
あの朝、地下鉄日比谷線神谷町駅にいた。二日酔いで。
乗客らは糸の切れた操り人形のように次々に倒れた。駅
には紅い金魚のいる水槽があった。金魚たちは平気で泳
いでいた。
切符なしで改札口を強引に跨ごうとして駅員にひどく叱られた。
委細構わず改札を跨いで乗客を担いだ。口から涎を垂らしていた。
食中毒かなと思ったが、そんなわけがない。酸っぱい臭い
がした。
名無しの事件現場に悲鳴はなかった。怒号も当初はなかった。
二人地上に担ぎ上げた。安物の革ジャンの肩口に吐瀉物が
ついた。警察も救急隊も自衛隊も当初はいなかった。ずいぶん
遅いもんだなと思った。
皆がすぐに倒れたわけじゃない。元気な乗客は倒れた乗客を
ひょいひょいと跨いで急ぎ職場に向かったのだ。日常の慣性だ、
慣性の法則。
男の甲高い声が聞こえた。「助け合いましょうよ。ね、お互いさま
ですから」。バカ、何がお互いさまだ。そいつに何だか無性に腹
が立った。悪魔よりも善魔≠嫌う悪い癖。一向に治らない。
社会部に電話した。知らなかったくせに知ってたような応答。
クソッタレ!こいつらもろくでもない善魔§A合だ。
家に帰りテレビをつけたら群のなかに俺のアホ面があっ
た。それに向かい「バーカ」と罵り、TVを消し女とエッチして
寝た。
新聞記事には俺が見たことどもはほとんど何も書かれてなかった。
途方もなく悪い者たちが善い人びとに危害を加えただってさ。
それから数年後、俺は脳出血で倒れた。よろけながら、ある太った
死刑囚に面会にいったら「脳出血、サリンのせいじゃないですかね」
と言われた。その死刑囚は、その後絞首刑に処された。世間は何も
驚かず、かなり多数の自称良民がザマミロと思ったはずだ。
わたしは依然、善魔が大嫌いだ。
posted by Yo Hemmi at 17:21|
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