさんの顔がおかしい。目が青いのだ。青灰色。カラーコンタクトというやつか。ヤギみたいだ。アブサンたのんだら、「まずJSFさくっといこ!」ときた。膝が痛くて、と弱音をはくと、ほな、JSF温熱治療コース―しよ、というので、ビッコひきひきトイレへ。内鍵かけて使用中。さかゑさん左膝にまたがり、体重をかけずに左膝そのものをみずからに包摂する。膝がずぼずぼとめりこんでいく。熱い。たしかに温熱療法である。膝だけだったのがだんだん腿、ふくらはぎのあたりまで温熱の闇にのまれたとき、ほのかにサロメチールのにおい。「なかに湿布薬ぬりこんであるのよ」とさかゑさん。なるほど、痛みやわらぐ。¥2000。青い目のさかゑさん「医療行為はみとめられていないのでだまっててね」。エベレストにのぼった。おりたらまた膝痛。夜、肩痛も。(2014/10/20)








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2014年10月07日

日録1―3



私事片々
2014/10/07〜2014/10/13

金魚.jpg

・右脚をかばっていたら、ついに左膝をいためた。くそ、いてえ。びっこをひきひき生きてたら、はや10年間がたっていて、右だけでなく左もやばくなったということだね、と犬にはなしたら、さうだよ、おっちゃん、さういふことなのだよ、といわれた。けふも「神奈川大学評論」の原稿。「SはPである」の命題形式は「SはPであるべき」を意味せず、むしろ「SはPではない」の可能態をふくみもつ、てなことを書いたりした。繋辞「である」がすっかりだめになった。おれの膝みたいに。「げんじつは理性である」は、ほんらい、「げんじつは理性ではない」をおびているのに、「げんじつは理性であるべき」までいっちゃっている。A政権はたしかにげんじつではある。だがそれは「理性である」でも「理性であるべきである」でもない。たんにくつがえされるべきげんじつである。友人と横断歩道をわたる。友人になんとなくおいこされる。そのうち信号が赤になる。水たまりにたちんぼう。友人はわたりきっている。おいてけぼり。数分間の景色。微茫なながめ。あいまい。目のかすみ。不確定。なにも悪意はない。そのことをちゃんと書くのに、時間が50年ぶんいるかもしれない。そのことだけを書くのに。そんなものだ。「神奈川大学評論」の原稿は明日送ります。そのつもりです。エベレストにのぼった。(2014/10/07)

帰り道10月8日.jpg

・「神奈川大学評論」の原稿約18枚送る。うれしい。やれ、ウレジヤ共和国!なしてうれしいかというと、左膝をダメにして、痛くてひーこらいっていて、原稿どころじゃなかったのに、必死こいてかいたから。犬にもよくやったね、セニョール、っていわれた。かきたいようにかきました。載るかどうかわかりませんが、載ったらよんでね。たしか来月発行号。書店で売ってるか不明。神奈川大学って、若いころ取材でいったことがある。いまはどうかわからないが、自由で、苦学生がおおくて気に入った。おもしろい先生がいたっけ。けふは闇よりもっと深い闇のことをかいた。われわれがいま、前代未聞の戦争状態にあるってこと。「イスラム国」のこと。ぞくぞくするということ。説明不能の世界になったこと。A政権のおぞましさ。そういったことを気ままにかかせてもらった。だから、載るかどうか自信がなひです。もしも載らなかったら、当ブログにて全文発表します。にしても、膝があかん。膝って痛みがすごく深いです。右麻痺で左膝もパーならどうすりゃいいの、と犬に問うたら、犬、まいった魚は目でわかる、だって。いよいよますます本格的ヨイヨイです。ほとんどぶったおれそうになりながら、けふ、エベレストにのぼった。コビトが病院につれてくといっている。眼科、整形外科、消化器外科、放射線科、神経内科、ただの内科、泌尿器科……リンダ、もうわけわかんない。でも、ごくまれにではあるが、夜半にボッキしたりするのである。笑うしかなひ。ははは。(2014/10/08)

ハナミズキの実2014年10月9日.jpg

・「神奈川大学評論」の原稿を差し替える。ややふえる。なんてことないのに、こだわっている。なんてことないから、かえってこだわるのか。よいことだ。メールくる。「玉稿拝受」。ひざまずいてマガタマ2個を両のたなごころにのせて頭をたれる所作を連想。載るかどうかわからない。なにがあってもおかしくない。Aだけじゃない。すべてのケツメドが怪しい。きのふだったか、予算委員会でAがとつじょ気色ばみ「失礼じゃないか!」とさけんだ映像をみた。その形相。ファシストがあるがままのファシスト面をしただけなのに、いまさらドキリとしたのはなぜか。おもわず戦慄したのだ。地金をありていにさらしただけなのに。やっぱりなあ、このアホ本気でやるんだな、とおもったのだ。Aはほんとうはもっと凄みたいのだ。ひとびとを恫喝したいのだ。Aよ、やれよ。いばれよ。脅せよ。もっと尻尾をだせよ。凄みかたとそのタイミングがわからなかったら、チンパンジーの副首相にでもきくことだ。ハナミズキの実をみた。感嘆。こんなに赤いのができるんだな。去年もおなじことをいったらしい。いいじゃない、毎年新鮮で。コビトにいわれる。それから、あの世の話。あなたはひとにはまんべんなくきらわれてるから、ひとの天国にはいけない。それはきびしいね。でも、犬にはすかれてるから、犬の天国(犬天)にいけばいい。犬天で犬とはしりまわれば。どう、お尻のにおいかぎあえば。マクドにいった。あんこのはいったあげものみたいのを食った。顔色のあまりよくない女性が、手にもったパンをじいっとみながら半時間もそのパンを食べていた。が、そのパンはいっこうに減っているようすがない。胸を衝かれた。床屋にいった。エベレストにのぼった。ネットで「イスラム国」とかいただけで公安の自動検索にひっかかるらしい。かんがえたりしゃべったり妄想したりしただけでヤバいことになる。想像罪か。まして本格的に調べたり関係者に取材したりしたら、事情聴取に家宅捜索。ほう。イスラム国、イスラム国、الدولة الإسلامية‎、ad-Dawlah al-ʾIslāmiyyah、イスラーム国、イスラム国……。膝いてえ。(2014/10/09)

葉の露.jpg

・あの起訴はまっとうではない。しかしだ、毎度のことだけれども、どう読んでもジャーナリズムの筋をとおしているとはおもえない、いわゆるヨタ記事のたぐいを載せた事実上の極右・公安機関紙S紙が、おくめんもなく「言論の自由」をかたらって、被害者面、英雄面をしているのはどんなものか。あきれはてる。あれが言論の自由にあたいする立派な記事か、子どもにだってすぐにわかるだろう。低劣!ところが、秘密保護法でも集団的自衛権行使容認でも大した反対をしなかった公益社団法人・日本記者クラブが、このたびは、はげしくいきりたって韓国にたいし抗議声明をだす。日本新聞協会編集委員会とやらも「起訴強行はきわめめて遺憾であり、つよく抗議するとともに、自由な取材・報道活動が脅かされることを深く憂慮する」と、世にいう「上から目線」声明。カス番組ばかりながしている日本民間放送連盟もまた「表現の自由と報道の自由は民主主義社会に欠くことのできないものであり、韓国で取材活動をおこなう同じ日本の報道機関として、つよく懸念している」と、さもえらそうに報道委員長談話を発表。なーんだ、きみらはみんな嫌韓ファシストのお仲間だったってわけか。「表現の自由と報道の自由と民主主義社会」だと!?笑わせるなよ。この国のどこに「表現の自由と報道の自由と民主主義社会」があるのかね。「日本軍創設」を主張し、故土井たか子さんを「売国奴」よばわりする超反社会的 psychopath=極右連中がいまでもNHK経営委員に堂々といすわっている。のっとっている。ファシストたちのわが世の春だ。首相Aは「ヘイトスピーチとはいえ表現の自由とかかわりがある」とのたまい、国家公安委員長は嫌韓ファシスト団体と以前から文字どおり昵懇のあいだがら。昵懇だからこそ、Aにより国家公安委員長ににんじられたのだ。昵懇とは、ねんごろということだ。ねんごろとは、大辞林によれば、(サルの副首相よく聞け)@心のこもっているさま、手あついさまA親しいさま、とくに、男女がなれ親しむさまB程度がはなはだしいさま、度をこしているさま――である。首相Aおよび国家公安委員長、嫌韓ファシスト団体は、すなわち、「ねんごろなかんけい」ではないか。おまえたちはとりわけBの「程度がはなはだしいさま、度をこしているさま」に該当する。あれしきのヤジでAにすごまれて、キンタマちぢませてビビりあがった民主党よ、おまえらはファシスト2軍である。ヒトラーやドラキュラやチンパンジーや psychopathたちの国会。こいつらのために税金や受信料をはらうひつようがあるだろうか。ところで、申しおくれたが、「神奈川大学評論」の依頼でかいた原稿のタイトルは「デモクラシーとシデムシ」である。エベレストにのぼった。(2014/10/10)

ネコノヒゲ.jpg

・整形外科と眼科に。コビトつきそい。感謝。左膝レントゲン。散瞳。眼底写真。黄斑上膜と白内障。まだ手術するほどではない、と。鎮痛剤、湿布薬もらう。歩きはあいかわらずだめ。ボーッとしている。一昨日マックにいた女をけふもおもう。手にもったハンバーガーだけをじいっとみていた。ひとり。たぶん若い。貧しそうだ。おしゃれらしいおしゃれもしていない。眉毛がこい。まわりをみない。店内をみわたさない。携帯もみていない。手にしたハンバーガーから目を逸らさない。食べているようだったが、ハンバーガーはさっぱり減っていない。だとしたところで、べつにふしぎではない、とおもう。前歯で1ミリ食べては、手中のハンバーガーの微減のぐあいをしずかにかくにんしていただけなのかもしれない。かのじょには、ごくうすい笑みがうかんでいるようにも、まったく無表情のようにもみえた。なにかおかしい気もするが、とりたてておかしくもない。これが世界だ。世界があるとすればの話だが。カネッティの『眩暈』の冒頭は、「君、なにしてるの?」だ。こたえは「なんにも」。「君、なにしてるの?」はよけいなお世話なのだ。マックのスタッフ募集のポスター。「ここで生きる……」だったか。夜、テレビをつけて歯をみがく。一青窈というひとがはなしている。つまらない。たいくつ。消そうとしたら、「ハナミズキ」を作詞したきっかけを訊かれて、「9.11があって……」と言っている。えっ。編集されているから脈絡がよくわからない。脈絡なんかないのかもしれない。聞きちがいだろうか。ツインタワーにつっこんだひとたちのきもちをおもって……あのひとたちにだって家族がいたろうし……と話している。テロリストたちのことだ。ハイジャック機につっこまれて死んだ多数のひとびとのことは、たしか、ひとことも言わなかった。「ハナミズキ」の詩の文言は9.11となにもかんけいがないようだが。あの歌の下地に9.11とテロリストたちのことがあったと聞いて、かんがえがたぶん、身軽なのだな、メディアにあまりとらわれていないな、とおもう。9.11のテレビ映像をみながら、あの日、ネコをだいて泣いたというひとをおもいだす。乗客やツインタワーの犠牲者たちがかわいそうで泣いたのだとばかりおもったら、ではなくて、死を賭してつっこんだ犯人たちが哀れでかわいそうだから泣いたのだという。世界というものを「善」と「悪」で分割したり概括したりしない。世界的できごととのかかわりは、もっともらしく概括されたマスメディア製の正義からではなく、とらわれない「個」の、ふるえる感性でかんじる。それが不思議であやうくおもしろい。ハンバーガーに見入っていた女性、「ハナミズキ」と9.11、9.11の映像のまえで泣きながらだきしめるネコ……世界とひとの交錯とは、概括不能であるとき、説明不能とみとめるとき、正直な「個」が乱反射して、かえって生の風景が狂おしくたちあがる。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/11)

カラスにおどされ別の道でみたフヨウ.jpg

・カシの樹のしたをとおったら、カラスに脅された。去年もだった。去年はカシの樹をはなれてもしつように追いかけられた。子犬ほども大きなハシブトガラス。カラスはおもしろい。先日はカーカーでなく「ゲロゲロ」と鳴いていた。ガマガエルがいるのかとおどろいて、みまわしたら、カラスだった。おかしい。どういうつもりかわからない。このところおちつきなくよく鳴く。せわしなく飛ぶ。けふは頭上すれすれを低空飛行。たぶん子育てのさいちゅうなのだろう。「ゲロゲロ」はひな鳥をあやしていた声か。あるいは赤ちゃんを笑わせていたのか。けっきょくはわからない。あのかのじょは手にしたハンバーガーになぜああも長時間じっとみいっていたのか。「ハナミズキ」と9.11のかんけいについて、一青窈がいったいなにをいいたかったのか。大したことではないだろう。大したことかもしれない。大したことの端緒かもしれない。けっきょくはよくわからないのだ。わたしもかのじょたちも。気が触れているといえば、気の触れていないものなどいない。「人間は、つねに人間的なもののこちら側か向こう側のどちらかにいる。人間とは中心にある閾であり……」(アガンベン『アウシュヴィッツの残りもの――アルシーヴと証人』)、人間の本質なるものは存在しない。エベレストにのぼった。「霧の犬」の決定稿を、あすまでつくらないといけない。しかし、いったんはなれてしまうと気がのらなくなる。よくかんがえれば、なにも無理してつくらなくてもよいのだ。これだって、じつは「しないでいられること」のひとつだ。いまやあらゆるひとびとが順応性という流れにのっている。市場も権力もひたすら順応をしいている。こんにち、国会議員のように生き生きと生きるのがいっしゅの精神の失調か異常である時代には、いやだからしないこと、できないこと、無力であること、無能なこと、しないでいられること……に居直る方法があってよい。手にもった120円ほどのハンバーガーを半時間もみつめ、さまざまなおもいをめぐらすこと。すばらしい。だが、権力は(Aだけではない。民衆や市民という痴呆権力も)かのじょをいつまでもそうはさせておかないだろう。反社会的不作為かサボタージュか施設に収容すべき患者とみなすだろう。しないでいられることから、人間をひきはなそうとする。凝視をやめさせる。思索と妄想を遮断する。「こうした無能力=非の潜勢力からの疎外は、何にも増して人間を貧しくし、自由を奪い去る」(「しないでいられることについて」『裸性』)。そうなっている。(2014/10/12)

ススキ.jpg

・さっき「霧の犬」最終稿送る。213枚。きりがない。疲れた。終わりの風景のヴァリアント。どこまでも果てがない。まったくきりがない。新刊『霧の犬 a dog in the fog』は来月、鉄筆社のハードカバー第1号として刊行される。内容は、@「カラスアゲハ」75枚A「アプザイレ」40枚B「まんげつ」10枚C「霧の犬 a dog in the fog」213枚――の4作品。配列もこのとおり。装幀は名久井直子さん。カバー、扉ふくめかんぜんにおまかせ。長谷川潔のエッチングを原画とさせていただく。ひとりではとてもできなかった。からだがボロボロだし。鉄筆社の渡辺浩章氏とコビト&gagaに、なにからなにまでたすけてもらった。『霧の犬 a dog in the dog』は『青い花』(角川書店)からずっとつづいている濃霧のながれだ。救いない濃霧。渡辺浩章氏とコビト&gagaは、執筆上のあらゆるわがままと冒険をゆるしてくれた。かきたいようにかいた。狂いたいように狂った。けっきょくは、すきかきらいか、だ。渡辺浩章氏とコビト&gagaは逃げない。鉄筆社はこれであえなくつぶれるかもしれない。つぶれたら、またさいしょから裸踊りだ。サンバカーニバルだ。ターラーラーラーラララーーラーラ・ターラーラーラーラララーラーラ・ラーラーラーラーラララー・サンバ・デジャネイロ・サンバ! うーっサンバ! エベレストにのぼらなかった。(2014/10/13) 









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2014年09月07日

日録1ー2



私事片々
2014/09/07〜

駅前の花.JPG

・エベレストにのぼった。犬のクッションを買った。イチジクを食った。JST朝、リベリアのながの君からメールがきた。写真2枚。疲れぬけない。きのう、はじめてゴキブリがでた。犬、雷におびえてゴキブリに反応せず。6割弱。(2014/09/07)

黄色い花.JPG

・逃れられないのである。正直、気が滅入る。憂うつである。どうしたらよいか、はっきりとはわからない。だが、このことにはとうてい無感覚ではいられない。逃れることはできない。このことを受けいれる、真に納得できる思想がもしあるのなら、触れてもみたい。できれば折り合ってもみたい。だが、ない。さがしてもない。これに関し納得できる思想はまったくないのだ。したがって、どうあっても折り合うことはできない。どうにかしなければならない。書かなければならない原稿がある。だが、ひとたびこの予感にとらわれると思考は停止する。思念のカタストロフィに全身が凍りつく。予感?それどころではない。ほんとうは確信である。これをくつがえすことのできる材料はいま、ひとつとしてない。あれば奇蹟である。新法相は死刑執行命令書に、いつでも勢いよくハンコを押すであろう。バン!死刑執行命令書の文面はつぎのとおり。「東京高等検察庁検事長 ××× 平成××年×月×日上申に係る×××に対する死刑執行の件は、裁判言渡しのとおり執行せよ。平成26年×月×日 法務大臣 松島みどり」。なんというひどい文章だろう。これ一枚でひとが縊り殺される。宇宙がひとつ消される。新法相はかつて「人権は被害者にあって、加害者にはない」「法務省は法で6ヶ月以内に(死刑を)執行すると明記してあるのに、なぜそれ通りに執行しないのか。法務省が法律違反をするなど、あってはならない」などと言いきっている。再審請求中の死刑囚にたいする死刑執行もやりかねない。命を処理したいのだ。抹消したいのだ。殺したいのだ。なんとかして生かしたいのではない。この女性は絞首刑執行命令をためらわないだろう。新法相は国家の名による殺人を少しも躊躇せずに貫徹するだろう。このクニの世論は、あろうことか、死刑執行をよろこぶ。バカげたことに、内閣支持率があがる。新法相はこれまで踏みこまなかった「領域」に足を踏み入れるといわれる。領域とは死の領域だ。それは年内にもあるだろう。どうすればよいのか。どうにかできないのか。どうもしなくてよいのか。どうもしなくてよいとおもわない。まったくおもえない。エベレストにのぼった。(2014/09/08)

9月9日の花.JPG

・……夫レ家ヲ愛スル心ト國ヲ愛スル心トハ我國ニ於テ特ニ熱烈ナルヲ見ル。今ヤ實ニ此ノ心ヲ擴充シ、人類愛ノ完成ニ向ヒ、獻身的努カヲ效スベキノ秋ナリ。惟フニ長キニ亘レル戰爭ノ敗北ニ終リタル結果、我國民ハ動モスレバ焦躁ニ流レ、失意ノ淵ニ沈淪セントスルノ傾キアリ。詭激ノ風漸ク長ジテ道義ノ念頗ル衰へ、爲ニ思想混亂ノ兆アルハ洵ニ深憂ニ堪ヘズ。然レドモ朕ハ爾等國民ト共ニ在リ、常ニ利害ヲ同ジウシ休戚ヲ分タント欲ス。朕ト爾等國民トノ間ノ紐帶ハ、終始相互ノ信ョト敬愛トニ依リテ結バレ、單ナル~話ト傳說トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現アキツ御ミ~カミトシ、且日本國民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル觀念ニ基クモノニモ非ズ。 朕ノ政府ハ國民ノ試煉ト苦難トヲ緩和センガ爲、アラユル施策ト經營トニ萬全ノ方途ヲ講ズベシ。同時ニ朕ハ我國民ガ時艱ニ蹶起シ、當面ノ困苦克服ノ爲ニ、又產業及文運振興ノ爲ニ勇往センコトヲ希念ス。我國民ガ其ノ公民生活ニ於テ團結シ、相倚リ相扶ケ、ェ容相許スノ氣風ヲ作興スルニ於テハ、能ク我至高ノ傳統ニ恥ヂザル眞價ヲ發揮スルニ至ラン。斯ノ如キハ實ニ我國民ガ人類ノ祉ト向上トノ爲、絕大ナル貢獻ヲ爲ス所以ナルヲ疑ハザルナリ。……御名御璽 昭和二十一年一月一日 1946年元旦、戦犯朕ニ、イケシャーシャート上記ノ事ドモヲ宣ワレ、嗚呼アリガタヤ、嗚呼アリガタヤ、ト感涙ニムセンダ我國バカマスコミ並ビニ爾等アホ國民ノ成レノ果テガ現在ノ爲體ナリ。今朝ハ沖縄弐紙ヺ除く日本國全紙ガ無批判提灯記事滿載、且戦犯朕々ヲ称揚、報道報國ノ實ヲアゲ、無恥卑劣厚顔ニシテ權力ノ走狗ノ傳統ニ恥ヂザルノ眞價ヲ發揮スルニ至レリ。馬鹿者ドモ、恥ヲ知レ。「今ヤ實ニ此ノ心ヲ擴充シ、人類愛ノ完成ニ向ヒ、獻身的努カヲ效スベキノ秋ナリ」トハ、朕サン、自他國民二千数百萬人ヲ殺シテオヒテ、能ク言ヘタモンダヨ。何ガ「人類愛ノ完成」ダ。廣島、長崎ピカドンカラ半年モ閲セズニ能クモマア言ッタモンダヨ。朕、恥ズカシクハナイヒノカ。イヤハヤ呆レタヨ。「詭激ノ風漸ク長ジテ道義ノ念頗ル衰へ、爲ニ思想混亂ノ兆アルハ洵ニ深憂ニ堪ヘズ」等ト、朕々、アンタニャ言ハレトウナヒ。吾、寧ロ、詭激ノ風遂ニ長ズルコトヲ待望スルナリ。今ヤ安倍戰爭政權ヲ倒スベキノ秋ナリ。爾等國民ニ告グ。起テ、起テ、安倍戰爭政權打倒ニ起テ。朕ハ起ツナ。天皇ヘーカ萬歳、萬萬歳。ケフ、エベレストニノボッタヨ。ナガノ君タチ、リベリア脱出、バルセロナ着。(2014/09/09)

キキョウ.JPG

・昨日悲しいことがあった。(2014/09/10)

薄桃色の花.JPG

・喪の気分のまま、9月30日「霧の犬 a dog in the fog」210枚を脱稿。一昨日まで多少の改稿、昨日ほぼ完成。ゲラでさらに1枚ほど追加予定。ほっ。激激激疲労。コビト&gagaにはかなりたすけられた。多謝。鉄筆社の刊行スケジュール(来月中旬)になんとかまにあいそう。装幀は『眼の海』などでもお世話になった名久井直子さん。長谷川潔のエッチングを原画にするらしい。最新小説集のタイトルを当初の「カラスアゲハ」から「霧の犬 a dog in the fog」に変更、鉄筆社も諒承。けふ、エベレストにのぼった(2014/10/04)

赤とんぼ.JPG

・「神奈川大学評論」の原稿、途中まで。狂気をじじつとしてみとめなければ、驀進する歴史のリアリティーはみえてこないだろう。近代的概念としての「主体」は爆砕された。そのことにより、まもるべき規範も破砕された。のこるは資本の法則のみである。もっとも暴力的なのがそれだ。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/05)

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・「今日われわれは戦争状態にあり、われわれは皆そのことを、政治的なものの外へ失墜し、堕落しようという瀬戸際で感じている。われわれはすでに新しいタイプの戦争という零落の状態にあり、そこでわれわれはあらゆる理由において人間であることを恥ずかしく思っている」(ベルナール・スティグレール『象徴の貧困――ハイパーインダストリアル時代』新評論刊)。まったく同感。悪夢と現実がいれかわっている。「神奈川大学評論」の原稿つづき。明日締め切りだったっけ?体調不良。昼寝。犬が親のような目でみていた。S紙は公安機関紙だな。あれはもう新聞ではない。冷たいイカ刺しが食ひたひ。エベレストにのぼらなかった。(2014/10/06)



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2014年08月30日

日録1―1



私事片々
2014/08/30〜

空に咲く花 8月30日.JPG

・昨日朝、大腸内視鏡検査のための大腸洗浄液を病室で飲んでいるときに、2人に死刑が執行されたことを知る。いつも不意だ。だれか顔をかくした、たぶんまだ若い役人が、いい調子で「国家」を体現している。こうやって日常の虚を衝いてくる。梅ジュース味の溶液の入った紙コップをもつ手がふるえる。怒りからか。悲しみからか。いや、たぶん屈辱からだ。どうにもならない日常にいることの辱めからだ。日常はじつにうまくしくまれている。死刑の執行を知ったからといって、わたしは腸内洗浄をやめない。なんどもなんどもトイレにいく。じぶんをからっぽにする。だれも日常の手をやすめはしない。なんとなく死刑の共犯にされていく。それどころか、共犯とさえおもわない。死刑を生ゴミ処理ほどにも感じはしない。気にしない。だれもさほどにじぶんを恥じてもいない。みな、いつものようにランチを食うだろう。コーヒーを飲むのだろう。夕刻前には死刑など忘れるだろう。夜にはテレビのニュースでもやらない。日常はすこしも壊れやしない。わたしは数時間後、車椅子で内視鏡センターに運ばれ、血圧を測られ、麻酔の点滴をされ、検査台によこたわり、肛門にゼリーを塗られ、「それでははじめます」と告げられ、尻から黒く冷たい管を突っこまれる。「痛くないですかあ……」。ひとが2人、縊り殺されたというのに。「痛くないですかあ……」。「ガスだしてくださいよお……」。わたしはなにをしているのか。なにをされているのだろう。いったい、なにをしたくてこうしているのか。意識がうすれる。絞首刑にされた男たちは、もう遺体を浄めてもらっただろうか。荼毘にふされたか。執行担当刑務官は二日酔いか。吐いたか。音もない。におわない。なにも残らない。それで、みながたすかっているのだ。けふ午後、昨日の死刑について、ある善人が遠慮がちにつぶやいた。すこぶるつきの善人が。「だれかがやらなくちゃならないんですから……」。それにたいし、がまんしてなにも言いはしなかった。ただ、顔にみるみる残忍な怒気がわいた。たとえようもなく残忍な。それがじぶんでわかった。抑えなかった。怒気がわくにまかせた。悪意がないというのは手がつけられない。エベレストにのぼった。(2014/08/30)

死刑執行日のガード下.JPG

・せめて死者たちに聴かせてやれよ。だめだ?あの歌のなにがよくないというのだ。あのだみ声がわるいか。タバコくさいか。酒くさいか。シャブくさいか。なら、おまえは聴くな。とっとと帰れ。金勘定でもしとれ。A SONG FOR YOU . レオン・ラッセル。なにが悪い。みかが今朝、リベリアに発った。正解。おれも行きたかったな。誘ってくれてありがとう。中野君、会えなくてごめんね。ほんとうは会えたんだけど、気持がずいぶんたてこんでました。ハルさんは昨日、光化門広場に行った。ドットウの絵の話、よかった。新聞なんかじゃわからない。危機がほんとうに危機であるとき、それは危機を感じられなくなったとき。エベレストにのぼった。尾根で1970年のA SONG FOR YOUが聞こえてきただけのことだ。1970年の、だ。タバコをのんだ。深々と吸った。うまかった。しびれた。(2014/08/31)

今年最後のセミ.JPG

・鉄筆文庫版『反逆する風景』のまえがきを書く。送稿した。締め切りは3日。a song for youがまだ耳についている。なぜだ。声だ。いまはジジイのレオン・ラッセルが若かったころのあの声。憂うつな喇叭。なにが悪い?江ノ島のきったない岩にへばりついたフジツボのような、ダメな肛門にみまがう、おちょぼ口をした男Aに、つきしたがう者どもはどうぞつきしたがえばよい。フジツボ口とそれによってなされたかもしれない美しい国のクンニ(訓尼)についての連想を、詩なり俳句にする者はそうしろよ。ああ気色わるい。Aよ、おれは早く、いや即刻だ、おまえに消えてもらいたい。民主主義とかなんとか以前の、これは人間生理の問題だ。おれはおまへとおまへの仲間をどこまでも差別する。である以上、おまえたちもおれを徹底的に差別するだろう。結構。OK牧場。どちらかがぶっ倒れるまでやりませう。けふはレオン・ラッセルの声を耳から消去するべく四苦八苦。気がついたら、カート・コバーンのCome as You Areが耳にびったしはりついていた。そこで一句。訓尼するアホがあたまに屁をひられ。臭桜子。エベレストにのぼった。寝る前、キャメル3本喫った。うまひ。Take a rest, /as a friend, /as an old memoria,/memoria, memoria,memoria…(2014/09/01)

ムラサキシキブ9月1日.JPG

・黄色い柚子を1個、上着のポケットに入れて、イカを釣りにゆくのだ。真面目で冗談のない透明なマイカを。エンペラがうねうねし、ぴらぴら光る。わたしゃスルメイカを釣りにいきまする。イイダコの形の、赤い疑似餌は、むこうに用意してある。おれはまっ黄色の柚子を1個もっていけばいい。あとはぜんぶほっぽって(ここが肝心)、犬連れでイカを釣りにゆくのだ。ぜんぶほっぽって、ね。融通のきかないマイカちゃん。さっぱりもりあがらないマイカちゃん。サングラスかけ、くわえタバコでイカを釣る。ラークだ。海を見ながらラークを喫う。イカ釣りにはラーク。釣ったらすぐにさばいて塩辛。指にイカ墨。黄土色の肝。ペロペロ舐めます。うまひ!柚子かける。柚子入れる。ぽっぽ焼き用の七輪も醤油も日本酒もむこうにある。犬にはイカを食わせない。腰抜ける。もりあがらない話をぶつぶつ話す。けふ、エベレストの近くまで行ったが、清掃中だったため、のぼらなかった。清掃?だからどうしたというのだ。歯医者に行った。オタバコハオヤメニナッタホウガ……。やかましい。郵便局の青年が本を1冊届けてくれた。とびきりの笑顔で。白水社の新刊、マリオ・ジャコメッリ『わが生涯のすべて』。郵便局の青年、昨日の拙句をよっぽど気に入ってくれたか(なら、よい趣味だ)、満開のダリアのようにうれしそうだった。こんどダフネ1号店に誘おうかな。JSFに。午後、南口に爆撃があった。(2014/09/02)

疾走.JPG

・死者なお死す。ひとしきり窩主(けいず)買いの「窩」についてかんがえる。また、ローマ数字についておもふ。ex. XVIII。朝っぱらから電話。鶯谷でラブホテルをやってるW(67)から。地獄におちた夢を見たという。やっぱりな、とおれ。気がついたら、ゴールデンハムスターになって、閻魔様が裁判長の地獄法廷にいた。他にも被告ハムスターが2匹いた。閻魔様から3つのうち1つをえらべと厳かに命ぜられる。@おぼちゃんの「窩」Aタカエチサナヘの「窩」Bフジツボ男Aの「窩」ーーの3つの「窩」のうち1つを選択し、そこに頭から入れ。てな命令。そりゃふつう迷わず@をえらびますよね。うん、そうだな、そりゃ人情だな。Wおよび他の2匹、即@選択。したらば、これがひっかけつうか罠で、そういうスケベ根性だから地獄にくるんだ、アホども!とか言われて、A、すなわちタカエチの「窩」行き決定。Wをふくむハムスター3匹が順番にタカエチの穴に入ることになった。ひどい話だ。ずっとそこで暮らさなければならない。少なくとも、次の大ガス噴射ないし大排泄がなされるまでは。Bのケツは多忙のよしでアヴェイラブルではなかった。それは、ま、よかった。「窩」は音読みで「ka」。慣用で「wa」だが、閻魔様は「wa」と発音なされ、尻の窪みから肛門、直腸へとつづく暗く生温かい洞窟をいっかつして「窩」一字で表現されていたらしいが、おぼちゃんゆきを失敗したWは、もうただただ落胆するばかりだった。で、閻魔様に「おそれながら……」と泣き泣き願いでた。せ、せめて、わたくすぃめをタカエチさんのケツメドのいちばん外側にいさせてくださいませ。どうか、内側はご勘弁ねがひますっ!泣訴。ところが閻魔様、ひどいへそ曲がりだから、わざとWをサナヘさんのケツの闇の内側つうか一番奥に配置。死ぬほど臭いし熱いし、しかしながら、ここは地獄、勝手に死ぬこともゆるされない。Wクソまみれとあいなり、息もたえだえになって、ひょいと前の(つまり3匹のうち真ん中の)ハムスターの顔をみやれば、な、な、なんとそれはやはりクソまみれのわたしだった。だから、すぐにお報らせしなければ、と早朝の緊急電話となったんだと。そんなこと言われたって、どうすりゃいいんだ。Wしみじみいわく。「善行」をつむしかなひですねぇ。いやだ、まっぴらだ、とわたし。こうなったら、徹底抗戦だ、と啖呵を切る。電話を切る。だが、不吉な話が尾をひく。この破砕された「世界内」の位置とは、だれがどんなえらそうなことを言ったって、やつらのケツメドのなかということなのだ。どうあっても屈辱はまぬかれない。おぼちゃんの「窩」はもはや望むべくもない。タカエチかフジツボ男Aか、下手したら、次なるシニガミ・マツスマミドリのケツメドのなかといふ完全絶望的世界内で、ウンコにまみれてもがくしかないなんて!だが、これがコクミンの冷厳な現実だ。そうした世界内にあって、いったい、だれが、どんな根拠で、自由たりうるといふのだ。今朝ハルさんたちはチョンジュに発った。チョンジュには行ったことがない。もうイカ釣りにしか望みはない。柚子だ。それだけだ。左手でイカ釣り。すべて、すべて、ほっぽる。ほっぽります。死者なお死す。なんどでも死ぬ。「霧の犬」を書き上げて、ここから引っ越そう。なんとかして。「霧の犬」はいらだたせない。もういい。たくさんだ。こりごりだ。しおどきだ。おれは犬をつれてイカ釣りにゆく。金色に光る柚子を1個、買う。透明なイカよ。正直なマイカよ。キラキラ水の跳ねるのをまなうらにえがく。おれは静かにイカを釣る。それだけだ。もういい。エベレストにのぼった。へんにぬくい。おかしい。空気がただならない。あっ、ここも世界内=肛門なのだ。(2014/09/03)

花壇の蝶.JPG

・ぞっとした。松島みどり法相(元朝日新聞記者)が初閣議後の記者会見で「死刑執行に署名することも覚悟して、この職を引きうけました。議論は必要かもしれないが、国民の考えにもとづいた制度として必要だと考えています」と語り、死刑制度に肯定的な意見をしめした、というよりも、テレビで見ると、死刑執行をこれからもバシバシやります、といふ口ぶり。谷垣前法相は計11人の絞首刑執行を命じ、つまり、11人を国家の名において次から次へと縊り殺し、「死に神」として自民党幹事長に。松島は特定秘密保護法(実質上の治安維持法)の具体的運用にものりだす。およそファシスト政権で死刑と思想・言論統制に不熱心だった党などなかった。イカ釣りなんかしてる場合だろうか。コビトがきて、犬とともに中央口ミスドに。新商品麻婆麺たのむ。からひ。コビト、唖者なので念波で問うてくる。「あの女って、吸血鬼に、バンパイアに似てません?」。真っ赤な新法相マズシマのことだ。そう、似てる。いやな顔だ。が、ここは諭す。「これこれ、そんなことを言うものではないよ。マズシマさんもひとりのヌングェンなのだよ……」。コビト「あいつ、きっと来月までに死刑執行やりそう……。殺す気マンマンだよ。カクリョーたって、みんなチンカスか腐れマン✕ばっかしじゃん」。わたし「えっ?」。コビト「クサマンばっかりよ。あほくさっ!」。肉まんを1個追加オーダーした。わたしたちはみな、あいつらのケツメドで死ぬのだ。あいつらのケツメドのなかでクソまみれになり、税金をはらわされ、血を吸われ、さんざバカにされて死ぬのだ。それでいいのかどうか。それでいいというかんがえかたもありうる。いはゆる達観といふやつだ。ここをケツメドとおもわない思想をはぐくむ。ここはアベのケツメドなんかじゃなく、ほんとうは天国なのだ。ほら、うつくしい海があるよ。イカを釣ろう。柚子があるよ。すなおになろう。やさしいきもちになろう。冗談ではない。ここはケツメド以外のなにものでもなひ。エベレストにのぼらなかった。(2014/09/04)

白い花9月初旬.JPG

・ルドナヤプリスタニのことを少し書いた。声のこと。チョンジュからメールがあった。あれはたぶんチョンジュからだ。モンロビアからも短いメールがあった。エベレストにのぼった。草が刈られていた。夕刻までにからだが疲れきった。(2014/09/05)

タマムシ9月5日.JPG

・1匹の生きたタマムシがきのう午前コビトにひろわれた。水を飲まされた。タマムシは薄緑の液をひとつぶ吐いた。夕刻までは生きていた。けふ、昆虫ではなくひとの顔をした医者の病院にいく。エベレストにのぼらなかった。着替える。手紙なし。ソウルからメールがあった。2シーン以上書く。ヤマパンのエクレア食った。わちきにもくんなまし、といふので犬にひとかけらあげた。(2014/09/06)









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