2019年04月27日

オートマティズム


なぜ救われるのか

『母の前で』がなぜぼくを落ち着かせてくれるのか・・・けふも
ジムでかんがえた。杖歩行の練習をしながら。マシーンを漕ぎ
ながら。わかっている。しかし、わからない。

「・・・その人間性は解体し、ばらばらになり、残存しているもの
だ。・・・残された人間性がオートマティズムにすぎないと、惰性で
考えてしまいたく なるけれど、考えてみればわたしたちの人間性
は、部分的には、まさにオートマティズムから成っていて、わた
したちはそうしたオートマティズムを習い、それに服し、それに
よって深く人間化され、欲動や本能の束縛から解放されたのだ」
(P154 傍線辺見)

けふもぼくのまわりにはたくさんの「母」がいた。ひどく古い
人形の目をした「母」たち。ぼくは見ないふりをしてかのじょら
を見た。「母」たちも見ないふりをしてぼくを見ていた。おたが
い磨りガラスの目で盗み見た。

posted by Yo Hemmi at 19:23| お知らせ | 更新情報をチェックする