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熊野 純彦
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2026年08月11日
個人
「マルクスは、初期の『経哲手稿』においていちはやく
〈なにはともあれ社会≠ネるものを個人に対立させて
固定化することは避けねばならない。個人が社会的存在
なのである〉と述べております。(Neue MEGA. I. 2. S. 243)。」
廣松渉『今こそマルクスを読み返す』 (講談社現代新書)
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posted by Yo Hemmi at 00:03|
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