2017年08月15日

穴論


◎日本共産党と天皇制

伊藤晃さんをあまり知りません。北海道生まれのひとで、わたしより3つ
としうえです。そのくらいしか存じあげません。たいへん重要な著作
『「国民の天皇」論の系譜――象徴天皇制への道』(社会評論社)も、わかい
友人からおしえてもらったのです。文章も装幀も派手ではありません。ですが、
ここにはいまかんがえるべき基本的なテーマが記されています。

たとえば、同著第九章「戦後再建期の日本共産党と中野重治」の第二節
「反天皇制を迂回する共産党」には、以下のようなことが書いてあります。

「天皇制問題は戦前共産党にとって最大の難問である。コミンテルンが
、日本人民に反天皇制のエネルギーが存在すると想定して、天皇制への
正面攻撃を日本共産党に命じたとき、日本側はこれに従ったとはいえ、
心中、無理な注文と感じたのであった。もともと日本の共産主義者の信念に
おいては天皇制は当然敵であらねばならなかった。」

「しかし彼らの理論的実践的水準は、何をどうすれば天皇制と戦ったこと
になるのかを理解できないところに止まっていた。そこでこれもまた
当然の認識として、人民の圧倒的な天皇崇拝のなかでは、天皇制廃止の
方針をとれば孤立するだろう、と危惧したのだが、その危惧を根拠をもって
コミンテルンに伝え、天皇制権力への直接的な攻撃に代わる案を提示する
ことができなかったのである。」

「こうして日本共産党においては、その外面と内面が対立することとなった。
一方ではコミンテルンに従って、また自分の信念からも、天皇制廃止を掲げね
ばならないと思う。けれどもそこに至る具体的政策がわからないから、ただ
旗印にのみ天皇制廃止を記し、目をつぶって権力の正面に飛び出すという
暴勇になった。他方、心中にはこのスローガンへのためらいもある。この
戦野での無理な闘争から後退したいという気持ちは、のちの転向思想の一因に
なった。」

 ここから、1930年代のなだれうつ大量転向→天皇問題の究明放棄という歴史
につながるのだとおもわれます。上記の文脈に、わたしはべつの側面もみざるを
えません。それは、日本共産党は天皇制を徹底的に厭う「生理と論理」をついに
かくりつも伝播もできなかった――ということです。いまにいたるもそうではな
いでしょうか。そのことはマスメディアと民衆の今上天皇賛美と無関係ではない
でしょう。

「コクミンの天皇」崇拝と現政権打倒のスローガンがすんなり両立してしまう
アンビヴァランスは、けっきょくは、現行のファシズムを下支えしているとおも
います。さて、いったい、「エンペの穴」に落ちなかったものなど、このクニに
ひとりでもいるでしょうか。その穴は忌むべき空無であるとともに、ハラカラに
とって安住の場所でもあるのでしょう。
posted by Yo Hemmi at 19:31| 所感 | 更新情報をチェックする