2019年06月15日

ゲラ


けふ、みんなゾンビにみえたぜ

けふジムでぼうっと座っていたら、みんな猫背のゾンビにみえた。
いや、われをふくむところのだれもが猫背のゾンビなのだった。
目がどろんと死んでいた。マヒ終日激甚。

詩文集『純粋な幸福』(毎日新聞出版)のゲラができたと電話あり。
「これってテロですね!」と担当編集者。ちがいます。わたしは
ピュアなハッピネスをおだやかに詠っただけなのだ。鈴木成一さんの
内装がとてもいいらしい。

食い物が足りず、牛乳をのむ。犬が笑わなくなった。
posted by Yo Hemmi at 23:17| メモ | 更新情報をチェックする

2019年06月13日

collapse


ゲシュタルト崩壊の無限波状の過程に

自己の崩壊をみたりして・・・。ころあいなのは知っている。だが、
ダス・ライヒとは戦うしかない。でないとこちらがやられる。い
いか、左の健足をふみだすには、右の患足の支えが不可欠なのだ。
患足の信頼。






posted by Yo Hemmi at 17:10| メモ | 更新情報をチェックする

2019年06月12日

詩文集


純粋な幸福』刊行は8月初旬に

詩文集『純粋な幸福』の刊行は、ことし8月の初旬になる。
昨夜、毎日新聞出版の担当者がこの件で電話をくれたらし
いのだが、眠剤をのんでいて起きなかった。予想より1か月
のおくれ。ま、でないよりはよい。じぶん、慶賀に堪えない
のであります。



posted by Yo Hemmi at 13:56| 刊行予定 | 更新情報をチェックする

2019年06月10日

自決


彼のひとは45年8月15日まっさきに自裁すべきであった

唯一の選択肢はそれであった。それ以外にはなかった。ないしは
爾後いっさい発声せず、まして、ぬけぬけと姿をみせるべきでは
なかった。彼のひとは沈黙の狂人としてのみ生をまっとうすべき
であった。

NHKにいま、世にも恥ずべき「満鉄外史」の朗読をゆるしている
もの・・・。亡霊たちの復活と醜悪な踊り。

彼のひとは45年8月15日まっさきに自裁すべきであった。父祖ら
はなんとしてもそう迫るべきであった。
posted by Yo Hemmi at 18:43| 所感 | 更新情報をチェックする

2019年06月09日

満鉄


なぜ「満鉄外史」か

NHKラジオ第2の「朗読の時間」で、菊池寛最悪の駄文
「満鉄外史」をやっている。だれの企画か。よくもまあこれが
通ったものだ。疑問はだされなかったのか。なぜいま満鉄
なのか。正気か。こうやってこっそりと潜り込ませているという
わけか。
posted by Yo Hemmi at 17:18| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年05月29日

『純粋な幸福』


詩文集『純粋な幸福』毎日新聞出版から刊行へ

最新詩文集『純粋な幸福』が毎日新聞出版から今夏、
刊行されることになりました。装幀は鈴木成一さん。
これにともない講演会などのイベントが企画されてい
ます。詳細は後日ご報告します。

拙著『月』について過日、歌人の加部洋祐さんから
じつに丁寧な感想文をちょうだいした。「先日、意を
決して拝読しはじめ、先ほど読了いたしました」のご
報告にどきどきし、あたまがさがった。

昨日、中野智明さんからメールあり、アフリカ踏破
53か国になり、残りはギニア・ビサウだけとなったと
いう。集合住宅の改修工事の騒音で音をあげている
当方のみみっちさよ。

風邪。

posted by Yo Hemmi at 13:51| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年05月23日

逃走


人間を人間たらしめているものの限界・・・

毎日、音から逃げて街から街へとほっつき歩く。顔中に
刺青をいれた老人をみた。わたしにむかってなにか呟い
た。低く罵ったのか。「ヒトデナシ・・・」

「人間を人間たらしめているものの限界・・・」。だれが
言ったのか。思いだすまでに3ブロック歩く。杖をつい
て。赤い帽子をかぶった小学生の長い列。恐怖。

「お気の毒なおじいさん・・・」。幻聴か。杖をあいまいに
ふりあげる。「人間を人間たらしめているものの限界・・・」
ーー根本美作子さんが『母の前で』の「訳者あとがき」で
書いていたのだ。

小鳥がするどく鳴いた。空気を斬った。

posted by Yo Hemmi at 17:09| 日録 | 更新情報をチェックする

2019年05月14日

視床痛


すみません!

肩が痛い。右腕がねじれる。右手が引き攣れる。手の甲の血管がひく
ひくと痙攣する。ので、根本美作子さんへの礼状が書けない。明治大
学文学部紀要(『文芸研究』135号 ピエール・パシェ特集)をお送り
いただいたことへのお礼が書けない。

「夜の混んだ中央線のなかで受けた」パシェの訃報についての、わたし
の思いめぐらしが書けない。学生時代、根本さんに大岡昇平を読むよう
すすめたのはパシェだったことについての感慨を記すことができない。

すみません!鎮痛剤をのんで寝ます。

posted by Yo Hemmi at 23:18| 日録 | 更新情報をチェックする

2019年05月11日

「世界の法則」


忘れないように記しておこう

わたしは『母の前で』になんども打ちのめされた。
たとえば、「入居者」たちの「言葉」を聞き、パ
シェは書く。「・・・わたしは気も狂わんばかりに同情
することと、無関心でいることのあいだで躊躇う。」

「それはだれしもが若いときからすでに慣れはじめる
不思議な状態だ。なぜならそれは世界の法則のような
ものだからだ。しかしそれを説明する言葉をわたした
ちは持ち合わせていない。」(根本美作子=訳 P160
〜161 傍線は辺見)

ジム。白髪のさなえが、むこうのグループからわたしを
見ていたように思う。たしかではない。わたしだって
加齢黄斑変性なのだ。なのに目があった気がする。いつ
もだ。さなえは100歳くらいか。さなえとわたしは愛し合
っているのかもしれない。

シャワーをあびる。犬がほえていた。



posted by Yo Hemmi at 18:38| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年05月10日

待つ


「みな、ここで、待っている」

「・・・生まれてきたことの厄介さという謎の中に、どうしても
再び投げ込まれなくてはならないかのようだ。」(パシェ
『母の前で』根本美作子=訳 P191)

「この怪物的な時間の引き延ばしの中に・・・」。胸がドキドキ
する。反論の余地はない。わたしたちはみな、ここで、待って
いる。目的もなしに。まるで目的があるかのように。
posted by Yo Hemmi at 18:39| お知らせ | 更新情報をチェックする

最期


最期と「最後

「音」をのがれてマックスそして犬とカフェへ。カフェも爆音。
「最期が訪れるのは『最後』の要素が外された時だけ、そんなこ
とがありうるだろうか・・・」(『母の前で』P186)

マックスは「わたしにとっての過去の厚み」を感じさせる。わた
しはどんなに静かな時空にあっても、堪えがたい轟音を聞くのか
もしれない。
posted by Yo Hemmi at 16:02| メモ | 更新情報をチェックする

2019年05月09日

感謝


それはどうやって死ぬことができるのだろう

P181。「ひとつの精神は外からしか殺すことができない、
エネルギー供給を断つことによって」(パシェ『母の前で』
根本美作子=訳 P183)。ものすごい爆音!

けふ、わたしはマックスに心の底から感謝した。テツにも感
謝した。犬にも感謝した。とても疲れている。が、詩文集『純
粋な幸福』は来月か再来月には刊行されるだろう。装幀は鈴木
成一さん。

わたしとマックスは歌をうたった。犬は伏せをして聞いていた。
犬はときどき水を舐めた。マックに行った。ラクダの爪のこと
をかんがえた。わたしは疲れている。

ラクダを食ったことがある。ソマリアで。爆撃も銃撃もあった。
しかし、いまより怖くはなかった。いまよりよほど自由だった。
かならずしも悪意にもとづかない内面の侵略のほうが怖い。
posted by Yo Hemmi at 18:33| メモ | 更新情報をチェックする

2019年05月01日

言葉の味方


◎「言葉の味方をせずに言葉を言うことはできない

パシェ『母の前で』根本美作子=訳(P177)。
「いずれにせよ、言葉は吐き出すもので、言葉が
要請する空にそれは投げだされる。言葉は空のために
あるのだ。」(同。「空」に「くう」のルビ)

「マダム・パシェ」こそ普遍存在である。たとえば、われ
われは天皇存在というフィクションと「負の知」にあまり
にも深く侵されている。天皇制下の狂人である。
posted by Yo Hemmi at 18:21| お知らせ | 更新情報をチェックする

屁と嘔吐


土民の狂熱

呪術によろこぶ土民の狂熱に吐き気をもよおす。
ジャーナリズムはこの数日、かんぜんに判断力を
失った。狂い死にした。

「象徴としての『天皇』は、或は、『神』として
宗教的倫理の領域に高昇して価値の絶対的実体とし
て超出し、或は又、温情に溢れた最大最高の『家父』
として人間生活の情緒の世界に内在して、日常的親密
をもって君臨する」(藤田省三『天皇制国家の支配原理』)
ーーこれは天皇を社会的頂点に戴き、かつ、天皇を人間精神
の中核に内在させることの美点≠強調したのではない。

藤田は危険な政治のかっこうの「道具」としての天皇制を論
じているのだ。安倍らはtianhuangに深々と頭をたれつつ屁
をたれ、tianhuangも「コクミンによりそう」と宣いつつ、
高貴なるガスをひる(おひりになられる)のである。土民らは
胸いっぱいそれを吸って狂喜するのであります。天皇制ファシ
ズムとはそういうことだ。
犬糞(けんぷん)元年、記す。





















posted by Yo Hemmi at 13:44| メモ | 更新情報をチェックする

2019年04月27日

オートマティズム


なぜ救われるのか

『母の前で』がなぜぼくを落ち着かせてくれるのか・・・けふも
ジムでかんがえた。杖歩行の練習をしながら。マシーンを漕ぎ
ながら。わかっている。しかし、わからない。

「・・・その人間性は解体し、ばらばらになり、残存しているもの
だ。・・・残された人間性がオートマティズムにすぎないと、惰性で
考えてしまいたく なるけれど、考えてみればわたしたちの人間性
は、部分的には、まさにオートマティズムから成っていて、わた
したちはそうしたオートマティズムを習い、それに服し、それに
よって深く人間化され、欲動や本能の束縛から解放されたのだ」
(P154 傍線辺見)

けふもぼくのまわりにはたくさんの「母」がいた。ひどく古い
人形の目をした「母」たち。ぼくは見ないふりをしてかのじょら
を見た。「母」たちも見ないふりをしてぼくを見ていた。おたが
い磨りガラスの目で盗み見た。

posted by Yo Hemmi at 19:23| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年04月24日

詩文集


詩文集『純粋な幸福』刊行へ

詩文集『純粋な幸福』が6月中にも刊行されるみとおしに
なった。詳細はおってご報告します。
posted by Yo Hemmi at 18:09| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年04月21日

エッセイ


本日の日経が随想「馬の中の夜と港」掲載

馬カラー.jpg
(クリックで画像拡大)


「彼女は死の感覚を失った(また別の仮定)」(P132)
「・・・母が孤独のあまり、他者性の、他者の現実への感覚
を失っていったという推論・・・」(同)

偉大な本である。パシェ『母の前で』(根本美作子=訳)
は。わたしの「聖書」。得るよりも喪うことの清き輝き。
無痛の激痛!






posted by Yo Hemmi at 13:51| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年04月20日

エチゾラム


凶悪な音つづく

朝、ベランダに入ってきた作業員を怒鳴る。実直そうな眼鏡の
おとこ。ニッポンジン。ヘルメットに電灯みたいなものがつい
ている。犬、はげしく吠える。犬もわたしもぐったりと疲れる。
大道寺さんのことをおもう。寝不足。

デパスとエチゾラムはちがう薬なのだらうか。エチゾラムはデ
パスの後発医薬品だとおもうのだが、デパスのジェネリックは
ないと薬局で言われる。薬局には手のひどく汚れたロボット
いる。バカくさいとおもう。

ノイズでマヒこうじる。絶体絶命。だれもがいま絶体絶命、気息
奄々なのだとじぶんにいいきかせたとてなんになろう。改修工事に
くわえて選挙の騒音。静かに殺し、黙って死ぬべきだ。

また『母の前で』。言葉。ホロホロ。剥落。「視線を囲繞する
世界というものは、一人の人にとって、それも脆い人にとっては、
たしかに過剰だ。」(P129)

なにかをなつかしんでいる。なにかはわからない。ただなつかしん
でいる。悔やんでもしかたのないことを、なつかしんでいる。

「この空虚に身を投じること・・・」(P124)

Kさんとご子息、それからMさん、明日の日経新聞を読んでくださ
いね。

ポコからメール。救われる。

NHKスペシャル自衛隊派兵・軍拡関係。問題意識の浅さよ。危機感
のなさよ。歴史観のうすさよ。怒りのなさよ。「極めて徐々に、し
かし極めて確実に、それは少しずつ降りてくる」






posted by Yo Hemmi at 17:14| メモ | 更新情報をチェックする

2019年04月19日

空虚


これをどう読むか

「しかしわたしが感じるのは、観察者として感じるのは、
だれだかわかるということは、ある種の空虚のようなもの
に身を投じることを前提としていることだ。それは人と人
のあいだの空虚だ。それは、この空虚がそれとわかることで
あると同時に、その空虚を頭で構成できることだ。・・・」
(P124)

ひどい生き物だ、人間とは。空虚はそここに在るものである
とともに、わたしたちの頭がたえずつくりだしているのだか
ら。そこに、透明なテロルのイメージをもちだすのは筋違い
でしょうかね、あの世のパシェさん。

拙文「馬の中の夜と港」は21日(日)の日経新聞文化面に
掲載される予定。

おまえ、はよ死ね、はよ消えてくれろ・・・と呪いながら背中
をさすってやり、そうしながら、やがて、うっすらとなんだ
か愛のようなものもつい感じてしまうとき、さすられていた
おとこの首がこちらをむいているので、ぎょっとする。いや
になる。つくづく、こいつが。

124頁は大事だ。

posted by Yo Hemmi at 17:46| メモ | 更新情報をチェックする

2019年04月18日

神田川


なにをしているのだろうか?

神田川がドブくさかった。不動産屋の若いおとこはわたしと
目をあわせなかった。「物件」をみた。マヒがこうじ、杖も
、あれほど練習したのに、つかいものにならなかった。「物件」
の2階の階段からこけた。ミスドがしょぼかった。

「文学」2008年3−4月号「パシェ小特集」とどく。わたしは
なにかとんでもないまちがいをしてきたのではないだろうか。
どんなまちがいか、はっきりとはわからない。すでに手遅れで
あることだけは、はっきりとわかっている。

たぶん、最果てにいる。
posted by Yo Hemmi at 18:40| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年04月15日

しかし


静かな場所

なんてありはしないだろう。作り話をしないなんてことも
ありえないだろう。発話はことごとく作話なのだから。こち
らのストレスが伝染し、犬が痩せた。5時半まで工事はつづ
く。悪意でも善意でもなく、「きまり」として。暴力はたい
てい「きまり」だ。

犬にわびる。
posted by Yo Hemmi at 14:03| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年04月14日

「寂しいよ。」


二〇〇五年十二月三日の「誘発」または奇蹟

わたし(打ち明け話のしたい気分で):「寂しいよ。」
彼女:「わたしも。」
(ピエール・パシェ『母の前で』根本美作子=訳 P98 岩波書店)

パシェに作り話はない。やりとりは孤独な母子の会話のごとくなされ
たのだ。まるでかみあっているかのごとくに。「母」は加齢黄斑変性。
わたしも。

R君と話す。苦境が去るのを待つのでなく、このただなかで書くべき
ではないのか。どのみちいつまでも終わりはしないのだ。

犬が牛の乾燥ピズルを嚼んでいる。ピズルの臭いが部屋に充満してい
る。むせる。「目の下に隈ができている」と言われる。

「馬のなかの夜と港」は次の日曜日(21日)の新聞に掲載されるら
しい。み、アパさがし。またからぶり。




posted by Yo Hemmi at 18:06| お知らせ | 更新情報をチェックする


杖歩行練習について

けふ、さはやかジムで、杖歩行に進歩がみられるとコーチに
ほめられた。左足が杖を追いこす要領をいくらかおぼえたの
かもしれないけれど、まだまだ。初の室外練習。

パシェはみずからを「二流の作家」と(おそらく謙そんでは
なく)かたったのだそうだ。訳者の根本美作子さんはこれに
かんれんし「・・・一つの不可能性としてではなく、彼の優れて
オリジナルな思考と在り方に由来しているように思える。実際、
ピエール・パシェほど個性的で分類できないような作家は、
なかなかいない」と書いている。

『母の前で』は、こう言ってよければ、とてもスリリングなの
だ。謙虚な知のゆらぎと〈ひと―言葉〉の原型。の破壊。

ネット接続ができずあわてる。たかがそんなことで落ちこむ。
はめられている。アホがアホにほふられている。アホが!

「・・・世界は存在することをやめてしまった、あるいは世界で
あることをやめてしまった(それは破裂し、互いに離れていく
断片となってその安定性を失い、そのままでありつづけるという
能力を失ってしまった)。」(P92)
posted by Yo Hemmi at 00:40| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年04月12日

内面の占拠


彼女の内面性は・・・

「『占拠』され、寄生され、他者の耳の及ばないところで
自らを修復することのできるような守られた場所ではもはや
ない。」(P90)

しかし、「占拠」されず、寄生されず、自己修復する内面など
ない。つまり、この「母」以外のだれが、ただしくかんがえ、
話しているというのか。

わたしたちは言葉をはなすことができる。囈言をしゃべること
ができる。あるいは譫言を。

Mさんからメール。


posted by Yo Hemmi at 23:53| お知らせ | 更新情報をチェックする

傲然と、しかし明晰な


教えてください

『母の前で』なしには正気をたもつのがむずかしいほど。が、
いったい「正気をたもつ」ってなんだ?メメーヌの疑問はじつに
まっとうなのだ。

「わたしがだれにしゃべっているか教えてください。わたしが
だれだか教えてください。わたしをなにかの中に組み入れてくだ
さい、あるいはわたしをわたしから解放してください。」

「わたしは半分死んでいる、わたしは死にたい。この重みから
解放されたい。」・・・このように発語する者とそのようには発声
しないもの。境界はない。わたしは幻影の崖(事実)をずり落ち
てゆくだけだ。

己があるかぎり、静かにはなれないはずだ。住み処を変えても。
posted by Yo Hemmi at 17:45| お知らせ | 更新情報をチェックする

またはだった


◎「わたしはあたまのいい女だーーまたはだった

「・・・そしてこんなんなっちゃった」(P153)。名訳である。

posted by Yo Hemmi at 00:25| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年04月11日

アパート探し


終日アパート探し、からぶり

久しぶりに電車に乗る。うろうろとアパートを探し、うろうろぶりに、
黄昏のなか顔をゆがめて自嘲する。日粉さんからメール。うれしかった。
このかたはわたしのかけがえのない「重心」である。みと犬。

静かなところで、静かなきもちで、静かなものを書きたいだけなのだ。
ただそれだけ。わたし流の「テロ」とはそういうことだ。眠るように
静かなこと。

けふ、言いのこすべきことのあらましをつたえた。
posted by Yo Hemmi at 19:49| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年04月08日

2019/04/08


2019/04/08

おかしなことだ。『母の前で』をくりかえし読むことで
なんとか落ちつきをえている。それは、まったく奇妙なことに、
ロープシンを読むことでえられる内側の感情(位置)に似ている。
わたしは母とパシェのようにむきあったことがいちどもない。

「まるで人間であるということは、どこか重すぎることで、それを
独りで支えるのは難しすぎることであるかのように。」(P79)

1時間ほどまえ、轟音がした。建物が揺れるほどの。犬が足もとに
きて顔をみあげ、それからいつもの待避場所に駆けていった。
布の家に。わたしはかのじょをとっさに「しゅんまく
ちゃん」と呼んだ。

『母の前で』から静けさと落ちつきをえるのは、それが関係という
ものの基本中の基本だからだ。悩乱も、もつれも。「言葉の外に
落ちる」ことも。「可能性としての内的言語」。


posted by Yo Hemmi at 15:10| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年04月06日

2019/04/06


2019/04/06 23:33

さわやかジム。やさしい目たち。いつくしみ。柔らかな手。
尖らない声。合唱。桃太郎さん。ハッピーバースデー!
拍手。全員参加。義務だから。慈愛のルーティン。

合成樹皮の顔の皮膚がふいにはがれる。皮のない顔が血管を
うきあがらせて歌っている。あんたがたどこさ・・・。

「つまりわたしの母だからわたしは行くのだ。」(P59)
posted by Yo Hemmi at 23:51| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年04月05日

2019/04/05


2019/04/05

反時代のパンセ64回PDFゲラもどす。アパート改修工事の騒音
あいかわらず。「わたしはかわいい娘だったけど、もう自分が
だれだかよくわからなくなっちゃったよ」(P49)。

間歇的で気まぐれにもおもえる騒音に殺意をおぼえるーー奇妙な
シンタックス。テロの文法に似た。たかからメール。しぶとく生
きていた。チャビーも元気らしい。

パシェに敬意をおぼえ、『母の前で』を刊行したひとびとに拍手を
おくるわけは、作家ー作品ー翻訳ー刊行のながれに、すがしいものを
感じるからだ。

改修工事は8月までだとか。引っ越しをかんがえざるをえない。R君
と話す(電話)。14日会うことにする。擬人。
posted by Yo Hemmi at 16:59| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年04月03日

2019/04/03


2019/04/03

わたしはR君との約束のようなものをまもるつもりでいる。

posted by Yo Hemmi at 20:23| お知らせ | 更新情報をチェックする

自制力


排尿と言葉

「排尿に対する自制力の衰えは・・・言葉に対する自制力・・・が衰えるのと
同時なのではないかと。」(P48)



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2019年04月01日

犬糞


皇国史観の復活を祝ひませう!

新元号は「犬糞(けんぷん)」にきまったそうだ。悦べ、アホども、
犬のクソども。菅ってやつは特高警察か公安の親玉の顔をしている。
きもちがわるい。

『壊(え)』第1回書きはじめ。


posted by Yo Hemmi at 14:18| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年03月30日

問うた


ジムの分類

ジムでは人びとが分類される。アタマのおかしそうな人びと、
手足のぐあいがよくない人びと、精神の調子のかんばしくなさ
そうな者たち、記憶がうすれがちな連中・・・。興味深いことには、
それらは「上」が決めるのではなく、しぜんに、いわば「下」
から自主的に各グループが形成されてゆくのである。

わたしは当初アタマのおかしそうな成員といっしょにいたのだが、
徐々になんとなく手足のよくないグループにはいっていった。命
令はいっさいなく、忠告も警告もなかった。

けふわたしは、おしめをした小さなかわいらしい老人に、けふの
日にちをたずねたのだが、かれはわたしがこれまでの人生で経験
したどのような応答よりもやさしく、控えめな、わざとらしくない
調子で「30日ですよ、たぶん・・・」と言った。

『壊(え)』でもいいような気がしている。来月はじめから書き
だす。たぶん、書きつづける。

『母の前で』が重版するようにねがっている。どうじに、そんな
ことはどうでもいいともおもふ。
posted by Yo Hemmi at 22:31| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年03月29日

Werckmeister Harmonies


映画みた、未明に

『ヴェルクマイスター・ハーモニー』。きのう、R君と話した。
書いてみれば、『壊(え)』もわるくないと思ったり・・・。犬が
連日吠えすぎてぐったりとしている。パンセ第64回のタイトルは
「けっ、しゃらくせえ!」。きのう送稿。『母の前で』また読む。
なぜかはわからないが、だいたいわかっている。「孤独そのもの
と化している」。主語は?
posted by Yo Hemmi at 14:19| お知らせ | 更新情報をチェックする

2019年03月28日

壊(え)


タイトルは未定

連載は「壊(え)」というタイトルにしないかと提案があり、気
持ちがいったんむきかけたが再考することに。けふ、眼鏡を拭い
てもらう。随想「馬のなかの夜と港」は4月掲載らしい。もうゲラ
はできている。

posted by Yo Hemmi at 23:57| お知らせ | 更新情報をチェックする

連載


小説連載について

アパート改修中。騒音、作業員のでいりで犬が激吠え。
仕事にならない。電気ドリルが脳幹に突き刺さってく
る。そんななか、小説連載の話が決まりつつある。2か
月後の開始をかんがえているが、どうなるか。

パシェの『母の前で』が何部刷られ、何部売れたか知ら
ない。多くはないだろう。が、これはもっとも望ましい
静謐な部屋なのだ。この部屋はわたしにさらに読むことと
さらに書くこと、そうせざるをえないことを諭す。

「この空虚に身を投じること・・・」

『母の前で』.jpg


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2019年03月23日

ジム


◎エッセイ送稿

ジム。杖。エッセイ送稿。明日R君。目薬類は冷蔵庫上の段の
ポケット。ヒマシ油。つけ。月曜10時ケアマネ。『母の前で』。
ピエール・パシェの目。静かになり方。デパス。

歩道の紅葉.jpg
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2019年03月21日

点眼液


◎みつけた!

行方不明だった点眼液をみつけた。2個とも。胸のつかえがとれる
読みたい本があった。ピエール・パシェの『母の前で』(根本美作子
訳 岩波書店)。N君が送ってくれた。わたしがいま、なにを読みた
がっているか、かれは知っている。はたして『母の前で』は、いま望み
うるもっとも静謐な泉であった。

『母の前で』.jpg





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