2018年06月21日

feng ai!


◎『疯爱』(フォン・アイ)

けふ、歯医者の診察台のうえでもおもいだしていた。『疯爱』。
春節の花火。斜め下の病棟廊下からみあげる、ショボい花火。
しめった音。うつろな目、目。「にんげん以下、動物未満」。
中国式パノプティコン。うす汚い回廊。影絵・・・。

なにも弁明しないものたち。

『疯爱』は、映画であり文学であり絵画であり、暗がりから
存在論を開示する最良の哲学書だ。「にんげん以下、動物未満」
ないし「にんげん以下、バケモノ未満」。にんげんとはけだし
、「にんげん以下」なのだ。

であえてよかった!感謝と敬意。

手術はようすみ。『月』最終回。まいどのことながら、現実を
うたがわざる鉄壁の常識人(アホ、反動、幸せもの)に意気阻喪し、
『疯爱』に勇気づけられる。そんなもんだぜ。クソでも舐めろ!

犬とマック。





 











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2018年06月20日

よい!


◎厄介者たちへのまなざし

『瘋愛』はいい!とてもよい。邦題はよくない。思慮が足
りない。『瘋愛』には普遍性がある。『瘋愛』と『精神』を
同列でかたるのはバカげている。レベルがまったくちがう。

狂者と厄介者こそ、にんげんという現象の基本中の基本である。
盤石の常識人こそが、真性の異常者である。『瘋愛』にもしも
甘さがあるとすれば、後編の救い≠セ。なくもがなの救い
――そんなもの、もともとないのだから。

お幸せな常識人は、狂者のクソを舐めろ!『月』最終回。
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2018年06月19日

Wang Bing


◎‘Til Madness Do Us Part

きいたふうな評言はいらない。これが他にまさるとか劣るとか
、言うもおろか。みいり、ただうちぬかれればいい。うちぬかれ
ないものは、うちぬかれなければよい。すぐにたちさればいい。
あるしゅの「未詳映像」である、これは。きいたふうな評言はい
らない。

コノテーションの無効。常套句はやめることだ。たちかえるべき
「場」を。『月』最終回。石井さんからメール。
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2018年06月16日

ワンビン


◎注文した

おくればせながら。王兵『収容病棟』DVDを注文。
肩痛。 



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posted by Yo Hemmi at 22:24| お知らせ | 更新情報をチェックする