
わたしは集合住宅の12階にいる。犬はもういない。駅が割
合近い。寝る。仰向かない。枕にピタリと耳をつけて横向き
に寝る。するとだね、驚くべきことに、レールが電車の重み
で軋む、これは音というのか揺れというのか、鉄の震動が耳
および首、左肩、腰にゴトゴトと直に伝わってくる。嘘じゃ
ない。わたしは毎日、全身で鉄路の軋みを聞くともなく聞いて
いる。
この電車は「人身事故」が多い。ジンシンジコ。奇妙な言葉
だ。人間が主体的に電車に飛び込むのを「事件」ではなく、
「事故」に分類する。何だかおかしい。ま、それは措く。
骨伝導というのがある。字義はよく知らないが、わたしが
日々経験していることの肉体的細部には骨伝導が含まれるの
ではないか。
わたしは音を聞き取り、分類し解析しようとする。正確には、
ついついそうしてしまうのだ。鉄と肉。鉄と血。鉄と体液・・・。
濡れて光るレール。静かで何気ない日常は凄惨である。
あっ、雪が降ってきた。