2017年08月29日

北朝鮮


◎かれらの心理

弾道ミサイルが飛翔するその下にあるひとびとの、茫漠たる
不安と脅威は想像にかたくありません。しかし、ニッポンをとびこえてゆく
ミサイルを発射したがわの思想と心理はどうでしょうか。そこに歴史はどの
ようにきざまれているのでしょうか。植民地(被)支配の歴史意識ないしル
サンチマンが、ミサイルの軌道に反映してはいないのでしょうか。

かれらは知っているのでしょうか。核と弾道ミサイルの脅威が大きくなればな
るほど、ニッポンの政権基盤がかたくなることを。核・弾道ミサイル
実験と誇示は、かつての宗主国のタカ派ををおおいによろこばせています。
起死回生の暴力的契機をあたえています。そのことをかれらは知っているので
しょうか。

核による破局の脅威は、ほかでもない、この危険を永続させている
勢力を保護している――というパラドクスを、かれらは知っているでしょう
か。とうぜん知っているでしょう。かつてオーバードーファーの
『二つのコリア』を読んだとき、かれらの逸脱がたんなる狂気にもとづく
ものではないことをおしえられました。

「挑発」という主観的かつ恣意的表現は、権力と一体化した戦争報道の
悪しき特徴です。わたしたちはまずもって、かれらについてあまりにも
知らないのです。


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posted by Yo Hemmi at 19:04| お知らせ | 更新情報をチェックする

2017年08月26日

死者の列

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◎生体と制度の軋み

「私が見た最後の将司くんは、その姿とは裏腹に明るく前向きで、正月休み
を返上して見守ってくれた医師、看護師、刑務官に感謝しているようでした」。
「キタコブシ」177号に、大道寺ちはるさんが書いています。ことし2月の、
まだ意識がはっきりとしていたころの、かれのスケッチです。

ああ、そうなんだろうな、とすなおに納得します。おちついたかれのまなざしが目に
うかびます。「正月休みを返上して見守ってくれた医師、看護師、刑務官に
感謝・・・」。よくわかります。かれはこころからありがたいとかんじていたこと
でしょう。ちはるさんの記述はフェアだとおもいます。

拘置所の医師、看護師、刑務官らが一生懸命に、重篤のかれに対処したことも
うたがいません。獄外の大病院のようにはいかなかったにせよ、拘置所として
できることは、すべてやったのではないでしょうか。かれらかのじょたちは、
全員ではないでしょうが、かなしみをたたえた深い目の色をしていたでしょう。

ここで、鉄の楔のようなものが胸にうちこまれます。だとしたら、死刑とは
なんなのでしょうか。死刑執行とは?死刑「確定」とは?死刑がカクテイしたと
される病者への、誠実な治療行為とは、いったいなにを意味するのでしょうか。
人間生体と制度のあいだの、とてつもなく不気味な軋みが聞こえてきます。

死者の列にくわわった大道寺さんの静かなまなざしがみえるようです。死ぬべく
定められながら、どうじに生かされること。そのことを深くかんがえるのを
はばむともなくはばむ「末人」たちの圧倒的な空気。大道寺さんに絞首刑は執行
されなかった。かれは「病死」した。しかし、ほんとうにそうなのでしょうか。
これも刑死とはいえないでしょうか。

逮捕以来42年がたちました。Somewhere Over the Rainbow...ほんとうでしょうか、
かれはこの歌がすきだったといいます。けれども、虹はついにかからずに、ひとびとは
ぞろぞろと死者の列を歩くのみです。それだけが約束されています。







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2017年08月25日

うつろい


◎「キタコブシ」のことなど

「キタコブシ」177号がとどきました。編集後記に「次号で終刊にします」
とあり、うろたえました。大道寺将司さんはずっと熱、転倒、床ずれに
悩んでいました。5月8日のメモには「朝アレンドロン服用せよ!タッパ洗え」と
あり、5月11日のメモには「パンツ、Tシャツ、パジャマ着替える」などと
記してあったといいます。同月24日に、かれは逝きました。享年68。

アレンドロンは骨粗鬆症の治療にも用いられるようです。多発性骨髄腫にも
薬効があるのでしょうか。いずれにせよ、絶え間のない激痛のなかで、かれは
生きようとしていた、なんとしても生きるよう自身に命じていたようにおもわ
れます。ずっとまえからかれはそうでした。死刑「確定」と重病という
二重の絶望的条件のなかで、「軛(くびき)」が現前し、うごかしがたいものだ
からこそ、「死」よりも「生」を確信的にえらんでいたのでしょう。

「キタコブシ」編集部にれんらくして、次号に原稿を書かせてくださいとお願いし
、了承をえました。最終号は3か月後くらいにでるそうです。逝去時に共同通信
から配信された拙稿(西日本新聞など掲載)を参考のため再添付します。ことしは
時間のうつろいがずいぶん重くゆっくりだなと、けふ階段練習をしながらおもいま
した。それに、よくひとが亡くなります。

西日本新聞2日朝刊.JPG






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2017年08月20日

末人


◎こんにちは!みなさん。

けふ、階段練習をしていて、ふとおもひました。ハトの
糞のちらばる踊り場で。「末人」について。そして、その
ことをれんさいエッセイで書くことにしました。それはく
だりの練習中のことでした。のぼりのときは、もう息があ
がってしまい、わすれていました。
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2017年08月19日

新書


◎『沖縄と国家』紹介記事

目取真俊さんとの対談『沖縄と国家』(角川新書)の紹介記事が、
今朝の日経新聞に載りました。短信ていどの紹介ですが、簡にし
て要をえるとはこのこと。贅言はいらないのです。売れなくて
結構。読むひとは読み、読まないひとは読まなくてよいのです。
対談での目取真さんの印象とともに、この記事も気に入りました。
「暴力」はミスリードではありません。

沖縄と国家 日経紹介.JPG





posted by Yo Hemmi at 15:52| お知らせ | 更新情報をチェックする

2017年08月08日

やまゆり


◎山梨日々新聞掲載記事

共同通信配信の拙稿がどの新聞に掲載されたか、
ぜんぶは把握できません。おなじ内容ですので
紹介はこのへんにしておきます。書いても書いても
書き足らず、非力をさとるのみです。

やまゆり・山梨日々.jpg
posted by Yo Hemmi at 14:56| お知らせ | 更新情報をチェックする

配信記事


◎中国新聞掲載エッセイ

重度障害者殺りくにかんする拙稿を中国新聞が
掲載しました。2017年8月6日(日)原爆記念日
の紙面です。

やまゆり・中国新聞.jpg
posted by Yo Hemmi at 14:10| お知らせ | 更新情報をチェックする

やまゆり


◎京都新聞の紙面

2017年8月5日付の京都新聞掲載エッセイです。友人に送ってもらいましたが、
横長の記事を縦になおせず、そのままはりつけます。すみません!
やまゆり・京都新聞.pdf
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2017年08月04日

相模原事件


◎相模原事件の共同通信配信原稿

仮タイトルは「共同体の見えない異界
ーー相模原事件1年後の視座」です。
本日あたりから掲載がはじまるとのこと
です。


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カバー


◎新書カバー

角川新書『沖縄と国家』のカバー写真がとどきました。

沖縄と国家カバー2.jpg

沖縄と国家カバー.jpg
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2017年08月02日

やまゆり


◎やまゆり園

昨日、やまゆり園にいきました。それじたいに、別種の罪を感じました。
だれもいませんでした。ただ、音のない暗がりに、ひとびとの声が詰まって
いました。帰り、ひどい雨になりました。

事件については以前も寄稿しました。本日、新しい原稿が共同通信から
配信されたはずです。書いても書いても、書ききれるものではありません。
深さはもとめられないし、望まれていない気がします。

殺されたものの眼にはなにがみえていたのか、みえていなかったのか…
どしゃ降りのなかで、かんがえました。「それらを存在させる存在そのもの」
の意味と有無をおもいました。

この世の「普通」と「善意」ーーにこそ、真性の狂気があるのではないで
しょうか。




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2017年07月28日

最終回


◎連載詩篇「純粋な幸福」が完結

2017年7月下旬発売の「現代詩手帖」(思潮社)
8月号が連載詩篇「純粋な幸福」第4回〈明滅〉を
掲載しました。これで完結です。

純粋な幸福4.jpg

posted by Yo Hemmi at 17:01| お知らせ | 更新情報をチェックする