2018年06月30日

最終回


◎『月』および講演のことなど

『月』最終回は8、9割がたできつつあります。ご感想、エール
、ありがとうございます! 心身ボロボロなれども、いつまでも
おまたせするわけもいかず、来年1月の講演要請をおうけすること
にしました。

それまで生きていること。あるけないにしても、発話能力・意欲
を保持すること。講演テーマは、『月』どうように、「痛み」にな
りそうです。くわしいことは後日おしらせいたします。痛むひとびと
のご参集を! 無痛者に祝福を! 祝福の屁を!

犬とマック。

昼の月.jpg
(Y.Sakai)

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2018年06月22日

デンパ・ジャンボ


◎デンパ・フェス

記号資本主義の主要な生政治作用は、認知活動の支配である。
うん、OK牧場。言語動物の表現能力を、資本と市場の永続
的ダイナミズムに従属させること。うん、そだね。とっくに
そだね。

さとくんは「生産阻害因子」を消そうとしたんですかあ?
そかね? イエユウレイグモモドキの屁。『月』第10回。
最終回。ホンキ汁のモドキ汁。
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2018年06月21日

feng ai!


◎『疯爱』(フォン・アイ)

けふ、歯医者の診察台のうえでもおもいだしていた。『疯爱』。
春節の花火。斜め下の病棟廊下からみあげる、ショボい花火。
しめった音。うつろな目、目。「にんげん以下、動物未満」。
中国式パノプティコン。うす汚い回廊。影絵・・・。

なにも弁明しないものたち。

『疯爱』は、映画であり文学であり絵画であり、暗がりから
存在論を開示する最良の哲学書だ。「にんげん以下、動物未満」
ないし「にんげん以下、バケモノ未満」。にんげんとはけだし
、「にんげん以下」なのだ。

であえてよかった!感謝と敬意。

手術はようすみ。『月』最終回。まいどのことながら、現実を
うたがわざる鉄壁の常識人(アホ、反動、幸せもの)に意気阻喪し、
『疯爱』に勇気づけられる。そんなもんだぜ。クソでも舐めろ!

犬とマック。





 











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2018年06月20日

よい!


◎厄介者たちへのまなざし

『瘋愛』はいい!とてもよい。邦題はよくない。思慮が足
りない。『瘋愛』には普遍性がある。『瘋愛』と『精神』を
同列でかたるのはバカげている。レベルがまったくちがう。

狂者と厄介者こそ、にんげんという現象の基本中の基本である。
盤石の常識人こそが、真性の異常者である。『瘋愛』にもしも
甘さがあるとすれば、後編の救い≠セ。なくもがなの救い
――そんなもの、もともとないのだから。

お幸せな常識人は、狂者のクソを舐めろ!『月』最終回。
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2018年06月19日

Wang Bing


◎‘Til Madness Do Us Part

きいたふうな評言はいらない。これが他にまさるとか劣るとか
、言うもおろか。みいり、ただうちぬかれればいい。うちぬかれ
ないものは、うちぬかれなければよい。すぐにたちさればいい。
あるしゅの「未詳映像」である、これは。きいたふうな評言はい
らない。

コノテーションの無効。常套句はやめることだ。たちかえるべき
「場」を。『月』最終回。石井さんからメール。
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2018年06月18日

映画


◎『瘋愛』

ことばを抜かれる。かたることができない。深部崩壊。



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2018年06月17日

する


◎みる

王兵『瘋愛』みる。「ーーをする」とはなにか。
「する」とは。
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2018年06月16日

ワンビン


◎注文した

おくればせながら。王兵『収容病棟』DVDを注文。
肩痛。 



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2018年06月14日

見世物


◎トランプのすばらしい、偉大な貢献!

トランプはおしえてくれた。女郎屋の下品な強欲オーナー
にだって国際政治がしきれることを。トランプがトランプ
であったからではない。政治とは、もともとそのていどの
ものなのだ。

「罪人が刑場にひきたてられ、あるいは処刑されるのを眺め
ようと走ってゆくときの人の激しい欲望は、(高尚な)演劇
をみにゆくときをしのぐ」・・・カントだったか。

売春宿の金髪オヤジと栄養過多系デブの演じる見世物(スペ
クタクル)に異常こうふんするメディア。上記のことばをお
もいだす。で、「嘲笑せず、嘆かず、呪わず、理解する!」は
無理だ。逆。

デブの義務―まず死刑をやめて、それから美食をひかえ、貧者
と弱者をおもうこと。

『月』第9回再校ゲラもどし。






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2018年06月13日

再構成


◎Fuck Trump、De Niro said. 

デ・ニーロがトランプを「クソ野郎!」よばわりしたというから
、てっきりassholeかなとおもったら、Fuck Trump!だった。
あとでわびたというけど、わびるひつようはない。

犬はヒトによって再構成されたオオカミだという。では、ヒトは
なにによって再構成されたサルなのだろうか?資本と市場によって
完ぺきに再構成されたバカザルである。

金髪の「クソ野郎」の極東におけるパシリ・アベの支持率は30
%をこえているらしい。ジンミン大衆はすなわち「クソ野郎」ど
もがひりちらかすクソ以下である。

なぜ、わからないのか?ごくかんたんだ。わかりたくないからだ。

レジス・ドブレとジャン・ジーグラーの対談『屈服しないこと』
(《リキエスタ》の会=発行、2001年)は改訳、再版されたの
だろうか。あれはとてもよいテキストだ。今日があらかた予見され
ていた。

たしか、岩波、晶文社、みすず、白水社、平凡社の気鋭の編集者
が損得ぬきでかんけいしたのではなかったか。損得ぬきで!主体は
みすずだった、とおもふ。「知性」がまだかすかにのこっていたころ。
対談は1995年ごろだった。

いま、いずこをむいても、カスと独裁者ばかり。あるいは独裁者と
カスばかり。時代は筆舌に尽くしがたい悲劇をまちのぞんでいる。
そして、それはやってくるだろう。かくじつに。

けふ犬とマック。きのふもシオカラもろた。一気食いしそうに
なって、おもひとどまる。

『月』最終回。

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2018年06月12日

歴史


◎死者たちを嗤う

現在が過去を嗤う。カラカラと笑う。死者たちを嗤う。
へえ、なんのために死んだのかね?現在は歴史を嗤う。
死者を土足でころがして、エヘエヘと笑う。けものと
にんげんとダニたちが乱交する、常時「例外状態」の
、いまとその壮大な空疎よ!(死すべき)金髪の至福
者よ、独裁者よ、笑え、嗤え、わらへ、久遠に。

『月』第9回初校PDFゲラをもどす。再校はあさって。

ずっとひっかかっていた。「犬を売る露店(断片)」の
犬たちはなぜ売られていたのだろう。たしか「あか犬」
もいた。食料≠ニしてではなかったのか。

オババがベンチにすわっていた。視線をおとして。よこに
荷物があった。歩きだした。追いぬかれた。


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2018年06月11日

生首


◎フマニタス

とらえがたい、不在のもの。「残ることができないもの」
「場をあとにすることができなないもの」ーそれらのはざ
まにある、宙づりの、生首。
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2018年06月10日


◎『ホワイト・ノイズ』

「ジャック、世界には二種類の人間がいるように、私には思われる。
殺人者と瀕死者だ。・・・」

犬とマック。毎日がテロである。発作と痙攣。そして、遷延性意識
障害。雨。こぬか雨。





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2018年06月09日

ポケットチーフ


◎イチゴジャムのコッペパン

ヘルパーさんが、ちがう町からイチゴジャムのコッペパン
を買ってきてくれる。おいしい。この町ではクリームの
コッペパンしかない。イチゴもときどきあるが、すぐに売
り切れるらしい。

アイスキャンデー食う。犬が、わちきにもおくんなましと
いうので、木のバーをなめさせてやる。食ってたらもう一本
食いたくなり、冷蔵庫にとりにいって(歩行練習)、また
食う。

『月』第10回(最終回)着手。

むかし、記者は立派なスーツなんか、よほどのバカでないかぎり
着なかったものだ。歌手じゃないんだから、ポケットチーフ
などしなかった。いまは、言うこと書くことはスカスカでも、
身なりだけはいい。

後藤というひともさうだ。このひとには、なにを語っても怒り
がない。哀しみもない。だいたい、真実味がないんだよ、あんた
は。自民党のゲスどもとちゃらちゃらして「取材」とかえらそうに
いうんじゃないよ。共同にいたときもポケットチーフなんかして
たっけ?

筑紫哲也さんの話は、水で割りすぎの水割りだった。でも怒りが
顔にでた。軽べつもあまり隠さなかった。なによりテレビを
恥じていた。会うと口癖のように「いや、もうやめますよ」と
言っていた。



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2018年06月08日

『月』続行


◎『月』第9回について

いろいろあってちょっともたつきましたが、『月』第9回を
きのう送稿しました。約46枚。左手いっぽんで、これで計450
枚。終着まであと1割弱です。なんとなくほぼ終わったような
気分になり、いまぐったりとしています。眠りの浅瀬で夢を
たくさんみました。

8回で断念しかかったとき、意外にもいろいろな方から続行
希望の声をかけていただきました。まさか読まれていると
おもっていなかっただけにおどろき、うれしかったです。
なかでも、親子ふたりで『月』を読みつづけている友人が、
どのようなかたちででも完遂せよと激励してきたり・・・。

言語閾、物語閾ということをかんがえます。両者ともあらかた
こわれているのですが、こわれてはいないかのように装われて
います。とりわけ、記者や編集者らにはその自覚がないように
おもわれます。大半の作家もそうなのですが。

言語の空前の焼け野原で、いったいなにをなすべきなのか。
なにができるのか。とつおいつしつつ『月』の迷路にはいって
10か月。なにかがほのみえてきたことはじじつです。身内に
きわめてはげしい痛みと怒りをかかえているひとほど、『月』
に近づいてくる。著者としてこれほど光栄なことはありません。

『月』を「つき」とすべきか「にくづき」とするかは、まだ迷って
います。

『月』第9回掲載の「本の旅人」(角川書店)は今月27日の
発売です。10回で完結、書籍化の予定です。


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2018年06月01日

不正必勝


◎不正はかならず勝つのだ!

あのクソのなかのクソ野郎が不起訴だと!不正は正義である。
虚偽は真実である。89年夏のダナンをおもいだす。小田実と
会った。食事した。わたしは天安門事件の話をした。小田は
パクパク食いかつ朗らかにいった。「きみね、正義はかならず
勝ちますよ!」

わたしは吐いた。ゲロゲロ。爾来ずっと吐きつづけだ。愚鈍と
縒れた冗談の安っぽい合金・・・。小田実はあのとき、たわんだジョ
ークを披露したのではない。しんじがたいことに、かれは本気
だったのだ。食いカスを飛びちらせていったものだ。「きみね、
正義はかならず勝ちますよ!」




posted by Yo Hemmi at 14:37| お知らせ | 更新情報をチェックする