
「つまり定義すれば、存在は必然ではない。存在するとは単に、
そこにあるということなのだ。存在者は出現し、出会いに身を委
ねるが、人は絶対にこれを演繹できない。そのことを理解した人
もいるだろう。ただし彼らは、必然的な自己原因の存在を作り上
げて、この偶然性を乗り越えようと試みたのだ。・・・」
世界はしばしば乗っ取られる。例えばドナルド・ジョン・トランプ
のような男に。かれはYMCAの曲に合わせて、腰をくねらせ、ちょう
どタオルを使った背中洗いのような所作でトランプ・ダンスを踊り、
世界を嘲弄するのだが、嘆くには及ばない。世界とはもともとその
程度の下品で低劣なものであることを、あの金髪オヤジは頼まれも
してないのに教えてくれているのだ。
それは確かに屈辱ではあっても、特段の前進でも後退でもない。
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