痩せ犬をバッグに入れてカフェに行ったら、斜向かいの席に、
これといって特徴のない男がいて、わたしと同じアイスコーヒ
ーを飲んでいた。静かさの他に「これといって特徴のない男」
ってしばしばいるものだ。かれは本を読んでいた。表紙が見えた。
『資本論 経済学批判』。アッと驚く。
カフェに来る道すがら真っ白のヒルガオが一輪咲き残っていた。写
真を撮ろうと思いながら、杖がじゃまで撮りそびれた。それがとん
でもない怠惰にも過誤にも思えてくる。
老人の顔をした子どもは今日も見かけない。もうこの世にいないのか。
ヒルガオが眼の底にミルク色に滲んでいる。
ai音声か。死者たちのai音声ですか。群れなす亡者たちのai音声か。
最も正常にみえる微細な精神の、破綻。真夜中の倒木。精神の倒木。
鈍く虚しいその音・・・。ドーン。ドーン。
耳鼻咽喉科。己だけのケンコウ。去痰剤。オレハスコヤカ、オマエラハ
ヤミナサイ・・・。ヤミナサヒ・・・。
