
犬が逝こうとしている。虚空へ。なかなか逝けない。
そうならしばらく居て欲しいものだが、逝くのは決ま
っているので変更はないらしい。悲しい。だが、犬は
戸惑いはあるが悲しんでいるのではない。もう、あら
かた吐き尽くした。犬の臭いが部屋に充満している。
噎せるほどの安息の臭い。犬が逝こうとしている。なか
なか逝けない。逝くのにもエネルギーが要る。彼女には
それがもうない。だから逝くのをただ身じろぎながら待
つ。変更はない。この臭いが消えたらどうすればよいの
か。虚の虚。無の無。逝こうとする犬の臭いは時に猛り
時に鎮まる。虚の虚。無の無に感傷はない。吐き尽くし
たのに、まだ吐こうとしてもがく。犬とともに呻く。
不図、だれかを無慈悲に殺してみたくなる。それもたち
まち臭いに消される。
ケージを覗き込む。ウンチをしている。まだ生きている。
腹が膨らんだり凹んだりしている。未練が湧く。決まった
死からこちら側に引き戻したくなる。