2023年10月26日

「卵の側」

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村上春樹氏は2009年イスラエルの文学賞「エルサレム賞」を受賞した。
これは「社会における個人の自由」を作品で表現し広めた作家に贈られ
る賞という。ガザの惨劇が再現されているいま、村上氏の受賞スピーチ
が改めて関心を集めている。わたしも読んだ。よいスピーチだと思う。

巨大な壁を前にしたときの作家の気組みと立脚点を氏は明確にしている。
「高く強固な壁とそれに打ち砕かれる卵があるなら、私は常に卵の側に立
つ」と。その言やよし、である。

しかしながら、「卵の側」に立つとは畢竟どういうことであろうか?砕か
れても踏みにじられても、卵的に耐え忍ぶということか。そのようなこと
を第三国の作家風情が語ることとガザの地獄は、果たして人倫の果ての風
景として、流された血と涙の量として、どこがどう釣り合うのか。

結局、この領域に立ち入るかぎり、誰も無傷ではいられないのだ。「卵」
と言うなら、一つ一つが烈しく爆発するそれにならざるをえない。ガザに
は「個人の自由」などないのだから。焦眉の急は、生きるか殺されるか、
である。










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posted by Yo Hemmi at 16:26| お知らせ | 更新情報をチェックする