2018年10月18日

暴力の衝動


けふ、覚えず湧いたインパルス

「戦争中、私は少々しゃれた仕事をしてみたいと思った。
そこで率直な良心派のなかにまじって、たくみにレトリックを
使いながら、この一聯のエッセイを書いた。良心派は捕縛され
たが、私は完全に無視された。いまとなっては、殉教者面がで
きないのが残念でたまらない」

花田のこうしたレトリックを半世紀ほど嫌ってきた。そのことを
けふ、とつぜんおもいだした。「殉教者面ができないのが残念で
たまらない」と記したのは1946年7月のこと。「思うにいささか
巧みにレトリックを使いすぎたのである」と、花田は減らず口を
たたく。わたしはいらつく。殴りたくなる。

そうした衝動とこの間の感情はことなる。だが、冗舌をにくむわるい
癖は少しもなおらない。右の駄弁も左の多弁も、むかむかする。
ぶん殴りたくなる。新聞社の編集局におしかけて、ぐちゃぐちゃ
わけのわからぬことをしゃべりつづけていやがらせをする極右の
あんちゃん。在日コリアン虐めに法悦を感じているらしいアホども。

「一億総活躍社会」などと埒もないことをかたる者ども。「ぶれずに
あきらめない」とか宣う市民運動家のお喋り。胸クソがわるくなる。
殴りあいをするべきだ。へらへらしていてもはじまらない。




posted by Yo Hemmi at 19:35| お知らせ | 更新情報をチェックする