◎風邪で寝ていて・・・
ときどき目ざめて、ああ、かれと会わなければとおもう。
出所しているはずだから、会わなければ義理がたたない。
なにか特別なことをはなすのでなく、目礼だけでもよいの
ではないか・・・と気がせいた。かれは亡くなっているのに。
荷風の「花火」に目が洗われる。大正8年(1919年)には
思想、葛藤、含羞・・・などのことばと実感がまだあった。
日露戦争開戦を米国で知った荷風の「感激」と疑念。大逆
事件とドレフュス事件をかさね、併せておのれとゾラの
行動を比較していたく恥じいる荷風は、いまこそ読みでがある。
で、死んで出獄したかれに、むずかしい話はしたくないけれども、
「花火」は1919年12月の「改造」に載ったんだぜ。そのときの
「改造」は「階級闘争特集」だったんだよ!・・・と知ったかぶりを
したかったな。
荷風なら従軍慰安婦の問題をどう書くか。「最終的かつ不可逆的
に解決したはず」と書くか。まさか!政治は「下民のあずかり
しらぬこと」だけれど、あの女性らは父祖たちがとてもお世話
になったかたがたである。そんなことはなかった、金銭で「最終的
かつ不可逆的に解決したはず」などというのは、人として
恥のきわみである・・・と書いたにちがいない。
恥の所在が逆なのだ。無知と無恥が大手をふってあるいている。
もっとも恥ずかしいのは、安倍よ聞け、やったのにやっていないと
しらをきることだ。